76 名前:『古川さんと僕』 1/4[] 投稿日:2012/02/03(金) 01:38:15.79 ID:nGzgpo9+0 [2/6]
「古川さんって意外と委員長キャラだよね。意外とね」
「…………は?」
 文化祭に向けて集めたクラスの意見を纏めてる時にそんな話題を振ってみた。
 案の定怪訝な顔をされたので、会話を続けるついでに説明してみる。
「いやほら、古川さん授業中とかたまに眼鏡かけるじゃん」
「眼鏡なら他の人でもしてるでしょ?」
「集中する時とかポニテにするし」
「三つ編みの方がそれっぽいと思うけど?」
「巨乳だし」
「委員長関係ある?」
 それセクハラだから、と。
 軽く叱る口調でデコピンされた。
 そういう大人びたというか、同級生の癖にお姉さんっぽい辺りも委員長。
 普段の髪を下ろした姿は活発なイメージなのに、ここまで印象が変わるのも不思議だ。
「というか、そんなことを考える暇があったら仕事してね」
「アイ・マム」
「…………本当に分かってる?」
「分かってる分かってる。僕は嘘はつかない男だぜ?」
 疑惑の目線を適当に受け流しながら手元の書類に眼を向ける。
 書類といっても、文化祭の出し物の希望を取ったアンケートの束だ。
 内容を確認して、手元のメモに書かれた「喫茶店」の正を一画書き足した。
 今の所喫茶店が圧倒的に希望が多い。次点でお化け屋敷。
 どちらも学園物で良く見る文化祭の定番だが、内装の手間の分喫茶店が有利な感じ。
 しかし喫茶店希望の大半が「メイド喫茶」で、男女比で言うとほぼ半々なのはどうかと。
 そういう文化がメディアで取り上げられ、興味本位や冗談半分で提案出来る様になった
のが原因だろうか。
 古川の集計している分にもよるが、このままなら喫茶店でほぼ決まりだ。
 流石にメイドは学校から止められそうだけど。
 ただ体育祭では「仮装リレー」なる物が恒例行事な学校だけに侮れない。
 古川のメイド姿には多分に興味があるが、さて。

77 名前:『古川さんと僕』 2/4[] 投稿日:2012/02/03(金) 01:40:44.23 ID:nGzgpo9+0 [3/6]
「手、止まってるわよ」
 いつの間にか古川のメイド姿を空想する事に意識を奪われたようで、現実の古川
が眼を半月状にして睨んでいた。
 何を考えたのか気付かれただろうか。いや、妖怪サトリじゃあるまいし?
「なーんか、失礼なこと考えてない?」
「はははそんな馬鹿な」
 訂正、サトリかもしんない。

「うわ、すっかり暗くなってるわね」
「この季節は日が落ちるの早いしな」
「三十分は早く帰れるはずだったのにねー?誰かが書類ばら撒かなかったらねー?」
「いやもう本当すいませんでした許してください」
「ホント、良い迷惑よね」
「フォ、フォロー無しですか」
「ん?優しい言葉かけて欲しかったの?ほら、はっきり言ってくれないと分からないわよ?」
「元気ハツラツ絶好調ッスね古川さん。マジ勘弁ッス」
「『泣いちゃうから優しくして欲しいワン』って言えば考えないことも無いわ」
「…………言わないからな?男子高校生の犬属性とか誰が喜ぶのさ?」
「ニーズはあると思うわ、私。世界は広いもんね」
「え?古川さんそういうの好きな人?」
「私は寧ろ引くわよ」
「じゃあ意味無いじゃん!?」
 そんな会話を交わしていると校門が近づいてきたので、別の方向に別れる事になる。
 校門を出て右へと曲がる。
「じゃ、また明日」
「えぇ…………っていやいや、途中まで一緒でしょ?」
「僕、今日は眼科に寄って帰るんだ」
「眼科?何でよ?」
「うん。最近視力下がってきたから眼鏡処方して貰うつもり」
「ふーん」

78 名前:『古川さんと僕』 3/4[] 投稿日:2012/02/03(金) 01:42:54.17 ID:nGzgpo9+0 [4/6]
「眼鏡はちゃんと古川さんの所で買うつもりだし安心しといて」
「別に来なくていいわよ」
「それで良いのか眼鏡屋の娘……まぁ、そん時はフレームとか一緒に選んで欲しいな」
「え、嫌よ。何で好きでもない人の眼鏡選ばなきゃいけないの?」
「………………」
 女子高生に好きでもないって言われた。
 女子高生に好きでもないって言われた!
 これは傷付く!分かってたけど!
「冗談だけどね」
「どの部分が?どの部分がだ!?」
「うるっさいわね。そもそも、眼鏡なんて自分の気に入った物で良いでしょうに」
「えー。やっぱ女の子に選んで貰ったってだけでほら、なんてゆうか、価値が十倍ぐらい
になる気がする。テンション的に」
「そこで『古川さんに』、って言えないから貴方は愚かなのね」
「愚か者認定ッスか」
「認定よ。さっさと眼科行って視力検査で『真ん中!』とか答えてきなさい愚か者」
「それ只の馬鹿じゃん僕」
「そうね馬鹿ね。バァーカ」
 なんか謂われない罵倒を受けたがそれはこの際置いといて。
「ところで、さっき『古川さんに選んで欲しい』って言ってたらどうなってたんだ?」
「ふーん…………聞きたい?」
 言いながら古川が歩み寄ってくる。
 反応を伺うように小首を傾げて。
 肩にかかる髪が色っぽく感じたとか、そんな事は決して思って無い。
「聞きたい…………ワン、です」
「……よく言えました」
 生徒を褒める先生の様にそう言って。
 更に一歩こちらに近寄る。
 視界が殆ど古川で埋められて、何だかとても甘い香りがする。
「―――でも、教えてあげない」

79 名前:『古川さんと僕』 4/4[] 投稿日:2012/02/03(金) 01:44:53.02 ID:nGzgpo9+0 [5/6]
「は?」
 聞き返す前に、視界に写っていなかった古川の右腕が、僕にデコピンを食らわせた。
 予想してなかった痛みに一歩足が下がる。
 足がもつれて尻餅をつく。
 そんな僕と目線を合わせる様に古川が前かがみになる。
 両腕に圧迫されて胸が。いや今はそこじゃなくて。自重しろ僕の目線。
「残念ながらサービス期間は終わったわ」
「お前は何処の帝王様だ」
「お前とは失礼ね男の癖に」
「人類の半分を敵に回したぞ!?」
「ま、次の機会に頑張ってね?ばははーい」
「古っ」
「ん?」
「何も言ってないデス」
「あ、そ。それじゃね」
 ひらひらと手を振りながら古川が離れていく。
 尻餅をついたままその背中を見送る。アスファルトが冷たい。
 目線の高さでスカートが揺れてる。いやそこじゃなくて。
「……………次の機会、あるんだ?」
 それが言葉の綾か冗談かは分からないが。
 都合の良い方に考えておくか。
 次は古川の望む言葉を言えるように努力はしておこうか、うん。

~続(かない)~
最終更新:2012年02月08日 01:01