804 :1/10:2010/03/20(土) 19:08:24 ID:Wnj/a9Zw
(自炊)バレンタインデーにチョコを渡せなかったのにホワイトデーに男からプレゼントを貰ったツンデレ
今日はホワイトデー。一ヶ月前に男の人にチョコを渡した娘だけが浮足立つ権利を持つ
日。そして私にはその権利はなかった。
「はい、友ちゃんこれ」
『わ、ありがとう別府君。ちゃんとお返しくれるなんて思わなかった』
「何言ってんだよ。こう見えても俺は義理堅いんだぜ」
『いやー。あんな義理丸出しのチョコにねぇ。中身何?』
「クッキーだよ。つっても、詰め合わせで買った奴を人数分に包み直しただけだけどな。
部活の女子にも返さなくちゃいけないから」
『何気に人気者じゃのう。お主は。え?』
「だーっ!! つっつくんじゃねえよ。欝陶しいな」
そんなやり取りをこっそりとチラチラ眺めつつ、私は小さくため息をついた。
――あたしもチョコ……あげてたらなあ……
実は私だって、タカシ宛にチョコを用意してはいたのだ。それも義理なんかじゃない。
ちゃんとしたのを。
――友ちゃんとか他の娘がタカシにあげてるのを見て、タイミングを逃してるうちに、渡
しそびれちゃったのよね……
今更ながらに、あの日の苦い思い出が蘇る。今もあのチョコは、私の引き出しの奥にし
まい込まれたままだ。
――自業自得っちゃ、そうだけどさ……
重い気分でいるところを、火に油を注ぐ奴がやって来た。
『見て見てかなみっ!! 別府君からお返し貰っちゃった』
『あっそ。良かったわね』 つまらなさそうに私は答えた。こういう事を一々報告しに来
るのが、実にわざとらしくて、気に入らない。
『羨ましい? 何だったらおすそ分けしてあげよっか?』
『いらない。別に羨ましくもないっつーか、別にあんな奴から貰いたくもないし』
『まったまた。無理しちゃって。勇気出してあげれば良かったーって、今になって悔やん
でんじゃないの?』
『そんな事無いってば。変な妄想しないでよね』
805 :2/10:2010/03/20(土) 19:08:45 ID:Wnj/a9Zw
友子の怖い所は、その変な妄想の90%が正解だという事だ。
「お取り込み中悪いけど、ちょっといいか?」
そこに、唐突にタカシが割って入って来た。私はびっくりして、声のした方を向く。
『キャッ!? ちょっと、びっくりさせないでよ』
私はワザとらしく睨み付けて文句を言った。正直、今日はタカシに話し掛けて貰いたく
ない。だって、寂しさが倍増するだけじゃない。
「悪い。すぐ済むからさ。はい、これ」
ちょっと照れた仕草で、タカシは唐突に綺麗にラッピングされた包みを私に差し出した。
『へ……何よ、これ……?』
私はキョトン、としてそれを見つめた。見た感じ、ホワイトデーのお返しに見える。し
かし、私はあげていないのだから、貰う権利も発生していないのだ。もしかしたら、タカ
シは勘違いをしているのかも知れない。見掛けに寄らず――無論、私から見ればカッコい
いけど――仲の良い女の子が多いタカシは、たくさんとまでは行かなくても、義理チョコ
をそこそこ貰っているから、それで私からも貰ったのだと。
『あのさ、あたしは――』
咄嗟に言い掛けたのを、タカシは手の平で制する。
「かなみからはさ。その……貰えなかったけど、でも、まあ日頃からお世話になってるし、
ついでってのもあるし、それにさ。まあ、くれなかった子に渡しちゃいけないってもんで
もないだろ。だからさ。ほら」
一応、勘違いではなかった訳だ。タカシが包みを押し付けるように差し出すので、あた
しは成り行きのままに、それを受け取ってしまった。
『まあ、その……くれるって言うんなら、貰ってあげなくもないけどさ……』
ちょっと呆然としつつ答えると、タカシはニッコリ笑って頷いた。
「良かった。いらねーって言われたらどうしようかと思ったから。それじゃ、邪魔したな」
そのまま立ち去るタカシを見送っていると、横から脇を激しく突付かれた。
『んきゃっ!? な、何すんのよ友子!!』
悪戯好きの友人を睨み付けると、彼女は唇を尖らせて文句を言って来た。
『ずーるーいーっ!! あげてもいないのに貰えるなんてさ。そんな幸運に預かれるのな
んて、かなみだけじゃないの』
806 :3/10:2010/03/20(土) 19:09:08 ID:Wnj/a9Zw
『ずるいって、別にあたしからくれって言った訳じゃないもん。そんなの、タカシに文句
言いなさいよね』
すると友子は、ジト目で私をジッと見つめた。
『そんな事言って、ホントは嬉しいくせに。ニヤつきを我慢しようと、頬がひくついてま
すぜお嬢さん』
『えっ? ウソ。そんな事ないもん』
その言葉に、私は焦って頬を触る。すると友子がニヤニヤしながら指摘して来た。
『その態度から察するに、図星ってトコかね』
嵌められた事を知り、私の頬がカッと赤くなるのが、温度から感じられた。
『そんな事ないわよ!! 別にあんな奴のなんて、どーだっていいもん』
『じゃ、ちょうだいよ。どうだっていいんなら、いらないんでしょ?』
差し出された友子の手を、軽くペチンと叩く。
『それはダメ。一応、こっ……好意でくれたんだもん。食べなきゃ、その……失礼じゃない』
『じゃ、せめて中身見せてよ。つか、あたしのより包みおっきくない?』
さらに詰め寄る友子から、私は半ば必死で包みをガードする。
『ダメ。別に見せるもんでもないでしょ。開けたら仕舞うのもめんどくさいし。家で適当
な時につまむからいいの』
そんな私を前に、友子は肩を竦めて呆れたように言った。
『はいはい。そんなに独り占めしたいんなら勝手にしなさいな。お家でたっぷりと堪能なさい』
『んな訳無いじゃん。死ねこのバカ』
放課後、大急ぎで家に帰ると、私は自分の部屋でドキドキしながらタカシから貰ったホ
ワイトデーのプレゼントを開けた。
『うわ……何よこれ。何気に豪華じゃない……』
中に入っていたのは、有名洋菓子店のプチケーキだった。それが3つ。間違いなく、お
返しで他の子にあげてたクッキーなんかよりもランクは上だ。
『どうしよう…… こんなもの、貰っちゃっていいのかな…… あたしは何もあげてないのに……』
机の引き出しに入りっ放しの、本命チョコが私の脳裏に思い浮かぶ。今からでも渡せば
と、そう考えて私は首を振った。
807 :4/10:2010/03/20(土) 19:09:33 ID:Wnj/a9Zw
『ダメよ。あんな賞味期限も切れたチョコなんて……』
でも、言葉とは裏腹に、心の中にチョコの占める比重はどんどん大きくなっていった。
ついに堪り切らなくなって、私は携帯のボタンをプッシュした。
「何だよ。いきなりすぐ来いとか呼び出し掛けやがって。今、ちょうど盛り上がってたと
ころだったのによ」
玄関先で私の顔を見るなり文句を言ったタカシを、私はキッと睨み付けた。
『アホくさ。どうせ山田とゲームでもやってたんでしょ? あたしの呼び出しとどっちが
大事なのよ』
「だからこうして来たんだろ。で、一体何の用なんだよ?」
『へっ……?』
最初の答えに思わずドキッとしてしまって、私はその後の言葉が耳に入って来なかった。
――だからこうして……って事は、あたしの呼び出しの方が大事って事よね? うわうわ
うわ……どうしよ。そんな風に思ってくれてたなんて……
「おい、かなみ」
『は?』
タカシの声に、盛り上がっていた思いが寸断される。何か水を差されたような気がして
一瞬イラッと来たが、その気持ちもタカシのより苛立ったような声に吹き飛ばされる。
「いや。は?じゃなくてさ。呼び出したからには用があんだろ?」
『えっ……と、う、うん。そうだけどさ。そんなに急かさなくたっていいじゃないのよ』
思わず自分の世界に入り込んで肝心のタカシを置き去りにした事を気恥ずかしく思いつ
つ、その気持ちを表に出さないように、私は敢えてぶっきらぼうに言った。
「何だよ。ここじゃマズイとかか?」
タカシが怪訝そうな顔で聞く。私はフルフルと顔を左右に振った。
『べ、別にマズイ訳じゃないけど、心の準備というか……』
「は?」
タカシは不思議に思うだろうけど、一ヶ月前に渡しそびれたチョコレートを今更になっ
て渡そうだなんて、凄く勇気が要ることなんだと、いざ渡す段になって、私は改めて認識
せざるを得なかった。
808 :5/10:2010/03/20(土) 19:09:54 ID:Wnj/a9Zw
――うぅ……頑張れ、あたし…… たかがお返しじゃない。勇気出せ。せーのっ!!
心の中で掛け声を出してから、私はずっと背中に隠していたチョコを、タカシの前に両
手で差し出した。
『はい、これっ!!』
お願いします、みたいな感じで頭を下げ、体を僅かに前に傾けたまま、私は硬直した。
「これ……何?」
キョトンとした声でタカシが聞く。私は早口で、頭の中で準備していた言葉を言った。
『きょ、今日その……くれたもののお返しっ!! っていうか、やっぱり何にもあげてな
いのに貰うのって気まずいから。それで、その……バレンタインの時に間違って多く買っ
ちゃって余ってたのがあったから……だから、これ、あげる!!』
言葉を切ってからの間が、私には何千何万時間にも感じられた。
「えっと、その……」
困惑したようなタカシの声が、頭上から聞こえて来る。私は体がビクッと震えたが、タ
カシが受け取ってくれるかどうか分かるまでは、顔を上げる勇気も、声を出す勇気も持ち
合わせてはいなかった。
「悪い。ちょっと驚いちゃってさ。その……今になって貰えるとは思わなかったから。こ
れ……ありがたく頂くよ」
手からチョコの重みが消えるのと同時に、私は顔を上げた。するとタカシが、しげしげ
と包みを眺めているのが視界に入る。
『ちょ、ちょっと。そんなジロジロ見ないでよね。別に毒とか入れてないから』
気恥ずかしさを冗談で紛らわせようとしたが、タカシはそれに構わずに見つめ続けた。
「なあ。これさ。開けていいか?」
『ダメ!!』
タカシの問いを、あたしは即座に拒否する。中身見られたら、ガチガチの本命チョコだっ
てバレちゃうじゃない。いや、どっちみちバレるんだけど、ここで見られたらどんな態
度取っていいか分からなくなってしまう。
『家に帰ってから開けてよね。何もこんな所で開ける必要ないでしょ?』
しかし、タカシはワザとらしく、包装紙を止めているテープを爪で軽く引っ掛けつつ、
言った。
「いいじゃん。ちょっと中見たいだけだからさ。な?」
809 :6/10:2010/03/20(土) 19:10:20 ID:Wnj/a9Zw
『ダメダメダメ!! ダメッたらダメだってば!!』
他人が見たら、むしろ怪しまれるくらいに必死になって、あたしは拒否を続ける。
「何でだよー。てか、受け取ったからにはもう俺のもんだろ? だったらどこで開けても
構わなくね?」
『ここはあたしんちなんだから、していいかどうかはあたしが決めんの!! だからダ
メ!! 絶対にここで開けちゃダメ!!』
しかし、こんだけ必死になったのに、あたしの目の前で包装紙がペラリ、とめくれた。
「やべ。テープに爪かけてたら、剥がれた」
『バカーッ!! 今すぐ直せ!!』
しかし、あたしの言葉なんて全く無視して、タカシは包装紙を広げていく。
「いいじゃんいいじゃん。ここで開いたのもきっと神様のお告げに違いないって」
『嘘よそんなの。開いたとか言ったけど、どう見たってアンタが自分でやったんじゃない。
てかダメだってば!!』
実力行使で阻止しようとするも、背中を向けたタカシ相手に私はどうする事も出来なかった。
「よし。これで開いた。どれ、中身は……と……」
タカシが箱を開けようとするのを見ていられなくなって、私は両手で顔を覆った。その
まましばらく時が流れる。いい加減恥ずかしさよりタカシの反応が気になりだした時に、
タカシがちょっと困惑するような声で言った。
「あのさ、かなみ」
顔を覆っていた両手の指の隙間からタカシを見て、それからあたしは急いで背中を向けた。
『な、何よ。言っとくけど、文句なんて言わせないからね』
強気な口調で言ってはいるが、内心ではタカシがあれを見てどう思ったかを考えると、
怖くて仕方が無かった。
――絶対……本命チョコだって思うよね? どうやって言い訳しよう……
しかし、悩んでいる暇なんて無かった。
「これ、さ。俺が貰って……いいのかな?」
『何でよ。あげるって言ったんだからいいに決まってるでしょ』
戸惑いがちのタカシの声に、あたしは不満気に答える。もうこうなったら成り行き任せしかない。
「いや、だってさ。これって、結構立派なチョコじゃん。どう見ても義理ってレベルじゃねーし」
810 :7/10:2010/03/20(土) 19:10:43 ID:Wnj/a9Zw
『そうだけど、余り物は余り物だもん。自分で食べるのもやだし。だからアンタにあげるっ
つってんのよ。それとも、いらない訳?』
「いやいやいや。そんな事は思ってもいねーけどさ。ただ……誰か、あげる奴がいたんだっ
たら、俺なんかが食べるの気が引けるかな……って」
何気にそういう所を気にするなんて、タカシも意外と繊細だな、とちょっと感心したり
する。同時に、他に好きな人がいると誤解されかかっている事に、私は慌ててそれを否定した。
『べっ……別に本命あげる人なんていないわよ!! 友子が買え買えうるさいから買っちゃっ
ただけで、下手にあげると誤解されるかもしれなくて、処分に困ってたからちょうどいい
なって思ってただけよ。ホントなんだからねっ!!』
自分でも、何か必死過ぎるくらいムキになっていた。タカシはしばらく黙っていたが、
やがてとんでもない事を口にした。
「あのさ。その……多分違うとは思うんだけど……まさか、俺宛だったとか……そういう
事はないよな?」
私は驚いてタカシに向き直った。その瞬間、真面目な顔で私を見つめるタカシとの視線
が交錯する。私の心臓がドキリ、とした。もしここで頷いたりしたら――実はそうなんだっ
て言えたら、どうなるんだろうか。しかし、そんな思いをあっさり吹き飛ばし、いつも
の素直じゃない私が、口を尖らせて否定した。
『なっ……何バカな事言ってんのよ。そんな事ある訳ないでしょ。何勝手な妄想してんのよっ!!』
言い終えると同時にまた、苦い後悔の様な味が口から胸に染み渡るように広がった。タ
カシにキツイ言葉を発した時はいつもの事だが、今日は特に酷い。
「そうだよな…… いや、ゴメン。気ぃ悪くしたならさ。ただ、その……バレンタインデ
ーの時、かなみから貰えなくてちょっと、その……ショックだったからさ。そうだったら
いいなーとか、勝手に考えてたりしてさ。まあ、勘違いだと分かってむしろスッキリしたわ」
『え……?』
驚いて、私は顔を上げてタカシを見つめた。
――ウソ……タカシが、私からのチョコを待ってたって……そんな事……
確かめる為に、敢えて私は信じない素振りを見せた。
『ウソばっか。調子のいい事言っちゃって。友子とか他の子から貰ってるじゃない。アン
タには十分過ぎるほどね』
811 :8/10:2010/03/20(土) 19:11:03 ID:Wnj/a9Zw
しかし、そんな事を言いながらも、私の心はドキドキして仕方が無かった。本当に、タ
カシは私からのチョコが無くてガッカリしていたんだろうか? 仮に方便であったとして
も、そんな事を言われたら動揺せざるを得ない。私は固唾を飲んで、タカシの次の言葉を待った。
「いや、まあそりゃあね。あいつらから貰えるのも嬉しいよ。義理って言うか、友達同士
としてな。けど……まあ、その、何だかんだでお前との付き合いが一番深いし……だから、
まあその、一番期待もしてたって訳で」
『バッ…… バッカじゃないの。何であたしからのチョコなんて……』
こんな、口の悪いだけの女からのチョコを一番期待してくれてたなんて信じられない。
一ヶ月前の私に言ってやりたい。タイミングを見失った上、他の子からチョコ貰ってる隆
を見て、嫉妬して怒って家に帰っちゃって、結局チョコを渡せずに泣いてた私に。勇気出せって。
「いや。けどまあ、こうしてくれただけでも、すっごく嬉しいわ。余りもんとか、時期外
れとか関係なくな。ありがとう」
そう言うタカシの顔は、本当に嬉しそうだった。何かもう、眩しくて私は、そんなタカ
シを見ていられなかった。
――ヤバイ。あたし……どうにかなっちゃいそう……
タカシがここまで喜んでくれた事が、嬉しくて嬉しくて、今にも感情が溢れ出そうだっ
た。それを無理矢理押し込めたものだから、呼吸が息苦しくて、私はタカシに聞こえない
ように抑えながら、何度も呼吸を繰り返した。ギュッと握り締めた手の平には、ジットリ
と汗が滲んでいる。
「それじゃあ……そろそろ帰るよ。ホントに嬉しかった。それじゃな」
黙りこくっていたら、タカシが暇を告げるのが聞こえた。私は、ハッと顔を上げる。何
だか分からないけど、とにかくまだ帰って欲しくなかった。タカシに傍にいて欲しかった。
私は慌ててタカシに手を伸ばしつつ、引き止めようと言葉を発した。
『ちょっ――』
「あ、そうそう」
『へっ!?』
いきなり振り向いたタカシに、私は心臓が止まるほどビックリした。ビックリしすぎて、
悲鳴すら上がらず、小さく変な声を上げて息を呑んだだけだった。
「ん? どしたかなみ?」
『い、いっ……いきなり振り向くな!! このバカ!!』
812 :9/10:2010/03/20(土) 19:11:24 ID:Wnj/a9Zw
驚かされた事にカッとなって、つい怒鳴ってしまう。するとタカシは苦笑しつつ、片手
で私を制した。
「悪い悪い。一つ聞き忘れたことがあってさ。その……俺のあげたケーキ、もう食ったか?」
『へ……?』
唐突な質問に、私はキョトンとした。それから、ちょっと慌てて答える。
『いや、その……まだ、だけど……』
たどたどしく答えると、タカシは笑顔になって言った。
「そっか。一応、かなみの好きそうなものをチョイスしたつもりだったから、口に合えば
いいなって思ってさ。もし良かったら、明日感想聞かせてくれよ。じゃな」
『待った!!』
今度こそ帰ろうと振り向きかけたタカシの服の裾を、私はギュッと掴んだ。タカシが驚
いた顔で私を見下ろす。
「どうしたんだよ? まだ、何かあるのか?」
そう聞かれて、私は困ってしまった。タカシに帰って欲しくない一心で服を掴んでしまっ
たけど、何をしゃべろうかとか、全く考えてなかった。
『えっと……その……あの……』
「は?」
頭の中がどうしようどうしようと言う考えで満たされて、それがグルングルンと回る。
このままじゃタカシが帰ってしまう。そんなの、私はイヤだ。
『ゴメンッ!!』
咄嗟に出た言葉が、これだった。
「ゴメンって……何がだよ……?」
タカシに聞き返され、私はその先の言葉を言うのに戸惑った。いつもの、素直じゃない
私が顔を出す。だけど、言ってしまった以上は突き進むしかないと、私は無理をして、言
葉をひり出す。
『あの……何がってのは、その……あたし、タカシに嘘……吐いたから……』
「嘘ついた……って?」
鸚鵡返しに聞き返すタカシの顔を力強く見つめて勇気を貰うと、それから俯いて目を閉
じ、半ばやけっぱちな感じで言った。
813 :10/10:2010/03/20(土) 19:12:24 ID:Wnj/a9Zw
『だから、その……チョコの事!! 余ったなんて言ったけど……ホントは……タカシの
為に買った物だったのっ!!』
ギュッと体を縮み込ませ、緊張してタカシの言葉を待つが、無言だったので私はそのま
ま言い訳モードに突入した。
『だ、だってその……アンタ、チョコ貰い過ぎなんだもん!! 友子とか部活の子達とか
……だからその……渡すタイミングも無かったし、それに……あたしからのなんて、いら
ないんじゃないかって……だから……なのに、あたしからのチョコ貰えなくて残念だった
なんて……そんな事、思っても無かったから……』
その瞬間、頭に軽く重みが掛かった。そして、優しく撫でてくれる。私はビックリして
顔を上げた。
『タカシ……』
「謝る事なんてねーよ。むしろ……言ってくれてありがとな。チョコ貰えただけでも十分
だったけど……更にご褒美貰えた感じだわ」
私は耐え切れず、タカシの体にギュッと強くしがみ付いた。
『ゴメンなさい。タカシ……ゴメン…… 来年はちゃんとバレンタインにチョコ渡すから……』
「楽しみにしてるよ。まあ、来年は……そうだな。貰うのは、かなみからだけにしとくか。うん」
その言葉に、胸が物凄くキュンと絞られるような感覚に襲われる。
『ホントに? 嘘じゃないの? 約束出来る?』
顔をあげて、まるでおねだりするように私は聞いた。タカシは真面目な顔で頷く。
「ああ。約束するよ」
『じゃあ、約束の証』
私はそう言って目を閉じた。唇をキュッと結ぶ。爆発しそうな心臓の鼓動に耐えて待っ
ていると、やがて唇に何か柔らかいものが触れた。一度、二度、軽く触れてから、強く押
し付けられたタカシの唇を、私も夢中になって求めたのだった。
終わり
まとめてみたら10レスとか、思った以上に長かったぜ。
それにしても一週間とか遅筆にも程があるだろjk
最終更新:2011年10月25日 19:56