81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/11/14(月) 23:44:15.78 ID:fz7j/hdU0 [2/3]
  • 中学生ツンデレと家庭教師男

 紙に何かを書き綴る音が、規則正しい時計の音に紛れ、部屋に響いている。
 その音を響かせ、熱心に机に向かっているのは、長い黒蜜のような髪を、頭の左右でまとめた、いわゆるツインテールという髪型をした少女である。
 彼女の名前は、まりと言って、少し前から俺が家庭教師として教えてやっている中学生の女の子だ。
 まあ、家庭教師と言っても、ちゃんとした会社に所属しているわけではなくて、昔からの知り合いである彼女の親御さんから教えてやってほしいと頼まれ、やっているだけなのだが。
 それでも、謝礼の方は、コンビニなんかで働くよりずっと割りが良い上に、たまに夕食もごちそうになったりしているので、かなり美味しい仕事だと言える。
 ――ただ、一つだけ問題があるとすれば、
「ちょっと、なにボーッとしてんのよ! お金もらってやってるんだから、その分ちゃんとしなさいよね、愚図!」
 この通り、教え子であるまり自身の、口の悪さと気の強さである。
「あ、ああ、悪い悪い。なんか分からない問題でもあったか?」
「はあ? こんな簡単な問題ばっかで私がつまるわけないでしょ!?」
「……一応、それ、俺も受験の時に使ってた、結構難しめの参考書なんだけどな」
「はっ、コウジの程度には確かに合ってるかもね」
「…………」
 とまあ、こんな感じで、終始俺の心は、暴風雨にさらされたビニールハウスの住人のように安らぐ暇がない。
「ていうか、お前、こう言っちゃなんだけど、家庭教師なんかつける必要あんのか? 一人でも十分やっていけると思うぞ」
 そう、彼女は実際、普段の態度からは分かりにくいが、かなり真面目な質で、自分で決めたことはしっかり守るし、出しておいた課題だってサボったこともない。
 天才、と言えるほど明晰な頭脳を持っているわけでもないが、要領もよく努力家な彼女なら、別に見てやる人間などいなくても、現在の志望校なんて余裕で合格できるはずだ。
 そう思って、純粋な好奇心から、問いかけてみたのだが……何故だか、さっきよりもずっと表情が険しくなる。
「な、何よそれ!? 私に教えるのが、不満だって言うの? い、言っとくけどねえ、私のクラスじゃ、こんな風に私と二人きりになれるだけで幸せだって言う男子がたくさんいるんだからね!」
「あー、いや、そういうわけじゃなくて、お前は十分優秀だって言いたかっただけなんだが……って、それにしても、お前、そんなにもてんのか」
「そ、そうよ! だから、こうやって私に教えられるのを光栄に思いなさい! ま、間違っても文句なんか言ったら許さないんだからっ」
 まあ確かに、実のところ、まりの奴はかなり可愛い。これで同年代なら、好きにならない方がおかしいかもしれない。
「ま、もう少し胸がありゃあ、言うことないんだがな……」
「な、何ですってぇ!」
 まずい、思わず本音が出てしまった。慌ててフォロー、というか、言い訳を入れる。
「あ、いや、お前は客観的に見てかなり可愛いと思うぞ……胸の話はただの俺の趣味であって」
 すると、少しは効果があったのか、まりは照れたように顔を赤くした。……かと、思えばさっきよりも顔色が険しくなる。

82 名前:やっぱり二レスで済んだ[] 投稿日:2011/11/14(月) 23:46:15.27 ID:fz7j/hdU0 [3/3]
「客観的って何よ、馬鹿! あんた自身に可愛いって思われなきゃ意味ないでしょうが!」
「へ? えーと、そりゃ一体どういう……?」
 俺が困惑した声を上げると、さっきまで怒りで赤くなっていた彼女の顔から、何か重大な間違いを犯してしまったかのように、血の気が引いていく。
「うぇ!? あ、えっと、そ、それは、そのあの……べ、別にコウジに可愛いって言ってほしいとか、そういうんじゃなくてね、そう、みんなが私の可愛さを認めないと気にくわないってことよ!」
「……あー、なるほどな」 なんでしどろもどろになってるのかは、よく分からんが、可愛い顔してなんつー自信家だ。しかし、実際に可愛いもんだから自意識過剰とも言えないので質が悪い。
 ……と、そんなことを考えていると、何やら先ほどまでとは打って変わって、もじもじしながら、まりが俺の服の裾を引っ張っているのに気づく。
「ん、どうした? 別に、分からない問題があったわけじゃないんだろ? ……あ、トイレか?」
「違うわよ、馬鹿! ……だ、だから、その、言われた問題やったから、全部……」
「ま、マジかよ? あれ、一時間はかかると思ったんだが……」
 言われてノートを見てみると、三十分ほど前に、今日の分の課題として指定しておいた範囲の問題は、確かにすっかり解かれていた。
「うーん、答えは……みんな合ってるし、途中式の書き方も……特に問題はない、か……」
 これは、ホントに俺はいらんかもわからんね。
「そ、そんなことよりもさ、その……ちゃんと時間内に全部解けたんだから、い、いつものやつ……」
 顔を赤く染めて、まりが落ち着かない様子で言う。彼女が口にした『いつものやつ』ってのは、要するにちゃんと問題を解けたときのご褒美だ。
 まあ、ご褒美と言っても、年の離れた幼馴染みのようなものである俺達の間では、昔から慣れ親しんだ行為なので、今さらって感じなんだが。
「おお、分かってる分かってる……にしても、こんなんで本当にいいのか?」
「つ、つべこべ言わずに、さっさとしなさいよ……その、いつもされてたから、やってもらわないと、なんだか落ち着かないんだもん……」
「はいはい。まあ、俺は別に何でも良いんだけどさ……」
 そう言って、まりの小さな頭を、そのさらさらとした綺麗な黒髪をとかすように、ゆっくりと撫でていく。
「んっ……んー……えへへ、やっぱり、これだけは得意よねー、コウジって」
「はは、これだけ、かよ……」
 無邪気な妹分の声にやや傷つきながらも、手は緩めずに撫で続ける。
「はあー、こんときだけは昔みたいに素直で可愛いんだけどなあ」
「う、うっさいわねっ。文句言ってる暇があったら、もっと熱心に撫でてよね!」
「承知しましたよ、お姫様」
「ふん、子供扱いすんなっつーの、ばーか……んぅー……えへへ♪……」
 どこまでも勝手な彼女に振り回されながらも……幸せそうに頬を緩めるまりを見ていると、結局こんなバイトも悪くはないかな、なんて思ってしまう俺だった。
最終更新:2011年11月19日 02:12