867 :1/6:2011/04/02(土) 19:46:44 ID:???
(自炊)ツンデレが男に実はモテてるみたいだよって言って反応を確かめてみたら
春休みだというのに、わざわざ制服着て学校に来ているなんて奇特な人は、そう多くな
いと思う。いや。部活とかやってる人は別だけど、私みたいな物事にそう熱心に打ち込め
ないタイプの人間は、普通、友達と買い物行ったり家でのんびりしたりして過ごすものだ。
とはいえ、もちろん理由はある。それは私が単に生徒会執行部の一員で、新年度に向けて
やるべき仕事があるという以上の理由だ。
「ふぁ~あっ!! つっかれたなぁ……」
その理由の人は、コの字型に配置された机の、私の向かいの席で気だるそうに大きくあ
くびをしていた。
『何言ってるんですか。別府先輩。まだ来て十分くらいでしょう。だらけてないで、真面
目に仕事して下さい』
ピシリと言って、私は目の前のノートパソコンに向かう。もっとも、偉そうに言う私だっ
て、ほとんど仕事は進んでいなかった。何故なら、先輩と二人っきりなんていう状況で、
しかも今日は他の役員は誰も来ないとなれば、緊張で身が入らなくなっても当然なのだ。
「既に、ここに来る段階で気力使い果たした。やっぱ、ちょっと休んでからにするわ」
そう言って、先輩はバッグから雑誌を取り出して読もうとしだす。私はここは、真面目っ
子ぶって注意をした。
『ダメですってば。先輩の場合、ちょっとが一時間にも二時間にもなるんですから。会長
がいないからって羽伸ばさないで下さい』
「その会長がいないからじゃねーか。滅多にないんだぞ。まあ、言われた仕事やっとかな
いと後が怖いからちゃんとやるけどさ。少しくらいのんびりしたっていいだろ」
先輩は不満そうに私に文句を言う。だけど、私だって不満だ。せっかく会長も他の誰も
来ない二人っきりなのに、雑誌読んで時間潰されたりしたら、がっかりにも程がある。こ
のひと時は、そんなに長くは続かないのに。
『だったら、先に仕事をしてからにすればいいじゃないですか。そうすれば、雑誌でなく
たって、早く帰って好きなことが出来ますよ』
すると先輩は、紙パックのコーヒーをちょっと啜り、雑誌をパラパラとめくる。無視さ
れたのかと、私は声を荒げた。
『ちょっと先輩。私の言う事聞いてます?』
868 :2/6:2011/04/02(土) 19:47:08 ID:???
先輩は、顔を上げて私を見た。ちょっとめんどくさそうな表情なのが苛立つ。
「聞いてるよ。お前の言う事はもっともだけどさ。ちょっとくらい休んでからでないと能
率も上がらないって言うだろ? ダラダラ時間掛けて仕事するよりは、その方が早いかも
知れないぞ」
『先輩が能率よく仕事してるのなんて、見た事ありませんけど』
ピシリと言い返すと、先輩は思わず舌打ちをして渋い表情を見せた。雑誌から顔を上げ
て、やっと私を見てくれる。
「お前な。あんだけ会長の馬車馬のように働かされて、能率よく仕事出来なかったら毎日
帰れないって。正直、どう考えたって、俺が一番働かされてるだろ? おまけに、雑用ま
でたんまり押し付けられてさ。たまらんぞ」
『仕方ないじゃないですか。先輩が一番の下っ端なんですから』
キッパリと言い返すと、先輩は苛立たしげに頭を掻き、それから背もたれにドサッと体
を預けた。
「一番の下っ端てなあ…… 一応、副会長なんだぞ。俺は?」
『別名、会長の奴隷ですよね?』
冗談ぽく言って私は笑顔を見せる。しかし、内心では自分の言葉にキュッと僅かな痛み
を覚えていた。美人で聡明。凛とした立ち振る舞いで人気があるにもかかわらず、同時に
近寄りがたい雰囲気の会長と、それはちょっと特別な関係を意味しているのだから。
「全くだ。正直、よく務まってると思ってるよ」
うんざりしたように言う先輩を、私はジッと見つめた。私から見ても、それは確かにそ
の通りだと思う。だからこそ気になるのだ。果たして先輩は、会長をどう思っているのか。
だけど、臆病な私が口に出すのは、全然かけ離れた言葉だけだった。
『……前から思ってましたけど、別府先輩ってM気質なんですかね?』
すると先輩は、凄く嫌そうな顔をした。
「止めてくれよ。俺にそういう趣味はないぞ」
『だって、会長にこき使われても黙って付き従ってるじゃないですか』
私は、出来る限り冷静にそう言うと、パックのいちご牛乳を少し飲む。意外と、ちょっ
と核心に近づけたかなと先輩の返事を待つが、先輩はしばらく考えてから、小さく言った。
「……単に、逃げ出すのが嫌なだけなのかもな。実際、仕事回らなくなるのも事実だし」
『へえ。先輩って、そんなに責任感が強い人だなんて知りませんでした。正直、驚きです』
869 :3/6:2011/04/02(土) 19:47:31 ID:???
ちょっと嫌味ったらしく、私は言った。正直なところ、先輩の今の言葉はあまり信じら
れない。果たして、先輩は何を考えていたのだろうか。そこが私は知りたくてたまらなかった。
「……お前さ。今、スゴく俺の事バカにしただろ?」
先輩がジト目で睨むのを、私は笑顔で受け止めた。
『はい。もちろん』
先輩の表情が面白かったから笑ってしまったけど、もちろん、そんな事はない。信じて
いないのは事実だけど。
「ハーア…… 何で俺の周りっていうのはこう、性格のキツイ女子ばかりなんだろうな。
もうちょっとこう、優しく癒してくれる女っていうのはいないもんかね」
ため息混じりな口調で先輩が言う。しかし、私は知っていた。先輩の傍にそういう子が
いても、多分先輩は気付いてくれないだろうと。
『そんな都合のいい人なんて……』
いつものように毒舌で切り返そうとして、私ははたと言いよどんだ。もし、いると言っ
たら先輩はどんな反応を見せるんだろうか? 幸いにして、今日はそれが出来る日なのだ。
そんな事を考えていると、先輩が食らい付いてきた。
「都合のいい人が、どうしたんだよ? てっきりいる訳ないじゃないですかって速攻で切
り返されると思ったんだけど、途中で止められると却って気になるじゃん」
先輩から視線を逸らし、私はうつむく。何だか自分が傷付く結果にもなりかねないよう
な気がするが、そうしたらせめて憂さ晴らしを散々すればいい。私は、迷いを振り切った。
『……いや。考えてみたら、信じられない事ですけど、いない事もないかなって……』
「マジで?」
先輩が驚いた声を上げて椅子から腰を浮かす。私はそんな先輩を見て、ため息をつく。
目の前の女の子には全然目もくれないくせに、こういう時に興奮されると、やっぱりやる
せない気分になる。そりゃ、私だって仮に私に好意を持ってる男子がいるよと言われれば
悪い気はしないけど、でも好きな人に目の前でやられるのは、やっぱりちょっと辛い。
『知らないってのは怖いですよね。実は先輩って、一年の女子の間じゃ結構人気あるんで
すよ。曲がりなりにも生徒会副会長とかやってるから、知名度はありますし』
私はそう言って顔を背けた。こんな嘘で喜ぶ先輩の顔なんて見たくない。とはいえ、や
はり反応も気になってしまい、目線だけで先輩を追ってしまう。
「マジかよ。その割にはバレンタインデーとか、さっぱりだったけどなあ」
870 :4/6:2011/04/02(土) 19:47:58 ID:???
『……女子って、そういうトコ牽制し合いますから。それに、先輩って会長のお付のイメ
ージは拭えませんから、それで遠慮してる子もいると思いますし』
つまらなさそうに言いつつ、私は視線をあちこちに泳がせる。果たして、先輩がどうい
う態度を取ってくるのか、私は気が気でなかった。
「ちぇっ。やっぱ勘違いされてんのか。俺もクラスの奴から、あんな美人とお近づきにな
れて役得だなとか散々言われてよ。全く、譲れるものなら譲ってやりてーよ」
その言葉に、私はドキリとする。今のが本音だったら、先輩は会長の事をあまり良く思っ
ていないのかも知れない。だけど、人の心なんて、そう簡単には推し量れないのだ。
『私もよく聞かれます。別府先輩って会長と付き合ってるのって。安心して下さい。天地
がひっくり返っても、そんな事あり得ないって答えてますから』
「天地がひっくり返ってもってのは大げさだろ。まあ、でもねーだろうなぁ……」
気のせいか、先輩の声が諦めの混じった声に聞こえた。もうちょっと、確かめてみたい。
そう思って、私は一歩踏み込んだ質問をしようと決めた。
『先輩。じゃあ、もしその中の子の一人が告白して来たら……先輩は、付き合いますか?』
「へっ!? お、俺にか?」
ちょっと驚いた顔で、先輩は自分を指差す。私はコクリと頷いた。
『はい。先輩が完全フリーだと知れば、誰かに先を越されないうちにって、思い切って先
輩に告白する子が、もしかしたらいるかも知れません。そうしたら……どう、答えますか?』
私は、勇気を振り絞って先輩を真正面から見据える。しかし、今度は先輩の方が、ちょっ
と困った顔で顔を逸らしてしまった。
「そ……そう言われてもなあ。俺だって好みがあるし……相手の子によりけりかと思うんだがな」
『じゃあ、顔が可愛くてスタイルのいい子なら、オッケーしちゃうんですか?』
その質問は、自分にとっては痛みも伴った。何故なら私は、その両方も持ち合わせては
いなかったから。しかし、先輩の答えは、それでもなおかつ歯切れが悪かった。
「うーん。そりゃ、美人でスタイルのいい子から告白されたらどうしようもなく興奮はす
ると思うけどさ。でもなぁ…… やっぱりその……即答は出来ないと思うぞ。いろいろ聞
いて、ちょっと考えてからでないと、お前の言うとおり勘違いされてるだけじゃ、お互い
にいい思いしないだろうし……」
『先輩って、だらしなくて怠け者で、かつ優柔不断まで付いてたんですね。本当に、こん
な人のどこがいいんだか』
871 :5/6:2011/04/02(土) 19:48:23 ID:???
そっけなく私は、毒舌をぶつける。だけどこれは、ちょっとだけ安心したからでもあっ
た。もし即答で付き合うなどと節操のない事を言われたら、貧血で倒れてしまったかもしれない。
「ちょっと待てよ。これは優柔不断とは違うだろ。相手の子の事を真面目に考えてるから
こそ、即答はしない方がいいって思ってるだけで」
必死で言い訳する先輩に、私は更に追い討ちを掛けた。ぶっきらぼうに見えて優しいの
は先輩のいいところだが、その優しさは正直、私だけに振り向けて欲しい。欲張りな考えだけど。
『そんなの信じられません。本当は、ちょっとカッコいい事言ってるなって自画自賛して
るくせに。ちょっとドヤ顔っぽくなってますよ』
「してねーよ。つか、真面目に考えて答えてんのに、何でそこまで非難されなきゃなんねーんだよ」
口を尖らせて、先輩は文句を言った。そろそろいいだろうと、私は思う。先輩が女の子
に告白されたらどういう態度を取るかが少し見えただけでも、十分に収穫はあった。少な
くとも、私もチャンスゼロではないんだと。
『それは、先輩がバカだからです。こんな嘘に、何真面目ぶって考えてるんですか』
「バカってな。お前……って……は? 嘘……だと?」
抗議しかけて、先輩は呆然と呟く。私は、敢えて笑顔を作ってみせて頷いた。
『はい。先輩。今日が何月何日だか知ってますか?』
私の言葉に、先輩はハッとする。それから、しまったという顔をして顔を逸らすと、頭を掻いた。
「四月一日……くそう。そういや、エープリルフールだったな。全く、してやられたぜ……」
『普通、ちょっと考えれば先輩が女子に人気なんて出る訳ないじゃないって分かりそうな
ものなのに。こんな単純な嘘に引っ掛かるなんて、本当にバカですよね。先輩って』
私の毒舌に、先輩は自棄になって、椅子に座り直すと足を組んだ。
「バカで悪かったなちくしょう。そりゃ俺だって信じられなかったけどよ。けど、男って
のは夢見たい生き物なんだよ。全く、繊細な男心を弄びやがって。鬼畜かお前は」
先輩に文句を言われても、毒がないので全然傷付く事はなかった。むしろ、その拗ね方
がいかにも子供っぽくって、私はつい笑ってしまった。
『ちょっとでも警戒していれば、こんな単純な嘘に引っ掛かるわけないのに。自分のバカ
さ加減を、人になすり付けないで下さいよね』
そう言うと、先輩はフン、と悔しそうに鼻を鳴らす。それから、負け惜しみっぽくこう
言った。
「全く…… ホント、文村ってこの半年で性格悪くなったよな。誰の影響だよ。会長か?」
872 :6/6:2011/04/02(土) 19:49:42 ID:???
『さあ。でも、これだけは言えますけど、私が性格悪くなったんじゃなくて、先輩のダメ
さ加減がどんどん明らかになってきた、これはその当然の反応と言えますけど』
そう言いつつ、私は内心呟く。先輩の指摘は、少なくとも間違ってはいませんと。何故
なら、こうやってキツイ事を言ったほうが、先輩は、私にも関心を向けてくれるから。
「ハア…… もう、右からも左からもダメダメ言う女子ばかりでよ。正直、病気になって
もおかしくないぞ。こんなんじゃ」
ため息混じりの先輩に、私は笑って首を振る。
『それは心配してません。先輩みたいな雑な神経の持ち主だからこそ、こういう事が言えるんです』
「それって、一応は親しい相手だからっつー事で捉えていいのか?」
ボソッと言った先輩の一言に、私は顔が急激に熱を帯びるのを感じた。いや、親しいと
いっても、先輩後輩の間柄だって事は十分知っているのだけど、それでも好きな人から親
しい仲とか言われると、ドキドキしてしまう。
『しっ……知りませんそんな事!! ていうか、雑な神経なのと親密さって、全然関係な
いじゃないですか。何でそういう思考になるんですか。どんだけプラス思考なんですか』
畳み掛けるように言うと、先輩は体を起こし、私をジッと見つめて言った。
「いや。俺の性格とか、よく理解してるから言えるのかなーって。ま、いいや。そろそろ
真面目に仕事すっかな」
『だっ……誰が先輩の事なんて…… 知りませんもうっ!!』
勝手に仕事に戻られ、放置されてしまった私は、最後に吐き捨てるようにパソコンに向
かった。だけど、もちろん集中なんて出来る訳もなく、思いはさっきの先輩の態度に向か
う。そして私は、心の中で小さく呟いた。
――さっき、先輩が女子に人気なのが嘘だって言いましたけど……それも、嘘です。だっ
て、少なくとも、一人の女の子の中では……私の中では、先輩は大人気なんですから……
終わり
規制中だったり某シリーズの番外だったり他様々な事情があるのでこっちに投下。
最終更新:2011年10月25日 21:33