688 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/02/14(日) 17:59:45 ID:.wKOtYws
午後を少し回った辺り、俺はすることもなく近くのゲーセンをブラブラしていた。
時は2月14日。年に一度のバレンタインデー。
コンビニのポップもデパートの案内板も、カラオケも百貨店もケーキ屋も学校も、すべからくどこか浮かれた雰囲気を放っている。
だけど俺には彼女がいない。
母親はこの日にさして感心を抱いていなく、俺は今この時までチョコレートのチョの字も感じずに過ごした。
侘しいといえば侘しいのだけれど、だからといってチョコレートをもらえる奴等を妬むほどの覇気も無い。
チョコを貰わず、かといって僻まず、ただひたすらに第三者。
バレンタインデーを本当に楽しめないのは、実は俺のような人間ではないだろうか。
そんなふうに不幸を気取っていると、不意に片方のポケットが震えた。
中から携帯を探り出し、受話器ボタンを押す。相手は幼馴染のかなみだった。
今から公園まで来い────。
相変わらず強引な奴だなと呆れつつも、足を家の近くの児童公園に向かわせる。
俺もよく従ってるもんだよなあとよく分からない溜め息をついた。
689 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/02/14(日) 18:00:18 ID:.wKOtYws
公園に着くと、時計塔の下でかなみが先に待っていた。
マフラー、帽子、手袋の三点セットが寒がりな所をよく表していて非常に可愛らしい。
「遅い!」
「悪い悪い。そこの通りで子供が迷子になっててな」
さらりと嘘。
「嘘つくなバカ。私が呼び出したら3分以内に待ってるくらいしなさいよね?」
「無茶言うなっつーの。…で、どした?」
用件を聞くと、かなみは一瞬だけ言葉に詰まる。しばらくてろてろしていたが、やがて覚悟を決めたようにばっ!とそれを差し出した。
白いラッピングにピンク色の可愛らしいリボン。
男が持つにはすこし恥ずかしいデザインのそれは───
「チョコレート?」
「…それ以外何に見えるのよバカ。ほら、は、早く受け取りなさいよ!」
妙な気恥ずかしさに頭を掻きつつ、俺はそれをありがたく頂戴した。
「…へえ。まさかかなみから貰えるとはな」
「悪い?…アンタなんかにあげるつもりじゃなかったけど、材料が余ったからついでにつくってやったのよ。感謝しなさいよね」
よくよく材料を余らす奴だ。
そう俺は思ったが、あえて口には出さなかった。
690 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/02/14(日) 18:00:41 ID:.wKOtYws
少しチョコを観察した後、俺はかなみに聞く。
「なあ、これ…開けてもいいか?」
軽い気持ちで聞いたつもりだったのだが──果たして、かなみはその瞬間今日のうちで一番慌てた顔をして俺にまくし立てた。
「だっ…ダメ!絶対ダメ!ど、どこで食べてもアンタの勝手だけど…私の前でだけは開けちゃダメ!」
少しあっけにとられつつ、聞き返す。
「どうして?この場で感想言ったほうが手っ取り早いかと思ったんだけど…」
「…自分の作ったものとか自分で見るの嫌でしょ?そういう事なんだってば……じゃ、じゃあ私これで帰るから!じゃあね!」
そこまで言い切ると、彼女は俺の返しも聞かずにとっとと走り去っていってしまった。
残されたのは俺と、俺にものになったチョコレートのみ。
「……なんなんだアイツ」
妙に落ち着きの無い幼馴染に首を傾げつつ、俺は帰宅についた。
691 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/02/14(日) 18:01:06 ID:.wKOtYws
俺はチョコレートを母の視線から隠すようにして家に上がった。
自室に入り、机の上にチョコレートを置く。
解剖実験の前のようなちょっとした精神の高鳴りを感じつつ、俺は傷をつけないようにラッピングを剥がし、四角いフタを取った。
開けた瞬間、俺は言葉を失った。
そしてかなみの一連の妙な態度にも一気に納得できた。
なんてことはない。箱の中のチョコレートが───綺麗なハートの形をしていたのだった。
最終更新:2011年10月25日 19:49