63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/24(土) 22:08:18.31 ID:6ru/uLMG0
  • ツンデレと図書館で勉強したら
 僕が何らかの催眠術か何かをかけられていない限り、今日はクリスマスイブのはずだ。言うまでもなく、世間のカップルが、おそらく一年のうちで、最も仲良く過ごす日だろう。
 だと言うのに……
「あのー、むみさん?」
「何かしら?」
 僕は、今一度辺りを見回す。周囲には僕らが座っているのと同じ長机が、等間隔でいくつも並んでおり、さらにその周りを囲むようにして、背の高い、無数の本棚がこちらを見下ろすように立っていた。
 要するに、ここは……
「何で僕たち、こんな日に図書館で勉強してるのかな?」
「また、その話?」
 彼女――僕の最愛の人である、むみさん――は、呆れたように首を小さく振った。もっとも、呆れたように、と言っても、その冷静そうな表情にはほとんど変化がない。
 僕の恋人は、人形めいたその美貌を、感情によって動かすことが、全くと言って良いほどないのである。
 それを裏で、鉄面皮だとか揶揄する人もいるようだが……僕は知っている。
 彼女が、とっても傷つきやすくて、ちょっとしたことで、人から嫌われたと不安になるような女の子であることを。
 そして、自分の気持ちに素直になるのが苦手で、からかわれればすぐに顔を真っ赤にしてしまうような、そんな可愛い恥ずかしがり屋であることを。
「……貴方、また何か妙なことを考えていない?」
「いや全然、全く、これっぽっちも」
 追記:それから、僕の恋人はとても勘が鋭い。
「はあ、まあいいけれど……それで、何故、図書館で勉強しているのか、その理由をもう一度聞きたいのだったかしら?」
「いや、正確には理由自体は、わかってるんだけど、微妙に納得できないって言うか……」
「それは、ね」
「はい」僕の抗議は完全にスルーですかそうですか。
「あなたが、今学期、一歩間違ったら赤点を取ってしまいそうになったからよ。……もし、本当に取ってしまっていたら、山のように課題を出されて、冬休みどころではなかったでしょうね?」
「はい、その通りです」
 むみさんがテスト勉強を手伝ってくれていなければ、特に英語と数学は、本当に危ない所だった。なので、思わず敬語になってしまうのも仕方がないのである。
「でも、結果としては、ギリギリだったとはいえ、赤点はなかったわけだし……」
「馬鹿ね。だからこそ、今のうちに苦手な部分は、ちゃんと潰しておく必要があるのよ。今、苦手な部分を放置していたら、来年受験でもっと苦しむことになるのよ?」
「いやぁ、それはごもっともだけどさあ……何も今日じゃなくたって……いいんじゃないかなあ、なんて……」怖い、むみさんの無言の圧力怖すぎるよっ。
 おかげで僕の言葉はどんどん小さくなってしまい、最後には蚊の鳴くような声になる。

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/24(土) 22:10:55.36 ID:6ru/uLMG0
「良いかしら? まず、図書館ほど勉強に最適な場所はないわ。貴方の部屋みたいに色々な誘惑がないもの。だけど、この図書館は、年末年始はしばらく閉館してしまう。だから、冬休み中に集中して勉強できるのは今日ぐらいしかないのよ」
「……えーと」
「それで、何か反論はあるかしら?」
「……ない、です」
 そりゃあ、成績の悪い僕が悪いんだし、むみさんの言い分は全くもって正しいんだけども。
 せっかくのクリスマスイブぐらいは、恋人同士イチャイチャしたいっていう僕の願いだって、決して間違ってないはずだ。それを口にしても、むみさんから呆れられるだけだろうから、言わないけどさ。
「……はあ。まあ、むみさんと同じ大学に入るためと思って頑張りますか」
「そ、そう言えば、貴方は、前にもそんなことを言ってたわね……今の今まで忘れていたけれど。ま、まあ精々頑張れば良いのではないかしら」
「?」
 何故だか、むみさんは妙に焦って、何かを誤魔化そうとするように早口になる。心なしか、頬にもわずかに赤みが差しているし、これはもしかして……
「えっと、まさか、むみさんってば、僕がむみさんと同じ大学に行けるようにしたいから、勉強させたかったんじゃ……」僕が、言葉を進めるごとに、むみさんの顔はどんどん赤くなっていく。
 ……やっぱりか。
「なっ、な、何を馬鹿なことを言っているのかしら!? だ、だいたい、そんなことさっきまで忘れていたって言ったでしょう! 貴方って人はいつもそうやって……!」
「むみさんむみさん」
「何よっ!」
「ここ図書館だって」
「それが何だってっ……ぇ、ぁ、わ、私ったら……ぅぅ……」
 普段よりも少ないとはいえ、こんな日でもそれなりに館内には人がいた。そんな他の入館者からの視線に、ようやく気づいたむみさんは、さっきまでよりもずっと赤くなって、俯いてしまう。
「むみさんむみさん」
「……こ、こんどはなによ……?」
 先ほど、大声を出して注目を集めたのが、よっぽど恥ずかしいのか、囁くように話すむみさんに、思わず笑みがこぼれる。
「僕のこと、心配してくれて、ありがとね、むみさん。……きっと、むみさんと同じ大学に行けるように頑張るよ」
「っ……! か、勝手に言ってなさい、ばか……」
 真っ赤になって――僕の勘違いでなければ――どこか嬉しそうに呟く恋人を見ながら……黙々と参考書に向かう、こんなクリスマスイブも悪くはないなあ、と僕は思うのだった。
最終更新:2011年12月27日 23:29