58 名前:1/5[] 投稿日:2012/03/27(火) 02:12:56.80 ID:lyMZxYhY0 [2/8]
それは高2の春のこと。
なんの感慨もない卒業式を控え、俺は来るべき大学受験にこれまたなんの感慨も抱かず、
ただブラブラと校舎を徘徊していた。

図書室から廊下を通り、中央階段。
そろそろ下校するかと足取りを玄関に向けていると、二階の踊り場に見知った顔を見つける。
校則遵守の長スカートに、ふらふらと揺れる長めのみつあみ、
前髪をきっちり分ける青いヘアピンからは、少し大きめのおでこが覗いている。あれはまごう事なき、俺のクラスの学級委員長様であろう。

俺はにやりと怪しい笑みを浮かべ、鞄を手に廊下を歩く委員長の近くへ、足音もなく忍び寄る。
委員長は背丈が小さいが、背後へ忍び寄る俺の存在にはまだ気が付いていないようだ。

 ──今です。

頭の中の孔明に合図をもらった俺は、一息に距離を詰め、背後からぐわっと両手を回す。

「だ~れだっ」
「うひゃあっ!?」

その両手は、目というには少し上の位置に当てられている。
眉毛の少し上、両手からほのかな温かみの流れる平らな地帯──おでこ。
俺は委員長のおでこを覆い隠すように両手をあてた。

委員長は何事かと振り返り、そして俺の姿を確認した途端、失礼な溜息をついた。

「また、別府君……」
「大正解。すごいね委員長」
「馬鹿にしないで! 出会い頭に人のおでこ触るなんて、どういう思考回路してのよっ!?」

59 名前:2/5[] 投稿日:2012/03/27(火) 02:13:13.15 ID:lyMZxYhY0 [3/8]
委員長は俺の手を乱暴に払いのけ、顔を真っ赤にして怒り出す。

「いや失礼。ついムラッと来てやってしまった。誰が悪いとかじゃない、強いて言うなら、この罪作りなおでこが悪いんだ」
「気持ち悪い言い方してんじゃないわよ変態。……大体、人が気にしてるってのに別府君はでこでこって……」
「気にしてる? ……はは、面白い冗談じゃないか委員長。こんなに可愛いおでこしてるのに、コンプレックスになんてなろう筈もない」

ぺたり、と俺は委員長のおでこに手を添え、そっとなでてやる。
委員長はしばらく硬直したのち、手首の部分を殴りつけるように俺の手を払った。

「それで、何!? 何か私に用でもあるのっ!?」
「い、いや別に……ひょっとして怒った?」
「……怒ってない!」

怒ってるじゃないか、という突っ込みは心の中に留めておく事にした。

「…というか、なんで別府君はこんなに帰りが遅いのよ。テストの補習?」
「学期末に補習も何も無いって。実は、ちょっと図書館で意味もなく魔術辞典とか見てたらうっかりこんな時間になってて」
「……なんで魔術辞典?」
「なんとなく見たくなる時ってない?」
「無いけど」
「へえ……」

自分のマイノリティー振りを自覚し、ちょっとショックな高2の春。
俺は気を取り直し、軽く話題の矛先を変える。

60 名前:3/5[] 投稿日:2012/03/27(火) 02:13:40.95 ID:lyMZxYhY0 [4/8]
「ああ、そういや司書の先生が変わったの知ってる?」
「え? ……知らない。前は確か、結構おじいさんの先生だったわよね」
「あのじーさん定年退職してさ。代わりに入った先生が若い女の人で」

その言葉に少しだけ、空気の匂いが変わる。
しかし鈍感な俺は、そんなことにも気が付けないまま能天気に話を続けた。

「これがまた変に色気のある先生でな。姉さん系というか、男子からの人気も高くてさ。
 おかげでやたら図書室に人が増え始めて、正直住みにくいったらねーよ」
「へえ、良かったわね」

……うん? と疑念を抱き始めたのがこのあたり。
委員長の目を改めて見れば、眼鏡がきらりと反射して中の瞳を伺うことができない。

「別府君、前から図書室の常連だったもんね。先生に会いに行く口実はバッチリでしょう?」
「……いや、俺は別に」
「考えてみれば、図書委員ってかわいい子多いものね。おでこ触っただけで怒る私なんかと違って、素直な子もいっぱいいるんでしょ?」
「だから、俺は女の子目当てで図書室行ってるって訳じゃ……」

弁解する俺の口を閉ざしたのは、他ならぬ委員長の真剣な目。
どこかから崩れてしまいそうな儚さを湛え、委員長はまっすぐに俺の目を見て責めるように言った。

「知ってるんだからね。別府君、女の子に人気あるんだって事。この間だって、神野さんに言い寄られてたでしょ
 神野さんって家もお金持ちで、本人もすごく綺麗よね。別府君と付き合ってるんじゃないかって、みんな噂してるわよ」

目から一筋──涙が零れた。
委員長は顔を隠すように背けると、背を向けたまま捨てるように一言呟いた。

「私……からかわれてるだけだって、ちゃんと分かってるんだから」

61 名前:4/5[] 投稿日:2012/03/27(火) 02:13:57.27 ID:lyMZxYhY0 [5/8]
そのまま走り去る。
しかしこれを見送るほど、俺は耄碌しちゃいない。

「待っ……!」

俺は委員長の腕を引っ掴み、無理矢理自分の中に抱き寄せた。

「……放して」
「ああ、ごめん」

口とは裏腹に、俺は委員長をもう少しだけ近くに抱き寄せる。

「……大声出すわよ」
「ごめん」

もう一歩、近くへ踏み出す。

「……」
「ごめん」

委員長と、俺の身体。
ふたつの体をぴたりと張り付ける。
特徴的な広めのおでこが、俺の心音を聞くように胸板に寄り掛かった。

「目、瞑って」
「……」

62 名前:5/5[] 投稿日:2012/03/27(火) 02:14:25.97 ID:lyMZxYhY0 [6/8]
謝りついでにひとつ、厚かましいお願いをしてみる。
委員長は俺の腕の中、まるで子供のようにそっと瞳を閉じる。

俺は最早思考を回転させるまでもなく、ゆっくりと口元を委員長の顔に近づける。
ヘリでいえばヘリポート。降下する俺の口元は、平らで広めの着地しやすい位置にそっとのっかった。

俺は、委員長のおでこに口付けた。

次の瞬間、俺は胸板を突き飛ばされ後ろへ軽くよろける。
見れば顔を耳まで真っ赤にした委員長が、涙目で、しかし俺の大好きな方の涙目で、こちらを力強く睨みつけていた。

「べ、べべべ別府君、私のこと、やっぱり、馬鹿にしてるでしょ」
「これも愛だよ、委員長」
「────ッ!」

愛の行為を経て──どこか憑き物のとれたような、晴れやかな気分になる。
俺は恥ずかしいセリフも臆面もなく言い放ち、委員長を更に赤面させてやった。

「や、やっぱり、別府君なんて大っ嫌い!! 一回本当に死ねばいいのよ、馬鹿っ!!」

ぷんすかと背を向けさっさと帰ってしまおうとする委員長。
俺は慌ててその背を追う。

「待ってよ委員長。まだキスし足りないんだけど!」
「う、ううううるさいっ! キスはもう無し! ……大体、ファーストキスがおでこって……もっとこう、どうせなら……」
「つれないなあ委員長。仲良くしよーぜ、仲良く」
「あーもう、おでこ撫でるなぁ!」

けたたましい俺達二人の下校は、夕日以外の知る所ではなかったという。
最終更新:2012年03月29日 18:03