518 :1/6:2010/09/25(土) 00:12:48 ID:???
(自炊)男の進路が気になるツンデレ その2

『はい、どうぞ』
『あ、すみません』
 国語科準備室に行くと、本当にお茶とお茶菓子が出て来た。もう出されてしまったも
のを断る訳にも行かないし、ボクは恐縮して頷く。
『これ、主任先生の出張みやげで“なごやん”っていうお菓子なの。先生も食べたけど、
美味しかったからさ。食べて食べて』
『い、頂きます……』
 一口、お茶を飲んでからお菓子を一つ貰い、封を開けて口に入れる。カステラみたい
な生地のお饅頭で、中は白餡が詰まっており、和菓子独特のほんのりとした甘さが口の
中に広がる。
『どお? 美味しいでしょお? まだあるから、遠慮しないでね』
『あ、はい……』
 口直しにお茶を口に含みつつ、ボクはうっかりすればまだ高校生に見えなくもない、
童顔の担任を見つめる。一瞬、用事と言うのは、本当にお茶をご馳走する為だけに呼ば
れたのかと思ってしまうくらい、何かのんびりした気分にさせられてしまう。すると、
油断した所で、先生がいきなり切り出した。
『それで、今日呼んだのはね。先生、ちょっと一杉さんにお話があるの』
『え? あ、はい』
 うっかり緩みそうになった心のタガを締め直すと、ボクは姿勢を正して先生を見つめ
た。すると先生は、笑顔で手を軽く振る。
『そんな、緊張しなくってもいいから。もうちょっとリラックスして』
『は、はい』
 そうは言っても、進路の話だって分かってる以上、緊張せずにはいられない。先生は、
書類の束から、一枚の紙を抜き出した。
『話って言うのは、これの事』
 先生が、ボクに進路希望票を示して見せる。そこには、一昨日の夜に、朝までかかっ
て悩んだ末に書いた進路先が書かれている。
『はい』

519 :2/6:2010/09/25(土) 00:13:11 ID:???
 ボクが頷くと、先生は真面目そう、というよりも、ちょっと残念そうな顔をした。
『本気なの? 美府理科大って。先生、一杉さんは、絶対英文学とか外国語の方に進む
と思ってたんだけど』
 ボクは、小さく頷いた。
『はい。今、得意だからとかそういうのだけじゃなくて、将来の事もいろいろと考えて、
悩んだ上で選んだ事ですから』
『でも、一杉さんって、物理とか得意じゃないじゃない。あなたの学力だったら、文系
なら六大学も狙えると思うんだけど。ちょっと、もったいなくない?』
『それももちろん考えました。そういう事も含めて、ちょっとチャレンジしたいなって。
苦手だから嫌いっていう訳でもないですし』
 先生の質問が分かっていただけに、ボクの答えは淡々としていて明快だった。もう、
何度も頭の中でシュミレートしていたから。本当は今でも、理数系の何が面白いのかは
理解出来ないけど、理解したいとは思っている。それが、別府君を理解する事にも繋が
るのなら。
『分かった。先生からしてみると、すっごく残念だけどぉ…… でも、一杉さんが頑張
るって言うなら仕方ないっか。どーせ、あなたの事だもん。先生が何て言ったって、聞
かないでしょーし』
『はい』
 ボクは、ちょっと笑顔になって言った。先生が認めてくれて、ちょっとホッとしたの
だ。多分無いだろうとは思っていても、もし反対されて親を巻き込む事態になったらど
うしようという不安もあったのだ。
『ま、一杉さんならあと一年あれば何とかするでしょ。いっそ、明治の理工学部とか狙っ
ちゃう?』
 本気とも冗談とも付かない笑顔で言うものだから、ボクの方が思わず引いてしまった。
『そ、それはさすがに無理かと…… でも、美府理科大は、今のところの実力を考えて
の事ですから。来年、進路を決める時には、もっと上の大学を狙えたらいいな……とは、
思ってますけど……』
『そうねそうね。さすが一杉さん。頑張れっ♪ ファイトッ♪』
 こんな可愛らしい応援されると、ボクとしては、理由も理由だけに何となく照れ臭く
なって、身を縮み込ませてしまうのだった。

520 :3/6:2010/09/25(土) 00:13:35 ID:???
 準備室を出ると、友香が待っていた。
『お疲れ様。悠。お勤めご苦労様』
『先に帰ってていいって言ったのに……』
 ため息を吐くボクに、友香は笑顔を浮かべ、唐突に肩を抱いて来た。
『冷たいこと言わないの。親友なのにさ』
『普通、自分で親友とか言っちゃうかな…… とにかく、うっとうしいから、離して』
 肩を揺らして拒絶の反応を示すが、友香は全然意にも介さなかった。
『まーまー。良いではないですか。これも、親愛の証ですよ』
 だけど、ボクには分かっている。こういう態度の友香は、絶対に何か含みを持ってい
るに決まっている。それも、ボクにとっては非常に不都合な事だ。
『言っとくけど、先生に何を言われたかは話さないからね』
 先手を打って釘を刺す。しかし友香は首を振った。
『聞かないわよ。そんな事』
 意外に思って友香の顔を見つめた途端、友香はニンマリと笑顔を見せて言葉を続けた。
『だって、分かってるもの。進路の事でしょ?』
『へ……っ?』
 驚いて友香から体を離そうとするが、肩をがっちりと掴まれてしまい、ボクは体を動
かす事が出来なかった。友香はクスッと微笑み、ちょっと得意気に語る。
『だって、昨日進路票を提出したこのタイミングだもん。それに、どんな理由かも分かっ
てるし。悠ってば、理系の学部を選択したんでしょ?』
『何で知ってんの!?』
 さすがにボクも、驚きの余り叫んでしまう。しかし、友香はさも当然と言った感じで頷いた。
『幼馴染を舐めちゃいかんぜよ。だーって、悠が進路で悩んでるって言ったら、それし
かないもん。どーせ、別府君が理系の大学に進学するからでしょ。ま、そーいうのも良
いわよね。好きな男の子と、同じ大学に行きたいってのもさ。羨ましいな。悠は』
『違うってば!! 別に別府君の進路なんて、ぜんっぜん、まっったく、関係なんてな
いんだから!! あくまでその……ボクが、ボクの将来のことまでじっくり考えて、考
えて、考えた挙句の結果なんだから。そんな……友香が考えてるような浮ついた気持ち
は、全然ないんだからねっ!!』
『じゃー、別府君が文系だったとしても、悠は理系を選択したんだ』

521 :4/6:2010/09/25(土) 00:14:06 ID:???
『あ……当たり前じゃない。そんな事……』
『今、ちょっと声のトーンが下がったね?』
『下がってない!! 友香は先入観持ち過ぎなの。勝手にカップリングして妄想するの
はともかく、それをボクに押し付けないでよね』
 どうして友香には、いつもいつも、ボクの心が見透かされてしまうんだろうかと、ボ
クは不思議に思う。単にボクが単純なだけなのだろうか。それとも、さすがに付き合い
が長いだけに、ボクの性格を隅々まで知り尽くされているからだろうか。
『はいはい。じゃあ、そういう事にしとくとして、一つだけ教えて?』
 すんなりと頷くと、友香は人差し指をピトッとボクの鼻の頭に当てて、軽くクリクリ
と弄る。ボクはそれを振り払おうと身悶えしたが、肩を抱きかかえられていては、腕を
自由に動かす事すらままならなかった。まるで、連行されている捕虜みたいだ。
『ボクの顔をおもちゃにしないでってば!! とりあえず、離してよね。話はそれから』
 そう言っても、友香は全然腕に込めた力を緩めようとはしなかった。
『悠がちゃんとあたしの質問に答えたら、離してあげる。でないと、逃げられちゃうか
も知れないしね』
『逃げたりなんてしないってば。それにどうせ、今逃げたからって、この先も友香から
は逃げられないんだから』
 不機嫌極まりない口調で答えると、友香はウンウン、と頷く。
『さすが、付き合い長いだけあるわねー。褒めてあげるわ』
 今度は、頭をグリグリと手で撫で回された。さすがのボクも苛立ちが頂点に達する。
『鬱陶しいっての!! いいから、質問あるなら、早く言ってよ』
 声を荒げて急かすと、友香は片手でまあまあという仕草をしつつ、頷いた。
『ゴメンゴメン。じゃ、聞くけどさ。悠の志望校って、美府理科大じゃない?』
『何で知ってんの?』
 咄嗟に聞き返して、ボクは心の中でしまった、と思った。案の定、友香はしてやった
りの笑顔を浮かべて、ボクの肩をポンポンと叩く。
『ほうら。やっぱり別府君と同じ志望校じゃん』
 友香の指摘に、ボクの顔がカーッと熱を帯びて行く。
『そ……それはたまたまなだけだってば!! ボクの今の学力だと、美府理大がちょう
どいいくらいなんだから、そうしただけで……』

522 :5/6:2010/09/25(土) 00:14:31 ID:???
『でもさ。別府君の志望校は知ってたよね? あたしが知ってたくらいなんだし』
 友香の指摘に、グッと言葉が詰まってしまう。知らなかったと言いたかったけど、ど
うせウソ臭くなってしまうし、友香に掛かればあっさりと見破られてしまうだろう。だ
けど、沈黙は頷いたも同じだった。
『やっぱり。知ってて書くって事は、やっぱり意識したんじゃないの?』
 ボクの肩から手を離すと、友香はクルリとワザとらしく回ってボクの前に立ち、人差
し指で顔を指した。ボクは、うううっと唸りつつも、反論を何とか試みる。
『だ、だって別府君が同じ志望校だからって、変える方が悔しいじゃない。大体、そこ
まで嫌じゃないし。それに受かるかどうかも分からないでしょ?』
 友香は、うんうん、と頷きながらボクの言葉を聞く。それから、大げさにため息を吐
いて言った。
『ま、悠がどんな理由だろうと構わないけどね。でも、やっぱり親友より男を取るかあ……
いーな。恋愛にそこまで賭けれるってさ。あたしもそんな恋、したいよ』
『人の話、これっぽっちも聞いてないでしょっ!! この、バカ!!』
 友香の勝手な言葉に、ボクは真っ赤になって怒鳴った。友香は、アハッと可愛らしく
笑ってそれをかわすと、ボクの顔を見つめて聞いてきた。
『……ところでさ。悠、今日は暇よね?』
『さも当然のように言わないでよ。まあ……暇だけど……』
 何かちょっと、認めるのが悔しいなと思いつつ、ボクは頷く。すると友香は、笑顔で
こう提案してきた。
『それじゃさ。今から悠の頑張ろう会って事で、ミスド行こう。ね?』
『は?』
 ボクは思わず怪訝そうに聞き返す。ボクの頑張ろう会って、意味が分からない。来年
が受験生なのは、友香も同じなのに。
『いや。だからさ。恋の為に敢えて茨の道へと踏み出す悠をさ。励ましてあげないとっ
て事よ。うん』
 腕組みをして頷く友香に、ボクは噛み付かんばかりに反論する。
『だから、恋の為じゃないってば!! 何度言ったら理解すんのよ!!』
 しかし、友香は頷いただけで、ボクの怒りをサラッと流してしまうと、ボクの手を握っ
て歩き出す。

523 :6/6:2010/09/25(土) 00:16:00 ID:???
『とにかく行こっ♪ あたし、お腹空いちゃったからさ。ドーナツ食べたくてしょうが
ないんだ。ね?』
『ちょっと待ってよ。それって単にドーナツ食べたいだけじゃないの?』
 ボクの言葉に、友香は振り向くと首を振った。
『ノンノン。ちゃーんと、悠にはたっぷりと励ましやらアドバイスやら、差し上げます
から安心して』
『それって、ボクを単に話のネタにしたいだけのクセに……』
 半ば諦め混じりの呟きに、友香はとんでもないとばかりに首を振った。
『そんな事無いってば。あ、そうそう。睦とか葉山さんとか呼ばないとね。こんな美味
しい話を独り占めにしたら怒られるわ』
『やっぱりそうじゃない!! ていうか、呼ばないでよね!!』
 しかし、抵抗空しく、友香の電話は無事に二人に繋がってしまい、ボクはミスドで、
3人の女子によるハードな尋問を受けるハメになってしまったのだった。


続く
ちょっと不調気味なのか、台詞と台詞の繋ぎに苦労する……
最終更新:2011年10月25日 21:16