508 :1/7:2010/09/23(木) 18:50:29 ID:???
(自炊)男の進路が気になるツンデレ
高校2年の2学期ともなると、そろそろ卒業後の進路を考えなくてはいけない時期だ。
3年生は理系と文系でクラスが別になるので、まずはどちらに進むか。そして、自分の
成績と照らし合わせて、志望校や志望学部なんかも進路指導調査票に書いて提出しなけ
ればならない。しかし、提出が明日だというのに、ボクはまだ、どうしようか決めかねていた。
『別府君てさ。どこの大学……第一志望だっけ?』
新学期最初のクラス委員会が行われた帰り道。副委員長の別府君と並んで歩きながら、
ボクは聞いた。すぐに、ぶっきらぼうな返事が来る。
「美府理科大の理学部だって前にも教えなかったか?」
もちろんボクは聞いている。しかも回数が3回だって事も、いつどこで聞いたかも。
だけどボクは、不機嫌そうにこう答える。
『確かに聞いたかも知れないけど、覚えてないよ。その場の興味で聞いただけなんだし、
君の事にそれほど興味ないもの』
「じゃあ聞くな。答える方が面倒くさい」
多分、冷静に考えれば彼の方が正しいんだろう。けれど、内心では気になって仕方が
ないボクとしては、冷たく突っ撥ねられると、どうしても苛立ちを抑えることが出来なかった。
『いいじゃない。別に聞いたって。答えたからって何かが減る訳でもないでしょ?』
「そうだな。しゃべった分だけ、俺のカロリーが減るかな」
別府君にしては珍しく、ウィットに富んだ返事をして来た。それとも、ただの嫌味な
のか。いずれにしても、ボクが全く面白みを感じなかったのは事実だ。
『ああ。そうなの。それが嫌だったら、一生ずっとしゃべらなければいいじゃない。誰とも』
ケンカ腰のボクの態度にも、別府君は憎たらしいほどに冷静に答える。
「別に減るのが嫌だとか言ってないだろ。委員長が何かが減る訳じゃないって言ったか
ら、減りそうなものを言っただけだ」
『でも、聞かれるのは嫌だから答えたんじゃないの? 嫌味たらしい。言っておくけど、
人間誰しも、別府君みたいに効率よくは生きられないの。悪かったね。フン』
畳み掛けるように言うと、別府君はボクを少し見つめてから視線を逸らし、小さくた
め息を吐いた。それっきり言葉は無く、ボク達は少しの間、無言で並んで歩いていた。
509 :2/7:2010/09/23(木) 18:50:53 ID:???
――何よ、もう。いいじゃない。それくらい、面倒くさがらずにしてくれたっていいのに。
確かに、何度も聞くボクも悪いのかも知れない。だけど、やっぱり思ってしまうのだ。
万が一にも、理系じゃなくて文系へ――出来れば、ボクの志望出来そうな大学へ――進
路変更してくれないかと。
『……よく、理系なんて行く気になるよね。面倒くさいのに』
不貞腐れ気味に言うと、別府君は意外そうに答えた。
「そうか? 先の事を考えると、文系の方がめんどくさいと思うけどな」
『何で? だって、理系ってそもそも勉強が難しいし、勉強だけじゃなくて実験とかも
多いじゃない。文系の学生なんて、遊んでる人の方が多いくらいなのに』
多少、偏見が混じっているかも知れないけど、でも、ボクの意見は間違っていないは
ずだ。大体、誰に聞いても大学の勉強は単位を取るのが主目的で、後はバイトだとかサ
ークル活動だとか、本来の意義とは違う方に精を出す学生が多く、真面目に勉強の為に
通ってる人なんてほとんど見かけないそうだし。
「特に目的も無く、単に就職の手段としてしたくもない勉強に精を出す方が、考えよう
によっては余程大変だと思うんだがな。その点、理系なら自分の専攻した学問に集中出
来そうだし、やることが決まってればその方が楽でいい」
ハァ、とボクは小さくため息を吐く。言われてみれば確かに、一つの事に集中出来る
方が楽なのかもしれないが、それでもボクにとっては、あの複雑な計算式とか、実験と
かを考えると、承服し切れない所もあるのだ。
『でも、文系だからって必ずしもいい加減って訳じゃないじゃない。学者になる人だっ
て大勢いるんだし』
そうだそうだ、と自分の言葉に自分で頷く。国文学だって英文学だって、或いは経済
学や法学にせよ、一つに取り組んで勉強できる事は文系にだってたくさんある。
しかし、別府君は、ボクの言葉をあっさりと一蹴した。
「興味の持てる事があればな。けれど、生憎俺は、現代文も古文も英語も苦手でな。進
む道が分からないのに、楽する為だけに適当に選べば、結局後で苦労するだろ」
『で、でも歴史は得意じゃない。世界史とかさ。そういうのはどうなの?』
何とかリカバーしようと試みたが、これも即座に切り捨てられた。
510 :3/7:2010/09/23(木) 18:51:13 ID:???
「史学は人による解釈が様々だからな。同じ史料を読んでも全く違う解釈をする学者が
いるし、どの史料が正しくてどれが間違いかを正確に判断出来るなんて無理な話だし。
仮説から検証なら、物理の方が数字で導き出せるだけに、曖昧さはないしな」
何となく、別府君の言っている意味は分かる。分かるけど、何故かボクは納得したくなかった。
『だけど、めんどくさいとかめんどくさくないとか、そんな事で進路を決めちゃってい
いの? それとも、何か研究テーマとか、もうやりたい事あるの?』
まるで先生のような言い草で、ボクは別府君を問い質した。もし、これでやりたい事
があるとか言われたら、もう別府君の気持ちは翻しようがない。無言の別府君を、ボク
はドキドキしながら見つめて返事を待った。
「いや。今んところはまだ決めてないな。とりあえず、物理が得意だから、そっち方面
がいいかなって思ってるくらいで……」
『ほら。いい加減じゃん。その程度の事で進路を決めたりしたらダメなんじゃないの?
大学に行くだけだったらそれでもいいかも知れないけど、将来の仕事の事とかもちゃん
と考えないと』
ちょっとホッとしたボクは、ここぞとばかりに別府君に反論する。しかし別府君は、
ちょっと困った顔で視線を逸らした。
「……別に、委員長に俺の将来を心配して貰う必要なんて、ないと思うんだけどな」
その言葉に、ボクはハッとして思わず口を押さえた。体がカッと熱くなるのを感じる。
『べ、別に別府君の将来を心配して言ったわけじゃないってば!! その、何ていうか、
一般論っていうか……あくまでちょっとした忠告として言っただけで、ついおせっかい
って言うか……別に、ボクは別府君がどうだろうと関係ないんだけどさ』
慌てて言い訳をすると、別府君は視線を前に向けたまま、ぶっきらぼうに言った。
「じゃあ、何も俺の進路を、そうムキになって否定する事ないだろ? 大体、今は理系
志望者は減ってるからな。むしろ職に就くにも有利なんじゃないかとも思うんだが。そ
れに、上手く行けば研究室に入って、そこから紹介して貰えるしな。そうすれば、スー
ツ着て汗だくになりながら、何社も説明会に回らなくて済むかも知れないし」
『う…… まあ、確かに別府君に、就活なんて似合わなさそうだけど……』
511 :4/7:2010/09/23(木) 18:51:34 ID:???
ボクの兄が去年だか一昨年だかに就職活動をしていたけど、似合わないスーツを着て
会社説明会や面接に出掛けたり、ネットでいろいろと情報集めたりエントリーしたり、
友達と情報交換したりしていたりして、本当に地道で大変そうだなと思った。あの兄が
出来て別府君に出来ないとは思えないけど、でもやはり想像は付きづらい。
「悪かったな。それに、どのみち進路票の提出って明日だろ? 今更変えるのもバカバ
カしいしな。俺には多分、こっちの方が合ってるんだろう」
別府君の言葉に、もう答える気力も無く、ボクは俯いて歩く。このままだと、別府君
は間違いなく理系クラスに行ってしまうだろう。ボクの進路とか関係無しに。いや。気
にする方がおかしいのかも知れないけど、それでもボクは気にして欲しかった。
「ところで、委員長は進路票はもう出したのか?」
何気ない問いに、ボクは反射的に顔を上げて別府君を見つめた。真顔でボクを見下ろ
すその視線とまともにぶつかってしまい、一瞬ボクの思考から全てが飛んだ。
『え……?』
「いや。だからさ。進路票、出したのかって」
その言葉に、ボクはようやく我に返る。慌てて視線を逸らし、俯いたまましばらくど
う答えようか迷ったが、結局ボクは、正直に答えてしまった。
『えっと……その……まだ……』
「珍しいな。委員長が、提出物をギリギリまで出さないなんて。いつもは出したか出し
たかって、人にせっつく方なのに」
ちょっと驚いた声の別府君に、ボクは顔を上げて睨み付ける。
『うるさいな。さっきも言ったけど、進路ってすごく重要な事なんだから、ただ書いて
出せばいいってもんじゃないの。君みたいに適当には決められないんだから。分かる?』
すると、別府君の口が一瞬開きかけ、そして閉じた。何か言い返そうとでも思ったの
だろうか。でも、少しして別府君の口から出た言葉は違っていた。
「委員長はさ。英語が得意なんだし、言語学とかそっちの方に進んだ方がいいんじゃな
いか? 好きなんだろ? 英語」
『そんな、得意だからとか好きだからとか、その程度で短絡的に決めるものじゃないで
しょ? 言ったじゃない。進路って将来の人生に係わる重要なものなんだから。大学は
それでいいかも知れないけど、語学が生かせる職なんて限られてるんだし』
512 :5/7:2010/09/23(木) 18:52:05 ID:???
別府君の意見に、そう説教しつつ反論すると、別府君は鞄を持ったまま、器用に両手
を組んで後ろ頭に当て、ストレッチをするように体を逸らす。
「そんな、深く考える事もないと思うんだけどな。英語ってそれだけでスキルになるじゃ
ん。選びようによっては、役立つ分野だと思うけどな」
『別府君みたいに、ボクは単純な思考回路じゃないの。こればっかりは、ちゃんと考え
て選ばなくちゃいけないんだから』
偉そうに言うと、別府君は肩を竦めて言った。
「ま、こればっかりは俺がどうこう言う問題じゃないからな。まあ、しっかり考えてか
ら決めればいいんじゃないのか? どうしても提出期限に間に合わなさそうなら、先生
にでも相談すりゃいいし」
『言われなくても、ちゃんと考えて決めますよ。別府君と違ってね』
最後につい、余計な一言を付け加えてしまったが、別府君はただ、もう一度肩を竦め
ただけだった。
その夜、進路希望票を机の上に置きつつ、ボクは何度もため息を吐いていた。
『……どうしようかな……』
昼間、別府君には偉そうな事を言ったが、ボクは未だ、文系か理系かすらも決めてい
なかった。決められなかった。
『どう考えても、成績的にはこっちなんだけどな……』
ボクの成績は、圧倒的に英語と古文、現代文に偏りがちである。歴史の成績は世界史
日本史問わず水準以上。一方、理数系となると平均点を取るのがやっとである。
『どのみち、センター試験受けるから、全部勉強はしなくちゃいけないんだけどさ……』
いや。もっと楽な方法もある。先生は、ボクの成績なら推薦で合格出来るんじゃない
かと言っていた。勧めてくれた大学は、私立だが、そこそこ難関に位置する大学だ。
『別府君なら、迷わず推薦選ぶよね……』
また、彼の顔を思い出して呟く。そう。ボクがこんなに悩んでいるのも、全部別府君
のせいなのだ。
『別府君は……平気なんだろうな…… 3年になって、理系と文系でクラスが分かれて、
ボクと違うクラスになっちゃっても……』
513 :6/7:2010/09/23(木) 18:52:28 ID:???
椅子の背もたれに寄りかかり、天井を見上げて深いため息を吐く。人には将来の事を
ちゃんと考えろとか言って、一番直近の事しか考えていないのはボクの方だった。
『別府君のことだもの。違うクラスになったら……違う大学になったら…… どんどん
ボクの事なんて忘れちゃうんだろうな……』
所詮、ボクなんて、別府君にとっては単なるクラスメート。おせっかいで、よく話し
掛けて来たりするだけの女子に過ぎないんだろう。
『ボクは……ボクなりに、頑張ってるつもり……なんだけどな…… でも、憎まれ口ばっ
か叩いてるから、そっちの印象の方が強いよね……』
体を起こして、もう一度進路票に向き合う。このまま、彼に心を置き去りにしたまま、
自分の得意な方に進むか。それとも……
『ダメだ…… ううん。分かってる。分かってるんだけど……正解は……だけど、けど……
絶対、後悔するから…… それも分かってるから……』
結局、夜が白み始めるまで、ボクはシャープペンを弄ぶ事しか出来なかった。
二日後の帰りのホームルームの後だった。
『一杉さん。帰る前に、ちょっと国語科準備室、寄ってかない?』
まるでお茶にでも誘うような口調で先生に言われた。
『え? あ、はい』
ボクはすぐに頷く。クラスの誰も、ボクと先生のそんなやり取りに注目する人がいな
いのも、ボクが委員長で先生からの呼び出しなんてしょっちゅうだからだろう。だから
ボクも慣れっこなはずなのだが、今日はさすがにちょっと緊張している。先生の呼び出
しがなんなのか、分かっていたから。
『悠。先生の用事ってすぐ終わりそう? だったら、待ってよっか?』
友香がそう言ってくれたが、ボクは首を振る。
『ううん。もしかしたら時間、掛かるかも知れないからいいよ。先帰ってて』
一つには、帰り道に余計な詮索をされるかも知れないのを危惧して、ボクは断った。
しかし友香は、にんまりと意地の悪い笑顔でこんな事を言った。
『あら? 今日はあたしを追い払っても、愛しの別府君とは一緒に帰れないわよ。だっ
て、もう先帰っちゃったみたいだし』
514 :7/7:2010/09/23(木) 18:53:01 ID:???
だけど、いい加減その程度のからかいでは動じなくなっているボクは、抜く手も見せ
ずに友香のおでこにベチン、とデコピンをしてから文句を言い返した。
『全く。別府君は関係ないっていつも言ってるじゃない。たまたまタイミングでも合わ
ない限り、別に一緒に帰る必要なんてないんだから。今度そんな事言ったら承知しない
からね』
『あーうー…… もう十分痛いってば……』
懲りるという言葉を知らない友香には、これくらいやってもバチは当たらないのだ。
ボクはフン、と一つ、荒い鼻息だけ残して教室を出て行った。
続く
全部で3回くらいになる予定。
最終更新:2011年10月25日 21:16