714 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/03/19(土) 00:43:20 ID:???
けだるい日曜の昼下がり、俺はこの間中古で買ったCDを引っ張り出して聞いていた。
曲は八十年代のベスト版。別に時代を懐かしむ訳ではないのだが、なんとなく、この頃の曲は心を落ち着かせてくれる。
図書館で借りた積み本などを読んでいると、不意に、玄関をノックも無しに開く音がした。
予想通りというか、顔を覗かせたのは俺の幼馴染、椎水かなみだった。
「やほ。むさくるしい所だけど、上がるわよ」
「お前に言われる筋合いはない。色々と」
かなみは俺の落ち着いた午後のひと時にずかずかと上がり込むと、買いたてほやほやのスーパーの袋をテーブルに乗せた。
「…おや、今日も昼飯作ってくれるのか?ラッキーだな」
「なんであんたなんかに作ってやらなくちゃならないのよ。
大学から私の家まで遠いからあんたの家の台所借りて、ついでに借りている一応の礼儀として作ってやってるだけなんだからね」
「礼儀…ねえ。そんなモン、チュパカブラの存在の方がまだ信じられるけどな」
「…っ、誰に何言われようと、私に他意はないの。そしてあんたは万有引力と同じくらいそれを信じてればいいの。オーケー?」
「オーケーオーケー。いいからとっとと飯作ってくれ」
そう言って俺は部屋の隅に畳まれたエプロンをかなみに投げてよこす。
ちなみにこのエプロンは俺からかなみに着けてくれとお願いしたものである。
最初は嫌がっていたが、いつのまにか着けてくれるようになった。慣れだ。
冷蔵庫の中を調べているうちに、かなみは部屋に流れるBGMの存在に気付いた。
「…音楽かけてるなんて珍しいわね?」
「中古屋で衝動買い。歌ってる奴の名も知らんが、悪くない曲だろう」
「まあね。似合わないけど」
心外な事を言う。確かに俺は教養に縁のないごく一般的な大学生だが、音楽を聴いて「似合わない」と言われるほど非文明的ではない筈だ。
「…そういう意味で言ってんじゃないの。ほら、歌詞をよく聞いてみなさいよ」
言われて、流れる歌詞に耳を傾ける。
しばらくしてその詞が、なるほど、確かに俺にはあまり共感できない事を並べているのが分かった。
これは、
715 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/03/19(土) 00:45:05 ID:???
「…ラブソング、だな」
「冴えない男筆頭のあんたが休日に本を片手にラブソングって…ぷっ、あはははは!駄目、改めて考えたらなんか笑えてきちゃった!」
お腹を抱えてここぞとばかりに爆笑するかなみ。冷静に考えれば、ひどい女だ。
「…あのなあ。別に俺が何を聞こうと関係ないだろう」
「ふふふ…ま、まあ、そうなんだけどさ。あんまり似合わな過ぎるから」
「俺だっていずれはどこかの麗しき黒髪の乙女と恋に落ちるかもしれない訳だし」
「…無いわね」
「そんな時ばかりハッキリ言うな」
ふふん、と得意げな顔で、かなみは再び台所に立つ。
野菜をとんとんとんと切りながら、こちらを見ずに言い始めた。
「…大体、今のあんたじゃ彼女なんて無理よ。アピールがゼロに近いもの」
「アピールか。確かに異性を積極的に誘うような事は少なかったが…」
「例えば…あんたの好きな映画が駅前の映画館で上映されてました。はい、どうする?」
「初日の朝一に見に行きます、かなみ教授」
「それが駄目なんだってば。そういう時は誰か友達なり、女の子なり誘って行くのが普通でしょ?一人で映画見る人なんて今時少ないわよ」
ふむ、と俺は妙に納得する。確かに、俺にも女性との縁は少なからずあったかもしれない。
なのに今だに親しい彼女が目の前のこいつしかいないのは、ひとえに俺のアピール力不足か。
「なるほど…ねえ。以前からお前の映画鑑賞に付き合わされるなあと思ってはいたが…そうか、アレはお前のアピールだったと言う事か」
「なっ…!?」
言っておくが、かなみをからかったつもりは毛頭ない。断片的な情報が組み合わさり、推論を導き出しただけだ。
しかし彼女はそうは捉えなかったようで──その言葉の最終的な帰結を感じ取ったかなみは感情の赴くままに激情をぶつけた。
端的に言えば、俺の鼻っ柱に大根が飛んできたのだ。
「グッ!?」
「何言ってるのよ馬鹿っ、自惚れるのも大概にしときなさいっ!」
俺はあまり出した事のない声を上げ、鼻を押さえてうずくまる。
どうにも綺麗すぎるラブソングの歌詞は、どたばたとした俺の日常をあざ笑うように、頭の中で飛びまわっていた。
最終更新:2011年10月25日 21:24