676 :1/7:2011/03/14(月) 01:42:49 ID:???
(自炊)花粉症で苦しんでいても人前では超然と振舞うツンデレ
『卒業生の皆さん。ご卒業おめでとうございます。本日は、明日をもってこの学校を巣立っ
て行かれてしまう諸先輩方に、私達が最後の、そして最高の思い出を贈りたいと思って
在校生一同、そして先生方が張り切って準備して参りました。どうか、このひと時を大い
に笑い、楽しみ、そして感動の出来る時間にしていただけたらと――』
『やっぱり、会長って素敵ですね。凛々しくて』
舞台袖で会長のスピーチを聞きつつ、書記の文村が尊敬した眼差しで会長を見つつ言う。
「まあな。あれだけ人前で堂々としゃべれるってのも、才能の内だな」
全校生徒を前にして、毅然とした態度でスピーチを続ける姿に、俺も頷く。手元の紙は
ほとんど見ることなく、視線は常に上げたまま。言葉を噛むこともなく、咳払い一つなく、
まるで澱みがない。
『……それでは、私達在校生と過ごせる僅かなひと時を、心ゆくまで楽しんで行ってください』
丁寧に一礼して、会長が挨拶を終え、袖に戻って来た。
『あ、会長。お疲れ様です』
文村のねぎらいに頷きつつ、会長は周りを見回して言った。
『さ、まだ始まったばかりよ。次は記念品の贈呈……と。準備は出来てるわね。あ、澤田
さん。生徒代表としての役目、宜しくね』
協力してくれる生徒に挨拶しつつ、生徒会執行部や予餞会実行委員のメンバーに次々と
指示を飛ばす。俺も注意されないうちに、とっとと自分に割り当てられた仕事に就こうと
動き出した時、会長に呼び止められた。
『別府君はちょっとこっち。あなたの仕事は……そうね。台田君に振っておいて』
「は? あ、ああ」
正直、その場の展開で臨機応変に役割を変える人だから、多少の戸惑いはあったものの、
俺は驚かなかった。すぐ近くにいた実行委員に、すべき事を伝えてから会長の所に急ぐ。
「何だよ、会長」
どうせまた、よりやっかいな仕事だろうと思いつつ聞くと、会長は隅の机に置かれてい
るティッシュ箱と紙袋を指した。
『あれを持って、ちょっと付いて来てくれる。すぐに済むわ。そんなに時間は掛けられないから』
そう指示を出すと、俺の返事も待たずに会長は足早に歩き出す。
677 :2/7:2011/03/14(月) 01:43:10 ID:???
「あ、おい。ちょっと待てよ」
言われたものを急いで手に取ると、俺は会長の後を追いかける。舞台袖から出て、人気
のない奥の物置へと向かう。あんな場所に何の用事があるんだと思いつつも、黙って付い
ていくと、会長は物置に入って言った。
『……ドア、閉めて。早く』
予餞会の最中の忙しい時間に何をするつもりなんだと思いつつ、言われた通りにドアを
閉める。途端に、盛大に背後でくしゃみの音がした。
『は……くしゅっ!! ハクション!! は……ぁっ……クション!! ハークシュッ!!』
それで、俺は何で会長が慌しく人気のない所に来たか、その理由を察した。
「ああ。発作が出たのか……」
『別府ふん。ひっしゅ』
鼻づまりの声で、会長が指示する。それはさっき、舞台袖で実行委員に飛ばしていたクー
ルさはなく、一刻も早くという焦りに満ちている。
「ほれ」
差し出されたティッシュを素早く二、三枚取ると、会長は勢いよく鼻を噛み始める。
『あああ……もうダメかと思ったわ。さすがに……』
目をしばたかせ、会長はまた鼻を噛む。
「何だよ。今日、そんなに酷かったのか? 花粉」
そう。この完璧超人たる会長にも、難敵と言える存在はいくつか存在する。その中の一
つが、花粉症だ。
『酷いなんてものじゃないわ。朝から目は痒いわ、鼻の奥はぐしゃぐしゃだわで、もう最悪よ』
鼻水が止まらないのか、ティッシュを鼻に当てつつ、会長は不満気に言う。だが、そん
な会長に俺は首を傾げる。
「今朝からずっと一緒に仕事してるけど、全然そんな素振りなかったじゃん。多分誰も気
付いてないぜ」
『それは、意識してるもの。花粉症だからって、生徒会長がマスクして鼻噛みながら仕事
するわけには行かないでしょ? あなたとは立場が全然違うのよ』
「はいはい」
678 :3/7:2011/03/14(月) 01:43:35 ID:???
憮然と言い放つ会長に、俺は肩をすくめてみせる。正直な話、会長が花粉症だというの
は俺以外の執行部も知らないはずだ。つい最近、会長と二人で居残って仕事をしている時
に初めて会長が症状に苦しむ姿を見たのだから。
『ステージ上で毅然としてみせるって大変なんだからね。あの時、何ともなかったとか呑
気な事思ってないでしょうね? 鼻は気合で止めてるけど、目も痒くてしょうがないし。
ホント、どうしようもないわ』
「鼻水って、気合で止まるのか。すげーな」
俺自身は花粉症でないので分からないが、人の話を聞くと鼻が詰まって呼吸が苦しいの
に、水洟だけは止まらなくて大変らしいという。
『だって、しなきゃしょうがな…………ふぁっ……あ…………えくしゅっ!!』
また一つ、盛大にくしゃみをして、会長は急いでティッシュを取る。
『ヴーッ!! ヴォーッ!!』
くぐもった音を出して、鼻を噛むと、会長は鼻の下を擦る。
『生徒の代表たる生徒会長が、みんなの前で花粉症晒すとか出来る訳ないでしょう? 貴
方みたいな気楽な立場とは違うのよ』
立場というよりは、主義というか性格だろうと俺は思う。何事も完璧にこなすのがモッ
トーな会長の性格を考えれば、その主張は分からなくもない。
「でも、気合だけじゃなくて薬で抑えるとかしないのかよ。その様子じゃ、飲んでねーだろ」
すると会長は、苛立たしげに髪をかき上げてみせた。
『薬って、飲むと頭がボウッとしていまいち思考が働くなるのよね。挨拶だけだったらそ
れもいいけど、今日は生徒会主催の予餞会だもの。いろいろと指示を出さなきゃいけない
し、そんなもの飲んでられない……くしゅっ!!』
また盛大にくしゃみをして、会長はティッシュをひったくるように取ると鼻を噛む。そ
れを苛立たしげにゴミ箱代わりの空き箱に放り捨てる。
『ああ…… もう、目も鼻も取って洗いたいって花粉症の知り合いが言うのを聞いていた
けど、今ならその気持ちが良く分かるわ』
「会長って、もしかして今年が花粉症デビューか?」
会長の言葉から何となくそんな気配を感じて聞くと、会長は大きく頷いた。
『そうよ。でなきゃ、もっと早めに対処しておくわよ』
679 :4/7:2011/03/14(月) 01:43:56 ID:???
苛立たしげな会長の言葉に、俺は内心同意する。確かに用意周到な会長なら、症状が出
ると分かっていれば、事前に医者にかかって抗生物質を入れるなりなんなりするだろう。
『全く、完全に油断だったわよ。確かに今年の花粉は例年より酷いとは聞いていたけど、
他人事だったし。まさか自分が掛かるなんて思いもしなかったわ。こういう時、悪運の強
い人は羨ましいわね』
チラリと会長は、恨みがましい目で俺を睨む。そうかと言われてもどうにも出来ないわ
けで何とも返事が出来ずにいると、会長の持つ生徒会専用携帯が鳴った。すると会長は、
パッと俺にティッシュ箱を差し出した。
『悪いけど、鼻水が垂れて来たら、これで拭いてくれる?』
「は? 俺がか?」
意外な命令に聞き返すが、会長はそれを無視して電話に出た。
『もしもし? ああ、秀美ちゃん。うん、今ちょっと別の用事で。何?』
いつも通りのテキパキとした声で、会長は電話の向こうの文村に指示を出しつつ、広げ
たメモ帳に何やら書き込む。かなり鼻がグズっているだろうに、一体どうやって鼻声にな
らずに済むのか、俺には不思議でしょうがなかった。すると、会長がチラリと俺を見て、
あごをしゃくるように上げてみせる。
「あ」
会長の合図に気付いて、俺は急いでティッシュを取る。声にも態度にも表れていないが、
会長の鼻からは確かに、水洟が垂れていた。会長が向こうの声を聞いているうちに、手早
くティッシュで拭い取る。すると、会長が僅かに頭を下げ、手を鼻に押し付けるようにし
たので、もう一枚ティッシュを取ると鼻に当て、今度は奥のほうから絞る取るように鼻水
を拭く。すると、会長が退けるように手を振ったので、俺は素早く下がった。
『うん。そう、分かったわ。すぐ戻るからその件は私がそっち行ってから。それじゃ』
携帯の通話を切ると、会長は俺を見て言った。
『そういうわけで時間が無くなったから、これ』
すぐ戻るのかと思いきや、会長が俺に差し出したのは目薬だった。
「いや。戻らなきゃならないってのは聞いてて何となく分かったけどさ。何で目薬なんだよ」
疑問に思って聞くと、ちょっと決まり悪そうな憮然とした顔で言った。
『私、目薬差すのって苦手なのよ。上手く目に入らなくて、どうしても時間掛かっちゃう
から。だからお願い。時間ないの』
680 :5/7:2011/03/14(月) 01:44:17 ID:???
珍しく、ちょっと必死そうな会長に僅かにドキリとしつつ、俺は目薬を受け取った。フ
タを取って、上を向いた会長の目に近づける。片手で差す方の目を開いてから、俺は一応
合図をする。
「それじゃ、行くぞ」
『ええ。手早くね』
目薬を下に向けてかざすと、ポタリと薬液が落ちる。手を離すと同時に、会長が目をし
ばたたかせた。それから、もう片方の目にも同じように差す。
『フゥ…… これで少しは持つかしら。鼻だけなら、一瞬人目をくらませれば何とかなら
ないこともないし』
「全く、難儀だな。花粉症ってのは」
同情しつつも、この難儀さの半分以上は会長の性格から来ているんだろうと内心で思っ
た。大人しく薬飲むなりなんなりすれば、せめて楽にはなるだろうに。だが、言った所で
聞かないのが会長だ。むしろ、より意固地になりかねない。
『別府君に同情されても嬉しくも何ともないけどね。でも、この苦しみが後一ヶ月続くの
かと思うと、本当ウンザリだわ』
ため息混じりに呟いて、会長は目薬やらメモ帳やらをしまう。
『さて、もう仕事に戻らないとね。全く、ホント忙しくて、おちおち鼻も噛んでいられないなんて』
半ば苛立たしげに言って、会長はドアに向かって振り向こうとした。その背後から、俺
は会長に声を掛ける。
「ちょっと待った。会長」
『何よ。急いでいるんだけど』
もう一度、こちらに向き直った会長に、俺は鼻を指で差して言った。
「いや。会長の鼻の下が赤くなってるから。何か塗っといた方が良くないかって思って。
薬、持ってないのか?」
俺の指摘に、会長は咄嗟に鼻の下を触る。ヒリヒリするのを確認したのか、僅かに顔を
しかめてから、会長は手持ちの小さな紙袋から、軟膏を取り出す。
『はい、これ』
自然に差し出された軟膏を見て、俺は怪訝に思って聞き返した。
「は? 何で俺に?」
681 :6/7:2011/03/14(月) 01:44:38 ID:???
すると、会長も驚いたように目を見開く。多分、自分でもあまり意識せずに差し出した
のだろう。それから、ちょっとバツの悪そうに顔を背けて、小さく答えた。
『……ここまでやったんだから、毒を食らわば皿までって思っただけよ。嫌なら、別に結
構よ。自分でやるから』
しかし俺は、会長が手を引っ込める前に、素早く軟膏を受け取った。
「いや。別に嫌ってほどじゃないし。お望みなら、塗って差し上げますが?」
会長は、何故か一瞬、目線をそらして躊躇ったが、すぐに小さくコクンと頷いた。
『……じゃ、じゃあ、お願いするわ』
何故だろう。俺の感覚では、あの会長が何故か恥ずかしそうにしているように思われた。
まさかとは思うが。しかし、俺の前に立って大人しくあごを上げ、鼻腔をさらす会長から、
それ以上の確証を得る事は出来なかった。
「それじゃあ、塗るぞ」
軟膏を指に付け、会長の鼻に当てて優しく塗る。鼻の下のふっくらした唇とか、形の良
いあごとか、触ってみたい場所はいくつもあったが、ここはグッと我慢の子だ。
「よし。こんなもんか」
手を離すと、会長が一歩下がってあごを戻す。指で鼻を確認しつつ、俺に向かって聞いた。
『大丈夫? 赤いの、目立ったりしないかしら?』
俺は頷いて答えた。
「この程度なら、じっくり見ない限り大丈夫だろ。俺はさっきから会長の世話してたから
気付いたけどな」
『それならいいわ。さて、仕事に戻らないとね』
頷いて、会長は物置から外に出る。続いて出てから、俺は歩きながら会長に一つ気になっ
ている事を聞いた。
「あのさ。会長」
『何? 無駄話なら止めてくれる?』
鋭い口調に一瞬怯みかけたが、そんな事は何度も経験済みの俺は、構わずに話を続けた。
「いや。何で俺一人の時だと、花粉症の症状が抑えられなくなるのかなって」
すると会長は、足を止め、肩越しに振り返って答えた。
『さあね。別府君の毒素が花粉と交わって、症状をより酷くさせるんじゃないかしら』
682 :7/7:2011/03/14(月) 01:46:36 ID:???
「だったら、他の連中がいたって変わりないだろ。むしろ、他の花粉症の連中なんかも大
変な事になるんじゃねーのか?」
不本意な言い掛かりに文句をつけると、会長は更に言い返そうはせずに、俺をジッと見つめた。
「……な、何だよ?」
戸惑って、思わず聞いてしまう。しかし、会長はそれには答えず、やがて小さな声で言った。
『そうね。多分……別府君の前では、格好付ける必要がないから……じゃない?』
それだけ言うと、会長はクルリと身を翻して歩き出した。
「お、おい。ちょっと待てよ。それってどういう意味だよ」
慌てて引き止めて聞こうとするも、会長は歩みを止めず、こちらを振り向きもせずに、
いつもと同じ冷静な口調で言った。
『さあね。後は自分で考えなさい』
それ以上、俺は聞く事は出来なかった。何故なら、もうみんなの所へ戻ってしまったか
ら。ため息をつき、俺は思う。まあ、どうせダメ人間の前でカッコつけてもしょうがない
とか、そんな理由なんだろうと。だが、逆に考えれば俺の前でだけはリラックス出来ると
いう事なのかもしれない。それならそれでいいと、俺は思えるのだった。
終わり
今日になってようやくツンデレに萌えられるようになったので
最終更新:2011年10月25日 21:22