71 名前:『四季川さんと笹川くん』 1/6[sage] 投稿日:2011/03/30(水) 04:16:28.97 ID:EecGr8rH0 [2/8]
四季川みなもは天才だ。
入試および始業式から続くように行われる恒例の実力テストにて全教科満点を叩き出す
という離れ業をしてのけ、その成績と本人の抱える特殊な事情から授業免除という特例を
受けるただ一人の生徒として、この学校に所属している。
それでも彼女の在籍するクラスの窓際の列の最後尾は常に指定席として空席となって
いて、教室に居ないが故にその特異な存在感で教室に存在しているとも言える。
あるいは支配しているのかもしれない。
始業式で新入生代表としてステージに上がったことを考えたとしても、彼女の顔を覚え
ている人間なんてのは殆ど居ないのかもしれない。
実は学校側が用意した架空の生徒。実は国が秘密裏に開発したアンドロイド。実は複数
の人からなる「四季川みなも」という集団。
そういう創作物めいた噂が大真面目に流される程度にミステリアス。
要するに四季川みなもは天才であり、過去の天才がそうであったように変人なのだった。
「人は僕を天才だ天才だと言いながらまるで化物のように扱うけれど、これでも僕は人間
だから限界もあるし、傷つくことだってあるか弱い女の子なんだって解って貰うためには
どうすればいいんだろうねぇ?」
「………さぁー、て、ねぇ」
本校舎から渡り廊下で繋がる洋風の建造物。図書室に収まりきらない本を保管する通称
「図書館」と呼ばれるこの場所で、俺は四季川と会話を交わしていた。
先輩後輩、学年からして違う俺だが、あるきっかけで四季川との交流を築いている。
本棚の乱立した「図書館」の奥、少しだけ開けたスペースに置かれた椅子に腰かけなが
ら傍らの丸テーブルに乗せられた菓子を摘む。
それが最近の放課後の日課だった。
椅子もテーブルも菓子も全て四季川が個人的に持ち込んだ物だ。
ちなみに「図書館」には飲食禁止の張り紙が所々に張り付けてある。
会話の相手の四季川はテーブルの向こう、もう一つの椅子には腰掛けておらず、じゃあ
何処にいるのかと言えばその足元の絨毯に修行僧もびっくりな五体投地をしていた。
制服のスカートが乱れてタイツに包まれた太ももがチラリズムどころじゃなく露出して
いるのに嬉しくないのは何故だろう。
72 名前:『四季川さんと笹川くん』 2/6[sage] 投稿日:2011/03/30(水) 04:19:08.61 ID:EecGr8rH0 [3/8]
俺がこの場所に来た時から、もしかしたらそれ以前、授業を受けている時からこの状態
なのかも知れないが、なんとなく触れずに受け流していた。
そしたら何事もなく話しかけられてぼくはすごくびっくりしました。作文風味。
行動の意図が読めなくて純粋に怖いんだけど。
「笹川くん、笹川くん、笹川くん? 今、僕を馬鹿だと思ったかい?」
「いや、思ってナイヨ?…………あ、そうか、馬鹿だと思われることで天才のイメージを
払拭しようって魂胆なんだな? なんだよなんだよ、もう自分で答えだしちゃってるじゃ
ねぇか。まったく、わざわざ聞くなんて人が悪いぜ四季川ちゃん」
「そんな訳ないだろう、きみは馬鹿か?」
「…………………」
呆れ果てた様な表情で言われてしまった…………。
行動だけ見れば明らかに俺より馬鹿なのに………。
「馬鹿にしないで欲しいな。僕がこうしているのは単に疲労と筋肉痛からだよ」
「筋肉痛?え、なんで?」
「まったく、頭を使いたまえよ笹川くん。僕たち一年生の午後の授業は体育で、この時期
は全学年統一で授業内容はマラソンだろう?」
「俺が今年の一年生の時間割を知ってる方がおかしいだろ………ん? でも四季川ちゃん、
お前って確か授業は免除なんだろ?」
だから授業中だろうと休み時間だろうと放課後だろうと此処に引き籠る事が出来る訳で。
「実は授業免除なんて嘘です休み時間の度に全力疾走してここまで来てましたやーい
騙されたブァーカ!」とでも言おうものなら付き合い方を根本的に考える。割と前向きに。
「うん、そうだけどね」
なんでもないように四季川は頷く。
「しちゃいけない、って訳じゃないから参加させてもらったんだよ………マラソンなら、
大丈夫かなって思って」
「へぇ……」
「で、百メートルで力尽きて倒れた」
「なるほど、やっぱお前馬鹿だわ」
「救急車とか呼ばれかけたけどどうにか断って此処に来て体を休めている訳さ」
と何故か得意げに言う四季川。
73 名前:『四季川さんと笹川くん』 3/6[sage] 投稿日:2011/03/30(水) 04:21:41.68 ID:EecGr8rH0 [4/8]
「やっぱ慣れないことはするもんじゃないねぇ」
「それ以前の問題だと思うけどな」
自分の体力ぐらい把握しとこうぜ。せめて倒れない程度にはさ。
へぇ、こいつも頑張ってんだな、とか感動しかけた俺の気持ちを返してくれ。
「マラソンならスタートをずらせば他人と関わらなくて済むと思ったんだけど、上手く
いかないものだね」
四季川の声音が心なしか、暗くなったように思う。
………あぁ、言ってなかったな。四季川が授業を免除される、最大の要因を。
それは大雑把に言うなら「対人恐怖症」ということになる。
自分を中心とした一定の空間、パーソナルスペース。
そこに他人が踏み込むのを異常なまでに嫌い、近づかれるのを恐れる。
以前四季川は「他人に不用意に近づかれるなんて、ましてや満員電車なんて物に乗る
なんてのは、僕にとっては多人数に凌辱されるのと同義だね」なんて言っていた。
限られた空間で三十人からなる他人と一緒にお勉強、なんて以ての外だろう。
そのくせ、一定の距離を保った会話では必要以上に饒舌になる………今の様に。
お喋りが好きなくせに、人を遠ざける為に沈黙を保つってのはどんな気分なんだろうな。
「せめて五百……いや、四百は走れる程度に体力をつけたいよ」
「マラソンは置いといて、お前ってそんな体力で家まで帰れるのか?」
「馬鹿にしないでほしいな。自慢じゃないがバス通学だよ」
「確かに自慢の要素がないな…………でもまぁ、体力を付けるのは良い考えだよな」
四百でもかなり酷いが。でも百から四百って考えたら四倍だぜ、四倍。
「明日から頑張る………そう言えば勘違いしないでほしいんだけど、別に僕はマラソンで
疲れたからこうやって寝そべってるわけじゃないよ?」
「え?」
「それが理由なのも認めるけど、どっちかといえば精神的ダメージかな」
「精神的……ねぇ。穏やかじゃねぇな、なにかあったのか」
「あったんだよ笹川くん。ほら、体操服に着替える時に女子と顔を合わせたんだけどね」
「着替え……って事は更衣室か。あぁなるほど? 更衣室で他の女子達に囲まれた故の精神
的ダメージって訳だ」
「いや、それについては皆が終わった後に更衣室を使わせてもらったから問題ないよ」
75 名前:『四季川さんと笹川くん』 4/6[sage] 投稿日:2011/03/30(水) 04:25:04.85 ID:EecGr8rH0 [5/8]
「それもそうか。じゃあお前が言う精神的ダメージって何よ?」
ベタな所だと陰口、か?
天才天才と言われながら殆どの生徒が交流を持たない「四季川みなも」は、根拠のない
噂や罪悪感の湧かない陰口の格好の的だろうから。
芸能人の悪口を内輪で言い合って盛り上がるようなもんだ。
「うん、着替え終わるまでに何度か更衣室の中をチェックした時なんだけどね」
「ふむ」
「彼女たちはなんと……………スカートの中に短パンを穿いていたんだよ!」
「ふむ…………………………ふむぅ?」
「信じられるかい? 短パンだよ? あんな物が年頃の女子のファッションとして許される
のか? いーや許されないね、ていうか僕が許さないね!だいたい短パンを穿いてるなら
そもそもスカートを穿く意味がないじゃないか。なら逆説的にスカートを穿いてるのなら
中に短パンを穿く意味もないはずだよね! 穿くならせめてスパッツかタイツを穿けよ!
色は勿論黒で! 白も良いけどさ! 本っ当絶望したよ、僕の知らない間に女性はその女性
らしさを忘れてしまっている。だいたい下着も上下を揃えてないし。何でベージュのブラ
に黒のランジェリーなんだよ? どういう意図でその組み合わせを狙ったんだい? あーあ、
裏切られたよ。本当に裏切られた。折角僕が意を決して授業に参加したのに、あれじゃあ
決意の八割は無駄になった形だね。これでもし僕の心がもう少し弱かったら向こう一カ月
は寝込むぐらいの絶望度だよ!」
「そうかそうか。たった今、俺もお前にはかなり絶望してるよ」
「うん? 僕はちゃんとスカートの下はパンツと黒タイツだけだよ? やっぱりスカートは
見る者にめくれた時のドキドキ感を与えてくれるべきだよねぇ」
「お前の性癖は聞いてねぇよ。テストも近いのにその知識で脳細胞を無駄に使ったと思う
と腹が立ってきた。だいたい俺は揺れるスカートとそこから覗く太ももで十分エロいと思
える人間だっつーの。寧ろスカートっていう字がもうエロいと思う」
「いや、きみこそ何さらっと性癖暴露してるんだよ。だいたい今更知識を詰め込んでも
テストが駄目な人は駄目なんだよ笹川くん。寧ろこの程度の無駄で駄目になるようなら、
それは元々駄目になる運命だったのさ」
「わー、ここぞとばかりに頭の良さアピールしやがってムーカーつーくー」
「あは、なんたって僕のように友達が居ない人間は勉強と妄想しか取り柄が無いからね!」
77 名前:『四季川さんと笹川くん』 5/6[sage] 投稿日:2011/03/30(水) 04:28:10.07 ID:EecGr8rH0 [6/8]
四季川は自慢げに言い切った。
友達のいない人間の全員がエロい妄想ばっかしてるみたいに言うなよ流石に他にもある
だろう、という言葉はその出所不明の自信に圧されて声にならなかった。
「裏切られたと言えば、パッドを使ってる子が多いのもがっかりだった」
「お前とかか」
「む、ひどい言いがかりだね笹川くん。なんなら触ってみるかい?」
「え、良いの? マジで? 触る触るー」
「その代わり触ったら僕は全力を挙げてきみを社会的にも肉体的にも抹殺してみせるから」
「割りにあわねぇ!」
「………割りにあわないとは酷い言い草だね。そこまでする魅力が無いって事かい?」
「結局どうして欲しかったんだよ………てか俺がそれでも触ってたらどうするんだよ」
「………………………………………………………や、僕は別にそれでも」
「うん?」
「あ、無し。今のなーし。うんそうだね、『触る触るー』なんて軽い調子で言われたから
ちょっとからかったんだよ」
「ん? それだと真面目に言ってたら触れてたのか?」
「まぁ…………い、一応考えてはみたかもね?」
「マジで!?」
俺は知らぬ間にチャンスを逃してたのか!冗談だと思ってたよ勿体ねぇ!
何なのお前、思春期の男子学生の夢が具現化した図書室の精霊だったりすんの?
「か、考えるだけだよ? 本当に触らせるつもりなんて殆どなかったからね!?」
「殆どって事は………くっそ。なんだろう、お前とはもっと早く出会いたかった気がする
よ……具体的に言うと中学二年ぐらいの時に」
「え……な、何を言うのかな? 急に改まって」
「いんや、何でもない。妄言だよ、忘れとけ」
「うん? …………まぁ、忘れろと言うなら忘れるけどね?」
会話が途切れる。
窓から見える外の景色は薄暗く、思ったより時間が経っていることを知らせてきた。
四季川もお喋りを再開させる気が無さそうだし、潮時かな。
机の上に開かれた本を閉じ椅子から立ち上がる。
78 名前:『四季川さんと笹川くん』 6/6[sage] 投稿日:2011/03/30(水) 04:30:18.86 ID:EecGr8rH0 [7/8]
すると気配を察した四季川が、小動物のように反応する。
「悪い、驚かせたか」
「ん、別に。帰るのかい?」
本に意識を引きずられながらの問いに「あぁ」と小さく返事を返す。
「そう、それじゃあ……また明日」
「おう、また明日」
僕たちは「また明日」と言って別れる。そう、僕たちには明日がある。光り輝く希望に
満ちた明日があるんだ!
というのはまぁ読んでいた小説の一文なわけだが。
その本を本棚に返しながら、ふと四季川に聞くことがあったと思いだす。
五体投地に気を取られて忘れていた。
「四季川、お前今週末って暇?」
「その質問は初めてされたね。予定を尋ねるような友達がいないから」
「俺んち来ない?」
「ぶっ!」
噎せていた。何度か咳をするのが聞こえた。
「………なんで、と聞いてもいいかな?」
「週末、両親が出張らしくてさ。泊まりに来ないかなーって思って」
「りょ、両親が不在の家に泊まりにかい?」
「うん。まぁぶっちゃけると俺も妹も料理が出来なくってさー。その点、四季川って弁当
とかも自分の手作りしてたよな? だから来てくれると本当に助かるんだけど」
「ふーん……つまり、きみは僕の手料理が食べたい訳だね? それも泊まり込み、休日の
朝昼夕のおはようからお休みまでのフルコースで」
「ん? まぁ、そうなるの、かな?」
「そっか………そっかぁ。なら仕方ない! ここできみを見捨ててしまっては寝覚めが悪い
しね。や、本っ当に仕方がないなぁ。まぁ首を洗って待っていたまえ。この週末に一気に
十キロほど体重が増えても知らないよ?」
「うん………頼もしくはあるが、なんだろう、それはもう病気の域だよな?」
~続(かない)~
80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2011/03/30(水) 04:32:57.77 ID:EecGr8rH0 [8/8]
以上です。
僕っ娘尊大という可能性を広めたいと思った話。
頼られたりして嬉しくてでもちょっと見栄張っていつもの態度を装うけど
やっぱり我慢できなくて頬とか緩んじゃってるツンデレさんとかマジ可愛いよね。
そんな話。
最終更新:2011年05月10日 01:17