124 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/11/23(水) 22:20:36.98 ID:ccdSer760 [4/6]
  • ツンデレに「キスしたことある?」って聞かれたら

「ね、ねえ、キスってどんな感じなのかな?」
 例のごとく、まりに勉強を教えてやっていると、彼女は突然そんなことを言い出した。
 ちなみに、まりはまだ中学生だが、俺とは年の離れた幼馴染み、という間柄で、週に何度か家庭教師として勉強を教えている。
「はあ? 急にどうした、何か悪いもんでも食ったか?」
「違うわよ! ……その、友達に彼氏ができてさ、それで最近、初めて、き、キスしたらしくてね……だから、何となく気になるって言うか……」
「ふーん、なるほどな……ハハハ、なんだかまるで女の子みたいだな」
「私の、一体どこが男に見えるってのよ! ぶっ飛ばすわよ!」
 少しからかってやると、まりは、さっきの、どこかおどおどした態度から一変して、本気で殴りかかってきそうな剣呑な声をあげた。
 少々おっかないが、こっちの方がいつものこいつらしい。
「冗談だって、悪かったよ」
「面白くないのよ! コウジの冗談は!」
 そう怒鳴ると、まりはむっすりした顔で黙ってしまう。
「しかし、キスがどんな感じか、なんて聞いてくるってことは、お前、キスしたことなかったのかよ?」
「な、何よ……そ、それがどうかした?」
「ああいや、お前モテるって言ってたし、てっきりキスぐらい経験があるのかと……」まあ、本人から聞いただけだから、事実はわからんが……まりはかなり可愛いし、本当だろう。
 すると、まりは親の仇を見るかのような鋭い視線をこちらに向けた。
「そんなわけないでしょ! だいたい、彼氏だって出来たことないわよ!」
「あ、あー、そういや、年上がタイプだとか言ってたっけか」この前、そんなことを言ってたのを思い出す。
 確かに、それなら同年代からモテようが、告白されようが、まりにとっては関係ないのかもしれない。
「そ、そうよっ……だから、彼氏なんて作ろうと思えばすぐに作れるの! 作る気がないだけで!」
「ふーん……まあ、どうでもいいけど、相手はちゃんと選べよ」こう見えてしっかり者だから、大丈夫だとは思うけど……。
「どうでもいいって何なのよ! コウジは、私がどこの馬の骨ともわからないような男と付き合っても良いの!?」
「いや、だから相手はちゃんと選べとは言ってるだろ? ……ま、お前に彼氏ができたら俺も寂しくはなるけどさ」
「えっ!? な、なんでよ……?」
 意外そうに言って、上目遣いで答えを促してくるまり。そこで黙られると、答えにくいんだけど……。
「そりゃあ、まあ……こうして、お前と馬鹿な話してるのは楽しいし、お前に恋人がいたら、こんなことも出来なくなるからなあ」
 なんて、頬を掻きながら言ってみる。流石にこんな台詞を面と向かって言うのは気恥ずかしいものがある。

125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/11/23(水) 22:22:05.24 ID:ccdSer760 [5/6]
「へ、へぇー、そ、そーなんだ、ふーん……じゃ、じゃあ、仕方ないから、コウジの為に当分彼氏は作らないでおいてあげるわっ、にひひ」
 さっきまでの剣幕は消え、ニコニコしながら、そう告げるまり。こんな風に気分屋なところは、まるで猫みたいだな、と思う。
「相変わらず、変な笑い方だな……」まあ、嫌いではないけど、とは調子に乗らせたくないので、言わないでおく。
「何よ、べ、別に良いでしょ、馬鹿っ……コウジの前でしか、こんな風に笑わないし……」
「ん? 俺の前で……なんだって?」
 いつもハキハキ喋るまりには珍しく、ごにょごにょと呟くように言ったせいで後半が聞き取れなかった。
「な、何でもないわよ! ……そ、それより、さ……」
 怒鳴ると、まりは何だか神妙な顔つきになり、その小さな体で改めてこちらに向き直った。一体何なのだろう。
「こ、コウジは、その、キスって、したこと、あるの……?」
 上目遣いで、そんなことをちょっとずつ区切りながら言うもんだから、心臓がドクンと高鳴るのが、自分で分かった。
(おいおい、冷静になれ……相手は中学生だぞ)
 そう言い聞かせながら、呼吸を整え、自分自身を落ち着かせる。
「い、いや、残念だけど、そんな経験はないな……つーか、彼女すら出来たことないし」
「な、なーんだ、そなんだ、つまんないの……にひひ~」
 つまらない、と言いながらも、まりは、どこか安堵したように朗らかに笑った。
 人がモテないのが、そんなに可笑しいのか……それとも、もしかして……と、妙な方向に飛躍しそうになる思考を押さえつけていると、いつの間にか、まりの、そのよく整った小さな顔貌が目の前にあった。
「うわ、な、何だよ……」
「ね、ねえ、私の初めて……コウジにあげよっか?」
 甘くて、熱い吐息が、直接かかるほどの近さで、まりがそう囁く。『初めて』というのが、まるで別の意味に感じられて、俺は激しく動揺してしまう。
「はぁっ、ま、まり、お前、何言ってっ」
「だって、キスってどんな感じなのか気になるし……それに、コウジとなら、私……」
「え、ちょ、ちょっと、まりさん!?」
 俺が狼狽する間にも、まりの顔は、睫毛の数が数えられそうなほどに近づいてきて……俺は思わず目を閉じてしまう。
「コウジ、大好き……なんて、言うと思ったの、この馬鹿!!」
 耳元で思い切り叫ばれた俺は、頭蓋を直接揺さぶる甲高い振動に、床でのたうち回る。
「お、お前、今のはないだろ……ぐああっ、頭いてえ……」

126 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/11/23(水) 22:23:02.29 ID:ccdSer760 [6/6]
「にひひひっ、引っかかる方が悪いのよ。だいたい、この私がコウジなんかに、ファーストキスをあげるわけないでしょ、ばーか♪」
 残響に苦しむ俺を尻目に、楽しそうな笑みをこぼすまり。
「それに……本当の初めては、コウジの方からじゃないと嫌だもん……」
 下手すると、鼓膜が破れるんじゃないかってほどの衝撃に悶える俺の前で、まりはさっきとは違う真剣な眼差しで、何事か呟いた。
「はあ? 何だって? まだ上手く聴こえないんだが……」
「だっから、悔しかったらヘタレなのを直しなさいって言ったのよ、ばーか! にひひっ」
 そうやって、さっきみたいに笑うまりの、溢れんばかりの笑顔は、心底愉快そうでありながらも――何故だか、どこか切なそうにも見えるのは……気のせい、なのだろうか。
 未だに痛む頭で、そんなことを考える俺の前で……まりはやっぱり、にひにひと楽しそうに笑っているのだった。
最終更新:2011年11月29日 00:53