86 名前:1/4[] 投稿日:2012/02/11(土) 13:04:11.49 ID:PiKDcEJf0 [1/4]
一月も終われば、ようやく俺の正月気分も抜けてくる。
俺はどこか一抹の寂しさを感じながらも元旦の頃の新鮮な気分に別れを告げ、新たな出会いを求めて街中を闊歩していた。
要するに、暇なのである。

行くあても無く街中をぶらぶらとうろつく。
お年玉は使い果たし小銭も無く、最早ゲーセンで時間をおもむろに潰す事すらままならない状況だ。
まったく世知辛い。これもすべて日本の円高、ひいては総理の仕業だろう。おのれ野田総理。おのれ民主党。

現代政治を批判しながらインテリ的に歩いていると、ふと俺の足がぴたり、と止まる。
てこてこと来た道をバックする。たった今通り過ぎた本屋の中に、どこか見た事のある眼鏡の女の子がいたような気がするのだが。

改めて店内を観察すれば、探し人は意外なほど簡単に見つかる。
右から三番目の棚の奥、女性誌のコーナーで立ち読みをしている一人の少女が目に入った。
特徴的なお下げに眼鏡、寒がりを象徴する春色のマフラーと地味な色の校則適用コート。
あれはまごう事なき、我が学級委員長様だ。

ちゃらんぽらんが過ぎてちゃんぽんやチャンピオンになりかねないほど適当男とクラスに名を馳せている俺だが、実は学校で副委員長をやってたりする。
まあ、クラス会が長引くのを嫌っての立候補ではあった。俺が手を上げた時の先生の絶妙に微妙な顔は、今でも鮮明に覚えている。

俺と対照的に、周囲からの圧倒的支持を受けて任命されたのがこの委員長さんだ。
成績優秀、品行方正、身長と運動神経は少し恵まれない節があるが、それを補って余りあるひたむきさと真面目さでクラスからの信頼は厚い。
皮相軽薄な俺との組み合わせは見事に合致しており、二人三脚のちょっぴりぎくしゃくなチームワークで今までに色々な仕事をこなしてきたものだ。

そんな委員長を本屋で見かけるとは、これまた珍しい事もあったもの。
俺は気まぐれに書店に入り、こっそり委員長の後ろに忍び寄った。

読んでいる本を覗き込むと、鮮やかな原色の文字と様々なチョコレートが載ったページが見えた。
バリンボリン、じゃなくてバンアレン帯、じゃなくてバルコニーのボステレサ、じゃなくてバレンタインの特集だろうか。
委員長はこちらに気づかないくらい熱心に本を読んでいる。チョコレートに興味がある事は、誰が見ても明白だった。

88 名前:2/4[] 投稿日:2012/02/11(土) 13:05:06.52 ID:PiKDcEJf0 [2/4]
「委員長」
「え? …きゃあああ!? べ、別府君!?」

さながら痴漢に襲われたかのように悲鳴を上げる委員長。
店員が何事かとこちらを振り返り、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。

「な、なんで私の後ろになんか…」
「いや、書店で委員長の姿を見つけてね。…それ、チョコレートの特集記事だよね。作るの?」

指摘すると、委員長は慌てて本を元の場所に戻した。

「へっ?…い、いや、別にそういうんじゃないの。私は別に、バレンタインとか関係ないし」
「…ま、そうだろうね」

俺は興味無さげにそう言い、

「で、チョコレート作るの?」
「…さっきの話、聞いてた?」

返す刃で、同じ太刀筋を放った。
呆れたように言い返す委員長を尻目に、俺はひょいと先程まで委員長が持っていた雑誌を取り上げる。
表紙は鮮やかなまでに煌めくデコレーションチョコレート。嫌味ったらしいほどそれを目の前でちらつかせ続けると──流石の委員長も、観念したようだ。

「……たまには、こういうお菓子とか作ってみたかったの。文句ある?」
「そんな事は言ってないけど」
「…別に、時期とかは関係ないからね」
「いやまあ、委員長はお菓子作りとか好きそうだもんね」
「そう、そういう事なの。ちょっと作ってみようかなあって思って、そしたら丁度いい本があったの。それだけ」

ぷいすとそっぽを向く委員長。俺はやれやれと両手を振った。

89 名前:3/4[] 投稿日:2012/02/11(土) 13:05:46.00 ID:PiKDcEJf0 [3/4]
「しっかし手作りチョコレートねえ。やっぱ難しい?」
「え?…あ、うん。見よう見まねで作れるかと思ったんだけど、やっぱり本が無いとちょっとね」
「なるほど、それで書店って訳か…」

委員長に読まれていた雑誌をぱらぱらとめくる。簡単なものから本格的なもの、
あるいは媚薬的な魔術が施された妖しいチョコレートまで、雑誌に掲載されたレシピは様々だ。

…考えてみれば、最近甘い物を食べていなかったな。
正月のきなこ餅くらいだろうか。男子高校生の日常は、女子高生ほどスウィートではないのだろう。
雑誌のチョコレートはどれも煌びやかで、サブリミナルというか、なんだか俺までチョコレートが食べたくなって来た。

そんなことを考える俺の頭に、ふと、電球が弾けるような閃きが飛来した。

「…じゃあさ、出来あがったチョコレート、なんならお裾分けしてくれない?」
「なっ!?」

委員長は見た所手作りチョコレートは未経験のようだったし、未経験なれば多少の失敗もあるだろう。
そして失敗作といえどもチョコはチョコ。椎水さんがいない以上、以前の調理実習のようにしょっぱくなる事もあるまい。

「お、おすっ、お裾分けって貴方ねぇ!」
「ダメか?失敗した奴でもいいんだよ。捨てるよかは俺が食った方がエコロジーだと思ったんだけど…」
「いっ、いやそのでもっ、だって、貴方に私のチョコ渡すなんて、そんな、それって…」

何故だか妙に歯切れの悪い委員長。
なんだろうけちくさい。女子同士での手作りお菓子の渡し合いは一年中ポピュラーな行事なのだし、
たまには甘い物を求める男子高校生に回してやってもいいじゃないかと俺は思うのだが。

90 名前:4/4[] 投稿日:2012/02/11(土) 13:06:02.98 ID:PiKDcEJf0 [4/4]
そんな顔をしていると、やがて委員長は諦めたように溜息をついた。

「…もう、分かったわよ。失敗した奴でよかったら、貴方にあげる」
「そか。ありがと」

言いながら、俺は委員長に雑誌を手渡した。

「どうせなら美味しいやつ期待してるよ」
「期待されても困るわよ。さっきも言ったけど、コゲコゲの失敗作だって貴方にあげちゃうからね」
「それはそれで食い甲斐がありそうだ」

けたけたと笑いながら、俺は委員長と書店を後にした。
これで次の学校では美味しい(という保証はないが)チョコレートが手に入る筈である。いや、楽しみだ。



それから100メートル程歩き、俺は少しだけ考える。
委員長はああは言ったものの、この時期に都合よくお菓子作りにハマり出すとはやはり到底考えにくい。
誰かしらチョコを、それも手作りのをあげたい相手でもいるのだろうか。

「ま、委員長も年頃の乙女だったって事かね」

俺は一抹の寂しさを誤魔化すように一人呟き、帰路を急ぎ足に歩いていった。
最終更新:2012年02月16日 00:58