849 :ボクっ子幼馴染の動揺:2011/03/29(火) 11:25:39 ID:???
「ん……」

冷たい風に頬をなでられ、俺は自室のベッドの上で目を覚ました。
晴れ晴れとした青空の下、まだ冷たい空気が開け放たれた窓から入り込んでくる。
暦の上ではもう春になっているとはいえ、まだまだ外は寒い。なのになぜ窓が全開になっているのか、それはこの部屋においてはとある人物の来訪を意味している。

「…………何してんだ、梓」

「おはようのちゅー?」

ベッドの上で毛布にくるまった俺の隣に制服姿の梓が寝転んでいる。唇を軽く突き出し、瞼は閉じられている。
勘違いをしてもらっては困るが、俺と梓は別に恋人同士でも何でもない。ただの幼馴染だ。
そこそこ長身な俺と比べて、梓の容姿はまさに子供体型という言葉がぴったりで、身長も胸も控えめ(本人曰く発展途上)。
腰もややくびれてはいるがやはり子供っぽく、さらに童顔なので、しょっちゅう中学生、悪いときには小学生に間違われるときもある。
俺は未だに唇を突き出してチューチュー言っている梓にチョップをくらわせる。

「いたっ!なにすんの!」

「いいかげんにそういうのは止めろと言ってるだろう」

そしてなにより言動が子供っぽく、今のように『ちゅー』をねだったり、べたべたとくっついてきたり、一緒に寝ようなどと布団に潜り込んできたりして、まるで幼い妹のようだ。

「うう~……なんでしちゃだめなんだよぉ~」

頭をさすりながら涙目で訴えかけてくる梓。

「だから、そういうのはちゃんと『好き』な人のためにとっておくもんだって言ってるだろ」

「? タカシのこと、ボクは『スキ』だよ?」

「あのなあ……」

梓の言う『スキ』は、タカシの言う『好き』とはまったくの別物だ。梓のは家族愛、兄弟愛のようなもので、恋愛感情とは全く関係がない。
そもそも一人称が『ボク』の時点で子供っぽ過ぎるし、おしゃれなどは最近少し意識し始めたようだが、同年代の女子に比べるとやはり気合の入れ方が違う。

「いーじゃんほらちゅー、ちゅー、ちゅー」

「はあ……しょうがないな」

梓の頭を抱き寄せ、額に軽く唇を触れさせる。

「え~、おでこ~?」

「良いだろ別に。ほら、もう起きるから、お前も下に降りて待ってろ」

わかってるー、とやはり子供のような返事をして、部屋から出ていく梓。
その後ろ姿を見送り、体を起こしたタカシは、盛大に溜息を吐く。

「なんで、あんなんを『好き』になったんだろうなあ……」

850 :ボクっ子幼馴染の動揺:2011/03/29(火) 11:26:49 ID:???
~~~~~


「行ってきます」

「いってきまーす!」

朝食をとってから二人で家を出る。もちろんデートなんかではなく、普通に学校だ。

「タカシタカシー。今日のお弁当のメニューは?」

「もう昼の心配かよ。あんま食い意地はってると太るぞ」

「大丈夫だよー。ボクは太らないようにできてるから!」

「だからこんなにチビなのかー」

小さな梓の頭を掴んでぐりぐりしてやる。

「うあー!やめろー!もっと小さくなったらどうしてくれるー!」

「うりうり」

「やーめーろーよー」

口では嫌そうにしているが、梓の表情はそれと違い、むしろ嬉しそうにしている。
ひとしきりぐりぐりとしてから手を放して、もちゃもちゃになってしまった髪の毛を手で整えてやる。

「まったくタカシはー!これ以上小さくなったらホントに妹になっちゃうぞー!」

「バカ言え。食費がかかりすぎて破産するっつーの」

「なんだとー!そこまで食いしん坊じゃないもん!」

851 :ボクっ子幼馴染の動揺:2011/03/29(火) 11:27:42 ID:???

頬を膨らませてプリプリしている梓を見ながら歩いていると、前方に友子と山田のペアを発見した。
梓もそれに気付き、大声で二人を呼ぶ。

「おおーい!ともちゃーん!山田くーん!」

二人もそれに気づいて立ち止る。

「おーっす。今日も元気に別府くんと仲良く登校してるなあずあず~」

「おはよう、タカシ」

「おう、山田も友子と仲睦まじそうでなによりだな」

山田と友子は幼馴染同士で、中学1年の時に俺と山田と同じクラスになって以来、ずっと一緒にいるメンバーだ。

「はは、そうかな。ま、梓ちゃんとタカシには敵わないけど」

山田の言葉に梓がすぐさま返す。

「えー、そんなことないよー。タカシったらねー、今日もおはようのちゅーをねー、おでこにしたんだよー。信じらんない!」

「ばっ……!」

なんてことカミングアウトしやがる!しかも大声で!
朝で人が少ないとはいえ、学校のそばなんだぞ!誰かに聞かれたらどうすんだ!

「なになに~?別府君てば据え膳も取れないヘタレなの~?」

「あはは、そうだね。友子は口じゃないと許してくれないもんね」

今度は山田のターン。友子の顔が一瞬で真っ赤になる。

「ば、あ、あんた、な、なんてことを……」

852 :ボクっ子幼馴染の動揺:2011/03/29(火) 11:28:16 ID:???

「あはは、言っちゃダメなんだっけ?」

「あああああ、あ、あったりまえでしょ!?なに考えてんの!?」

真っ赤な顔で詰め寄る友子と、朗らかに笑っている山田。しかし山田のターンはまだ続く。

「でも朝っぱらからあんなにシたから、僕も腰痛くってさー」

「!?!!??!?!?バカっ!!もう知らないっ!!」

「あっ!?ごめんよ友子~!待ってくれ~!」

真っ赤な顔のまま走り出す友子とそれを追う山田。

「タカシー!僕たち先に行くからー!あとでねー!」

「おー、また後でー!」

「後でねー!……ところでタカシ?」

梓が俺の袖を引く。

「ん?」

「ん」

振り向くと、軽く顎を上げて、いわゆるキス待ちの顔をしている梓がそこにいた。

「……梓、なにしてんだ?」

「早く、おはようのちゅー」

「……今朝しただろ」

「口じゃないと許さないー。ほらちゅー」

「やかましい!」

「いった!!」

無防備な額にデコピンをしてやる。
自分の腕をぶんぶん振ってプリプリと怒る梓。

「もー!なんでなんでなんでー!!?」

「うっせー。ほれ行くぞ」

梓の手をとってぐいぐいと引っ張りながら歩く。
引っ張られながら、梓はうーうーと唸っている。

「うぅ~……じゃあさ、タカシ?」

「今度は何だ?」

「山田くんは、なんで腰が痛くなったの?」

「……お前にはまだ早い」

853 :ボクっ子幼馴染の動揺:2011/03/29(火) 11:28:48 ID:???
~~~~~


「ぅおあ゙あ゙~~……今日も終わったなあ~~」

今日最後の授業が終わり、俺は思いっきり伸びをする。
それと同時に、梓が駆け寄って来る。

「たーかーしっ!!」

「ん、帰るか?」

「ボク今日さー、委員会があって、ちょっと遅くなるんだよねー」

梓は結構読書家で、見かけによらず図書委員なんてものをしている。
普段俺がいないときは本を読むか寝るかの二択で、俺が一緒のときも図書館に付き合ったりしている。

「なにするんだ?図書委員って、そんなに時間のかかることってやるっけ?」

「うん。なんかねー、今日は皆でラベルの張り替えとかやるんだってー。しかもそれ貸出時間終わってからだからさー。もしかしたら夜までかかっちゃうかも」

「ふーん……」

「だから、タカシ先に帰ってて?」

「ん、わかった」

「うんっ!じゃ、ボク行くね?」

「おう、がんばれ」

「じゃあねっ!」

ぶんぶん手を振りながら教室を出ていく梓。
それに手を振り返しながら、俺はどうするか悩んでいた。
そこに友子がやってきた。

「ヘイ旦那!嫁と一緒に帰れなくって寂しいのかい?」

「誰が」

854 :ボクっ子幼馴染の動揺:2011/03/29(火) 11:29:12 ID:???
「お?あずあずが嫁だというところは否定しないのかい?」

「……朝から自分の旦那と盛ってるヤツにイジられたくねー」

「ちっ、ちがっ!?あれは山田がっ……!!」

「ほう?山田が旦那だということは認めるんだな?」

「~~~っ!!」

顔を真っ赤にして悶えていた友子だったが、しばらくすると落ち着いたようで、こほん、とわざとらしく咳払いをした。

「でも旦那、そんなに余裕でいいのかい?」

「? なにが?」

「最近、主に先輩たちの間で賭けって言うか、競争が始まってるんですよ」

「なんの」

「誰が一番早くあずあずをモノにできるか、っていうね」

「はあ!?」

思わず音を立てて立ち上がってしまう。

「あずあずは前から結構人気でね。でも彼氏がいるって話に最近までなってたんですが」

「彼氏!?梓に!?」

嘘だろ!?いつの間に!?どこの誰が!?

「アンタのことだっつーの……あー、で。最近あずあずには彼氏がいないって真実がついに周知の事となりまして。そんで最近はアタックを仕掛ける男共が増えているわけです、はい」

「……それで?」

「ん?いや、梓はアンタも知っての通りアレだから、まだゲットはされてないみたい」

それを聞いてほっと息をつく。
彼氏がどうとか聞いたときは軽くパニクりそうだったが、梓が一方的にアタックを受けているだけなら安心だ。

「なんだよ……ビックリさせんな」

「……ずいぶん余裕だね?」

「余裕ってほどじゃないけど……まあ梓だし、大丈夫だろ」

「ところがどっこい」

「?」

「梓も今をときめく女の子。頼れる年上にコロッと落ちちゃったり……」

「ふん、バカバカしい」

「……ま、余裕こいてあずあず取られちゃってもアタシには大してカンケーないし……でもあずあずがアタック受けまくってんのはマジだから。じゃーね」

「おう。じゃーな」

855 :ボクっ子幼馴染の動揺:2011/03/29(火) 11:29:42 ID:???
~~~~~


そして夜。
俺は未だに教室にいた。

「…………ふう」

さっき校内の自販機で買ってきたコーヒーの残りを飲み干す。
うちの学年の教室棟は図書館と向い合せになっていて、様子がよくわかる。
電気がまだ点いているところを見ると、相当長引いているのだろう。
携帯で時刻を確認すると、すでに午後7時を過ぎていた。

「それにしてもなっげーなあ…………」

遅くなるとは聞いていたが、ここまでとは思わなかった。
一旦帰ってから迎えにくればよかったと少し後悔したとき、図書館の電気が突然消えた。

「さてと……」

空き缶をゴミ箱に捨ててから、俺は昇降口へと急いで向かった。


~~~~~


昇降口に着くと、梓と、もう一人男がいた。
遠くからでよくわからないが、男がなにやら梓に詰め寄り、梓は少し怯えているようだった。
俺は急いで駆け寄り、声をかけた。

「梓、今終わったのか?」

「あ……!タカシ!」

パッと顔を輝かせて、梓が俺の方へ駆け寄って来る。
すると梓に詰め寄っていた男が不機嫌そうに話しかけてきた。

「ちょっとちょっと、なんなんだよ。梓ちゃんは俺と帰る約束してたんだっつーの」

男が手を伸ばして梓を捕まえようとする。
俺はそれから庇うように梓の肩を抱くと。

「すんません、梓は俺と帰る予定だったんすよ。いつもそうですし、今日も委員会が終わるまで待ってたんです」

856 :ボクっ子幼馴染の動揺:2011/03/29(火) 11:30:04 ID:???
「は?そんなの聞いてねーけど」

「そうですか。ウチの梓の予定を、わざわざアンタに報告する義務もないと思いますけど」

「は?なに?ウチの?」

男は明らかに敵意を向けてくる。
俺は梓をもう少し強く抱き直し、はっきりと言う。

「はい。『俺の』です」

「…………チッ」

男は諦めたようで、肩を怒らせながら帰って行った。
俺はほっと息をつく。
正直ビビった。緊急事態だったとはいえ、ここまで緊張したのは初めてだ。

「た……タカシ……」

「……おう」

「……ありがと」

「……おう」

「あとあの……手」

「ん?」

「手……もう離しても、いい、よ?」

「お、ぉおう……」

慌てて手を離す。
なんか間抜けな声が出てしまった……。

「………………」

「………………」

「……か、かえろっか」

「……おう」

857 :ボクっ子幼馴染の動揺:2011/03/29(火) 11:30:24 ID:???
~~~~~


「ほら!満月だよ満月ー!」

「わかったわかった。前見て歩け街灯ないんだから、転ぶぞ」

「大丈夫だよ~。ここら辺車も少ないし~」

真っすぐな住宅街の道をクルクルと回りながら楽しそうに歩く梓。
あれから10分もすると、梓はもう元気になっていた。

「呑気なもんだな……」

あの男との対峙もそうだが、あんなに大胆というか、思い切ったことを俺がするなんて……。
――『俺の』です――

「恥ずかしい……」

「なーに顔赤くしてんの?」

目の前で立ち止った梓が楽しそうに見上げてくる。
しかし、俺と目が合うと、すぐに目をそらした。

「? どうした?」

「あーああー、うん。えー……っと。あの、さ」

「うん?」

近付いてくるトラックのライトで、梓の顔がだんだん見えにくくなる。

「さっきは、なんか……助けてくれて、あり、がと」

「……おう」

「な、なんか……はずかしー!!」

「ばっ……!!」

住宅街の狭い道。
いきなり振り返って走りだそうとする梓。
そこそこのスピードで近付いて来るトラック。

「え?」

「梓!!」

858 :ボクっ子幼馴染の動揺:2011/03/29(火) 11:30:47 ID:???
~~~~~


「ぅぉおお~……あっぶねー……」

「ぁ…………あ…………」

まさに危機一髪。
梓を抱き寄せるのが一瞬遅ければ、二人とも無事では済まなかった。

「梓……大丈夫か?」

「だだ、だいじょ、ぶ」

梓の顔を見てみると、泣いてはいないが、まるでトマトのように真っ赤っかだった。

「あ、梓!顔が赤いぞ!?どっか痛いのか!?」

「ちが、ちが、ちが」

「血が!?出てるのか!?」

「違う。うん。違う、から、はな、離して」

「え?なに?」

「は、離して。うん。早く。ボク。解放。して」

何故片言?

「ホントに大丈夫か?頭とか打ってないか?」

「いい。いい。へーき。は、早く。離して」

「でも顔真っ赤だぞお前……」

「は、離してっ!!」

無理やり腕から抜け出す梓。

「え?あ?だ、大丈夫か?」

「うん。うん。大丈夫。たた、助けてくれて……ありありありありありがとう」

「お、おう……」

「じゃ……じゃあねっ!」

「え?おい!待てよ!」

突如、猛然と駆けていく梓。

「なんだあ……?」

俺は疑問に思ったが、腰が抜けてしばらく動けなかった。

859 :ボクっ子幼馴染の動揺:2011/03/29(火) 11:31:35 ID:???
~~~~~


1週間後。
登校の時間。

「おはよう、梓」

「お、おはよ……」

「今日も来なかったんだな」

「べ、別に……行こっ」

「…………」

あれから、なぜか梓は俺の部屋に来なかった。
そのうえ、いつも目を見て元気にあいさつしてきていた梓が、俺と目も合わせようとしない。
そして、今まで毎日ねだってきた『おはようのちゅー』をねだらなくなった。

「………………」

「………………」

なぜっ!!?
どうしてこうなった!!?

「あ、梓?」

「な、なに?」

「最近おかしくないか、お前」

「べ、別に」

「俺、なんかしたか?」

「べ……別に」

「か、顔赤いぞ……熱とか……」

梓の額に手を当てて熱を測る。
うーん。別段熱くは……。

「ぼ………………」

「……?」

「ボクに触るなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

「ぐはっ!?」

鳩尾に思いっきりタックルをくらった。
腹を抱えてうずくまる。

「な、なにを……」

860 :ボクっ子幼馴染の動揺:2011/03/29(火) 11:32:00 ID:???

「た、タカシはボクに触れちゃダメ!!あの……アレだから!!た、タカシに触られると、ボクの頭がおかしくなっちゃうから!!」

「ええ!?」

「ちゅーとかも禁止!!触るのも禁止!!ぼ、ボクの半径5メートル以内に入らないで!!」

「なぜ!?」

「とっ、とにかくダメ!!おかしくなるから!!」

な、なんか梓が暴走してる!?
とにかく落ち着かせないと……。

「お、落ち着け梓……」

とりあえず頭を撫でる。
昔はこんな感じで泣いている梓を落ち着けたもんだが……。

「………………」

「お、落ち着いたか?」

恐る恐る顔を覗き込むと。

「んにゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

「ごふっ!?」

顔面に思いっきりパンチを食らった。

「ああっ!!?ちっ、違うの!!これはちがくてっ!!あの、あの、あの!!」

「梓……?」

「ちっ…………」




「違うんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」




トドメを刺して、梓は走り去って行った。
最終更新:2011年10月25日 21:32