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  • ハイスペック・バカ男


 神野リナは幼馴染である。幼馴染にして、大富豪の令嬢である。

 いや、初めて会った時はそれほど富豪ではなかった。俺が小学校の頃はせいぜいプチセレブがいいところだった。
 あの時は奴もあんなふざけた髪型はしていなかったし、富める者の象徴の如く胸からぶら下がった巨大な二つの果実もまだ実ってはいなかった。

 だが…どうだろう。中学、高校と、年齢を重ねるたびに奴の家庭の総資産は倍々に膨れ上がっていったのだ。
 今や神野財閥と言えば世界有数の名家。日本を裏で支配する真の支配者層扱いだ。

 それにつけても憎きは神野リナである。一体何故俺の人生にああも付きまとってくるのかまったくもって理解しがたい。
 特に高校などは、もっと優秀なお嬢様学校などいくらでもあろうに、わざわざ地元の公立高校に通ってお山の大将になっていたほどだ。
 それを俺に積極的にひけらかしてくる姿勢もまた憎々しい。奴のおかげで俺の高校三年間のあだ名は「下僕」もしくは「神野の犬」だ。

 あまりにイラついた俺は大学進学をきっかけに神野リナと絶縁。
 三行半を叩きつけて、日本にその名を知らないものはいない超有名国立大学へと進学した。

 進学の理由は、復讐である。

 ああ、憎々しや神野リナ。奴にさえ会っていなければ、今頃俺はツインテールの似合う幼馴染か、背のちっちゃな毒舌少女か、
 はたまた短髪ボーイッシュな年下か、文武両道の凛とした女性と素晴らしい恋に落ちていた事だろう。
 彼女は俺の人生をはちゃめちゃ…いやめちゃくちゃな物にしてくれた。こちらも、奴の人生をめちゃくちゃにしてやる権利は当然ある筈だ。

 だが、復讐を成し遂げるには俺には足りないものが多すぎた。
 知恵、お金、技術、仲間、地位、経歴、学力etc... 非力な高校生たる俺一人では、一大財閥たる神野家を相手にする度量はとてもない。
 そこで「経歴」と「学力」と「知恵」を手に入れ、また「お金」と「地位」を得る為の下準備として、まず俺は有名大学へ進学する事を選んだのだ。
 俺は蛇のようにねちっこい。いくら時間がかかろうとも、死ぬ間際まで俺は神野リナの事を諦める気はなかった。

 そうして俺は国立大学を首席で卒業。その後、会社を起業する。
 知恵を駆使して世界情勢を読み切り、その上でニーズを先読みした完璧な会社だ。
 あえて名前は伏せさせてもらうが、例えば今思いつく日本で一番有名な会社を一つ挙げてみたまえ。おそらくそれが、俺の会社だろう。

 神野への復讐心のみに突き動かされた俺の天才的な経営は、またたくまに業界を震え上がらせた。
 企業一年目にして総資産は大企業クラス。俺は経済界の風雲児だ、いや麒麟児だとして一躍その名を知らしめることとなった。

 やがて数種の企業をまとめあげていると、社交界からの知らせが届くようになる。
 ──これだ。俺は手紙をもらった瞬間、おもわず舌舐めずりをした。
 長かった。憎らしき神野リナと分かれて7~8年経っただろうか。死ぬほどの努力と根性を持続させ、ようやく俺は神野家と再会するチャンスに恵まれたのだ!

 社交界は、期待していたほど大したものではなかった。
 周囲にいる脂ぎった男たちからは、良心と正義を心のうちに閉じ込めて20年間ほど熟成させたような、不快な匂いが垂れ流しだ。

 所詮金持ちなんてこんなものだ。神野リナという女性さえいなければ、俺はこんな所へ足を踏み入れる事すらなかっただろうに。
 そう考えるとますます憎い。ああ、神野財閥令嬢、神野リナ。お前は一体どこにいる?

 今後のコネクション作りのために数名のオヤジ共に声をかけ、それから適当にワインをあおりながら会場内に目を光らせる。
 三分おきに女どもが声をかけてくるが、今の俺には神野リナ以外眼中にない。まとめてやんわりと断った。

 パーティが始まってから三十分ほどしただろうか。入口がわずかに賑わい、俺はその目を見開いた。
 食料に群がる蠅のように、どこぞの社長だか会長だかが集まって人だかりを形成している。その中心に、奴はいた。

「神野、里奈───!」

 思わず声が漏れ、俺は口を噤んだ。

 湧き上がる黒い衝動を抑え、どう声を掛けたものかと悩んでいたが、果たして神野は向こうからやってきた。
 顔を見るのは初めての神野父が、私ににこやかに手を差し伸べる。

「…やあ。君が別府タカシ君かい?」

 俺はその手を友好的に握り、とびきりの笑顔を返した。

「君の噂は聞いているよ。飛ぶ鳥を落とす勢いだそうじゃないか」
「お耳にあずかり光栄です。ですが私などは、まだまだ」

 あくまで自然な態度で、後ろにいる神野リナに目を向ける。

「そちらの方は、お嬢様でいらっしゃいますか」

 神野リナは一瞬だけびくり、と肩を震わしたが、すぐに元の見事な笑顔に戻した。

「紹介しよう。娘の里奈だ」
「はじめまして」

 スカートの端を摘み、ぺこりと一礼する。
 「はじめまして」──そういう事だろう。奴にとって俺もまた、路端に転がる石の一つにすぎなかったという事だ。
 近く、絶対に見返す。そう心の中で呟きながら、俺は神野コンツェルン総帥との対話を楽しんだ。

 それから数刻して、パーティも終わりが近づいてくる。オーケストラの演奏に合わせ、優雅に踊る者もちらほらだ。
 神野リナはその内の一人だった。父と離れ、ひどく欲の匂いを滾らせた美麗な男と、気品に満ちたステップを踏んでいる。

 ダンスが一段落した頃合いを見計らい、俺はこそこそとリナの方へ近づいた。

「貴方は…」
「お綺麗ですよ、リナお嬢様」

 口調は上品に、顔は下卑に。
 強いて言うなら、男子高校生のような気の抜けた顔に。

「……別府タカシ。随分とご無沙汰ですのね」
「おや…たかが一時間程度の別れだったと思いますが?」

 にこにこと意地の悪い笑みを浮かべる。

「…止めなさい。細かい挑発は抜きですわ」

 神野リナの声が「素のトーン」になったのを聞き、俺も声のトーンを元に戻す。
 ナチュラルでいても、どこか気取った所のある上流階級特有のオブラートは剥がれ、そこにいるのはただの男女となった。

「そーかい。それじゃ前振りは巻きだ。積もる話があるんだが…抜け出せるか?」
「…上等ですわ。じっくり話を聞かせてもらいますわよ」

 それはまるで、会場の雰囲気からはとても相応しくない言葉。
 だけど、俺と神野リナの間では慣れ親しんだ空気だ。

 俺と神野リナはこっそり会場を抜け出し、裏庭で対峙した。
 タキシードのまま腕を組み、俺は神野リナの姿を真正面から睨みつけた。

「神野リナ…俺の名を覚えててくれたとは、嬉しいねぇ」
「忘れるわけがありませんわ。私の人生で唯一、私を裏切った男の名など」

 対するリナも、こちらをお嬢様にあるまじき目つきで睨んでくる。

「裏切った…?悪いが覚えが無いね。俺のお前との思い出は、さんざこき使われて引き回されただけだ」
「その結果があの裏切り…ですの?本当、愚民という奴は知能が低くて使いづらい事この上ないですわ」

 そういうとリナはごそごそと服の中を探り、やがてボロボロな一枚の封書を取り出す。
 俺はその封書に見覚えがある。「絶縁状」──大学進学の際、俺がリナに渡した奴だ。

「…初めて、でしたの」
「あ?」
「私を執拗に求める男はいても、私の事を自ら拒絶した男は今までにいなかった…。
 貴方が初めて、ですのよ。神野リナがいくら望んでも、手に入らなかったものは」

 高慢もここまで来ると病気だな、と俺は肩をすくめる。
 高校三年間奴隷のごとく扱われてりゃ、そりゃ逃げ出したくもなるだろうに。

「戯言は終わりか?」
「なっ…!あ、貴方はこの屈辱が理解出来て…」
「それが戯言だって言ってんだよ。その絶縁状も含めて、残りは俺が全部教えてやる」

 俺はニヤリと笑い、やがて少しづつ、確実に奴に伝わるよう語り始めた。


 ──始めは、お前に抱いたこの感情が何なのか、あまり理解出来てはいなかったんだ。
   ただなんとなく、目で追ってしまう。何か言いたい事があるんだけど、それが何なのか分からない。
   そんなもやもやとした感情を抱えながら、俺はお前に追従していた。

   だがまぁ、高校生ってのはバカじゃねえ。やがてその感情が何なのか分かるようになると、途端にお前を意識するようになった。
   辛かったよ。この思いを抱えながらお前の奴隷を演じるのは。 結構苦労してたんだぜ?お前は気づいちゃいないだろうけどな。

   だが年が経つにつれて、俺はこのままじゃいけないと思い始めたんだ。
   この胸の思いは、いつか必ずお前にぶつけると考えていた。だが、俺とお前じゃあんまりに身分に差があり過ぎる。

   奴隷と主人の話をしてるんじゃねえぞ? 地位的にも、俺がお前にこんな思いを抱く事なんて許される筈が無いって話だ。
   本来ならここで思いをあきらめるんだろうが…生憎、俺は執念深くてね。
   いずれ必ずお前と同じ立ち位置まで昇り詰めてやるって、麗しき高校生の俺はそう考えたわけだ。

   そうなると、いつまでもお前と遊んでいられない事に気付いた。
   出世レースは早くに動いたモン勝ちだからな。せめて大学は、最高ランクに入る必要があったんだ。
   そこで俺はおまえに絶縁状を送った。これから先は死に物狂いの戦いになるから、お前とじゃれてる訳にはいかなかったんだ。

   それから年月が流れ、俺は死ぬ気で働いた結果、こうして見事に若くして社交界の地位を手に入れた。見事に神野家に吊りあう人間になった、ってワケだ──


 演説でも打つような調子で述べている俺の姿を、どういう訳だか、神野リナは顔を耳まで真っ赤にして聞いていた。

「…何だその顔は。トマトでも食ったのか」
「………なっ、なななななななんでもありませんわっ!?そ、それよりその薄汚い口を今すぐ閉じてくださるかしらこの下郎!」
「久々に聞いたなあ、それ。だが俺は口を閉じないよ。「俺はそんな身分の人間ではないから」な」
「くっ…!」

 にやにやと笑いながら、一歩づつ神野リナへと足を進める。

「長かった…汚いものもたくさん見てきた。金持ちの生活なんて本当にロクなもんじゃない。
 ロクなもんじゃないが…だが、昇りつめた先にリナとの対等な関係があるなら、その甲斐もあったというもの」
「あ…あぅ…(/////)」
「ああ…駄目だな。ここまで言うと、もう我慢が出来そうにない。予定より少し早いが、宣言させてもらおうか」
「な、何をする気ですの…?」
「宣言だよ。…神野リナ、俺は、お前を────」
「(ドキドキドキドキドキドキドキドキ)」


「お前を一生、許さない」


「……へ?」

 リナが目を白黒させている。

「高校三年間奴隷の如くこき使い続け、俺に灰色の高校生活を送らせやがって…つもりにつもったこの恨み、晴らさでおくべきか」
「え、いや、その…」
「だが、今ここで刺し違えても何も変わらない。…ククク…実はお前から離れている間に、
 人知れずお前を破滅に追い込む完璧なるプランも完成しているんだなあ、これが」
「ええと、とりあえず貴方は今すぐにこの世から立ち去っていただけると私は非常に嬉しいのですけれど」
「聞け。…ふふ、仕方が無い、特別に教えてやろう。どうせ聞いた所で防ぎようのない計画だからな」
「朴念仁の類人猿が、勝手に話を進めないで下さる?」


「まず計画の一段階目は、俺がお前に婿入りすることから始まる」


「……ほへ?」

 リナが目を白黒させている。
 白黒白黒でまるでオセロだ。

「ククク…予想外だったろう。俺もこの計画を思いついた時は背筋に悪寒が走ったほどだ。
 まあ続きを聞け…俺は神野家と対等になれるまでの財力・地位を手に入れ、やがてお前の家に婿入りする。
 そしてお前の役目をすべて形骸化し、神野家の実権を全て俺の手中に手に入れてやろうと言う訳だ…っ!」
「え、えと、それは、その…(////)」
「ああ、考えれば考えるほど恐ろしい!かつて奴隷として従えた男が自分の夫となり、財閥全てを掌握されるこの屈辱…!」
「…あの、その…」
「覚悟しておけよ、神野リナっ!俺はもう止まらない、いずれ必ず、お前と添い遂げて見せる!ハーハッハッハッハッハッ!」

 丸く輝く満月に向かい、俺は狂人の如く、いつまでも高笑いをしていた。



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 私は目の前の男を見る。
 目の前で、月に向かって笑い上げる男の姿をじっと見つめる。

「……元々、馬鹿だとは思っていましたけど」

 別府タカシ。絶縁状を突き付けてまで自分を拒絶した、唯一の人間。私がどれだけ頑張っても手に入らなかった、初恋の人。
 その人はどうやら、私に釣り合うために努力をし過ぎて、どっかおかしくなってしまったようだった。

「はぁ。どっちらけ…ですわね」

 口ではそう言いつつも、私の頬はずっと緩みっぱなしだ。
 幸せな笑顔が口からあふれ出てくるような感覚。
 そう、私はこの男と再会できたこと、そして今まで姿を見せなかった理由に、ある種感動にも近い幸せを感じていたのだから。

「…本当に、馬鹿な人」

 彼さえ声を掛けてくれれば、いつでも駆け落ちの準備は出来ていた。
 幼い私は決して認めようとはしなかったが、当時も今も、私は恋のためならお家の一つや二つ、投げ捨てられるほどの情熱家だ。
 …まあ、その情熱家というのも、目の前の男が原因なわけだが。
 ところが彼はそんな手段を取らず、自ら死ぬほどの努力をして、私と同じ地位にまで上り詰めてくれた。
 私との関わりを絶ってまで、私のために、人生を費やしてくれた。
 彼は復讐のためだと言うけれど、それも結局、自分の本当の思いに気付けてないだけなんだと思う。
 だって、彼は本当に馬鹿だから。
 それに、私は彼の事を何年もずっと近くで見てきたのだ。彼の事は、彼以上によく知っている。
 彼が心の底から、人を憎むなんて、出来る筈が無いのだ。

 いっそこの場で考えてる事を全てぶちまけて、そのままお父様へあいさつに行ってしまおうか、とも考えた。
 でも踏みとどまった。馬鹿でも頑張っているのだから、それを勝手に止めてしまうのはよくない。

 だから私は、あくまで高校生の時のまま、彼にこう言った。


「…フ…フフ…相変わらず馬鹿ですわね、別府タカシ!」
「何っ!?」
「私の夫に…? はっ、こいつはお笑い草が大豊作ですわ。貴方が神野家当主になるくらいだったら、チンパンジーの方がまだましではなくて?」
「言ってくれるな…だがいいだろう、それでこそ俺の知る憎き神野リナだ。
 …これ以上は行動で示そう。いずれ俺はお前をもしのぐ富豪となり、必ずお前に婿入りしてやるっ!」
「…いいでしょう、ではお前が諦めるまで私は夫を持たずに待ってやりますわ!せいぜいあがく事ね、愚民らしく!」
「おう!愚民の底力、思い知るがいいわっ!」

 私が煽るだけ煽ってやると、彼は捨て台詞を残して正門前へと勢い良く帰って行った。
 残されたのは、中庭に私一人だけ。
 去りゆく背中をじっと見つめ、ほっこりと呟いた。

「…馬鹿。だけど……そんな所が、大好きですわ」

 ああ、今からとても待ち遠しい。彼は一体いつになったら、私をさらいに来てくれるのだろう。
 …そうだ。明日から、暇を見て彼の所に遊びに行くのもいいかもしれない。
 無理矢理な理由をこじつけて、高校の時のような、自由な感じで。
 それは考えるだけでとても楽しい。きっと、ぶつくさと文句を言いながら彼は受け入れてくれるんだろう。

 ああ、私は本当に、素敵な馬鹿に恋をしたものだ。
 月明かり照らされる中庭に佇み、私はここしばらく感じた事のなかった、懐かしくも暖かいものに心を浸していた。


最終更新:2011年05月18日 01:21