73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2011/05/15(日) 17:20:28.48 ID:9gQTa5jn0 [1/6]
  • 新感覚まつりん で6レスほど。


「これ、急がぬか!」
 改札を抜けたところで、纏が振り向いて手を振った。着物でよくもあんなに早足で歩くものだ。
黙ってれば、楚々とした上品さを持っているのになぁ。と脳内で現実逃避をしつつ、切符を改札
に通す。
「いや、早いよ。まだ8時じゃん」
「限定品なのじゃ! これが手に入らなんだら、一生恨むぞ!」
 町全体が開店前の空気だ。人通りも少なめである。
 向かった先の店は、なるほど開店2時間前だというのに、すでに10人ほどが整列している。
『最後尾』の看板を持った店員も、どことなくくたびれた顔。
「よし、これなら買えるの」
 満足そうに最後尾に並ぶ纏。俺もしぶしぶ後ろに並ぶ。だが……。
「なぁ」
「んー?」
「俺たちめちゃくちゃ浮いてないか?」
「まぁ、そうかもしれんの。おぬしのような冴えないのが、着物姿の美人を連れておるのじゃから。
そもそも、このような場所に女連れで並ぶという自体が珍しいわけじゃしな」
 涼しい顔で答える纏。自分で美人とかいいましたよ、この子。それはともかく、俺は空しいと解
っていながら、再確認する。
「……今日の買い物なんだっけ?」

74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2011/05/15(日) 17:22:04.20 ID:9gQTa5jn0 [2/6]
「この列は『魔法少女カナミ☆マジカ』の坂上尊フィギュア(限定生産白スクール水着版)』じゃ
な。あとは『たちつてちなみん』と『つん☆でれ!』のブルーレイ(それぞれ初回限定版)。これ
は予約しておるから急がずともよい。それからとらのあなで新刊チェックに……あと馴染みのメイ
ド喫茶にもそろそろ顔を出しておかねばな。もう少しでポイントがたまるのじゃ。あ、そうそうそ
れと――」
「もういいよ! この残念美人!!」
 途中で耐え切れず叫んだ。通行人が何事かとこちらを見る。いや、もともと着物姿の纏に集まり
がちな視線が、俺にも振り分けられた、と言った方がよい。
「誰が残念か、うつけ」
「だって、着物姿の人が言うことじゃねーだろ! その上に地でそのしゃべりってどうなんだよ!
こんなの絶対おかしいよ!」
 必死になって訴えるも、相手はこちらを見る素振りすらない。まったくペースを乱さずに、淡々
と手を動かしている。むしろ、纏の後ろに並んでいた男が、こちらに熱い視線を送っていた。つま
り、『俺もそう思ってた』『こういう己の性癖をさらすような場所に、女がいるというのがどれだ
けのプレッシャーなのか解るか』と。
「やかましいわ。人が趣味を満喫して何が悪いのじゃ。それはそうと、はよ閃光玉投げ」
「あ、悪い。切れた。シビレ罠なら」
「お主は無駄投げし過ぎじゃ……まったく」
 画面を見ながらため息をつく纏。ちなみに、並んでからこうして会話している間も、こいつの視
線はPSPから離れていない。こいつ、このビジュアルで重度のヲタとかどうしようもないだろ。美人
のヲタならそこそこいるのかも知れないが、普段着が和服というのはそうそういるまい。本人曰く、
赤いジャケットを着てナイフを持って『生きているなら、神様でも殺して』うんぬんとか言うと、
一部の人に大人気なのだそうだ。
「ほれ、粉塵」
「あ、助かります」
「報酬が減ってはかなわんからの」
「ツンデレ乙」
「どうせ、わしはツンデレじゃよ? そこがいいのじゃろ? ん?」
「あ、こら、竜撃砲俺に当てるなよ!」
「ツンじゃと思って楽しめ。デレが待っておるかもしれぬぞ?」

75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2011/05/15(日) 17:23:55.07 ID:9gQTa5jn0 [3/6]
 あ、並んでる人の顔が険しくなった。『結局リア充か、市ね』『戦場でいちゃついてんじゃねぇ』
みたいな視線がひりひりと。
 それに耐えつつクエストを進め、ジンオウガた雄たけびを上げて倒れこむ。和服には合うが中身が
間違ってる巾着袋にPSPをしまうと、纏軽くため息をついて語りだした。
「ふん、よいか、タカシ。『可愛いは正義』という言葉があるじゃろう」
「はぁ」
 正式なことわざじゃありませんし、ネットスラング的なものですけどね。
「可愛いものを愛でる。これは全人類の義務じゃ。『可愛い』の基準がいわゆる『萌え』じゃったり、
あるいは国や時代によって『首が長い』とか『十二単』とか様々あるのも事実。じゃが『可愛い』と
思う感情には、誰も逆らえんのじゃよ?」
「なるほど」
 なんとなく言いたいことはわかる。猫を可愛いと思う人もいれば、そう思わない人もいる。だが、
猫を憎いと思う人でも、別のなにかを『可愛い』と思うことはあるはずで、そう思ったものを容易く
傷つけたりはできないだろう。それは、解る。
「じゃから、着物でジジイしゃべりの女子が、多少アスカや杏子や澪や長門に萌えたからといっても、
それは『大丈夫だ、問題ない』というわけじゃ」
「いや、その理屈はおかしい」
 結局、開店して目的のフィギュアを手に入れるまで、この水掛け論は続いたのだった。


 それから山ほどの買い物の後。休憩がてらに寄った場所が。
「お帰りなさいませ、お嬢様、ご主人様!」
 『ですよねー』って感じが半分、『マジかよ』って感じが半分。っていうか、和服でメイド喫茶っ
て、なんだこの絵面。おかしいだろ。しかし、本人はいたってノリノリ……というか近くのメイドに
「あ、纏お嬢様、来てくれたんですねぇ!」
などと気安く声をかけられる始末。
「うむ、智ちゃんも変わらず、可愛いの」
「あはっ、ありがとうございますぅ! 纏お嬢様も、今日もお着物、綺麗ですよ!」
「ははは、ありがとう。わしはそうじゃのう……『萌え萌え@どーぶつぱふぇ』と『あま~いどっきゅ
ん・かふぇらって』で。おぬしは?」

76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2011/05/15(日) 17:25:09.42 ID:9gQTa5jn0 [4/6]
「……アイスコーヒー」
「はい、かしこまりました~」
 ……超馴染んでる。『馴染みのメイド喫茶』という言葉も衝撃的だが、この空気はなんなんだ。女子
高の『お姉さま』的な貫禄さえあるぞ。ソ○マップとかアニ○イトなんかの袋を大量に下げた着物姿の
女って、世間的にどうなんだろう。警戒しないのか。今日の戦利品もかなりの量であり、なおかつその
ほとんどを俺が持って歩いているという事実。帰り道を考えると、今から気力が萎えてくる。
「あ、そうそう。お嬢様、夕べのメールで今日ポイント溜まるって、おっしゃってらしたので、プレゼ
ントのご用意できてますよ」
 メアド交換済みですか。そりゃ男同士より警戒心は薄れるのかも知れんが、お兄さんそれは色々どう
かと思っちゃうなぁ。
「む!? そ、そうかえ。それなら、帰りにもらおうかの」
「え、あ……なるほど、なるほど~」
 そこで『智ちゃん』とやらは初めて俺の方を見た。
「そういうわけですかぁ、お嬢様~」
「な、何がじゃ?」
「そちらのご主人様。あ、いえ、『旦那様』の――」
「こ、これ! よさぬか。それ以上は野暮というものじゃぞ?」
「それもそうですね、失礼しましたぁ。少々お待ち下さませ」
 そういって、すい、と智ちゃんはすい、と離れていった纏はやれやれといった顔で、それを見送ると、
俺に気まずそうな視線を送った。
「仲いいのな」
「ま、まぁ、常連じゃしの。この店で働いておる娘は、大体メアドゲットしておるぞ」
「マジパねぇっす」
 入れ替わりにコーヒー(メニュー記載は『ご主人様と冷めないアイスコーヒーを』だった)が出てくる。
纏は智ちゃんがパフェにチョコレートシロップをかけてくれるのを目を細めて見ている。
「♪も~え、も~え、どーぶつ。くまさん、あま~~~いの!!」
「萌え萌えじゃのぅ、くふふふ、たまらん」
「完全にヲタの台詞じゃねぇか」
「可愛いは正義、じゃ!」
「そうですよ!! 旦那様!」

77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2011/05/15(日) 17:26:25.25 ID:9gQTa5jn0 [5/6]
 なぜ二人がかり。少々げんなりしつつ、俺はコーヒーを啜る。どうせインスタントだろう、と思ってい
たが、意外にもちゃんとコーヒーしていて驚いた。
「どうじゃ、うまかろう?」
 俺の心を見透かしたように纏が言えば、
「コーヒーは、ちゃんと一杯ずつ、愛情を込めてドリップしているんですよ!」
と、智ちゃんが胸を張る。
「わしが、メイドが可愛いという理由だけでこの店をひいきにしているわけなかろうが。ちゃんと味も価
格も見ておるのじゃぞ?」
「は、はぁ……」
「やれやれ、世知辛い世の中じゃの。これが代官山の洒落たカフェについてなら、尊敬のひとつも集めよ
うに。実際、味や価格やサービスで店を選ぶ点は、何も変わらんのじゃがのぅ」
「そうです、世の中間違ってます!」
「本当、野暮天じゃの、この阿呆は」
 ほほを膨らませる女性人に、俺はいささかの頭痛を感じて、大きくうなだれた。


 両手に大量のビニール袋をぶら下げて纏の家に到着すると、いきなり居間で待っているように言われた。
 俺としても付き合いは長いから、あいつがどんなヤツか知ってる。こんな感じのデートも何度か会ったが、
メイド喫茶には初めてだった。俺もゲームや漫画はそこそこ好きだが、やっぱあいつはすげぇわ。しかも、
いわゆる腐女子でなくて、どちらかと言えば野郎のオタク的なんだもんな。それでいて、メイド喫茶では女
としての利点を享受しまくっている。あぁいう性格であぁいう趣味だと、色々得なんだろうな。というか、
個人的にメールをやりとりするほど馴染みのメイドに見られたっってことは、俺も一見さんからいきなり
『顔見知り』程度にはレベルアップしてしまったのだろうか。やべぇ、やべぇわ。なんか、具体的に何がや
ばいかわかんないけど、やばい予感だけはプンプンする。
 そんなことを考えて待っていると、ほどなくして
「お~い! もうよいぞ~!」
と声がかかる。

78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2011/05/15(日) 17:27:20.65 ID:9gQTa5jn0 [6/6]
 廊下を進む。ドアを開ける。フィギュアやアニメのDVDが美しく整頓された棚に、ネトゲ用のハイスペッ
クパソコン。その真ん中には――
「……なぜメイド」
「ポイントためてもらったのじゃ」
「……なぜ猫耳」
「智ちゃんがオプションでつけてくれたのじゃ」
 簡潔なやりとり。しかし、着物の代わりに身につけられた、白黒でミニスカートとフリフリのブラウスの
組み合わせは、もはや言語を超越していた。
「…………」
「わ、わしはツンデレじゃからな? ツンがあるなら、デレもなければ、と」
「お、おう」
 いや、返事したけど、全然解らん。解らんが、もじもじしているその姿は、間違いなく、そう、一点の曇
りもなく。
「か、可愛い、は正義、なのじゃぞ?」
 また心を見透かして、纏は言う。
「可愛いものを愛でるのは、全人類の義務……だったな?」
「そ、そうじゃ……ぎ、『義務』は、その通りじゃが……わ、わしを愛でる『権利』は……お主にしか……
やらんから、の?」
 指をつんつんしながら、そういうことを言うなよ、ちくしょう。
「おし、わかった。これは俺の負けだな」
 敗北宣言をしながら、俺は纏を抱き寄せる。
「くふぅ……勝てると思うてか。愚か者」
 耳元で囁かれて、それでも、少し悔しかった。そんな春の夕暮れ。


 終わり。
最終更新:2011年05月18日 01:23