25 名前:1/6[] 投稿日:2012/02/25(土) 19:58:44.74 ID:TCFZI+1g0 [7/19]
  • バレンタインデーのチョコの渡し方に悩むツンデレ その1

『……あのさ。チョコって、どうやって渡してんの?』
『はい?』
 唐突な私の質問に、前の席に座っていた夕実が変な声で聞き返す。
『だからさ。バレンタインデーって、結構みんな男子にチョコ渡したりするでしょ? ど
うやって渡してんのかなーって』
『そんなの、人それぞれじゃない? 彼氏とか親しい男子だったら、休み時間や放課後
に直接渡すだろうし、憧れの先輩、みたいに直接面識がなかったりしたら、下駄箱にメッ
セージと一緒に入れたり』
 思いつくことをとりあえず並べてから、急に夕実は興味深げな顔になって聞いて来た。
『で、何でそんな事聞くの?』
『べ、別に。私はまだ、男子にチョコとか渡した事ないから、みんなどうしてんのかなっ
て気になっただけよ』
 何となく予想された質問だっただけに、私は既に用意していた答えを夕実に告げる。
すると彼女は、椅子ごと体を回転させて私の方を向き、興味津々な顔で更に質問を続けて来た。
『ウソ? この年になるまで誰にもチョコあげたことないの? ホントに?』
『わ、悪かったわね。そりゃさすがに、幼稚園の頃とかは別よ。あとお父さんも。だけ
ど、その……何て言うのかな。こう……10代になってからは一度もあげた事がないとい
うか……』
『そっかー。かなちゃんてさ。確かにあんま男子と親しくしてるの見たことないもんね。
男嫌いかと思ってた』
『別に男嫌いって訳じゃないわよ。ただその……別に話すことがないって言うか、単に
仲良くなるきっかけがなかなか無かったし、無理に話したいほど気になる男子もいなかっ
たし……』
 あどけない顔で失礼な事を言う夕実に対して、私は仏頂面で答えた。確かに私は異性
と接するのが下手くそというか不器用だとは思うけど、面と向かって指摘されると面白くは無い。
『まあねえ……かなちゃんてば気が強くてプライド高いくせに奥手だからね。見た目は
結構イイと思うんだけど、これじゃあなかなか男の子の方からってのも無理だもんね』
『ちょっと夕実。アンタ私に喧嘩売ってるわけ?』

26 名前:2/6[] 投稿日:2012/02/25(土) 19:59:10.95 ID:TCFZI+1g0 [8/19]
 もっともらしく頷きながら、私の欠点をあげつらう夕実に、私は食って掛かった。す
ると夕実は慌てて両手と首を一斉に振って否定の仕草をする。
『いやいやいや。事実の羅列っていうか、かなちゃんは多分、男子との会話に慣れてな
いから素っ気無い仕草取っちゃうだけだよね。そういうかなちゃんって可愛くて私は好きだよ』
『何かそれ、ちっともフォローになってなくない?』
 どうにも、バカにされてる気分が拭えない。しかし、夕実はニッコリと笑顔でそれを否定した。
『そんな事ないって。で、そんな奥手のかなちゃんが、どういう風の吹き回しで、チョ
コなんてあげようって考えたのかな?』
『なっ……!? だ、誰もチョコあげるなんて言ってないでしょ? 参考までに聞こう
と思っただけよ。あくまで参考』
 探るような夕実の言葉に、私は全力で否定する。まさかこの私が心を動かされた男子
がいるなんて、誰にも知られる訳には行かない。
『ふ~ん。参考に、ねえ?』
 いかにも疑わしげな目付きで私を見る夕実に、私は仏頂面で念を押した。
『そうよ。参考までだってば。ていうか、何となく知りたくなったから…… 夕実はさ。
確か毎年あげてる彼氏いたよね? ナオキ君だっけ。C組の』
『まだ付き合ってる訳じゃないから、彼氏じゃないよ。キスもしてないし。幼馴染で仲
良しなのは……まあ、確かなんだけどね』
 ため息混じりに頷きつつ、夕実が答える。
『でも、しょっちゅう二人で映画見たりショッピング行ったりディ○ニーランドとか行っ
たりしてるんでしょ? ほとんど彼氏みたいなもんじゃない。ね? いつもどうやって
渡してんの?』
 あまりこっちの事を詮索されないように、私はひたすら会話を押し続けた。夕実は、
あごに手を当てて、考え込みながら答える。
『んー……でも私のはあんまり当てにならないかなぁ。ナオキ君の部屋に行って、はい
これって渡すの。かなちゃん、出来る?』
『無理無理無理!! そんなの絶対無理!! だってだってそんな、まだそんな親しく
もないのに家に遊びに行くなんてそんなの出来っこな――』
 反射的に全力で否定していると、夕実が興味深げにジーッと私を見つめているのに気
が付いた。慌てて咳払いして、私は平静を取り繕う。

27 名前:3/6[] 投稿日:2012/02/25(土) 19:59:37.84 ID:TCFZI+1g0 [9/19]
『と、今のは例え話だからね。私は別にあげる男子なんていないんだから』
『で、誰にあげるの?』
『だーかーらあっ!!』
 ニコニコ顔で聞いてくる夕実に、私は思わず怒鳴り声を上げた。しかし、思いっきり
墓穴を掘ってしまった私に怯む様子を全く見せず、夕実は身を乗り出して囁くように私
に話を持ち掛けて来る。
『誰にも言わないからさ。親友の誼で教えてよ。あげる人がいないのに参考まで……っ
て言われてもなかなかリアリティのある実例出せないけどさ。相手がいるんだったら、
状況に応じてアドバイスしてあげられるから。ね?』
 その言葉に、私の心は揺らいだ。誰とは言わなければ、夕実の事だしそれ以上詮索し
てくる事もないのではないだろうか。しかしやはり、いると言ってしまうのは恥ずかし
い。そこで私は、妥協案を提示する事にした。
『うー…… じゃ、じゃあその……仮定の話じゃ、ダメ? 仮にあげる人がいたとしてっ
ていうか、いるっていう前提で話をする、っていう感じで』
 しかし、夕実はこれには乗って来なかった。
『ダメダメ。仮定だって分かっちゃったら面白くないもん。かなちゃんが嘘でもいるっ
て言ってくれれば、私も本気出すけど。で、いるんでしょ? あげる人』
 私の提案を退けつつ、夕実は逃げ道を残してくれた。嘘でもっていう事は、あくまで
真実味を持たせろっている忠告なんだろう。よし。ここは夕実の提案に乗ってやろうじゃ
ないかと私は決めた。
『……嘘でもいいって言うんなら……そ、そのう……一応、候補は、その……いないわ
けでもないけど……』
 嘘だって言い訳しても、とてつもなく恥ずかしい。しかし、ここで恥ずかしがったら、
却ってホントだと喧伝しているようなものだ。私は逃げ出したくなるような気持ちを必
死で抑え込んだ。
『ホントに? 候補って誰だれ? 教えてよ。ね?』
 嘘だって言うのに、夕実は身を乗り出して聞いて来た。私は思わず身を引きつつ、手
でガードしながら答える。
『誰って、そこまで教えられるわけないでしょ? つーかその……嘘なんだから、誰と
かまで考えてないし……』

28 名前:4/6[] 投稿日:2012/02/25(土) 20:00:00.05 ID:TCFZI+1g0 [10/19]
 うん。これは自然だと我ながら自画自賛する。そう。これは嘘なんだから、思いつか
なくて当然。だというのに、夕実はさらに顔を近付けると、ニコッと微笑んで言った
『じゃあ、当ててあげよっか?』
 そして、私の耳元に唇を近付け、囁いた。
『別府君……でしょ』
 驚きの余り、私は思わずガタンと椅子を鳴らして夕実から体を遠ざけた。カーッと全
身に熱が回り、考える間もなく私は全力で否定した。
『なっ……ななななな、何でそうなるのよっ!! 何で私がその……アイツなんかにっ……
チョコを、その……あげなくちゃいけないのよ!! 意味分かんない!!』
 しかし夕実は、そんな私を黙って見つめてから、クスッと笑ってみせる。
『アハッ。どうやら正解だったみたい……だね』
『違うって言ってんじゃないの!! 何でそれが正解になんのよ!!』
『だって、私の予想を聞いた途端、すっごく驚いた顔してたし、すぐに顔が真っ赤になっ
ちゃったし。かなちゃんてば、すぐに顔に出るから分かりやすいよね』
『ぐががががああああっ……』
 私は思わずみっともなく呻き声を上げながら頭を抱えた。そんなに分かりやすかった
か私は。だとしたら、嘘だなんて言い聞かせた意味ゼロじゃない。
『そんなに恥ずかしがる事じゃないと思うけどなあ。私は結構いいと思うけどな。別府君』
『そんな事ないわよっ!! 大体なんでアイツだなんて思ったのよ。意味分かんないっ!!』
 興奮する私を、夕実はまあまあと手で抑える仕草をする。
『だって、かなちゃんが仲良くしゃべる男子って、別府君くらいじゃない? あと他に
思いつかないもん』
『アイツとしゃべったのなんて、一緒に文化祭実行委員やってたからだけじゃない。で、
その、そういう縁からかアイツ、気安くノート借りに来たりとかしてるだけで……仲良
いって訳じゃないわよ』
 ブスッと不満タラタラな顔で私は言った。そう。別に仲良い訳じゃない。その原因は
私の方にある訳で、声掛けられてもロクに会話出来なくて、無愛想な態度しか取れない
から。だからせめてチョコでもあげて、想いをアピールしたかったのだ。
『でも、多分一番しゃべってる事は間違いないよね? じゃあ、別府君でいいじゃん。
仮の話なんだから』

29 名前:5/6[] 投稿日:2012/02/25(土) 20:00:21.41 ID:TCFZI+1g0 [11/19]
 仮の話と言われて、私は言い返す言葉を失ってしまった。そう言われると、ムキになっ
て拒否すれば、却って変な勘繰りをされかねない。かといって、夕実の嬉しそうな笑顔
を見ていると、どうも仮で言っているような気がしないのも事実だった。
『分かったわよ。じゃあ、その……別府でいいとして、夕実ならどうやって渡す?』
 渋々の体で折れつつ、私は夕実に渡し方を質問した。答えはいともあっさりしたものだった。
『どうやってって、普通に渡すよ。教室で。はい、これバレンタインのチョコ。文化祭
の時、お世話になったからって』
『教室ででなんて渡せるわけないじゃない!! そんなの、私が別府の事が好きだって
みんなに勘違いされたらどうすんのよ』
『勘違いって、大げさに考え過ぎだってば。バレンタインデーなんだし、みんなちょっ
と仲の良い男子にはチョコあげたりしてるんだからさ。そんな、人の事なんて気にしないって』
 夕実は笑ってそう言うが、どう考えても人前でアイツにチョコを渡すなんて出来る訳無かった。
『うーん…… もっと、他の方法無い? もうちょっと目立たないの』
 答えはすぐに返って来た。
『目立たないんだったら、彼の家に行って渡せば? 私はナオキ君にはそうしてるけど』
『いっ……いっいっいっ……家っ!?』
 カアッと顔が火照る。想像するだけで恥ずかしくなるシチュエーションに、私はブン
ブンと激しく首を横に振った。
『無理無理無理無理!! そんなの絶対無理だってば!! だって、そんな……そのっ……
男の子の家まで行ってチョコなんて渡したら、今度はその……アッ……アイツにバレちゃ……
じゃなくて、勘違いされちゃうかもしれないじゃない!!』
 思わず興奮して前のめりになって叫ぶ私に、夕実は咄嗟にノートで顔を防御する。
『うーん…… 確かに男子としては、期待しちゃうだろうね。でもいっそ、仲をグッと
進めたいんだったら、その方が良いかもよ?』
『誰も仲を進めたいなんて言ってない!!』
 既に私は、仮定の話なんて事は完全に頭からすっ飛んでいた。別府の家までわざわざ
出かけて行ってチョコを渡すなんて、そんなの好きだって告白するも同然だ。
『もっとこう、恥ずかしくない方法ってないの? 誰にも知られないで渡すだけっての』
 なりふり構わず、無茶な要求をする私に、夕実は難しい顔をして考え込む。

30 名前:6/6[] 投稿日:2012/02/25(土) 20:01:05.13 ID:TCFZI+1g0 [12/19]
『うーん。例えばさ。朝早く学校来て、机の引き出しの中に入れるとか、下駄箱の中に
入れるとかもあるけど、それって却って男子からすれば期待しちゃうんじゃないかな
あ? 私はやっぱり、教室で普通に渡すのが一番だと思うけどね。義理だったら』
『だからそれは無理だってば!!』
 夕実の勧めは否定しつつ、私は考えた。教室の机や下駄箱の中に入れるのは、誰かに
見られれば下手な噂を広めてしまうが、朝早くだったら見られなくて済むかもしれない
し、何より顔を合わせなくて済む。アイツには後で、義理だってちゃんと断っておけば済む話だ。
『ま、ゆっくり考えなよ。私がアドバイス出来るのはこのくらいだから、後はかなちゃ
ん次第だからね。もちろん、本当にあげるなら、の話だけど』
 しかし私は、夕実の言葉も聞かずに、自分の考えに没頭していたのだった。


続く


49 名前:1/4[] 投稿日:2012/02/25(土) 21:33:04.67 ID:TCFZI+1g0 [16/19]
  • バレンタインデーのチョコの渡し方に悩むツンデレ その2

『……ぬかったわ』
 昇降口で、私は頭を抱えていた。最初は机の引き出しに入れておこうかと思ったのだ
が、教室に行ったら既に委員長が登校して来ていた。しかも、彼女の席は、おあつらえ
向きに別府の隣だから、絶対バレてしまう。早々に諦めて、下駄箱に入れる方針に切り
替えたのだが……
『まさか、同じこと考えてる子が結構いるなんて、思わなかったわ……』
 決して数が多い訳ではないが、登校してくる人と合わせると、どうしても無人になっ
てくれない。いや、他のクラスの人に見られても知り合いじゃなければいいのだが、万
が一その人が別府の知り合いとかで、噂になったりしたらとか、余計な事を考えている
うちに、時間だけが過ぎ去っていた。
『わわっ!!』
 見知った女子の顔が見えて、私は思わず物陰に隠れてしまった。その子が友達と談笑
しながら教室の方に向かって行くのを確認しつつ、私はため息を吐く。
――こんなんじゃ……いつまで経っても下駄箱の中に入れられないじゃない…… さっ
きより人増えて来たような気がするし……
 どんどん、手遅れになっている気がして、私は苛立って来た。気ばかり急いて、全く
実行に移せないなんて、情けなくてしょうがない。
――あそこにいる人が行ったら……そうしたら、入れに行こう。クラスの誰かが来たら、
その時だけ適当にやり過ごして。うん。そうしよう。
 たまたま目に留まった生徒の一人を、区切りに決める。そうやって無理矢理にでも決
断を強いて私は、物陰からその生徒が通り過ぎるのを待つ。多分、今、上履きを取り出
した頃。そして、靴を履き替えて、外履きの靴を仕舞って――
『あれ?』
 予想通りのタイミングにその生徒が出て来ないことに、私は疑問に思う。もしかして、
気付かないうちに通り過ぎたかも、と思った時に、友達と一緒にその生徒が通り過ぎて
行く。たまたま行き会って、もう一人の生徒が靴を履き替えるまで待っていたから、タ
イムラグがあったのだろう。何れにしても、もう目安にしていた生徒は行ってしまった。
――よし。じゃあ……行かないと……

50 名前:2/4[] 投稿日:2012/02/25(土) 21:33:38.91 ID:TCFZI+1g0 [17/19]
 臆病な気持ちを奮い立たせて、私はパッと物陰から飛び出した。
「おわっ!?」
『えっ!?』
 出た途端、視界が遮られる。同時に、驚いた声がして、私も同じように声を上げた。
「びっくりしたぁ。いきなり物陰から出て来るんだもんな。もう少しでぶつかるトコだったぜ」
 聞き覚えのある声に顔を上げる。そして、その顔を見た途端、私は驚いて声を上げた。
『んなっ……!? べ、別府じゃない!! 何でこんなトコにいんのよ!!』
「へ……? って、椎水かよ。いや、何でもクソも、ここってウチのクラスの下駄箱じゃん」
 戸惑いつつ答える彼に、私はウッと口ごもる。確かに、自分の下駄箱で靴を履き替え
ただけなのに、意外そうに聞かれれば戸惑うだろう。しかし、言った以上は私も引っ込
むわけには行かない。
『それはそうだけど……だって、別府っていつも時間ギリギリにならないと来ないじゃ
ない。だっ……だからその、意外に思ったわけで……』
「いや。今朝はちょっと約束あったから。椎水こそ、その……こんなトコでどうしたんだよ?」
 そう聞かれて、私は返答に窮した。頭が真っ白になってしまい、何の言葉も浮かんで来ない。
「って…… な、何だよ、おい……?」
 別府が怪訝そうな顔で私の様子を窺って来る。焦った私は、ついつい怒鳴り返してしまった。
『なっ…… 何でもないわよっ!! いちいち人の行動詮索すんなっ!! このバカ!!』
 パッと身を翻すと、私はそのまま一目散に教室へと駆け戻ってしまった。


『あー……』
 午前中の授業も、何だかうわの空で過ごしてしまった。お昼も食べたか食べてないか
分かんない様な状況で、今私は、こうして自己嫌悪に苛まれつつ、自分の机に突っ伏している。
『どしたのホントに? 今日一日、ボケーッとしちゃって、かなちゃんずっとおかしいよ?』
 前の席の夕実が、心配して様子を窺って来る。チラリと一瞥しただけで、私はすぐに
机に突っ伏してしまう。
『……何でもないってば。ほっといて……』

51 名前:3/4[] 投稿日:2012/02/25(土) 21:34:02.57 ID:TCFZI+1g0 [18/19]
 今朝の自分の態度を思い出すと、何というか、ダメ過ぎて死にたくなる。
――なんで……あんな風に罵っちゃったんだろ……
 ビックリしたとはいえ、何にも悪い事してない別府にバカだなんて、向こうも気を悪
くしたに決まってる。これじゃあ、チョコを仮に渡せても、きっと喜ばれないだろう。
『大丈夫だってば。まだチャンスはあるって』
『何の話よっ!!』
 訳知り顔の夕実に思わず突っ込んでしまうが、夕実はニコニコと笑っているだけだっ
た。変に弁解すると、却ってドツボに嵌まるだけだと悟り、私は諦めて再び机に突っ伏
した。その時だった。
『別府せんぱーいっ!!』
 教室の入り口から聞こえてきた黄色い声に、私はガバッと体を起こした。同時に、嫌
な予感を全身で感じつつ、別府の方を見る。するとアイツは、他の男子にからかわれな
がら、入り口に立つ女子の方に歩いて行った。
――嘘……? まさか……
 ギュッと心臓が縮み上がる。違う用事であって欲しいと私は心の中で訴え掛ける。し
かし、私の視線の先で、それはあっさりと裏切られた。
『……の……これ……から、別府先輩に……』
 教室の喧騒の中、途切れ途切れに聞こえる女子の声と、別府の照れたような顔。そし
て、差し出されたのは綺麗な金色のリボンで結ばれたラッピングされたオシャレな柄の
袋。嬉しそうな女の子達の顔とはしゃぐ声。
『……何だ……いるんじゃん。アイツも……』
 最後まで見ることなく、私はまた机に顔を伏せた。右手で左胸を強く押さえる。
――何だこの気持ち……
 絶望と、諦めと、悔しさと、他にもいろんな負の感情が組み合わさったような、そん
な感覚。私は、ギュッと下唇を歯で噛んだ。
――落ち込むな、私…… こんな程度の事で……落ち込むな……
 何とか平静を保とうと、私は自分の心に必死に言い聞かせたのだった。

52 名前:4/4[] 投稿日:2012/02/25(土) 21:35:23.47 ID:TCFZI+1g0 [19/19]
『そう落ち込まないで、かなちゃん』
『……何の話よ?』
 放課後。帰り支度をしている私に、夕実が心配そうに様子を窺ってきた。
『別府君が他の子からチョコ貰ってショック受けるのは分かるけどさ。まだ彼女と決まっ
たわけじゃないし』
『関係ないわよ。アイツが誰からチョコ貰おうが』
 勝手に私が落ち込んでいる理由まで決め付けて、慰めようとする夕実に腹が立って、
私は突き放すように言った。もっとも、その推測はほぼ百パーセント間違ってはいない
わけだが、それでも気分良いわけがない。
『かなちゃん。一緒に帰ろうよ。もし良かったらミスド寄ってこ? 今日は私がドーナ
ツご馳走してあげるから』
 その誘いには、僅かに心動かされるものがあったが、それでもやはり、憂鬱な気分の
方が打ち勝ってしまう。
『悪いけど、今日はそんな気分じゃないの。何か疲れちゃったし、帰って寝るわ』
 どうせ、夕実とお茶したら、バレンタインデーの話題になるに決まってる。その推測
が、最後の未練も軽く吹き飛ばした。私はバッグを持ってさっさと立ち上がる。
『あ、待ってかなちゃん。一緒に帰ろうよ~っ!!』
 慌てて帰り支度を始める夕実を尻目に教室を出る。一度立ち止まって振り返り、ため
息をついてから、私は夕実が追いついて来れるよう、ゆっくりと歩き出したのだった。


続く
最終更新:2012年02月29日 00:34