260 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/11/10(木) 22:09:56.22 ID:27bIHmkN0 [5/10]
朝、起きてみると、体が妙に重く頭痛もしたので、もしやと思い熱を計ってみると、平熱より二度ほども高かった。これは流石に学校に行けないので、連絡を入れて欠席することに。
(あー、あと、むみさんにも知らせ、ないと……)
何の連絡もなしに休んだら、きっと心配させてしまうに違いない、と考え、ぼんやりした頭でメールを打つ。
(とにかく心配ないってことは伝えないと……)
彼女へのメールを打ち終わると、意識が闇に引きずり込まれるようにして、眠りについた。
ぴんぽーん、という間の抜けた電子音が、僕の睡眠を断ち切った。
感覚では、三十分ほどしか寝ていないように感じたが、時計を見ると既に昼過ぎである。
(お客、さん……? 悪いけど、セールスか何かなら居留守を使わせてもらおう)
こんな時間帯に知り合いが訪ねてくるわけもないと思い、また横になる。
僕は、親元を離れて、一人暮らしをしているので、他に出てくれる家族もいないのだ。
それにしても、薬は飲んだのに、むしろ悪化しているようで、こうして寝ていても頭がクラクラする。
ぴんぽーん、と、またチャイムの音が響く。
(誰だか知らないけど、ごめんなさい……)
心のなかで頭を下げながら、去っていくのを待っていると、
(ん、携帯の、バイブ……?)
枕元に置いておいた、携帯が震え、着信があることを示していた。
(メール? ……じゃない、電話か……)
こんな時間に誰だろう、と思いつつ、携帯を手に取り相手を確かめる。
「え、むみさん!?」
思わず、声が漏れ、慌てて電話に出る。
「も、もしもし!?」
「何よ、ちゃんと部屋にいるじゃない。チャイムを鳴らしても出ないから、サボって遊びにでも行っているのかと思っていたところよ」
「あ、いや、セールスか何かの勧誘だと思って……って、今うちの前にいるの、むみさん!? 学校は?」
「いいから、さっさと開けなさい、外は寒いのよ」
261 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/11/10(木) 22:10:59.33 ID:27bIHmkN0 [6/10]
「あ、うん、ちょっと待ってて!」
電話を切ると、ベッドから抜け出し、ふらつく足で玄関まで移動する。
「今、開けるからっ」
外に聞こえるよう、大きめの声を出したつもりが、我ながらひどい声だ。喉もやられたらしい。
とにかく、玄関の鍵を開けると、外へとドアが開かれていく。
そこに現れたのは、人形めいた端正な顔立ちの美少女であり、僕の恋人である、むみさんだった。手には、普段から通学時に使っている、小さめの学習鞄を持っている。
「失礼するわよ」
深い森に響く鳥の音を思わせる、澄んだ声が僕の耳に届く。僕は慌てて、彼女を部屋に招き入れた。
「あ、どうぞ、入って……それにしても、学校はどうしたの、むみさん?」
「今日は、午前までだったのよ、知らなかったのかしら?」
「あ、そうだったっけ?」
「ええ。この私が、放課後まっすぐにお見舞いに来てあげたのだから、せいぜい感謝しなさい」
言われて目をやれば、確かに制服のままだ。
むみさんの優しさが、染みわたるような心地がした。
「うん、ありがとう、むみさん……!」
「ちょ、ちょっと、何を泣いているのよ、これぐらいのことで」
「一人で心細かったからさ……でも、うつしたくないから、悪いけど早く帰ってもらうよ?」
「ふん。言われなくても、長居はしないわよ、用が済んだらさっさと帰るわ」
「用?」
見れば、ベッドに腰かけた僕に対して、むみさんは未だ立ったままだ。
「ええ、貴方、どうやらずっと寝ていたみたいだけど、食事は摂ったのかしら?」
「ううん、そう言えば、朝に薬を飲んだきり何も……」
「はあ……貴方ねえ、そんなことでは治るものも治らないわよ……お粥を作ってあげるから待っていなさい」
「え、むみさんの、料理……?」
脳裏に過去の悪夢がよみがえる。むみさんの、数少ない不得意なものの一つが、ずばり料理なのだ。
もちろん、むみさんの作ったものなら、僕は何だって喜んで食べるけれど、体が弱っている今は、流石に少しためらわれた。
「何よ、その反応は。私だって、自分が料理下手なことくらい、自覚しているわよ。……インスタントのものを買ってきたから安心しなさい」
「あ、それなら、僕が自分で――」
「いいから、貴方は黙って寝てなさい。体力は体を治すことに使うの、良いわね?」
「……うん、ありがとう、むみさん」
262 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/11/10(木) 22:12:06.88 ID:27bIHmkN0 [7/10]
むみさんの厚意に甘えることにして、僕は再びベッドに横になった。
それにしても……
「こんなに優しい恋人がいて、僕は本当に幸せだなあ……」
「ば、馬鹿なこと言ってないで、寝てなさいったら」
そう、慌てたように言うむみさんの顔は、仄かに赤く染まっていて……いつも通りの光景に安心した僕は、短い眠りへと落ちていく。
「ほら、出来たから、起きなさい」
そんな声で、眠りとも呼べぬまどろみのような睡眠から覚醒する。時間にして、ほんの十分かそこらのはずだったが、むみさんが来る前のそれとは対照的に、なんだか疲れがずっと取れた気がした。
テーブルを見ると、どうやら梅粥がよそわれたお椀と、二リットルのスポーツドリンクのペットボトルが置いてあった。
「……んーと……」
「何よ、どうかした?」
「出来れば、コップも持ってきてくれると嬉しいかなーと」
「あっ」
「もう、どじっ子なむみさん可愛いよむみさん」
「う、うるさいわね、ちょっと待ってなさい」
顔を赤らめたむみさんは、そう言うと台所に行ってコップを持って戻ってくる。
「ほら、これで文句ないでしょう」
表情はいつも通り不動でありながらも、どこか誇らしげに言うむみさんは、なんだか無邪気で可愛らしかった。
「うん、ありがとう。それじゃ、頂きます……」
むみさんが作ってくれた(といってもレトルトらしいが)梅粥をまず口にする。
「うん、とっても美味しいよ、むみさん!」
「単なるレトルトにそんなに喜ぶなんて、安上がりな男ね」
「むみさんの愛情がこもってるからね、単なるレトルトとは違うよ」
「な、なに勝手に決めつけてるのよっ、愛情なんて一片だって入ってないわよ」
「そんなこと言って、これ、一回作り終わってから、食べやすいように少し冷ましてくれたんでしょ? お陰で凄く食べやすいよ。ありがとう、むみさん」
「ふ、ふん。あ、貴方がなかなか起きないから、その間に冷めてしまっただけじゃないかしら」
そっぽを向いて、そんなことを言っている恋人に微笑みながら、お粥を食べ尽くして、それから、むみさんの注いでくれたスポーツドリンクを飲み干す。
「ふう。ごちそうさまでした」
「まだ足りないなら、お鍋にお粥が残ってるわよ?」
「いや、いいよ。十分食べたし」
263 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/11/10(木) 22:13:15.78 ID:27bIHmkN0 [8/10]
「そう……それと、ビタミンを摂るために、蜜柑の缶詰も買っておいたから、後で――」
「あ、それは、今食べようかな」
「……貴方、十分食べたと言わなかったかしら?」
「あはは、甘いのは別腹ってことで」
「まったく……」
呟きつつ、鞄から缶詰を取り出して、台所からスプーンを持って来てくれるむみさん。なんだかんだ言いながらも、至れり尽くせりである。
「……なんだか、今日はいつもより優しいね、むみさん」
「な、何よ、今更。普段は気が利かないとでも、言いたいのかしら」
「ふふ、そう言うわけじゃないけど……優しいついでに、むみさんが食べさせてくれると嬉しいなあ」
「な、何のついでよっ、意味がわからないし、そ、そんなのやるわけないでしょう!」
さっきよりも、その整った顔を紅潮させて、むみさんは小さく叫んだ。
「冗談だよ、冗談」
笑いながら言って、むみさんからスプーンを受け取ろうと、手を伸ばすけれど――
「……あのー、むみさん?」
むみさんはスプーンを握りしめたまま、何やら神妙な面持ちで動かない。
「……るわよ……」
「え?」
「だっ、だからっ、やってあげると言ったのよ……!」
「ほ、ホントに?」
「く、くどいわよ……ほ、ほら、顔を前に出しなさい……あ、あーん」
(あーんって! むみさんが、あーんって!!)
差し出された蜜柑の甘さよりも、むみさんの可愛すぎる言動に頭がどうにかなりそうになる。
それにむみさんも、決して吹っ切れたわけではないのか、顔色はさっきと変わっていない。
いや、むしろ、梅の華が色づくように、どんどん赤く染まっていく。
「ど、どう? 美味しいかしら? 美味しいわよね?」
「う、うん、もちろん」
お互いに切羽詰まりながら、そんなやり取りを繰り返していると、いつの間にか蜜柑はすべて平らげてしまっていた。正直、むみさんが可愛かったことしか記憶にないです、先生。
何故だか、食べ終わる頃には、二人とも肩で息をするようにしていた。まるで、むみさんにも風邪がうつってしまったようだ。
264 名前:これでラストです[] 投稿日:2011/11/10(木) 22:14:50.16 ID:27bIHmkN0 [9/10]
「はあ……はあっ……まったく、心配で、わざわざ早退してきたっていうのに、どうして、こんなことに……っ」
むみさんが漏らした、小さな呟きが、微かに耳に留まる。
「え、早退? 今日は、午前で授業終わりだったんじゃ……?」
「へ? あ、いや、えっと、その…………そうっ、あ、貴方のお見舞いを口実に午後の授業をサボりたかっただけよっ、べ、別にこの為に早退したわけじゃないわよ……!」
「いや、そんな理由じゃ、普通、早退させてもらえないよね」
「うっ」
ていうか、彼氏のお見舞いの為とか、たとえ嘘でもむみさんが言えるわけないし、第一、むみさんがサボりたくて早退なんか、するわけがない。
「それに、そんなあからさまに、今考えたみたいに言われても、ねえ」
「うっ、ち、違うもん……べ、別に貴方のために……そ、早退なんかしてないんだから……っ」
むみさんの、その、精巧な人形のように美しい顔が、今までの比ではなく、真っ赤になっていく。
「むみさんっ!」
気づけば、むみさんの細くて小さな体を思いきり抱き締めていた。
「きゃっ!? こ、この、離しなさいよ……あ、汗くさいのよ、馬鹿……!」
そんなことを言いながらも、抵抗はほとんど感じない。
「むみさん、むみさん、むみさん……! むみさんは、どれだけ女神なんだよっ、可愛すぎるし、優しすぎるよ!」
「っ……だ、だから、貴方のことなんて、心配してないんだから……あ、あんなメールをするから悪いのよっ、何よ、『心配しないで』だなんて言われたら、心配しない、わけがっ……だ、だから、しんぱいなんて、してないんだから……!」
むみさんもむみさんで、僕の腕の中で、混乱しながら矛盾したことを叫んでいる。そして、そんなむみさんが、愛しくて愛しくて、愛しくてたまらない。
「大好きだよ、愛してるよ、むみさん」
「こ、この、馬鹿っ……さっさと離しなさいよ……う、うつったらどうして、くれるのよ……!」
そう言いながらも、言葉とは裏腹に、むみさんは、顔を僕の胸に押し付けるようにして、僕に強く抱きついてくる。
そんな、信じられないほど可愛くてたまらない想い人を、それ以上の強さで、しかし優しく抱き締めながら……僕は、もしも、むみさんに風邪がうつってしまったら、その時は、学校を休んででも彼女を全力で看病しよう、と決意するのだった。
最終更新:2011年11月13日 17:59