28 名前:1/3[] 投稿日:2012/02/26(日) 20:06:56.52 ID:mAAZgust0 [5/18]
  • バレンタインデーのチョコの渡し方に悩むツンデレ その3

『ハァ……』
 勉強机の前に座り、何度目かになるか分からないため息をつきながら、私は別府に渡
すはずだったチョコの入った箱を眺めていた。
『ホントに……これ……どうしよう……』
 自分で食べちゃおうかとも何度も思った。けれど、男に渡せなかったチョコを自分で
食べるなんて痛々しいし、なんか苦い味しかしなさそうだと思ったら、食べる気にはな
れなかった。
『思い切って捨てちゃおうかな…… でも、自分なりに頑張って作ったのにな……』
 中身は、ハート型のミニチョコレート。一応手作りだ。もっとも、溶かして固めただ
けっていう、実にシンプルなものだけど。でも、ミントやらストロベリーやらホワイト
チョコやらと二層構造にしたり、ちょっとトッピングしたりと工夫もしたのだ。
『これ……捨てちゃうんだったら……あの時間はなんだったんだろな……』
 やっぱり、どうしてもチョコを作ってる時は、いろいろと妄想してしまうものだ。ど
うやって渡そうかとか、どんな風に食べてくれるんだろうとか、どんな感想を言ってく
れるんだろうとか。そんな想いまで、全部ゴミ箱に捨ててしまう、そんな気がした。
『……6時……ちょっと前か……』
 携帯で、時間を確認する。今頃、別府は何しているんだろう? あの、可愛らしい女
子から貰ったチョコを食べているんだろうか? もしかしたら、一緒に過ごしてのかも
しれない。
『渡すんだったら……今が、最後のチャンスよね……』
 携帯のアドレス帳を見る。一緒に文化祭実行委員をやった時、連絡用に交換したメア
ドが、まだそのまま残っていた。もっとも、最近はずっと、メールのやり取りなんてし
てないけど。
『でも、もし彼女と過ごしてる最中だったら……』
 それを思うと、胸が苦しくなる。諦めて携帯を一度閉じたが、私はまたすぐに開いた。
『メールで……送ってみよう。もし、すぐに返信が来なかったら、諦める。すぐに返っ
て来たら、その時は……』

29 名前:2/3[] 投稿日:2012/02/26(日) 20:07:17.65 ID:mAAZgust0 [6/18]
 これは、賭けだ。私の、今年のバレンタイン最後の。捨てるか、渡すか。その選択は、
アイツに……別府に預けよう。
『いきなりチョコ云々じゃ、気付かなくて後で見た時に、変に気遣わせるわよね。じゃ
あ、シンプルに……暇だからメールしてみたんだけど、今何してる?とか。よし、これ
で行こう』
 女の子らしく、絵文字も散らして私は送信ボタンを押した。そして、机の上に投げる
ように置くと、私は机に突っ伏す。
――私は……どっちを望んでいるんだろう? 返事が、来ない方がいいのかな…… そ
れとも……来た方が……
 ドキドキしながら、携帯をひたすらに、じっと見つめていた。
――来ない……
 しかし、目覚まし時計を見ると、まだ1分しか経っていない。全く、何て時間が経つ
のが遅いんだろう。
『待てるのは……30分よね。それで、来なかったら……』
 キュッとドキドキする胸を押さえる。呼吸が、苦しい。自分で選択した賭けなのに、
待つのが辛かった。
『お願い……早く、来るなら……来てよ……』
 堪えきれなくなって呟いた、その時だった。携帯が、某人気アイドルの曲の着メロを
奏で始める。
『き……きたあっ!!』
 ガバッと体を起こして、携帯を手に取る。着信メール1件。胸を高鳴らせながら私は
携帯を開くと、声に出して文面を読んだ。
『えっと…… よお。椎水からメールって珍しいな。俺は今、ゲームしてた。そっちは?
って、答えられる訳ないじゃないのよそんなの!!』
 まさか、別府にチョコ渡そうかどうか、悶々と悩んでたなんて書ける訳ない。少し考
えてから、私は再び携帯に手を伸ばし、メールを打ち始める。
『だから、暇してたって言ってるでしょ? それより今、時間ある? ちょっと用事あ
るんだけど』
 送信する前に文章を見返して、何か変に勘繰られないか不安になった。バレンタイン
デーに用事って、これだけで気付かれちゃうかも知れない。

30 名前:3/3[] 投稿日:2012/02/26(日) 20:07:46.01 ID:mAAZgust0 [7/18]
『いやいやいや。どーせ渡すんだから、今気付かれたって関係無いってば。期待を裏切
る訳じゃないんだし』
 ベシッと送信ボタンを強く押す。また、延々と続くような緊張の時間を過ごした後で、
ようやく届いたメールに私はかじり付く。
『7時には飯だからあんまり時間取れないけど、それまでなら。で、用事って何?
……かぁ…… ワザとぼかしてんのかなぁ』
 向こうからしてみると、期待してるような事書くと、違った時に恥掻くかも知れない
と思ってるのかも知れない。
『ちょっとだけ出て来れる? 親水公園の前で、10分後に。何の用事かは、来れば分か
るから……っと。こんなもんかな?』
 文化祭の前には何度か夜遅くなって家の近くまで送って貰った事もあった。その時、
分かれたのが公園の所だったのだが、確かそこから10分くらいと言っていた記憶があ
る。ちなみにうちからだと、2、3分の距離だ。
 送信ボタンを押して待っていると、今度は意外と早く返信が来た。
『了解。じゃあ、これから出るわ……か。よしっ!!』
 グッと拳を握り締めて気合を入れる。あんなにグズグズ迷っていたのに、ここまで話
が進むと、不思議と性根が座って来た。私はクローゼットを開け、自分のお気に入りの
服を引っ張り出す。
『……せっかくだもん。オシャレしなくちゃ。格好だけでも……ね……』


続く。


42 名前:1/5[] 投稿日:2012/02/26(日) 21:10:44.79 ID:mAAZgust0 [9/18]
  • バレンタインデーのチョコの渡し方に悩むツンデレ その4

 公園の前まで行くと、既に別府はやって来ていて、寒そうに体を震わせつつ、こっち
を見ていた。すぐに私に気付き、手を上げる。
『……お待たせ。ゴメン……待った?』
「いや。1、2分かな? で、用事って何?」
『急かさないの。ちょっとここだと人が通るから、奥行こ』
 時折通る帰りがけのサラリーマンや学生の姿を気にして、私はそう誘いかけた。その
間にも、別府の視線が私の手に持つ紙袋に行っているのに気付く。やっぱり、期待され
ているんだと思うと恥ずかしくなる。
「あ、ああ。いいよ」
 彼が了解するのを確認して、私は公園の奥に足を進めた。人目につかなくなる程度の
場所まで来ると、周りを確認して誰もいないのを確かめる。そして、クルリと振り向い
て、後をついて来た別府と向かい合うと、私は紙袋ごと手を差し出した。
『えっと……用事って言うのは……これ!!』
「これって……やっぱりその……あれだよな? バレンタインの……」
『そ……そうよっ!! わざわざ今日に、他に一体何を渡すってのよ!!』
 戸惑い気味の別府に、私はつい、けんか腰に近い態度を取ってしまった。
「あー、いやその……ちょっと意外だったからさ。まさか椎水が俺にチョコくれるとか、
思ってなかったし……」
『なっ……何よ!! 私がチョコ渡しちゃ悪いとか?』
 思いもかけず困惑した態度を取られてしまい、私もパニくってしまい、ますますけん
か腰になってしまう。すると別府が慌てて両手でそれを否定した。
「いやいやいやいや。そんな事ないけどさ。ただ、何ていうの? そんな雰囲気無かっ
たし…… だからちょっと驚いたけどさ。その……素直に嬉しいとは思ってるから」
 しかし何というか、言葉ほどには別府から嬉しさが私に伝わって来ない。まだ戸惑い
の方が大きいのか、それとも本命はもう貰ってるから、やっぱりそっちの方が嬉しいのか。
『でも、お昼の子から貰ったチョコほどじゃないんでしょ?』

43 名前:2/5[] 投稿日:2012/02/26(日) 21:11:15.42 ID:mAAZgust0 [10/18]
 思わず口をついて出た言葉に 私自身がビックリしてしまった。何か嫉妬してること
を曝け出してしまったみたいで、凄くみっともない。差し出した手を引っ込め、ギュッ
と両手を体にくっ付けて縮こまってしまう。
「ああ、あれ……見てたんだ。やっぱ目立つよなぁ……」
 困ったような嬉しいような、そんな答えを返してくる。視線を落とし、顔を見ないよ
うにしつつ、無言で私は続きを待った。
「後で他の奴らからも散々からかわれたんだけど、勘弁して欲しいよな。あんな渡し方。
あれじゃあ本命と誤解されてもしょうがねーよ」
 ビクッ、と私の体が震える。本命と誤解されても……という事は、あれは本命じゃな
いという事なのだろうか? 顔を上げて別府の顔を見ると、今度は向こうが、顔を横に
背けて頭を掻いた。
「全くあいつ等…… 確かにチョコくれるのはありがたいけどよ。何も部活の女子全員
からの義理チョコ配るのに、あんな仰々しく渡す必要ないだろってばよ」
『部活の……女子全員から……?』
 鸚鵡返しに聞くと、別府は照れ臭そうにしつつも、苦い顔で頷く。
「ああ。そこまで見たか分かんないけど、綺麗にオシャレな袋に詰めてリボンまでかけ
てあったけど、中身は徳用の詰め合わせチョコだぜ。それを男子の人数分に分けて、教
室回って配ってたってだけでさ。なのに、いつの間にあんな可愛い彼女作ったんだよと
か、散々突付かれてさ。ホワイトデーのお返しのことも考えると、蒙った被害の方がでかいぜ」
 ぶつくさ文句を言う彼を前に、私は別府が何の部活をやってたかを思い起こした。
『別府って……確か、ギター部だったっけ? 文化祭の時、弾き語りやってたよね?』
 私の問いに、別府が頷く。
「ああ。今日持って来たのは、そのギター部の一年二人だよ。バレンタインデーは恒例
で、女子全員で買ったチョコを男子に配ってくれるんだけど、今年はやらかしやがったなあ」
『でも、結構可愛かったじゃない。別府はその……気になったりとか、しないの?』
 部活で一緒だと、私なんかよりも遥かに一緒に過ごしている時間は多いはずだ。当然、
絆だって深まるだろう。しかし別府は、ちょっと考えてから首を振った。
「確かに可愛いっちゃ可愛いけど……何か生意気な妹抱えてるって感じで、そんな雰囲
気になった事ないなぁ。あと、他の女子とも普通に仲はいいけどそれだけってだけで。
もう彼氏いる子もいるし」

44 名前:3/5[] 投稿日:2012/02/26(日) 21:11:36.97 ID:mAAZgust0 [11/18]
 それを聞いて、私はちょっと心が落ち着く。少なくとも部活には、特別に仲の良い女
子はいないんだ。もっとも、だからといって油断はならないけど、少なくとも私のチョ
コが脇役にならなくて済んだのは事実だ。
『じゃ、じゃあその……あらためて、これ……』
 一度引っ込めた手提げ袋をもう一度差し出す。今度は、別府はすぐにそれを受け取っ
てくれた。
「サンキュ。意外だったけど、正直嬉しいよ。ありがとう」
 まっすぐに笑顔を向けてお礼を言われ、恥ずかしくなって私はつい叫んでしまった。
『そ……そんなに喜ばなくたっていいわよ。私のだって……その……義理、なんだからねっ!!』
 自分でも顔が火照っているのが分かる。両腕でギュッと自分の体を抱き締めて、顔を
背けてしまった。
「そんなおっきな声で言われると、何だかなあって感じなんだけど」
『うるさいっ!! あげたんだから何だっていいでしょ!! いちいち変な事言わなく
ていい!!』
 もう目的は達成したし、早いところケリを着けて帰りたいと思った。しかし、睨み付
けた私に、別府はチョコと私を見比べて肩を竦めてみせる。
「いや。義理でも嬉しいは嬉しいんだけどさ。一つ気になることがあって…… 何で椎
水は、俺にチョコあげようなんて思ったんだ? そこがイマイチ釈然としないんだけど」
 首を傾げる別府相手に、私は思わず小さく呻き声を漏らした。ホントの事なんてもち
ろん今は言えないけど、だからと言って、言わずにおいてまた変に私の心を探られるの
も困る。悩んだ末に、ボソッと小声で私は答えた。
『……しょうがないでしょ? だって……作っちゃったんだもん。だから……』
「作っちゃった?」
 意外そうな声で聞き返す彼を、私はキッと睨み付けた。
『そうよっ!! 夕実の奴が一緒にバレンタインチョコを作ろうなんて言い出すから……
私はあげる人なんていないって言ったのに、付き合ってくれるだけでいいとか……だから……』
 もちろん、これは嘘である。いや、誘われたのは事実だが、あげる人がいないから嫌
だって断ったのだ。そのくせ私は、家で一人でこっそりと、別府の為にチョコを作って
いた訳だけど。

45 名前:4/5[] 投稿日:2012/02/26(日) 21:12:03.30 ID:mAAZgust0 [12/18]
『で、作ったからにはどうにかしなきゃいけないでしょ? だけど、あげる人なんてい
ないし、バレンタインデーに自分で作ったチョコを自分で食べるのも痛々しいし、かと
いって捨てるのももったいないじゃない。そしたら、フッとアンタの顔が浮かんだから……』
 一度口を突いて出ると、スイスイと不思議なくらいに嘘がしゃべれる事に自分でも驚
いてしまう。
『い、一応さ…… 文化祭実行委員として、半年以上一緒にやった訳だし、だからあげ
てもいいかなーなんて…… そんだけ!! 本当にそれだけなんだからね!!』
 私の気持ちがバレないよう、ついムキになって強調してしまった。そしてそれから、
ふと不安になってしまう。あんまり義理を強調し過ぎて、別府の気を悪くさせてはいな
いだろうかと。そしたら、せっかくのバレンタインチョコも台無しになってしまう。
 しかし、別府は思わぬところで、感心したような声を上げた。
「へーっ。じゃあこれ、椎水の手作りなんだ。すげーな」
 それを聞いた途端、私の頭がまた沸騰状態になってしまった。動揺してあわあわと手
を振りながら、一生懸命否定する。
『ちちち……違うの違うの!! 手作りって言ったって、その……ととと、特別な意味
とかホントなんもなくて、私はただ付き合いで作っただけだから、だからその誤解しな
いでってば!!』
 すると別府は、クスリと笑って頷いた。
「分かってるよ。でもさ。男子高校生としちゃ、バレンタインに女子の手作りチョコを
貰えるってだけでも、そりゃスゲー事なんだぜ。同じ義理でも、部活の女子一同なんか
から貰ったチョコより、よっぽど価値あるぞ、コレ」
 紙袋を顔の高さまで持ち上げて感心する別府に、私の興奮が最高潮に達してしまう。
『そそそ……そんなの分かんないわよっ!! それにそのっ……く、口に合うかどうか
も分かんないのに……勝手にそんな事言わないでよねっ!!』
 正直、そこまで喜ばれると気恥ずかしさばっかりが先に立って、まともに物すら考え
られなくなっていた。
「ま、不味くてもそれはそれで、下手でも一生懸命作ったっていうプレミア価値が付く
けどな。ただ、手作りっていうだけで大した物なのに、これで変に美味かったりしたら、
どんなお返しすれば釣り合い取れるのか分かんなくなるよな」

46 名前:5/5[] 投稿日:2012/02/26(日) 21:13:00.01 ID:mAAZgust0 [13/18]
『変にとかいうなっ!! ちゃんと……味見くらいはしたもん…… ただ、別に別府に
あげようと思って作った訳じゃないから、その……好みに合うかどうかは分からないっ
てだけで……』
 まるで美味しかったら却って困るような言い方をされたので、私は黙ってられなくて、
つい突っ込んでしまった。しかもその態度が何故かおかしかったのか、別府にクスリと
笑われてしまい、余計に恥ずかしくなってしまう。
「なら、多分大丈夫だろ。こりゃ、ホワイトデーまでは無駄遣い控えないとダメだな。
今月末発売の曲とかあるけど……まあ、ちょっとの間我慢するか」
『え?』
 別府の言葉に、私は顔を上げて彼の顔を見つめた。
『ホワイトデーって……お返し、くれるの?』
 私の問いに、別府はさも当然とばかりに頷いた。


続く。

67 名前:1/4[] 投稿日:2012/02/26(日) 22:51:46.46 ID:mAAZgust0 [15/18]
  • バレンタインデーのチョコの渡し方に悩むツンデレ その5

「そりゃそうだろ。これだけのもの貰っといて、お返ししなかったらバチ当たりどころ
じゃないぜ。それこそ日本中のチョコ貰えなかった男子の怨嗟で呪い殺されちまう」
 冗談ぽく言って肩をすくめる別府に、気持ちをほぐされて私は思わず笑ってしまった。
『……だって、全然期待してなかったから…… お返し、なんて……』
 正直言えば、渡す事にいっぱいいっぱいで、そんな所に気を回す余裕なんて全く無かっ
たと言うのが正しいのだが。しかし、別府はさも心外そうな顔つきをしてみせる。
「あれ? もしかして俺って、バレンタインチョコ貰っておいて、お返しもしない男だ
とか思われてた? そんなに信用ないかなあ?」
『そりゃそうでしょ。アンタの一体どこを信用すればいいって言うのよ』
 すっかり心に余裕が出来て軽口を叩くと、別府は舌打ちして文句を言い返して来た。
「そんな事ねーよ。こう見えても俺は義理堅い男って事で有名なんだぜ。椎水にもいま
まで、ノートとか世話になった分、お返ししたろ? 学食で限定10食の黄金色のメロ
ンパンゲットしてやったりさ」
『そういえば、そんな事もあったわね。忘れてたわ』
 しれっと答えるが、もちろん私は覚えていた。こっちが何かしてあげた事はちゃんと
覚えていて、いつもそれ以上のお返しをくれる事を。そういう所も、惹かれた一要素で
はあったのだ。
「椎水の方がひでーじゃん。あれ、ホントに手に入れるのにどれだけ苦労したと思ってんだよ」
『だって頼んだわけじゃないもん。ホワイトデーのお返しもね。でも、男だったら一度
口に出した事はちゃんとやり遂げてよね。私は期待しないけど』
 別府の非難を軽く受け流すと、彼は降参したように片手でバンザイしてみせる。
「はいはい。椎水の手作りチョコを超えるってのは難しいけど、何とかチャレンジして
みるかね」
『せいぜい、頑張りなさいよね。もし、期待外れだったらやり直しさせるから、宜しく』
 澄ました顔でプレッシャーを掛けると、別府がうげ、と呻いた。
「勘弁してくれよ。つか、期待してないのに期待外れってどういう意味だよ、それ」
『中を見てがっかりしたら、って事。やっぱり、それなりの物じゃないと受け取れないしね』
「ちぇっ。前から思ってたけど、ホントお前って厳しい奴だよな」

68 名前:2/4[] 投稿日:2012/02/26(日) 22:52:09.01 ID:mAAZgust0 [16/18]
『うっさいわね。大きなお世話よ』
 フン、と鼻息荒く怒ったように言いつつも、私は内心嬉しかった。だって、こんな風
に別府とくだけて話せるなんて、文化祭実行委員やってた時以来だったから。とはいえ、
いつまでも引き止めておく訳にも行かなかった。心に余裕が出来ると、どうしても時間
も気になってしまう。別府もご飯までって言ってたし、そろそろ帰らないといけないだろう。
『……それじゃあ、そろそろ私、帰るね。渡すもの渡したし』
「え? あ、ああ……」
 一瞬、驚いた顔をしつつ、顔を上げて公園の時計で時間を確認した別府が頷く。
「それじゃ、食べたらちゃんと感想言うよ。つか……メールの方がいいか?」
 私はその問いに頷く。下手に学校なんかで言われたら、私がチョコを別府に渡した事
がみんなにバレてしまうので、その方がむしろありがたかった。
『……別にどうでもいいけど。まあ、期待しないで待ってる』
 私の返事に、別府がちょっとムッとした顔を返した。
「あ、また期待してない言われた。確かに俺は文章とか上手くねーけどよ。でも、心を
込めることはいくらだって出来るんだぜ」
『はいはい。だから、待ってるわよ。期待しないでね』
「ちっ。ちくしょうめ。覚えてろよ」
 まるでヤクザの三下のようなセリフの後、別府と私は思わず顔を見合わせた。そして
お互い笑ってしまう。
『全く、くっだらないわね。もう』
「いーんだよ。俺はくだらない事にも全身全霊をかける主義だからさ」
 呆れたような私の態度に、別府はちょっと自慢げに返す。それから、軽く手を上げた。
「それじゃあ、また明日な」
『うん。また、明日』


 こうして、無事別府にチョコを渡すというミッションを終了した私は、家に帰ってか
ら、母親に文句を言われつつ風呂に入った。湯船の中で気持ちを落ち着かせ、今日の出
来事を反芻する。

69 名前:3/4[] 投稿日:2012/02/26(日) 22:52:32.17 ID:mAAZgust0 [17/18]
『……お昼休みはどうなるかと思ったけど……でも、良かった。ちゃんと渡せて。アイ
ツもあんなに喜んでくれて……あんなに……』
 私の手作りだって聞いた時の別府の嬉しそうな顔を思い浮かべる。すると、なんか体
がくすぐったくって身悶えしたくなり、私は湯船の中で身をよじった。
『これ、椎水が作ったんだ。スゲーな、だって。エヘヘ。別府に凄いって言われちゃった……』
 今にして思うと、何をあんなに悩んでいたんだろうと思う。確かに死ぬほど恥ずかし
かったけど、でもあんなに喜んでくれるなら、最初からああやって二人きりで渡せば良
かったんだ。分かっていれば、あんな風に悶々と悩む事もなかったのに。
『しかも部活の女の子から貰ったチョコより何倍も価値があるとか……フフッ!!』
 私のチョコってそんな価値があるんだろうか? しかし、そこで私はフッと思い当た
った。女子の手作りチョコって言ってたけど、もし私以外の子から手作りチョコを貰っ
ていたら、それは私のと同等かそれ以上になるのだろうかと。
『止め止め止め。仮定の話なんて考えてもしょうがないって』
 湯船に頭からザブンと浸かり、黒い気持ちを払拭する。
『今年は手作りチョコあげたのは私だけなんだから…… もし、来年誰か他の子があげ
たとしても、それより価値の高いチョコを作ればいいだけなんだもん。うん』


 風呂から上がると、携帯が着信を告げるランプを明滅させていた。思わず飛びつくと、
新着メール1件の表示があった。操作ももどかしく、受信ボックスを開く。
『……別府からだ……』
 逸る心を抑えつつ、メールを開く。
『えーっと、何なに? さっきはホントにありがとな。とりあえずビターっぽいの食っ
てみた。甘さとほろ苦さがちょうどいい感じでスッゲー美味かったよ。こりゃ、マジで
凄いお返し考えないとな。もったいないから、一日一個ずつで食うんで、今日はここま
で。また明日メールするわ。じゃ』
 そのままの姿勢で、私は天井を見上げて呟いた。
『美味かったって……すっげー、美味かったって……』
 それから、堪え切れずにベッドにダイブする。

70 名前:4/4[] 投稿日:2012/02/26(日) 22:53:37.62 ID:mAAZgust0 [18/18]
『やっったああああっ!! 超喜んでくれてんじゃん!! あああああ……ホントに渡
せてよかったあああああ!!』
 枕を抱き締めて、私は人が見たら絶対にキモがられるほどに、ニヤニヤし続けたのだった。


 ちなみに、ホワイトデーのお返しは、高級スイーツと、それとディ○ニーランドの、
ペアチケットだった。誰と行ったかって? それはもちろん秘密です。夕実にも言って
ないしね。エヘヘッ!!


終わり
最終更新:2012年02月29日 00:37