67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2012/03/03(土) 00:35:34.73 ID:POxXqX4i0 [2/4]
  • 他の女の子からチョコを貰ったせいで不機嫌なツンデレ

 バレンタイン――それは、ここ日本において、本来の意義を遠く離れたものとして認知されている日である。まあ、それがどんなものかは今さら言うまでもないだろう。
 ちなみに、かく言う僕も、友人から羨望――というより殺意の―ー視線を向けられるほどには女子からチョコを貰えたりしたのだが……。
「あの……その本、面白いの、むみさん?」
「……別に。まあ中の下、と言ったところかしら」
「じゃあ、ちょっとお話でも……」
「ただ、貴方と話すよりはずっと面白いわね」
「…………」
 とまあ、こんな具合に、なまじチョコをもらえてしまったがために、大好きな恋人からは、理不尽な対応を被ることになってしまったのである。
 放課後、いつものように、僕の部屋に来てはくれたものの、道中はずっと一方的な冷戦状態だったし……。
(はぁ……一体、僕が何をしたって言うんだ……)
 内心ため息をつきながらも、しかしなんとかむみさんの気を引く手段を考える。
「えっと……コーヒー淹れるけど、むみさんも飲む?」
「…………」
 どう見ても華麗にスルーされました本当に以下略。
(これじゃあ、チョコなんて到底貰えそうにないなぁ……)
 再度、心の中でため息をつきながら、一応むみさんの分もインスタントコーヒーを用意する。むみさんはコーヒーが大好きなので、カップを置いておけばそのうち飲んでくれるかもしれない。
 と、そんなことを考えながら、コーヒーカップをテーブルの上に置く。
 すると、思いの外すぐに、テーブルの反対側に座るむみさんが、手をのばしたので、僕は思わずにやついてしまう。
 それが、むみさんの視界にも入ったのか、いつもの無表情はそのままに、キッと鋭い視線を向けられた。
「何か、言いたいことでもあるのかしら?」
「ううん、そうじゃなくてさ……その、怒ってても、僕の淹れたコーヒーは飲んでくれるんだと思って」
「ふん……別に、元から怒ってなんてないわよ」
 そんな風に、すねたような口ぶりで話す、むみさんの頬は、わずかだけど確かに紅潮していて……いつものことながらすごく可愛らしいと、こんなときでさえ思ってしまう。
「えっ? てっきり僕が、他の女の子からチョコを貰ったから……その、焼き餅やいてるんじゃないかと……」
「ち、違うわよっ、馬鹿なこと言わないでよ、馬鹿!」
 馬鹿って二回言ったよ馬鹿って、今。
「じゃあ、どうして僕のこと無視してたのさ……?」
「うっ……そ、それは、その……」

68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2012/03/03(土) 00:37:03.10 ID:POxXqX4i0 [3/4]
 僕の方を睨んでいたむみさんは、一転して、動揺したように顔をそらした。明らかに視線が泳いでいる。
「……あっ、そ、そんなことよりも……ちょ、チョコは、欲しくないかしら?」
「勿論だよ!」
 さっきのことをもっと追求したいと言う想いはあったが、チョコという言葉には否応なしに惹かれてしまう。
「むみさんってば、こういうイベント嫌いだから、てっきり貰えないかと思ってたよ」
「確かに、周りに流されてるみたいであまり好きではないけれど……そ、その、一応、私は、貴方の、こ、恋人、なわけだし……あげないと、貴方が、がっかりしそうだし……つまり、その、えっと……」
 赤くなって、もじもじしながら、小さな声でそんなことを話すむみさんが、可愛くて可愛くて、もうたまらない。
「要するに、『恋人である僕のために作ってくれた』ってわけだよね」
「ふぇっ? ち、ちがっ、違うわよ!」
「だけど、今むみさんが言ったことをまとめるとそうなると思うよ?」
 意地悪くそう言うと、むみさんはますます赤くなってうつむいてしまう。
「……つ、都合の良いように解釈しすぎよ、ばか……そ、そんなこと言うと、もう、チョコなんてあげないんだから……!」
 正直、もうチョコなんかよりむみさんを食べてしまいたい、というのが本音だった。
 ああ神様、何故、僕の目の前に座っている女の子は、こんなにも可愛いのでしょうか。今なら死んでも未練なんかないですマジで。
「? ……ど、どうかしたかしら?」
「へ? あ、ああ、いや、何でもないよ。むみさんの作ってくれたチョコは、どんなのなのかなって思ってさ」
 トリップしかけていた正常な思考を、何とか取り戻して、取り繕う。
「べ、別に普通よ、普通」
 羞恥を滲ませた声を紡ぎながら、むみさんは傍らに置いていた小さな鞄から、ハート型の包みを取り出した。おそらく、その中身こそ、むみさんの手作りチョコなのだろう。
「もう一度、言っておくけれど、『一応』恋人だから作ってあげたのであって、別に貴方が好きだから作ったのではないんだからね。つまり、一種の義理チョコよ、義理チョコ」
 念を押すように、そう言いながら、むみさんは僕にチョコを手渡してくれた。
 早速開けてみる。
「あっ、まだ開けたら、」「何か、すっごく大きく『LOVE』って書いてあるんだけど……」
「だ、だから何だって言うのよっ」
「むみさん、さっき義理チョコって……」
「ふ、普段、お菓子作りなんてしないから、ちょっと練習したくなっただけよっ」
 今までの比じゃないくらい頬を真っ赤に染めながら、むみさんはそっぽを向いてしまう。
「むみさんっ」
「きゃぁっ!? は、離しなさい、この馬鹿っ」

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2012/03/03(土) 00:39:06.40 ID:POxXqX4i0 [4/4]
 いい加減理性の限界に達した僕は、思わずむみさんに抱きついてしまう。
 何というか、このパターンも毎度のことだけど、むみさんは常に可愛すぎるから仕方ない。
 あ、勿論、むみさんから貰ったチョコは、綺麗に包み直してテーブルに置いておいた。

「むみさん、むみさん、むみさん――大好きだよっ、むみさんっ」
「ぅ、うぁ……ちょ、ちょっと、怖いわよ、ばか……!」
 怯えるような、恥ずかしがるような、むみさんの声に、僕はようやく我に帰って、むみさんの体を引き離そうとするが……。
「ん、あれ? むみさん?」
 何故だか、むみさんの腕が僕の背中を強く押さえつけているせいで、上手くいかない。
「……も、もう少しだけ、こうしてても、良いわよ……その、あ、貴方がかわいそう、だし……」
 そんな、珍しく甘えるようなむみさんの言葉に対して、いっそう強く抱き締めることで、僕は答える。
「愛してるよ、むみさん」
「……そんなに、何度も言わなくたってわかってるわよ、ばか……そ、その、わ、わたしも……」
「え? むみさん、今なんて?」
「だ、だから……わ、私も、貴方のことを、えっと、あ、あ、あいっ……うぅ、ど、どうして、こんなに恥ずかしい台詞をぽんぽん言えるのよ、貴方は!」
「それはまあ、むみさんを愛していることは、別に僕にとって恥ずかしいことじゃないからね」
「ずっ、ずるいわよっ、そういう言い方! ……わ、私だってね、あ、貴方を愛していることを恥じてなんかないんだから!」
 ……ああ、今なら、僕は本当の本当に死んでも良いや。
「ありがとう、僕も、むみさんのこと愛してるから。絶対に他の人を好きになったりしないから……だから、焼き餅なんて、やく必要ないからね」
「ぁ……だっ、だから、そんなんじゃないって、言ってるでしょっ、ばかっ……もう……!」
 僕の腕の中で可愛らしく怒鳴る世界一愛しい彼女のせいで、再び理性が飛びそうになる……そんな、チョコよりもずっと甘いバレンタインデーの放課後だった。
最終更新:2012年03月12日 13:42