69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/12/08(木) 00:34:49.88 ID:LrVux2WC0 [2/6]
  • ツンデレにクリスマスに予定が空いているか訊かれたら

「ん、今日もしっかり出来てるな、優秀優秀」
 俺は、整然と、いくつもの問題が解かれたノートから顔を上げる。
 いつも通り、俺の昔からの妹分――本人は認めなさそうだが――であり、現我が教え子であるまりは、優秀だった。
 今回やらせたのは以前まで苦手科目だった地理だが、しっかり一人でも復習していたのか、出した範囲の問題は全部正解だった。
「にっひひ、当然でしょっ」
 生意気そうに、しかし、それでいて心底嬉しそうに顔を綻ばせるまりを見ていると、こっちも穏やかな気持ちで満たされるが……最近はどうも、それ以上の感情が芽吹きそうで困る。
 俺は大学生で彼女は中学生であり、四つも年が離れているだとか、彼女の親御さんから信頼されて彼女を預かっているだとか、そういったことはもちろんだが、それよりなにより、俺自身、まりとの今の関係を壊してしまうのが怖かった。
「……ねぇ、どうかしたの?」
 と、俺の気配の変化を感じ取ったのか、まりが不安げにこちらを見上げてくる。
(いかんな、俺の気持ちがどうあれ、こいつにこんな顔させちゃ駄目だよな……)
「何でもないっての」
 出来るだけ、優しい声音で言いながら、まりの頭を撫でてやる。
「……ん、本当?」
「ああ。俺がお前に嘘ついたことあったか?」
「……七回くらい」
「…………ほら見ろ、まだ十回もついてないだろ?」
 かなりリアルな数字を出されて少し怯むが、ええい勢いで誤魔化せ。
「くすっ、ばーか……やっぱり駄目コウジね」
「駄目なりに日々頑張ってんだぜ?」
「じゃあ、もっと撫でてくれたら認めたげる……」
 まりは俯いて、はにかみながら、そんな可愛らしい要求をしてきた。
「相変わらず、素直じゃないなぁ」
「な、何よ、コウジだって、前に、自分も撫でないと落ち着かないんだって言ってたじゃない! ……ていうか、もう習慣になっちゃったから、しないとムズムズするだけだし……別にどうしてもして欲しくなんてないし……」
 少しからかってやると、やっぱり素直でない返答が返ってくる。
「じゃあ、別にやめても――」
「だ、駄目よ! だいたい、時間内に全部問題できたときのご褒美なんだから、ちゃんとやらないと駄目なんだからっ」
「はいはい、わかりました」
 苦笑しながら、優しく、丁寧に、まりの黒蜜のごとき艶やかな髪を、頭頂部からなぞるように撫でてやる。

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/12/08(木) 00:35:40.08 ID:LrVux2WC0 [3/6]
「……ん、そうよ、それでいいの……えへへ……」
 目を細めて声を漏らすまりに、胸が高鳴ったのは秘密だ。

「ね、ねえ……コウジ」
 しばらく撫でてやっていると、恐る恐るといった様子で、まりが声をかけてきた。
「おう、どうした?」
「えっと、そのさ……コウジって、く、クリスマスの予定って空いてるの?」
「は、はあっ!?」
 ちょっと待てそりゃどういう意味だ思わず声裏返ったじゃないかおい。
「ち、違うからっ、別に、その、そーいうアレじゃなくて――だっ、だから、つまり、どうせ予定がないコウジのことを、笑ってあげようと思っただけなんだからっ!」
「そ、そっか、なるほどな」
「へ、変な勘違いしないでよね、まったくもうっ……で、ど、どうなのよ、予定……?」
「まぁ、一人寂しく鍋でも食ってるかなあ、多分」
「一人? おじさん達は?」
「あの馬鹿夫婦は、毎年デートだよ……二日ともな」「そ、そっかぁ、まだまだラブラブなのね、おじさん達……いいなあ……」
 なんて、まりはうっとりと呟いているが……。
「息子の俺からすりゃあ、いい加減にして欲しいけどな」
 実際、毎日毎日、両親のイチャつきっぷりを見せられるのは、キツいものがある。それだけで、県外に進学しなかったことを後悔することさえあるぐらいだ。
「じゃ、じゃあさ、やっぱり、クリスマスは暇なのね、コウジは」
「……そう言うお前だって彼氏いないし、暇なんじゃないのかよ?」
「へへーん、残念でした、私は友達とカラオケ行くんだもんっ」
 まるっきり子供みたいに笑うまりを見て、俺の胸はまたもや高鳴ってしまう。
「そりゃ楽しそうで何よりだな……」
「にひひひ、ま、友達の少ないコウジとは違うのよ」
「俺だって、普段飲みに行く友達くらいいるっつーの……俺以外彼女いるだけで」
 あの軟派野郎共め、クリスマス前に急に色気付きやがって……俺は想像の中で悪友達に唾を吐きかけてやった。
「あはは、じゃあ、コウジだけが、グループの中で独り身なのね」
「あー、そうだよその通り! お前はせいぜいカラオケを楽しんでこいよ」
「う、うん、それはそうなんだけどね……」
 楽しそうな雰囲気から一変して、まりは、何かを胸に詰まらせているような、そんな表情になってしまう。

71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/12/08(木) 00:37:11.83 ID:LrVux2WC0 [4/6]
「うん? どうかしたか?」
「あ、あのね、中学生だけだと、カラオケってあんまり夜まではいられないでしょ?」
「……ん、まあ、そりゃあな」
 確か未成年は、八時だか九時までしか、普通はいられないはずだ。
「だっ、だからさ、えっと、その……ひ、一人ぼっちのコウジが可哀想だし、カラオケ終わったあと、コウジのうちに行って……い、一緒に、お鍋食べてあげよっかなあって思ったんだけど……」
「えぇっ!?」
 さ、さっき、“そーいうアレ”じゃないって言ってたじゃないか!
「か、勘違いしないでよねっ、最初から誘おうと思ってたわけじゃないし、い、今思い付いたから言ってみただけなんだから!」
 絶対嘘だと思うが、突っ込むと色々おかしな事態を招きかねないので、まあそれは良いとしよう。問題は、だ……。
「あ、あのなあ、さっきも言ったけど、うちは親いないんだぞ? 意味わかってんのか?」
「……こ、コウジにそんな度胸あるわけないし……い、良いから、『どうぞ来てください』って言いなさいよ、馬鹿……」
 見れば、まりは俯き、林檎のように顔を真っ赤にしている。
 ――後になって後悔するとしても、俺は、まりの悲しむ顔なんて見たくない。だから……
「……はあ。仕方ないな、早く来ないと全部食っちまうからな」
「っ! ……うん、うんっ……やったっ、にひひ……」
 さっきまでの不安げな態度はどこへやら、まりは、大輪の花が咲いたような笑顔を見せる。
「……嬉しそうだな」
「当たり前でしょ! ……あ、ち、違うからっ、こ、コウジと一緒にいれることじゃなくて、お鍋食べられる方だからっ、嬉しいのは!」
 嘘臭い。果てしなく嘘臭いが、それを指摘するだけの勇気は俺になかった。
「……そ、そんなことよりも、さ……なでなで、止まってるんだけど……」
 おまけに、まりのやつが上目遣いで、そんなおねだりをするもんだから、俺は内心の激しい動揺を隠しながら、まりの頭に再び手を伸ばして……
「にひひ、すっきあり~」 突然、まりに、抱きつかれた。
「ちょ、お前、こ、こらっ」
 まりはその顔を、俺の胸に押し当てるようにして、抱きついてきた。
 そのせいで、シャンプーの良い匂いとか、まりの俺より高い体温とか、男に比べて明らかに柔らかすぎる肢体の感触とかその他諸々が、ダイレクトに感じられてしまう。
「へ、ヘンタイ……どきどきしすぎよ、馬鹿……」
「あのなあ……!」

72 名前:やっぱり四レスだった[] 投稿日:2011/12/08(木) 00:38:50.65 ID:LrVux2WC0 [5/6]
 こんなの、どきどきしないでいられるほうがおかしい。というか、
「お、お前だって、すげえどきどきしてるじゃんか……!」
「そ、そんなことないもんっ……! い、良いからっ、なでなでの続き!」
「わ、わかったよ……」
 言い争いでこいつに勝てる気は到底しない。俺は、反論するのを諦め、再びまりの頭を撫で始める。
「最初から、そうしてなさいよ、馬鹿コウジ……にひひ……」
 そんなまりの声を、顔のすぐ下から聞きながら……俺は、クリスマス当日への、激しい不安と……またそれ以上の期待に、襲われるのだった。
最終更新:2011年12月13日 21:37