15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/12/27(火) 20:14:29.38 ID:m7Vso1Ij0
季節ネタは前後一週間までセーフだってばっちゃが言ってた
  • 悪魔っ子とのクリスマス
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世はクリスマス。
聖なる夜と書いて、聖夜。
飼葉桶の聖人の誕生日であり、海外では敬虔なクリスチャンたちが教会で賛美歌を歌っている。

しかしここどこだろう。そう、スーダラ無宗教大国日本である。
八百万の神集うこの国において、いちいち神の誕生日など祝う事などあるはずがない。
そのくせこの日本人ってやつはお祭りが好きな為、クリスマス=なんか西洋のお祭りと神懸かった曲解を成し、
祭りと言う事にかこつけてわっしょいわっしょいと騒ぎたてている。
具体的には、イルミネーションとかクリスマスライブとかクリスマスケーキとか。
ちなみに西洋ではクリスマスにケーキを食べると言う習慣は、無い。
恵方巻きやバレンタイン同様、ケーキ会社の陰謀なんだぜ。知ってた?

さて世の中がロマンチックに彩られるこの二日間は、まったく当然の帰結として街中にカップルが溢れだす。
都市部にでも行こうものならもう堪らない。あっちこっちで男と女が愛のタッグマッチ状態である。一人身にはつらい。

一人身には、つらい。

舞台は目まぐるしく変わって都内のどこかにある安アパート。
キッチン付き六畳間人死にありで二万円という優良物件に、この俺別府タカシは住んでいる。
表向きは一人で借りている事になっているが──この小さな古ぼけたアパートの押し入れに、もう一人の住民が住んでいる事は、
ご近所の奥様方、子供と老人、そして大人たちを除いて、あまり知られてはいないのであった。

彼女の名は、エンリッヒ・グーテンベルグ・ルード・ラ・カリンシュタイン。通称カリンちゃん。
一体なに人やねんとのツッコミも致し方ない名前を持つ彼女は、なんと地球上の生き物ではない。

そうっ!
彼女は、人類を不幸のどん底に陥れる為に地獄より参った悪魔界のプリンセスなのであったっ!









「フフ…フフフフフ…ふはははははははははーッ!」
「どうしたんすかカリン様。背中にのみでも入ったんすか?」

お外に雪がしんしんと降り頻る中、カリンはコタツの天板に両足で立ち狂笑する。
俺はみかんの皮で龍を剥きながら、ローアングルで平坦な胸を見上げつつぼんやりした顔でぼんやり答えた。

「違わいっ!…クックック。我が従順なるしもべタカシよ聞くがいい!
 このカリン様はついに人類を不幸に陥れる素晴らしい計画に至ったのだーっ!」
「お行儀悪いからおこたから降りなさい。えい」
「ひゃうっ!…こ、こら!足を触るなあっ!」

コタツに乗っかって威張るカリン。その様は可愛らしかったが、教育に良くないのでふくらはぎをぞわぞわとなぞってへたり込ませてやる。

「全く…あんたはしもべとしての自覚ってものが…ブツブツ」
「…で、どんな悪ふざけを思いついたんですかカリン様」

そう聞かれるのが嬉しかったのか──カリンはこたつに足を突っ込みながらも、目をキラキラさせて身を乗り出す。

「聞きたい?ねえ、聞きたい?」
「あーはいはい。どうぞ」
「ククク…聞いて驚くな!」

彼女は地獄から使わされたエリート中のエリート、プリンセスだ。しかし、こたつは暖かい。そして悪魔とて、寒いものは寒い。
カリンは両手をこたつに突っ込みながらも、目だけで凄んでみせた。

「──なんでも今日はクリスマス、とか言う日だそうじゃないか」
「ええまあ、12/25はクリスマスですねぇ」
「更に言えば、街には浮かれた人間がたくさん集まるそうだな?」
「ええまぁ、憎らしい事この上ないですねぇ」
「そこで、だ!」

びしぃっ!と人差し指を一本立てるカリン。

「人間共の集まる場所へこの私が直々に出向いて、男女問わずまとめて不幸に陥れてやろうという作戦だ!」

自信たっぷりながらも、「どう?どう?」とこちらへ褒める言葉を求めるような視線が注がれる。

「…はあ。良さそうですねえ」
「だろう?オマケに聞いた所によれば、この日はあの憎き聖人の誕生日だとか言うではないか。
 この日に悪魔が街に出て悪行を働けば、奴の面にドロを塗る事も出来ると言う一石二鳥の作戦なのだ!」

カリンは自慢げに言い放つと、ふふん!と自信たっぷりに胸を張る。
俺はそんな彼女を慈しむ目で眺め、むけたみかんを一つお口に運んでやった。

「はい、あーんして」
「あーん…んぐ。しかし美味いなこの蜜柑というやつは」
「そうでしょう。ウチの実家から送って来たヤツですからねえ」

ふーん、と興味なさげに返す。
まあ、人の親子関係よりも今は蜜柑の美味しさの方が彼女にとって重要なのだろう。

みかんの甘みを少しばかり堪能したのち、カリンは天板に顎を乗せながら思い出したように言う。

「と言う訳で、タカシよ。私を何処かクリスマスらしい所に連れていけ!」
「はいはい。仰せのままに仰せのままに」

俺は炬燵から重い腰を上げ、お外へ行く準備に取り掛かった。

蜜柑を食べるカリンを尻目に、よそいきのコートを数着ハンガーから出してやる。
カリンには、ぽんぽんの付いたファー付きあったかコートと手袋、ニット帽。
俺は目立たない色のコートとマフラー、そして手袋。

欲望の権化としての姿なのか、現れた時にはつるんとした胸を惜しげもなく晒すようなセクシースタイルだったカリン。
しかし召喚先は日本である。冬は寒い。そんな訳で俺が渋々冬用装備を彼女の命ずるままに揃えてやったのだが──
なんなんだろう、この、まるで親戚の子に服を買ってあげたような馴染み具合は。
もはやそのダークに輝く褐色肌がないと、そこらのガキとまるで変わらないんじゃないだろうか。

「…お前、今なんか失礼なこと考えただろ」
「滅相もない」

コートを着せながら、見透かされたような目でカリンに睨まれる。
おお、怖い怖い。









さて我が主、英語で言うとマイマスターを引き連れ、俺は少し離れたショッピングモールへ向かった。
ショッピングモールといえども、五階構成の高い建物に吹き抜けとガラス張りの天井が特徴的な爽快感ある作りとなっており、
晴れの日は室内に居ながら透き通るような青空を、雨なら雨で落ちてくる雨粒のメロディーを楽しめると言う
なんかよく分からんけど大変素敵な作りになっている。

またこの時期は中央に巨大なクリスマスツリーが資本主義を象徴するかのごとくそびえたっており、
お約束のように成されるライトアップはそこそこに見事で、貧乏なカップルたちがお手軽にロマンスを満喫できる場所として
近年注目されている場所なのである。

「う、わ……!」

正面入り口を抜けると、吹き抜けの天井まで届くかのような巨大ツリーが眼前に聳え立つ。
幸せな人類を不幸のどん底に陥れる為に降臨した悪魔カリンは、その大きさに既に圧倒されてしまっていた。

「たっ、タカシ!なんだこれは!」
「なんだこれはって、ツリーですよツリー」
「だ、だって…この間見たのはもっと小さかったぞ!」
「あれは家庭用なんですよ。まあツリーにもいろいろあるっつー事ですな」

ツリーの真下に立ち、首をぐいーんと上へ向けてその果てない頂上を眺める。
その壮大さにしばし言葉を失っていると──突如、ツリーに巻かれたライトが点灯した。

「お、ライトアップ」
「うわあっ!?」

驚きのあまりひっくりかえってしまうのではないか、と言うくらいカリンは大げさにのけぞる。

「タカシ、光ったぞ!」
「そうみたいですねえ。いや、これは中々に綺麗なもんだ」

ほあああ…と歓喜のあまり言葉が出ない様子のカリン。
俺はそんな様子を微笑ましく眺めながらも、すぐ傍の五階直通エレベーターに目を向けた。

「上から見てみます?」
「ん?」
「ここ、上の階も行けますんで。高いとこから見下ろしたほうが綺麗だと思いますよ?」
「行く!」

満面の笑みに、即答する。
俺はカリンの手を引き、ガラス張りのエレベーターに乗り込んだ。

ちん、と言うレトロチックな音とともにエレベーターは高度を上げ、やがて最上階へ辿り着く。
吹き抜けから眼下に望むクリスマスツリーは、下から眺めるのとはまた違う楽しみがあってなかなか良い。

「…タカシ」

手すりに肘を置いて観察していると、右斜め下から声がする。
見れば擦りガラスのはめこまれた手すりに阻まれ、カリンの背丈では微妙に下の景色を楽しめないようになっていた。

「…だっこしろっ」

恥ずかしいようなか細い声で彼女は言う。
まあ、このくらいの年でだっこと口に出すのはあまりにプライドが傷つくというものだろう。

俺は乙女の純情を踏みにじらぬよう、何も言わずにそっとカリンの両脇を抱えて持ち上げてやる。

「わ…っ」

労力のかいあって、カリンはとても感動してくれたようだ。
高い所から下を眺めると言う行為は人によっては素晴らしくトラウマになる事も有り得るが、彼女はどうやら大丈夫なタチらしい。

「み、見ろタカシ!人がごみのようだぞ!」

興奮したふうに言うカリン。…ラピュタを見せた覚えは無いので、この台詞は彼女の素なのだろう。
あな、恐ろしや。


「タカシ、あれは何だ?」

ツリーを堪能して地階に戻ると、カリンは子供達に囲まれる赤い髭の老人を指差して言った。

「あれはサンタさんですね」
「さんたすさん?」
「違います、サンタさんです。クリスマスを祝い良い子達にプレゼントを与えてくれると言う奇特な老人です」
「なんだと!」

言うが早いが、サンタクロースの元へ走り出そうとするカリン──の、襟首をひっ捕まえる俺。

「何する気ですか」
「決まっている!あの白い袋の中にプレゼントが入っているのだろう?
 ならばわざわざ人間の子供に与えずとも、私が全て貰い受けてやろうと──」
「その発想はとても可愛らしいけどお止しなさい。そんな悪い子のもとには悪のサンタがやってきますよ」
「悪い方もいるのか!?」
「その通り。良い子の所へはあのサンタが、悪い子の所へは黒い服を着たサンタがやってきて、
 袋の中に子供を詰めて何処か遠くへ運んで行ってしまうのです」
「なんて恐ろしい奴だ!悪魔か!」

自分でそう言った後、カリンは何かに気が付く。

「…タカシ、悪魔の所にはどっちが来るんだ」
「大人しくしてれば黒い方は来ませんが…まあ赤い方も来るとは思えませんな」
「そ…そうなのか」

しょんぼりと俯くカリン。
少し可哀想にも見えてしまったので、俺はぽんぽんと頭を撫でくりながら、

「まあ、なんか欲しい物があったら、サンタさんより俺に言って下さいな。クリスマスくらい、俺が買ってあげましょう」
「ホントか!?」

ぺかーっとした笑顔を取り戻すカリン。
単純ながら、こう言う所は本当に可愛いものなのである。


カリンにおねだりされ、あの後俺はおもちゃ売り場で黒い犬のちいさなぬいぐるみを一つ買ってやることにした。
彼女いわく、魔界で飼っていたのに似ているのだと言う。彼女はそのぬいぐるみにケルベロスと言うアダ名を付け、
ラッピングされたそれを大事そうに抱えて歩いている。

さて、気が付けば夜も更け、ライトアップの眩しい時間となった。
いよいよ天窓の外は黒一色に染まり、客層も家族連れからカップルが中心となってくる。

街でいちゃつくカップル共を腹立たしげに眺めていると、不意に、カリンはその不可思議な状況に気がついたように言った。

「…タカシ、なんかおかしい。なんで男と女がこんなにたくさんいるのだ」

男と女がいるのは必然──とはいえ、言いたい事はよく分かる。
ショッピングモールを埋め尽くすように幸せそうな恋人たちがあちこちで繋ぎ腕を組み、桃色の空気を振りまいていた。

「まあ、ロマンチックな空気ですからねえ」
「…ロマンチック?」
「なんというか、人間が一夜の勢いに身を任せやすい雰囲気とでもいいますか。そのせいでありもしない「愛」なんてものに身をゆだねちゃうんですよねぇ…」

一部カップルの視線がこちらを射抜いたような気がするが、無視を決め込む。

「…そうか。むう…」

カリンはどこか目のやり場に困ったように、あちらこちらへ目移りをしている。
見ないように気を付けているその様は、何とも純粋で可愛らしい。

だから、俺はほんの少しだけ、意地悪をしてやりたくなった。

「まあ…傍から見れば、カリン様も僕と恋仲に見えるんじゃないんすかね」

その刹那──むこう脛に走る鈍い痛み。
弁慶の泣き所と呼ばれる人体の急所に、カリンのつま先キックが見事に入った。

「づぁいたぁっ!?」
「ばっ、ばばばばば馬鹿な事を言うなこのたわけものーっ!」

まさか自分がそう言われるとは思っていなかったらしく、かりんは顔を真っ赤にして否定する。
…まあ、実際の所は姪と叔父の関係にしか見えないのだろうけどもね。


軽薄なセリフが気に入らなかったらしく、その後は俺から1メートル離れて歩くようになってしまったカリン様。
俺はこの後、おなだめの品としてケーキを勝ってやることにした。

「なんだこれは」
「ケーキです。甘いですよ」
「…蜜柑とどっちが甘い」
「ああ、そうですね…じゃあ、この蜜柑の乗っかったケーキにしましょう。食べてみれば分かります」

素敵なケーキを持ち帰りつつ。
なんか幸せなクリスマスのお出かけは、こうしてつつがなく幕を閉じたのであった。









「お…おいしい!おいタカシ、このケーキとか言うのは一体どこの世界の食べ物だ!」
「れっきとした地上の食べ物ですよ。気に入っていただけたなら幸いです」
「うむ!これなら毎日食べてやってもよいぞ!」
「それは遠慮しておきます。…ところでカリン様」
「なんだ」
「どーです本日のお出かけは。人類を不幸にする事は出来ましたか?」
「何を言って…あっ」
「あ…ホントに忘れてたんですね」
「う…うるさいうるさいうるさーいっ!」
最終更新:2011年12月29日 11:19