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(自炊)男の進路が気になるツンデレ その3
数日後の放課後。久し振りにボクは、別府君と帰る機会を得ることが出来た。いつも
のように隣に並んで歩き、今日は何を話そうかと考えていると、意外なことに、別府君
の方から話し掛けてきた。
「あのさ。お前――」
『え? 何?』
自分からはあまり話さない別府君がいきなり口を開いたものだから、ボクは驚いて聞
き返してしまった。すると別府君が、真顔でボクを見返して来る。何となく、別府君が
このまま話題を打ち切ってしまいそうな気がして、ボクは慌てて前言を打ち消す。
『いや、いいよ。その……続けて』
「あ、ああ」
別府君は頷くと、何となく言いにくそうな感じで口を開く。
「その……さ。お前、美府理科大にしたんだって? 志望校」
『な……何で知ってるの?』
一瞬、驚いて聞き返す。しかし、ボクがその事について考える間もなく、別府君が答えた。
「いや。千早から聞いたから」
『ああ……』
友香の顔が浮かび、ボクは、諦めに似たため息と共に頷く。こないだはミスドで、三
人で勝手に人の恋をダシにして盛り上がってたっけ。いくら否定してもちっとも聞かないし。
『で、他には何か言ってたの?』
ちょっと不安になって、別府君に尋ねる。余計な事をベラベラとしゃべられたとした
ら、恥ずかしくて別府君の前に顔なんか出せなくなってしまう。
しかし、ボクの不安は当たらなかった。別府君は、首を左右に振って、それを否定した。
「いや。何か、ニヤニヤしながら、どうしてか知りたかったら、お前から直接聞けって
言われただけだ。自分から、言うだけ言っといてな」
ボクは、小さく安堵の吐息を吐く。まあ、それはそれでいかにも友香らしい。相手の
興味をくすぐるだけくすぐって放置する辺りが。
『で、何? 理由とか……知りたいの?』
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別府君の顔色を窺いつつ、聞いてみる。が、別府君はボクの顔をチラリと見ただけで、
頷きも否定もしなかった。ちょっと間を置いてから、口を開く。
「いや。ちょっと興味はあるけどな。別に知りたいって程じゃない。言いたくなければ
別にそれでいいぞ」
相変わらずの淡白さ。こうなって来ると、何だか逆に、こっちの方から突っ込みたく
なってしまう。
『興味……あるの? ボクの進路に?』
自分で言ってから、自分の言葉にドキリとしてしまう。もし、別府君がボクの事に、
少しでも興味を示してくれたのなら、それはそれで進歩なのかも知れない。
ボクの質問に、別府君は僅かに頷く。
「ああ。まあ……委員長は、文系の大学に行くと思ってたからな。ちょっと意外だなっ
て思った。それだけだけどな」
『イメージだけで、人の進路まで勝手に決めつけないでくれない? そういうの、良くないよ』
ちょっとお説教口調で言うと、別府君は困ったように頭を掻いた。
「いや。俺ならそうするってのもあるからな。得意科目があるなら、そっちを選択した
ほうが楽だし。古文や英語が得意なら、俺も文系に進んだと思うぞ」
『進路を決めるって、そういう物なの?』
ちょっと呆れた口調で聞き返す。この間、将来の事が云々かんぬん言っていたけど、
それは嘘だったのだろうかとも思ってしまう。しかし、別府君はあっさりと頷いた。
「ま、俺にとってはな。特にしたいものも分からないのに、より努力の必要な方に行く
なんて、有り得ないし」
『人生にはチャレンジだって必要なの。若い時の苦労は買ってでもしろって言葉、聞い
た事ない?』
しかし、ボクの言葉に、別府君は首を傾げただけだった。
「さあな。いずれにしても、俺には縁が無いな」
あっさりと答えられて、ボクはまた、ため息を吐く。
『だよね。大体、志望校にしてからが、美府理大だもん』
すると、ボクの言葉に別府君が僅かに怪訝そうな顔をした。
「何だ、それ。美府理大で何かマズい事でもあるのか?」
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ボクは、大仰に首を左右に振ってそれに答える。
『別に。ただ、楽してるなーって。別府君なら、もうちょっと上の学校を狙えるのに。
本来なら、滑り止めに選ぶ所じゃないの?』
「何も、無理してレベルの高い大学を狙う必要はないだろ。受験料も無駄になるしな。
俺は、確実性の高い大学を選んでるだけだ。浪人して、もう一年勉強漬けになるのは勘弁だしな」
別府君らしい合理性だとは思う。それに美府理大は、別段低レベルと言う訳でもなく、
施設も揃っているし、何人かは有名な教授もいるらしい。ボクも、志望校に選んだ以上、
さすがにその程度は調べた。とはいえ、引っ込みの付かなくなってしまったボクは、別
府君の言葉に納得するわけには行かなくなっていた。
『だったら、せめて一つは、チャレンジする大学を受けてみてもいいんじゃないの? 今、
ここで勉強しておく事は、絶対無駄じゃないと思うんだけど』
「受験の為だけの勉強が、将来に役立つとは思えないな。それに、上の大学はセンター
必須だろ? 英語や国語が足を引っ張るから、どうせそこで上には行けないさ」
サラリと言ってのける別府君を、ボクは意地でも説得したくなった。意味のないとこ
ろでムキになるのは悪い癖だと自分でも分かってはいるのだけど、どうしてもしないで
はいられなかった。
『苦手なものがあるなら、克服しないと。ボクだって、そうしたいから理系に進むんだ
もの。キミ一人だけ、逃げようとするなんて、ズルイと思う』
「は? いや。よく意味が分からん。俺が、何に逃げてるって?」
『だから、苦手な物からだってば。今の実力じゃダメでも、一年努力すればどうなるか
分からないのに。最初から限界を決め付けるとか、そういうのは、良くないと思う』
ボクは、別府君の進路を遮るように前に立つと、両手を腰に当て、いかり肩で別府君
を睨み付ける。別府君は立ち止まると、困った顔でボクを見つめる。
「じゃあ、何だ。委員長は、俺がどこの大学を受験すれば気が済むんだ? そこを受け
るって言えば気が済むのなら教えてくれ」
その言葉から、ボクは別府君がこの場を適当に流そうとしていると感じて首を振った。
『別に、どこの大学ならなんてのはないよ。けれど、別府君の実力なら、もっと高いレ
ベルの大学が目指せるはずだと思ったから、そう言っただけだもの。具体的な大学名は、
先生にでも相談して決めてよ』
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そう言って、ボクは別府君に背を向けてゆっくりと歩き出す。しかし、心が落ち着い
てくると、今度は何だか複雑な気分になった。別府君に努力して欲しいのは確かだけど、
でも、もし彼が頑張って成績を上げたら、今度はボクの手の届かない学校に行ってしま
うかもしれない。
――それは……イヤだな…… せっかく、別府君と同じコースを選択したのに……
別府君と同じ大学に行きたい。だけど、別府君が頑張る姿も見たい。矛盾しているの
は分かっているけど、どっちもボクの本心だった。
「……あのさ」
ボクの横を、同じようにゆっくりと歩いていた別府君が、声を掛けて来た。
『何?』
冷静を装いつつ、ボクは聞き返す。本当は、別府君に何を言われるのかと、かなりド
キドキしているのだけれど。
「努力しろとか、苦労しろとか言うけどさ。そんなの、どこで分かるんだ?」
『え……?』
ボクは、顔を上げて別府君を見つめた。別府君もこっちに軽く視線を流しているが、
表情はいつもと同じで、何を考えているのかは全く読めなかった。
「いや。委員長にさ。俺が努力したとして、それをどう分かって貰えればいいのかなって思って」
『そんなの、ボクにアピールすることじゃないでしょ? 自分の為の努力じゃない。ボ
クを満足させる為にとか、そんなのおかしいから』
突き放したようにボクは答えた。ボクの為に頑張るって言うなら、それはそれで嬉し
いけど、でも、何となく違うような気がする。大体、ボクが別府君に何かを頼んでいる
訳でもないし。それに、別府君の事だから、どうせボクからうるさい事を言われるのが
うんざりだからとか、そんな理由に決まっているし。
「けれど、委員長からそう言われて努力するなら、少しは認めて貰えないとな。努力し
たからって成績が上がる保障はないし、それでまた、頑張ってないだの努力が足りない
だの、結局楽したんじゃないかとか思われたら、バカバカしいからな」
『う……』
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その言葉に、ボクは思わず考え込んでしまった。もちろん、ボクは別府君が努力すれ
ば、絶対それに気付くと思っている。だって、いつもちゃんと見ているもの。だけど、
別府君からすればそんなの分からないし、確かにボクなら、いかにも言いそうな言葉で
はあったからだ。
「成果も上がらないし誰からも認められないんじゃ、そんなの結局無駄な努力って事に
ならないか? まあ、目標があるなら、それに越した事は無いけど、努力する為に目標
を作るってのもおかしな話だしな。だったら、自分の出来る範囲でやった方が――」
『ま、待ってよ』
言い負かされそうになって、ボクは慌てて言葉を途中で遮った。
『だったら……せめて、ボクが努力したって認めてあげればいいの? もっとも、本当
に別府君が努力したなら、だけど』
すると、何故か別府君は視線を逸らし、鼻に親指を当てて軽く擦る仕草をした。
「まあな。委員長が言ったとおり、それもおかしな話だけど、でもまあ、努力しろって
言った本人に認められれば、まあ仮に結果が出なかったとしても、胸の空く思いはするな」
『だったら、ボクが見てあげればいいんでしょ?』
咄嗟に出た言葉に、ボク自身が驚く。別府君も、ちょっと驚いた顔でボクを見つめた
ものだから、ボクは恥ずかしくなって視線を逸らしてしまった。
「見るって……どう、見るんだ?」
別府君が聞いてくる。そんな事、考えてもいなかったからボクはどうしようかと一瞬
迷った。だけど、すぐに思いつく。ボクと別府君の間なら、これしかないと。
『……毎週木曜か金曜に……図書室で勉強しよう? そうすれば、ボクも別府君がどれ
だけ勉強してるかとか……分かるし。委員会とかで時間が取れなかったら、その……土
曜日に図書館で、とかでもいいから』
弱気になりそうな心をグッと堪えて、ボクは提案する。男の子にこんな約束をするな
んて、ボクにとってはそれだけでも物凄い勇気の必要な事なのだ。今、勢いに流されて
いなければ絶対言えなかっただろう。そして、言い終えた今は、死にたくなるくらい恥
ずかしかった。断られたらどうしようと、泣きたくなる想いで、ボクは返事を待った。
「……ハァ……めんどくせーな」
『……え?』
531 :6/7:2010/09/25(土) 20:14:38 ID:???
ちょっとうんざりした別府君の口調に、ボクは顔を上げた。どうとも判断の付かない
言葉だが、臆病なボクの心は、不安の方に気持ちがぐら付く。しかし、別府君はすぐに
言葉を続けた。
「ま、受験とかってそういうものだしな。いっそ強制的に時間とか決められた方が、自
己管理しなくて楽でいいか。それに、委員長がいれば、英語や古文も教えて貰えるしな」
『ちょっと!! 何、それ? 誰も教えてあげるなんて言ってないじゃない!!』
そう抗議したが、ボクは内心、すごく嬉しかった。別府君がボクの申し出を受け入れ
てくれた事に。そして、これから毎週一回は、彼と一緒に二人だけの時間を過ごせる事に。
「分からない所があれば、調べるなり人に聞くなりするのも努力のうちだろ? だった
ら、得意な奴に聞くのがもっとも手っ取り早いだろ」
正論ぽく押し込まれると、ボクは頷かざるを得なかった。もとより、ボク自身が本当
は、頼りにされるのは嬉しかったから。
『う……それはそうだけど…… でも、最初からボクを頼りにするのはダメ。どうして
も分からなかったら、その時は仕方なく教えてあげるけど、でも、ボクに聞くのは最後
の手段だからね。いい?』
強がってそう言うと、別府君は頷いた。
「分かってる。あんまり頼りにすると、それはそれで、また怒られるからな。それは鬱
陶しいし」
別府君の言葉が、ザクッと胸を刺す。自分でも何となく分かってはいるけど、ボクの
お説教は、やっぱり鬱陶しいのか。しかし、その心を隠して、ボクは強気に言い返す。
『ボクだって、したくてお説教してるわけじゃないの。別府君がだらしなかったりいい
加減だったりするから、ついつい言っちゃうんだから。自分が悪いんだからね。ちゃん
と反省してよ』
「はいはい。分かってるって。反省すればいいんだろ?」
『ほら。またそうやって適当に流す。別府君はそういう所が一番いけないんだからね』
「ちぇっ。全く、どう言えば委員長に許してもらえるんだか」
苦り切った顔の別府君に、ボクは思わず顔を綻ばせそうになってしまう。それをグッ
と堪えると、また厳しい顔つきに戻って言った。
『あと、英語や古文を教えるのはいいけど、その代わり、別府君もボクに数学や物理を
教えてよね。ボクだって、少しでも上の大学に行けるよう、努力するんだから』
532 :7/7:2010/09/25(土) 20:19:16 ID:???
「分かってるよ。イヤだって言っても聞いてくるんだろうし、俺もそれで教えて貰えな
くなったら困るからな。ちゃんと、委員長でも分かるように教えてやるから」
『何それ? まるでボクが理数系はまるでダメみたいな言い方じゃない。失礼しちゃう』
ボクの抗議に困った顔をする別府君に、とうとうボクはおかしくなって笑顔を見せてしまった。
『ま、いいよ。とにかく、楽しないで、ちゃんと努力する所を見せてよね。分かった?』
「分かったよ。ま、出来る範囲で、だけどな」
別府君と別れてから、ボクは浮かれた気分で家への道を歩いていた。しかし、途中で
フッと、その気持ちが不安に変わる。
『努力……かあ…… 偉そうな事、言っちゃったけどな』
動機で言えば、ボクの努力は不純だとも思う。だって本当は、別府君と一年でも長く、
同じクラスでいたいから。そして、出来れば同じ大学に入って、最低四年は一緒に過ご
したいから。
『けど……ボクも、逃げちゃいけないんだよね……』
将来に想いを馳せれば、それでも、あと五年半しかない。もし、一緒の大学に行けな
ければ、一緒にいられるのは一年半だ。その一年半で、週に最低一度、二人きりの時間
を作ることが出来たのは、神様がくれたチャンスなのかも知れない。
『ボクも……努力、しなくちゃね。勉強じゃなくて……ちゃんと、ボクの気持ちを……
別府君に、伝える努力を……』
その結果がどうだろうと、だ。浮かれ気分を引き締め、心臓に拳をグッと強く押し当
てて、ボクは心に誓ったのだった。
おしまい
最終更新:2011年10月25日 21:17