651 :1/15:2010/02/06(土) 17:17:34 ID:5W7FNz5g
「先輩。今年の抱負って何か決めましたか?」
『ふぇっ!? な、何?』
唐突だったので、驚いて彼女が僕の方を見つめる。
「ああ、すみません。急に質問したりして」
『驚かさないでよね。全くもう。で、何だっけ?』
髪を苛立たしげにかき上げつつ、先輩が聞き返す。僕はあらためて言った。
「いや。年初めですし、先輩は何か、今年の抱負を決めたのかなと思って」
『抱負…… 抱負、ねぇ……』
腕を組んで考え出してしまった先輩の顔を覗き込んで、僕は聞く。
「もしかして、何も考えてなかったですか?」
すると先輩は、パッと顔を上げ、顔を赤くして僕を睨み付けると、怒ったように言った。
『バッ……バカ言わないでよ!! あたしだって、抱負くらいあるわよ。ただ、その……
急だったから、咄嗟に出て来なかっただけよ』
「普通、抱負なんて日頃やろうとかしなきゃいけないなって思ってる事を、そのまま一
年の目標に据えるだけだと思いますけど。例えば、今年はちゃんと真面目に授業を受け
ようとか、遅刻しないようにしようとか」
『何それ? あたしへの当て付け?』
僻みっぽい声で先輩が言ったのも当然である。無論、僕が言ったのは去年の先輩の行
動を意識しての事だから。
「いえ。別に抱負を決めるのは先輩ですから。ただまあ、前日飲み過ぎて一限欠席する
のはともかく、夜更かしし過ぎた挙句の単なる寝坊とか、部活の友達や先輩と遊びに行っ
て授業サボるのって、普通女の子はあんまやらないんじゃないですかね」
『新年一発目から、くだらない説教してんじゃないわよっ!!』
「いえ。どちらかと言えば、僕からの希望ですが」
先輩が、授業をサボるたびに、出席票を取ったりノートを見せなくてはならない僕と
しては、切実なお願いだった。というか、普通は男女逆だと思うんだけど。
『ふうん。じゃあ、それは絶対しない。大体、学年が一緒になったからって偉そうにす
るんじゃないわよ。アンタが一年年下である事には変わりないんだからねっ!!』
652 :2/15:2010/02/06(土) 17:18:19 ID:5W7FNz5g
「つまり、今年も一年間僕をこき使うという事ですか?」
ため息混じりに言うと、先輩はニッコリと頷いた。
『そうよ。このあたしにこき使われるんだから、感謝しなさいよね』
「やれやれ……」
些か大げさな態度でうんざりさをアピールすると、先輩に軽く頭を叩かれた。
『露骨に嫌そうな態度見せんな。このバカ』
「アイテテテ。先輩は、その乱暴なところも直した方がいいですよ。出来れば今年一年
の抱負と言わず、今すぐにでも」
『大丈夫よ。これも別府君限定だから。むしろあたしに頭を叩かれるなんて光栄に思い
なさいよね』
「謹んでお断りします。そんな限定、嬉しくも何ともありませんから。キスするとかな
ら嬉しいですけど」
最後の一言に、先輩の顔がポフッという擬音が似合うくらい見事に真っ赤に染まった。
一瞬、先輩の眉がつり上がりかけただけに、最後の一言を咄嗟に付け足して良かったな
と思う。そうでなければ、きっともう一発、頭を叩かれただろう。
『じょっ……そ、そんなの、そのっ……冗談じゃないわよっ…… 誰がアンタなんかにっ
……ていうか、その……たかだか一回や二回させてあげたくらいで、ちょっ……調子
に乗るんじゃないわよ。限定とかそんなの……お断りなんだから……』
何か必死になって否定してるけど、さっきまでとは明らかに態度が違う。口調もしど
ろもどろだし。まあ、こういう所が先輩の可愛らしいところなんだけど。
「でも、今のところは事実上そうですよね?」
『うるさいっ!! 今までのは、その……いろいろ訳ありだっただけよっ!!』
そう指摘すると、先輩が真っ赤な顔のまま、怒鳴り声を上げた。これ以上この話題を
突くと、逆効果になりそうだから、この辺で切り上げる事にして、僕は話題を元に戻した。
「でも、先輩のだらしない生活態度を改めないとすると、一体何を今年の抱負にしたん
ですか? 無事に二年に進級するとか?」
『アンタはあたしをどんだけダメ人間にしたいのよっ!! それに、別に抱負になんか
しなくたって、ちゃんと問題なく進級くらい出来るわよ!!』
まあ、ウチの大学だと、二年生への進級は、必修科目さえ落とさなければ可能なので、
落ちる人はまずいないけれど、と僕は先輩の顔を見つめながら思う。
653 :3/15:2010/02/06(土) 17:18:51 ID:5W7FNz5g
「じゃあ、何なんですか? それとも、強がってはいるけど、やっぱり本当は特に抱負
なんてないとか」
先輩の事だから、特に考えもしてなかったとしても、不思議でも何でもない。しかし、
先輩はまなじりを逆立てて睨み付けて来る。
『しつこいわね。アンタはどうしてもあたしをだらしない女の子に仕立て上げたいみた
いだけど、一応、ちゃんとあるわよ。けど、教えてあげない』
「何でですか? 僕には言えない恥ずかしい目標だからですか? 例えば、今年中に体
重を60kg以内に落とすとか」
『ちちち、違うわよ!! ていうか、あたしは60kgも体重ないから!!』
「まあ、先輩の身長で60kgもあったら、もう少しポチャッとしてるでしょうけどね」
女子としては、まあ先輩は平均的な身長で、やや胸は薄い。60kgあってもデブではな
いだろうけど、こんなスリムな体型はありえないところだ。
『分かってるなら言うな!! 全く、女の子に体重の話題振るなんて、ホント、アンタっ
て、最低もいいところよね』
胸の前で腕を組んで、僕を睨み付ける。しかし、僕は真正面から先輩を見据えて言った。
「一応言っておきますけど、今のはお菓子ばかり食べている先輩に対する警告の意味も
含んでますから。今のうちに食生活を改善しておかないと、何年か経って急に太り始め
るかもしれませんよ。僕は、申し訳ありませんけど、太ってる子は好みではありませんので」
『そんな事、大きなお世話よ。アンタに言われなくたって、ちゃんと気にはしてるんだ
から。それに、その……アンタの好みなんて、あたしの知った事じゃないし……』
強気な態度を演出しているが、語気に勢いがなくなっているし、顔もちょっと俯き加
減になっている所から、僕の一言が、大分気になっていると察する。
「まあ、それならいいんですけどね。ただ、僕の家に遊びに来ている時の様子から見る
と、とてもそうは見えなかったものですから」
『あれはその……遊びに行くと、アンタが必ずお菓子を出してくるからよ。ああいうの
は、一度食べ始めると、結構止まらなくなっちゃうんだから』
でも、出さなきゃ出さないで文句言うくせに、とは心の中でだけで呟いておく。
「それじゃあ、今年から先輩が一人で遊びに来た時はお持て成しを止めますか。僕とし
ては、先輩に太って貰いたくはありませんし」
『それはダメ!!』
654 :4/15:2010/02/06(土) 17:19:20 ID:5W7FNz5g
バシッと眼前に手の平を差し出されて、僕は思わず仰け反った。先輩は、両手を腰に
当てると、居丈高なポーズで僕を睨み付ける。
『ああいうのはね。お客様に対する気持ちの表れなんだから。アンタごときが、遊びに
来てあげてるあたしに対して茶菓子の一つも出さないとか許されない事なんだから』
「でも、太っても知りませんよ?」
真顔で忠告しても、断固として先輩は譲る気配を見せなかった。
『それはそれ。これはこれ、よ。大体、今はまだ体重増えてないもん。危険水域越えて
から考えるわよ』
「まあ、確かにそれは先輩の自由ですけどね。僕がいくら口を出そうが、結局は先輩の
問題ですし」
そう答えつつ、何となく先輩の胸やらお腹やら腰つきやらをしげしげと眺める。大学
生になって、お酒を飲むという体に悪いお付き合いが増えた割にはスタイルに変化はな
さそうだ。
『ちょっ……っ!? ひっ……人の体をジロジロと見ないでよね、このドスケベ!!』
「いえ。一応確認をと思ったんですが」
『し……しなくていいってば、そんなのっ……!!』
怒りをむき出しにしつつも、ちょっと照れた感じで両腕で体を抱き締める先輩を微笑
ましく眺めつつ、ようやく話を本題に戻せるな、と思った。
「で、先輩。ホントのところは何なんですか? 恥ずかしい理由でないんだったら、教
えて下さいよ」
しかし、先輩は即答だった。
『ヤダ。教えない。つか、あたしの事ばかり聞いてるけど、アンタはどうなのよ? 今
年の抱負はあんの? あるんだったら、まず自分のを話してから、それからあたしに聞
きなさいよね』
「へえ? 先輩は僕の抱負に興味があると?」
そう切り返すと、先輩は、へっ?と小さく声を上げ、それから慌てて取り繕い始めた。
『べ、別にその……アンタの抱負なんかに興味ないわよ。だけどその……あたしばかり
言わせようとするなんて、ズルイじゃない。だから、人に聞く前に、自分のを言ってか
らにしろっての』
「じゃあ、僕が抱負を語ったら、先輩のも教えてくれます?」
655 :5/15:2010/02/06(土) 17:19:57 ID:5W7FNz5g
先輩の目を覗き込むように言うと、先輩は思わず体を少し引いた。それから視線を逸
らし、たどたどしく答える。
『そっ……そんなの分かんないわよ。聞く権利だけ与えてあげるって、そういう事だも
ん。あとその、そんな風に人の顔を覗き込まないでよね。気持ち悪い……』
「はいはい」
敢えて気軽に返事をして、僕は先輩から離れる。女の子から気持ち悪いと言われれば、
僕だって例外なく傷つくが、先輩だけは別だ。何故なら、さすがに知り合って5年も経
てば、本気で気持ち悪がっている時の顔と照れ隠しの暴言の時の顔の区別くらいは付く
ようになっているから。
「でも、聞く権利だけって言うのは、ちょっと不公平じゃないですか? やっぱり、僕
のを教えるからには、先輩のもちゃんと教えてくれないと」
抗議だけはキチンとするが、先輩は意外そうな顔で僕を見て言う。
『何言ってんのよ。アンタとあたしが対等な訳ないでしょ。むしろ、ホントならアンタ
の抱負なんて取引材料にもならないのを、大まけにまけて、聞くだけは許してあげるっ
ていってるんだから、感謝して欲しいわね』
年が明けても、先輩の横暴っさぷりは変わらないようだった。僕はため息を吐くと、
仕方無さそうな顔を見せて首を左右に振る。
「仕方ないですね。じゃあ、もし部活とかでそういう話題になった時は、先輩の抱負は
人に言えない恥ずかしい事だって、言っておきますから」
『言うなっ!! ていうか、何捏造しようとしてんのよ。勝手に人の抱負を怪しげな物
にすんな!!』
「それだったら、僕にだけでも教えてくれた方が無難だと思いますけど。人前で、ポロッ
と言葉がこぼれ落ちてからじゃ遅いとは思いますけどね」
言いながら、我ながら脅迫じみているなあという感想を抱く。しかし、こうでもしな
いと、こっちだけ言い損になってしまうし。先輩の抱負を聞きたかったのに僕のを言っ
て終わりじゃ、本末転倒だ。
『言ったら殺す。絶対に殺す。マジで殺すからね』
先輩が僕の襟首を掴んで言った。冗談抜きで目が殺気立ってます。
「だ、だから、先輩も教えてくれるって約束すれば、絶対に言いませんて。こればっか
りは神に誓って」
656 :6/15:2010/02/06(土) 17:20:45 ID:5W7FNz5g
『ほんっとでしょうね? 適当な噂がばら撒かれてたら、間違いなくアンタを殺すわよ』
先輩がうっかり言った言葉を、僕は聞き逃さなかった。
「本当です。約束します。何だったら、ゆびきりげんまんしますか?」
僕の提案に、先輩はちょっと驚いたように目を丸くした。それから、襟から手を離す
と、クルリと反転して言った。
『ば……ばっかばかしい。そんな事しないわよ。子供じゃないんだし……』
先輩の態度に、僕は思わずおかしみを覚えてしまう。もっと恥ずかしい事だっていろ
いろしてる割には、些細な事に照れたりする先輩が可愛らしかった。
「それじゃあ、とにかく取引は成立という事で。僕から言った方がいいんでしょうね?」
『当たり前じゃない。そんな事――って、何よ。取引成立って?』
やはり、先輩は自分の言葉に気付いていなかったようだ。僕は親切に教えてあげる事にする。
「さっき言ったじゃないですか。先輩が教えてくれれば……っていう条件に、先輩がほ
んっとでしょうねって。わざわざ確認するって事は、条件に乗ったって事でいいんでしょ
う? 少なくとも僕はそう取りましたが」
キョトンとした顔で、先輩は、僕の言葉を頭の中で考えた。それから、ハッとした顔
をした後、慌てて否定し始める。
『ち、違うわよ!! 別にアンタの条件飲んだとかそんな事じゃなくて、って言うか、
大体あたしはまだうんって言ってないじゃない。あくまで確認しただけでしょ? 勝手
に話を進めないでよね!!』
「でも、不成立だと、僕の方の約束も、無論、無しになりますが?」
ぐぬぬぬぬ、と唸り出しそうな顔で先輩は僕を睨み付ける。僕がやると言ったらやる
人間である事は、先輩も十分承知の上だ。もっとも、そうでなければあんな脅しが効く
わけもない。
『とっ……とにかく、アンタから言いなさいよ!! 話はそれからだわ』
どうやら、聞く権利だけから考えてあげるまではステップアップしたようだ。無論、
本来ならこの程度で満足するわけには行かないのだが、先輩は一度妥協すると、その後
はなし崩しに条件を飲んでくれる事が多いので、後は僕が先に抱負を語ってから、押し
の一手で攻めまくればいいだけだ。
657 :7/15:2010/02/06(土) 17:21:13 ID:5W7FNz5g
「ま、いいでしょう。僕の今年の抱負は、もうちょっと人に優しく接する(先輩除く)
ように努力する事ですね。とりわけ、女の子からは、冷たいとかはっきり言い過ぎると
か言われますので。今年は後輩も入る訳ですし、もう少し思いやりを持とうかと」
『ちょっと待ちなさいよ。アンタが冷血漢だってのはその通りだけど、そのかっこ先輩
除くってのは何なのよ!!』
すかさず先輩がツッコミを入れてきたが、僕は真正面から受けて立った。
「だって、先輩には優し過ぎる程に優しくしてるじゃないですか。むしろ、もうちょっ
と手厳しくしてもいいくらいですよ」
『どこが優しいのよ。後輩のクセに生意気だし、アンタの歯に衣着せない言葉で、どん
だけあたしのガラスのハートが傷ついたと思ってんのよ』
「先輩の心はガラス製でも、防弾ガラス並の強度がありますから、心配要りませんよ」
『そういうのが冷血だって言うのよ!! アンタ、女の子の繊細な心を一体何だと思っ
てんのよ』
だって、本当の事だし、と心の中で付け加える。そもそも先輩だって、僕をあごでこ
き使って、しかも役立たずとか散々罵るんだから、おあいこだろうと。
「ですから、女性(先輩除く)に対して、もう少し気配りを持って話そうかなって。もっ
とも、意識して酷い事を言ってるつもりはないんで、どこまで達成出来るかは分から
ないんですけど」
『だから、その、かっこを外せっての!! 何であたしだけいちいち除外するのよ!!』
ムキになって先輩が文句を言うので、僕は先輩をジッと見返して言った。
「もしかして先輩。僕に優しくされたいんですか?」
『へっ……?』
先輩の怒り顔が、急に呆然とした顔にとって変わる。それから、パアッと花を散らし
たように、その頬が赤く染まった。
「先輩が、僕に優しくして欲しいって言うんでしたら、思う存分優しくしてあげますよ。
何でしたら、今からでも」
しばらく、先輩はほけーっとした顔で僕を見つめていたが、それからピクッと体を震
わせた。そして、慌てて視線を逸らすと、わざと吐き捨てるように言う。
『バッ……バカ言わないでよ。べ、別にその……アンタなんかに優しくされたいとか、
おっ……思ってないんだから……』
658 :8/15:2010/02/06(土) 17:21:36 ID:5W7FNz5g
口と態度が真逆な先輩を見て、思わず顔がニヤついてしまう。しかし、それを必死で
我慢して、僕は努めて冷静に言った。
「それでしたら、何もカッコを外す必要はないですよね。先輩は僕に優しくして貰わな
くていいんですから」
『それはダメ!!』
即座に先輩に否定された。そこでムキになっちゃう所が先輩の可愛い所なんだよなと
思って見ていると、先輩はもう一度、僕の顔から視線を外し、横向きに俯いて呟く。
『べ、別に優しくされたい訳じゃないわよ。けど、その……そうやってあたしだけ除外
されると、何だかバカにされてるって言うか、女の子として認められていないみたいじゃ
ない。それが嫌なだけよ』
「大丈夫ですよ。先輩だって、十分に可愛らしい女の子ですから。いえ。むしろ先輩ほ
ど可愛らしい子はなかなかいませんって」
だからこそ、言葉弄りをしたくなる訳で、と内心僕は思う。先輩は、口では素直じゃ
ないけど、すぐに顔や態度に出てくるので、そこが可愛くって仕方が無いのだ。今も、
僕の言葉に、凄く顔を真っ赤にしているし。
『てっ……適当なお世辞言ってご機嫌取ろうとするんじゃないわよ。アンタの言う事な
んて、その……ぜんっぜん信用出来ないんだから……』
「先輩が信じてくれなくても構いませんよ。僕は自分の思ったことを素直に言ってるだ
けですから」
何か言い返そうとして、先輩の口がパクパクと動くが、言葉にならず俯く。そのまま、
ギュッと抱き締めたくなるほどの可愛さだが、今は外だし、グッと我慢する。と、先輩
が真っ赤な顔に強気な目線で僕を見上げた。
『かっ……勝手に言ってなさいよ!! このバカッ!!』
このセリフが出るという事は、もはや言い返せなくなったという事だ。完全勝利に満
足しつつ、僕はいよいよ本題に掛かる。
「さて、僕の抱負は言ったので、今度は先輩のを聞かせてください。約束の通りに」
すると先輩は、しかめっ面のままで口を尖らせた。
『ちょっと待ちなさいよ。まだ、言うとは言ってないでしょ? 勝手に約束にすんなっつーの』
「いえ。そういう事なら別にいいんですが…… まあ、先輩が言いたくないと言うのでしたら」
ワザとらしく思わせぶりな口調を使うと、先輩は慌てたように口を開く。
659 :9/15:2010/02/06(土) 17:21:58 ID:5W7FNz5g
『ちょ、ちょっと待ちなさいよ!! まだ言わないとは言ってないでしょ?』
僕は、笑顔で頷く。
「そうですね。まあ、言う言わないは先輩の自由ですし。まさか無理矢理聞き出す訳に
は行きませんものね」
『あんったの場合、無理矢理聞き出そうとしてんのと一緒でしょうがっ!!』
噛み付く先輩の言葉を、僕は冷静に否定する。
「いえいえ。そんな事はありませんよ。脅してるつもりだって毛頭ありませんし。ただ、
もしかしたら、他の人とそういう話題になった時に、うっかり僕の推測を言ってしまう
かもなってだけで」
『うっかりじゃなくて確信犯で言うつもりでしょっ!! 絶対そうよ。この悪魔!!』
それは実に正しい推測だなと、心の中で思いつつも、僕はやんわりと否定する。
「確信犯だなんて、僕はそこまで酷い人間じゃありませんよ」
『十分に酷いわよっ!!』
苦悩する先輩を見ていると、何だかもうそれだけで楽しくなってくる。恐らくもう、
ほとんど落とされているんだろうけど、あともう一歩、踏み込めない事があるのかもし
れない。そのほんの一押しをしてあげる事にした。
「もし、キチンと教えてくれるなら、それは絶対秘密にします。誰にも言ったりはしませんよ」
笑顔を消し、真面目な顔で言うと、先輩がすぐに食いついてきた。
『ホントに? 絶対に誰にも言わない?』
しかし、ハッと気付いたような顔になると、先輩は小さく首を振り、小声で呟く。
『ううん。ダメダメダメ。危うく乗せられるところだったわ。つか、別府君に聞かれる
のが一番イヤなのに……』
「何で僕に聞かれるのがそんなにイヤなんですか?」
先輩の言葉を捉えて聞くと、先輩は顔を上げて僕を見つめ、それからちょっと恥ずか
しそうに顔を逸らして呟いた。
『だ、だって……その…… アンタの事だもん。絶対に笑い者にするし……』
「そんな事ありませんよ。僕はいつだって先輩の事を笑ったりなんてしてませんから」
『ウソ。調子のいい事ばかり言ってさ。絶対笑うって』
660 :10/15:2010/02/06(土) 17:22:25 ID:5W7FNz5g
どうやら、僕は信用されてないらしい。まあ、これだけ弄っていれば無理もないか。
けれど、それはあくまで先輩の可愛らしさを引き出すためであって、バカにしたりする
為じゃない。そこだけは分かって欲しいと思いつつ、先輩を説得する。
「絶対に笑いません。先輩が真面目に考えた抱負だったら、たとえどんなにバカバカし
く思えても、僕は応援しますよ」
『……本当に? 絶対に笑ったりバカにしたり呆れたりしない?』
「ええ。ですから、安心して言って下さい」
コクリと頷くと、先輩に微笑みかける。先輩は上目遣いに僕を見つめていたが、やが
て、恥ずかしそうに視線を逸らした。
『えっと……こ、今年はね。その……もう少し、何て言うか、女の子らしくって言うか
……女を磨こうかなーって……』
先輩の呟きを、僕は大人しく聞いていた。まあ、先輩が女の子らしくなってくれると
言うのは、僕にとっても悪い話じゃない。出来るかどうかは別問題として。
先輩は、言い訳をするかのように、話を続ける。
『だ、だってさ。その……もう、二十歳になって、今年成人式だったじゃない。だった
ら、もう少し大人の女になりたいなっていうか、アンタいつもバカにするから、ちょっ
と見返してやりたいってのもあるし……』
「いいんじゃないですか。立派な抱負だと思いますよ」
そう言うと、先輩はパッと顔を上げて、睨むような目付きで僕をジッと見つめた。
『ホントにそう思って言ってんでしょうね? からかってるわけじゃないわよね?』
全く、どれだけ信用が無いんだか。僕は。
「もちろんですよ。先輩が力になって欲しい事があれば、何でも言ってください」
信じて貰おうと思って、僕は真面目な顔でそう提案したのだが、先輩はプイッと顔を
逸らして、不機嫌そうに答えた。
『いいわよ。別に、アンタなんかに協力して貰わなくたって、一人でコレくらい出来るわよ』
「強気なのはいいんですけど、先輩は自分に甘いですからね。それに、男の視点からも
いろいろと意見を聞いた方が、偏りが無くていいと思いますけど」
『誰が自分に甘いって言うのよ!!』
もっともらしく忠告したら、怒鳴り返された。確かに余計な一言かもしれないけど、
先輩はもっと自分の欠点は自覚した方がいいと思う。
661 :11/15:2010/02/06(土) 17:22:49 ID:5W7FNz5g
「まあ、そこは先輩次第として、どうです? 先輩はあんまり腹を割って話せる男の知
り合いなんていないでしょ? そこで、僕が一つ、いろいろとアドバイスするって言うのは」
『アンタはさっきからいちいちいちいち余計な事ばかり言うわねー』
先輩の声がさらに苛立ちを増す。僕は恐縮して頭を下げた。
「すみません。こればっかりは性分ですから」
『開き直ってんじゃないわよ。これじゃあ、アンタの方が抱負なんて達成出来ないんじゃ
ないの?』
「ご心配なく。さっきも言ったとおり、先輩は除外ですから」
先輩の心配は杞憂とばかりにニコヤカに切り返すと、先輩の怒りが爆発した。
『だから除外すんなって言ってんでしょうがっ!! 大体アンタはあたしを馬鹿にし過
ぎなのよ!! そんな奴のアドバイスなんて聞けるかっての!!』
もっとも、先輩の怒りは受け慣れているので、僕にとっては爆風もそよ風みたいなも
のだ。先輩の感情がちょっと落ち着くのを待ってから、僕は言った。
「それとこれとは別ですよ。安心してください。僕は先輩の事を馬鹿になんてしてませ
ん。むしろ、なまじっか優しくしてあげるだけの子に対してより、先輩の方が僕はずっ
と、女の子として意識して対応してるつもりです」
その言葉に、先輩がピクッと反応する。
『な、何言ってんのよ。アンタのどこが、その、あたしを女の子扱いしてるって言うのよ』
「してますよ。でなきゃ、こんなにいろいろと尽くしたりはしません。お世話になった
先輩ってだけじゃ、ね」
思わせぶりに笑って見せると、先輩は照れたような不満そうな、複雑な表情になって、
唇を尖らせる。
『……尽くすのは当たり前じゃない。後輩なんだから』
「それとも、尽くすだけじゃ足りませんか?」
そう言って先輩のすぐ間近に立つ。この位置だと、手を回せば抱き締める事が出来る
し、あごをしゃくればキスも出来る。そんな雰囲気を感じ取ったのか、先輩はビクンと
肩を小さく震わせた。が、僕から離れようとせず、視線を逸らして小さく言った。
『……そ、それじゃあ、その……何してくれるのよ……?』
「え?」
微妙にピントのズレた逆質問に反射的に聞き返すと、先輩は、強気になって僕に視線を戻す。
662 :12/15:2010/02/06(土) 17:23:12 ID:5W7FNz5g
『女の子扱いしてるって言うんでしょ? だったら、その……アンタは男として、どん
なアドバイスをくれるつもりなのかって聞いてんのよっ!!』
ありゃ、話を逸らされたな、と僕はちょっと残念な気持ちになった。先輩が一言、足
りないって、そう言ってくれれば、いっぱい可愛がるチャンスだったのに。でもまあ、
今はそれを望んでいないと言うのなら仕方が無い、と僕は気持ちを切り替える。
「そうですね。先輩はオシャレが苦手だから、可愛らしい服を選んであげたりお化粧の
仕方をアドバイスしたりとか、お菓子作りを伝授してあげたり、僕がやれる事はいっぱ
いあります」
そう言うと、先輩はちょっと呆れたように返す。
『あんたってば、男のクセに何で女の子以上に女らしい事に詳しいかなー』
「別に女の子になりたいとか思ってる訳じゃありません。ただ、雑学は分け隔てなく覚
えるのが好きなだけです」
こればっかりは僕の自慢出来るところなので自信を持って言うと、先輩はやれやれと
いった調子で肩をすくめた。
『ま、アンタにお願いなんてしたくないけどね。どうせほっといたって口を出してくる
んでしょうから、勝手にしなさいよね』
つまりそれは、宜しくお願いします、という事だと僕は解釈した。なんせ、先輩が素
直に協力を求めてくるなんて有り得ないんだから、勝手にすればいいという事は、勝手
にして欲しいと言う。そこまで深読みしないとこの人とは付き合えない。
「了解です。それじゃあ、さっそくまずは週末デートしますか」
『は……?』
急な僕の提案に、先輩は咄嗟の反応が出来ず、ポカンとした顔になる。それから少し
経って、ようやく事態が飲み込めたのか、一気に顔が真っ赤になった。
『ちょっ……ちょちょちょ、待ちなさいよっ!! ななな、何であたっ……あたしが、
アンタなんかとデートしなきゃなんないのよっ!!』
興奮気味にまくし立てる先輩を、まあまあと手で押し止める。
「落ち着いてください。先輩はあくまで、擬似デートと捉えてくださって結構ですから」
『擬似デートって言ったってデートでしょっ!! 何考えてんのよアンタはっ!!』
「もちろん、先輩がどうやったら女として磨かれるかって事ですが」
663 :13/15:2010/02/06(土) 17:23:40 ID:5W7FNz5g
もっともらしく答えつつ、僕は心の中で首を傾げる。一緒に帰ったりお茶したり、週
末は一緒に過ごすし、映画なんかも二人で見に行くのに、どうしてデートって単語を付
けるだけで、こんなに恥ずかしがるかなと。
『あたしが女を磨く事とデートに何の因果関係があるのよ。きっちり説明しない限り、
そんなの受けられる訳ないでしょ?』
ようやく、ちょっと落ち着いた先輩を前に僕は説明を始めた。
「やっぱり、女の子が自分を磨こうとする最大の動機って、好きな人が出来る事だと思
うんですよ」
『は?』
聞き返す先輩に頷いて、僕は続ける。
「そりゃ、まあ中には恋をしてなくてもそういう努力をするのが好きな人もいますけど、
やっぱり好きな男の人が出来たら、その人に可愛いって思って貰いたいから、一生懸命
努力するでしょ? 先輩だってそうじゃありませんか?」
僕の質問に、先輩は曖昧な顔で頷く。
『えっ……と…… まあ、そりゃ、そうだけど…… でも、あたしはその……好きな人
なんて…………いないし』
好きな人なんて、の後で、先輩がチラリと僕を見たような気がした。気がしたけど、
それは僕の願望込みなのかもしれないので、気にしない事にしておく。
「ですから、僕を好きな人に見立てて、デートの時におしゃれしたり、好きな人の前で
可愛く振舞う練習をしたりすれば、自然と女の子としての魅力もアップしていくんじゃ
ないですかと、僕はそう思うんですけど」
僕の提案に、先輩は戸惑いがちに俯く。それから、ちょっと不服そうな感じで呟く。
『その……アンタの言ってる事は、分からなくもないけど……けど、何でその……アン
タ相手に、あたしが着飾ったりとか、しなきゃなんないのよ……』
「ですから、練習ですよ」
僕はニッコリと微笑んで、先輩のおとがいに手を当て、軽く上に上げる。先輩の目が、
驚いたように大きく見開かれて、僕を見つめた。
「日頃、一緒にいる事が多いんですから、何かとやりやすいでしょ? 僕も、先輩の魅
力を引き出す為に、努力しますよ」
あごから手を離すと、先輩の視線が、また伏目がちになる。
664 :14/15:2010/02/06(土) 17:24:02 ID:5W7FNz5g
『で、でもやっぱりその……今更感が……しない?』
先輩の言いたいことは分かるが、僕は首を振ってそれを否定する。
「だから、デートなんですよ。そう定義するだけで、何か違った感じっていうか、その
……新鮮味があるでしょ? それとも、相手が僕じゃ役不足ですか?」
『そ、そりゃあそうに決まってるじゃない!! あたしの相手なのよ。アンタなんかに
本来は務まる訳ないでしょっ!!』
先輩の答えに、僕は思わずニヤリとしてしまう。わざと間違った使い方をしたが、予
想通りまんまとはまったなと。だけど、敢えて本当の事は言わずに話を進める。
「本来は……って事は、渋々だけどオッケーって事でいいですか?」
言葉尻を捉えて聞くと、先輩は強気に僕を睨み付け、それから視線を外して吐き捨てた。
『しょうがないでしょっ!! 相手役……他にいないんだもん。まさか、部の男子の誰
かに頼む訳にも行かないし……』
「じゃあ、決まりですね。それじゃあ、今度の日曜、早速デートしましょうか?」
スケジュールなんて聞かなくても、デートの約束を取り付けられる女の子は世界広し
といえど、僕には先輩しかいないな、と心の中で思う。
『ちょ、ちょっと待って? いきなり?』
慌てて聞き返す先輩に、僕は頷く。
「ええ。まずは、可愛い服を探しに行きましょうよ。先輩のお出かけ着って限られてま
すからね。まずは外見から磨かないと」
『そりゃそうだけど、でも、そんないきなりとか……』
「いいじゃないですか。どのみち、日曜日はまた僕んちに来るつもりだったんでしょ?」
僕にしてみると、二人で過ごすには違いないんだから、そんなに大して変わりないは
ずだと思う。なのに、いざ形式ばってデートとすると、途端に後ろ向きになる。そんな
先輩が可愛くて仕方が無かったりする。
『あたしのスケジュールを勝手に決めんなっ!!』
僕に予定を言われたことが不満だったのか、先輩が文句を言う。が、僕はあっさり言
い返した。
「じゃあ、他に何か予定ありましたか? 僕は何も聞いてませんけど」
大抵、都合が悪くて顔を出さない時は、先輩は事前に僕に言う。それも何故かちょっ
と自信ありげな感じで。だから、何も言わない時はほぼ100パーセント、僕と過ごすという事だ。
665 :15/15:2010/02/06(土) 17:24:35 ID:5W7FNz5g
『う…… まあ、その……ない、けど……』
ちょっと悔しそうに先輩は答えた。僕はニッコリと笑って頷く。
「じゃあ、決まりですね。とりあえず、先輩がどんなオシャレをしてくるのか、楽しみ
にしてますよ」
『ちょっとちょっとちょっと!! 日曜もオシャレしなくちゃいけない訳?』
慌てたように聞き返す先輩に、僕は頷いた。
「当然でしょう? デートなんですから、恋人と行く気分でお願いしますよ」
『こっ……恋人とって……うっく……』
真っ赤に照れて俯いてしまった先輩を見ながら、僕は、これから先輩と何度もデート
が出来ることを思って、ついつい気分が浮かれがちになるのだった。
666 :おまけ(先輩視点):2010/02/06(土) 17:25:19 ID:5W7FNz5g
『ハァ……』
小さくため息を吐いて、あたしはベッドに転がり込んだ。日曜日に別府君とデートを
するという事実を思い返すたびに、心がくすぐったいような変な気分になって、ギュッ
と身を縮み込ませる。
『うーっ…… 何でなんだろ……別に、一緒にいる事には変わりないのに……』
いや。今までだって、別府君の家に行くのになんとも思ってない訳ではなかったけど、
でも、ここまで変な気分になった事はなかったのに。
『やっぱり……デートだから……かな……?』
口に出して言うと、余計意識してしまって、思わず身を捩じらせた。
『あぁ……もうっ!! 何で、こんな事になっちゃったんだろう……』
いや。この展開はある意味、望むべきところなんだけど。だって、あたしの本当の抱
負は、女の子らしくなって、別府君に告白させる事、だったんだから。上手いこと別府
君好みの子になれれば、それはそれでいいのかも知れない。だけど、逆に言えば、別府
君が協力してしまったら、変わったあたしを見せて、驚かせる事は出来なくなってしまう。
『むつかしいところだけどね…… でも、もうしょうがないし……』
いつも、あたしを立てるようなフリをしつつ、結局主導権は別府君が持って行ってし
まうのだ。きっと、今回だってそうなるだろう。
『デートかぁ…… あらたまってするのは初めて、かも…… はぅぅ……』
別府君が、どんな風にあたしを変えて行くのか。それを想像するだけで、心臓がドキ
ドキしてしまってしょうがない。デートの日まで、いや、もしかしたらその後も、あた
しにとっては眠れない夜が続く事になりそうだった。
終わり
これも本当は1月中に仕上げたかったorz
最終更新:2011年10月25日 19:46