7 名前:1/8[] 投稿日:2012/02/04(土) 20:06:48.59 ID:J5PKGATR0 [2/9]
- ストーブの灯油をどっちが入れてくるかでツンデレと言い合いになった
『ねえ……この部屋……、何か……寒くない?』
何となく肌寒さを感じて、私は読んでいた雑誌から顔を上げた。一人で黙々とゲーム
をやっていたタカシに視線を向けると、タカシはゲームにポーズを掛けて私の方を向いた。
「そういやそうだな。ストーブ炊いてるはずなのに、おっかしーな」
そう言ってタカシは腰を浮かすと、四つんばいの姿勢でストーブの傍による。
「ありゃ? 灯油切れちまってるよ」
蓋を開けて灯油の缶を持ち上げ、軽く上下させつつタカシが言う。それを見た私は、
小さくため息をついて言った。
『……何だ。だったら……早く……入れて来てよ……』
「マジかよ。置いてあるの外の物置なんだぜ。今日めっちゃ寒いし、めんどくせーな……」
ブツブツと文句を言うタカシから視線を逸らし、私は雑誌に視線を戻しつつ、抗議す
るように催促する。
『……グズグズ……しないでよね……私まで……凍えさせる気?』
しかしタカシは動こうとせず、不満気に私を見て口を尖らせた。
「何だよ、偉そうに。そこまで言うならちなみが入れて来いよな。うちの灯油がどこに
置いてあるか、知ってるだろ?」
タカシと私の家は、道を挟んで一軒だけ斜めにずれた場所にあり、私は子供の頃から
ずっと遊びに来ていた。もっとも、そういう気安さがなければ、高校生にもなってほい
ほいと同い年の男子の家になんて遊びに来れなかっただろうが。
『……タカシってば……常識知らずよね…… お客様に……灯油の補充させようとする
なんて……最低……』
全くそんな気分にはなれなかったので、私はタカシの言い分を一蹴して跳ね除ける。
しかしタカシは、諦めずに食い下がって来た。
「お客様ったって、週末の度にうちに来てりゃ、特別扱いもなくなるわな。菓子も飲み
物も何もせずに出てきて、のんびりと過ごせる環境を提供してるんだから、そのくらい
のお返しはしてくれたっていいんじゃねーの?」
8 名前:2/8[] 投稿日:2012/02/04(土) 20:07:11.61 ID:J5PKGATR0 [3/9]
確かに、私はまるで我が家のようにタカシの家に出入りしている事は事実だ。本当だっ
たら手伝いの一つや二つくらいしてあげてもいいとは確かに思う。が、元来意固地なところがある私は、ここでタカシに折れる事だけでは絶対にしたくなかった。
『……そのくらいは……当然でしょ? タカシは……もう少し……同い年の女子が……
毎週のように……遊びに来ているという幸運に……感謝すべきだと思う…… 君なんて……
幼馴染じゃなかったら……相手なんてしてあげないのに……』
いささか無理矢理に、私は自分の正当性を主張する。もっとも、私だってタカシがい
なかったら、こんな風に気さくに話出来る男子なんて一人だっていないんだから、人の
事を言えた義理ではないんだけれど。
「ちぇっ。そりゃまあ確かに、ちなみ以外に親しい女子なんていないけどよ。それとこ
れとは別の事だろ? つか、仮にちなみが男だったら、もっと遠慮なしに言ってるぜ。
これでも優遇してる方なんだけどな」
『それだったら……徹底して優遇してくれればいいのに……中途半端よね…… 君は……
そう……何だって、中途半端……この半端者』
思いつきで罵ってみせたが、タカシは一向にお構いなしな様子で軽く肩をすくめた。
「まあ、ちなみの言う事に敢えて否定はしないさ。そう、俺は半端者だから幼馴染の女
の子に対しても半端な優しさしか持ち合わせていないのだ。という訳で、頼むわ」
『グッ…… 開き直るな。このバカ……』
思いっきり睨んでみせたが、タカシはそれを無視して、何やら難しい顔をして独り言を呟く。
「つってもなあ……ちなみも頑固だし、このまんまだと堂々巡りか……寒い思いをしっ
ぱなしってのもヤダしなあ……」
『……だったら……諦めて……自分が灯油を入れてくれば……いいのに…… どっちが……
頑固者よ……』
独り言の横からツッコミを入れるも、これも無視された。
「やっぱ、ここはせめて公平にいきたいな」
ポン、と手を打ちタカシは私に向き直って言った。
「じゃあよ。ここはどっちが灯油を入れて来るか、ジャンケンで決めね?」
『……お断り……だわ。そんなの……』
「はやっ!! にべもなくお断りかよ」
9 名前:3/8[] 投稿日:2012/02/04(土) 20:07:37.88 ID:J5PKGATR0 [4/9]
『……だって……もし……私が負けたら……灯油……入れて来なくちゃいけないんでしょ?
そんなの……絶対に……嫌だもの……』
私の返答に突っ込んできたタカシに、私は素直に理由を述べる。するとタカシは、腕
組みをして私を睨むと、不満気を露にした。
「そんな事言ったら勝負にならんだろが。俺だって灯油入れてくるのは寒いしめんどく
さいしで嫌なんだぜ? お互いがそんな事言ってたら、一歩も前に進まないじゃん」
『そんなの……タカシが……さっさと入れて来れば……済む話じゃない……』
膝を抱えて私はツンとした声で答えた。しかしタカシもこうなると一歩も引く気配を
見せずに食い下がってきた。
「そんなの、お互い寒いのは嫌なんだからどっちが入れて来るか、平等な条件で決めよ
うって言ってるだけなのに、駄々こねてるのはちなみじゃん」
そう言われると、何だか私の方が悪いみたいな気分になって来る。しかし私は気を取
り直した。どんなに勝手知ったる家だろうと、あくまで私はお客さんなのだから、持て
成されて当然なのだと。
『……タカシの部屋なんだから……メンテナンスも……君がするのが……当然でしょ?
意味分からない事……言わないでよね……』
「これだけ人の部屋を自由に好き勝手使ってて、しかも俺がちょっと出掛けてる時だっ
て、勝手に部屋にまで入ってるんだ。たまにはお手伝いの一つや二つしたっていいんじゃ
ね? それに俺はあくまで対等の条件で勝負しろって言ってるだけなんだし」
『……そもそも……タカシと対等の立場というのが……非常に気に食わないわ…… ど
う考えたって……私の方が立場は上……でしょ?』
「そんなん、ガキの頃から友達付き合いしてて立場が上もクソもあるかよ。それとも俺
に勝つ自信がないから、そうやって拒否してんのか?」
『……まさか。勝つの負けるのじゃなくて……そもそも……勝負を持ちかける事自体……
間違ってるからよ……』
話し合いは平行線を辿り、私とタカシはどんどん冷え込んでいく部屋の中で、ついに
は無言で睨み合った。
「分かった。ちなみがどうしても話に乗らないって言うなら、こっちにも考えがあるわ」
スクッと立ち上がったタカシを見上げて私は聞いた。
『……どうする……つもりなの?』
10 名前:4/8[] 投稿日:2012/02/04(土) 20:08:15.00 ID:J5PKGATR0 [5/9]
「それなら、俺一人で暖まらせてもらう」
そう言ってタカシは、一人そそくさとベッドに潜り込んでしまった。止める間もなく、
呆然とそれを見ていた私は、慌ててベッドの傍に寄ると、掛け布団に手を掛けつつ、抗議した。
『……ズルイ……一人だけで暖まるなんて……大体……女の子のいる部屋で……一人で
ベッドに入るって……どういうこと? 最低……じゃない』
「ちなみがどうしても灯油入れの勝負に応じないからだろ。お互い、寒いし面倒だしで
嫌なのは同じなのにさ。だったら、こうして寒さを凌ぐしかないかなって」
『……私を……一人……寒い部屋に……ほったらかして? それが……男のすること……?』
「何とでも言え。あ、寒ければどうぞご自由にストーブ使っていいぞ。ただし灯油は自
分で入れて来てな」
ぬくぬくとした顔をするタカシの前で、私は歯噛みした。頭に来たので、タカシの頭
やら顔をベチベチと叩く。
「イテッ!! 止めろってバカ!!」
『……誰が……バカよ…… さっさとその布団から出て……灯油入れて来なさい……
でないと……布団ごと……引っぺがすわよ……』
しゃべった事で、私に僅かな隙が出来る。その瞬間、タカシはさっさと布団を頭まで
引き上げ、防御の態勢に入ってしまった。
『……卑怯者……女の攻撃に……亀のように閉じ篭るなんて……ヘタレもいいところじゃ
ない…… 正々堂々と……出て来なさいよ……』
「そんな手に引っ掛って出るわけ無いだろ? 大人しく勝負を受け入れろよ。それで負
けたら、俺が大人しく灯油入れて来てやるよ」
布団の中から、くぐもった答えが聞こえる。上からドカドカ叩きながら、私は頑強に
それを拒否する。
『冗談……言わないでよ。一度聞いたら……毎回同じ事要求するに……決まってるんだ
から……絶対にお断りよ……』
「なら、俺も出ないだけだな。おお、あったけぇなさすがに」
タカシの嬉しそうな声に、怒りをさらに募らせて私は掛け布団をひっぺがそうと手を
掛ける。しかしそこはタカシも予想していたらしい。素早く布団を手足で挟み込んでガー
ドしてしまった。さらにそれを巻き込むように体を回転させて私に背を向けてしまう。
『うー……ムカつくわね……本当に……』
12 名前:5/8[] 投稿日:2012/02/04(土) 20:08:42.80 ID:J5PKGATR0 [6/9]
体力に自信があれば、力ずくで攻撃を加えていけばいずれはガードも破れるかも知れ
ない。しかし、この程度の攻防で既に息を切らせていた私が、タカシから布団を引っぺ
がしたり、ベッドから転がり落とすなど、出来た話ではなかった。
「と、しまったな。この状況だと何にも出来ん。ちなみさんや。マンガ取ってくれんかね?」
布団から顔を出して都合のいい事を頼むタカシに、私は無言のままにクッションでタ
カシの頭を叩く。が、寸前でタカシは布団に引っ込んでしまった。
「あっぶねーなー。全く、ちなみは乱暴な奴だな」
『……そっちこそ……女の子の攻撃に……コソコソ逃げ回ってばかりで……情けないわよ』
「何とでも言え。今は勝ち組は俺だ」
私の攻撃に備えていつ何時でも頭を引っ込められるように布団に手を掛けたまま、タ
カシが得意がる。しかし確かに、ぬくぬくと暖かそうなタカシを前に、私の周囲の気温
はドンドンと下がって行く。
『……待ちなさいよね。今……貴方に復讐する手立てを……考えるから……』
ベッドに潜り込むタカシを凝視しつつ、何とかタカシをそこから追い出す手立てを考
える。しかし、体力的には圧倒的に敵に分があり、私が力ずくでタカシを追い出す方法
は、ほぼ皆無に近い。
「考えれば考えるほど無駄だぞー。大人しく灯油ジャンケン勝負を受けるか、尻尾を巻
いて帰るか。言っとくが、俺の部屋に他に暖房器具は無いからな」
掛け布団から頭だけを出して煽るタカシが憎たらしい。いっそ帰ってやろうかとも思っ
たが、それは何だか敵前逃亡に等しい気がして、私はあまり選びたくなかった。
――せめて……私が暖まる方法を考え付けば……タカシの言いなりにならずに済むのに……
心を研ぎ澄ませて考える。しかしこの部屋で今唯一の防寒器具は、タカシの布団だけ。
その布団は、今はタカシが占拠してしまっている。そこから追い出すのは無理だと、さっ
き結論付けたばかりだ。
――追い出せなくても……侵入なら……出来る……?
その可能性に思いついた途端、私の体の内側がカッと熱くなった。心臓がバクバクと
音を立て始める。
――いやいやいや……そんな……幼馴染とはいえ……男の子の……布団に侵入する……
なんて……
13 名前:6/8[] 投稿日:2012/02/04(土) 20:09:07.03 ID:J5PKGATR0 [7/9]
そんな大胆な行動。乙女としてどうなのだろう? 女子から男子の布団に入るなんて、
恥ずべき行動ではないのか? そんな事をしたら、タカシが勘違いして何をやらかすか
も分からないのに。
しかし、そこで私は思った。
――勘違い……なの?
ある意味では正しいといえる。だって、私はタカシと恋人がするようなあんな事やこ
んな事を求めて布団に潜り込むわけではない。だけど、一方で間違っているのは……タ
カシが私がタカシの事を好きなんじゃないかと思うことは……勘違いなんかじゃなくて、
紛れもない真実だから。
――どうするべき……なんだろう……私は…… もし……タカシが……求めて来たら……
多分……抗えない……
ずっと、幼馴染として、親しくはあっても決して恋人ではない関係だったから、望ん
でいた一歩先の関係に踏み出すのは、凄く怖かった。しかし、今ここで踏み出せなけれ
ば、今後もロクに先に進めないのではないだろうかという漠然とした不安もあった。
そんな私を決断させたのは、タカシの一言だった。
「もういい加減寒くて耐えられなくなってきたろ? 大人しく勝負を受けるって言えよ。
勝てばいいんだからさ。勝てば」
ぬくぬくと暖かい布団に入りながら、得意顔で言うタカシに、カチンと来た。人がこ
んなにも悩んでいるというのに、のうのうとそんな事を言うなんて。
こうなったらもう、タカシにも同じ思いをさせるしかない。
そう思った私は、タカシのベッドの上に上り、足元の側に立ってタカシを見下ろして言った。
『……一人だけ……ぬくぬくと布団で暖まっているなんて……許せないわ……』
するとタカシは手早く、さっきのように手と足で布団を押さえ込んでガードした。
「何だよ。また剥ぎ取ろうとするつもりか? けど、ちなみの腕力じゃ無理だって、さっ
き証明したろ?」
『……違うわ。私にも……その暖かさを……寄越しなさい……』
私はゆっくりと姿勢を低くし、四つん這いになると、壁側の、一番防御の薄い腰の辺
りの布団を持ち上げた。剥ぎ取るのは無理でも、隙間を作るぐらいなら私にだって出来
る。そして、その隙間に、私は頭からえいやっとばかりに体を潜り込ませた
14 名前:7/8[] 投稿日:2012/02/04(土) 20:09:29.11 ID:J5PKGATR0 [8/9]
「ちょっ!? 何してんだよお前!!」
タカシが驚いて叫ぶ。動揺したのか、布団を押さえていた手足の力が緩み、その隙に
私は、すっぽりと布団の中に体を収める事に成功した。頭を布団から出すと、すぐ間近
にタカシの顔がある。恥ずかしくて慌てて顔を背けつつ、私は答えた。
『……タカシだけで……この暖かさを独り占めなんて……ズルイって思ったからよ……』
「いやその……だからってお前……」
『何……? 文句でも……あるの……?』
タカシの言いたい事は分かっている。だから私は、一言でねじ伏せようと、睨み付け
て強気で問い返す。案の定タカシは、自信無げに視線を落とした。
「いや……文句はねーっつーか、その……だな…… あの……」
『だったら……いいでしょう? 他に言いたい事……あるなら……ハッキリ言えば……?』
最初こそ気恥ずかしくて視線を逸らしてしまったが、一度強気に出ると、意外にも勇
気が出て私は真っ直ぐタカシの顔を見据えて言った。今度はタカシの方が、あっちこっ
ちと視線を彷徨わせている。
「いや、その……言いたい事って言うか……ちなみはその……いいのかな、とか……」
『私から……潜り込んで来たのだもの……いいもなにも……ないでしょう?』
「ああ。そりゃそうだけどよ。けど……」
タカシの気持ちは、分かる。それに、こんな風に動揺してくれたって事は、ちゃんと
私の事を女の子として見てくれているんだと分かって嬉しくもある。しかしここは、も
う少し男らしくして欲しいなと、欲張った私は、喝を入れる為にも、冷え切った足をタ
カシの足にピタッとくっ付けた。
「つ……つめてっ!!」
引こうとする足を絡め取って私は離さない。上目遣いに睨み付けながら、タカシに文
句をぶつけた。
『……ただでさえ……冷え性なのに……貴方のせいで……こんなに冷たくなったのよ……』
スリスリと、タカシの足に自分の足をすり合わせる。ヤバイくらいに心臓がドキドキ
しているのに、一度始めたスキンシップは止まらなかった。
「いや。そりゃあちなみが我を張るから……」
まだそこだけは頑固なタカシにカチンと来て、私はタカシを睨み付けた。タカシは驚
いたような顔をして私を見て、それから視線を外して小声で言い直した。
15 名前:8/8[] 投稿日:2012/02/04(土) 20:09:53.47 ID:J5PKGATR0 [9/9]
「……いや、その……悪かったよ…… ちなみをさ。寒い中放り出しておいたのは……」
『……分かったのなら……償って……』
「え?」
私の言葉に、タカシが驚いて私を見る。何故だろう。死にたくなるくらい恥ずかしい
のに、こうしていればいるほど、大胆な気持ちになって来るのは。
『……私の体を……ここまで冷え切らせたんだから……ちゃんと暖めてよね……』
しかし、この言葉にタカシは、戸惑った顔をして聞いて来た。
「暖めるって……どうすれば……」
『もっと、傍に寄って』
「え?」
今でも限界ギリギリなのに、これ以上傍に寄るという事は、体をピッタリと密着させ
合う事になってしまう。躊躇うタカシに頷いて、私は言った。
『……そうしないと……布団に隙間が出来て……寒くなっちゃうでしょ……?』
「あ、ああ……なるほどな……」
私の言い分に納得したように頷いて、タカシが体を寄せる。それを確かめてから、私
は言葉を続けた。
『……そうしたら……ギュッって……抱いて……』
無言で、タカシが息を飲む音が聞こえた。構わずに、私は続けた。
『……体全体で……暖めて……』
「……こう……か?」
タカシの腕が背中に回り、足と足が絡まりあう。私は頷き、何故だか潤み始めた目で
タカシを見て、それから視線を落として、小さく呟いた。
『……後は……タカシの好きにしていいから……』
ちなみに、そんな事をしているうちに部屋の気温はますます下がり、帰る時間になっ
ても布団から出られなくなってしまったのは、言うまでもないことであった。
終わり
最終更新:2012年02月08日 01:04