101 名前:1/6[] 投稿日:2012/04/01(日) 05:18:16.44 ID:wTGYSX0y0 [2/14]
  • ツンデレが一人暮らしを始めるための部屋探しを男に付き合わせたら ~後編~

 道中、大和さんと当たり障りのない会話をしている間、神野はずっと不機嫌そうに黙
りこくったままだった。やがて、車は住宅街の細い道に入り、一軒のマンションの前に止まった。
『ここが、最初にご紹介したマンションです。お部屋は5階になります』
 車を降りて建物を見る。さすがに俺の住んでる築10何年のアパートとは違い、見た
目はとても立派である。
「どうだ、神野。見た感じ良さそうじゃね?」
 手っ取り早く決めて貰いたくて推すような発言をするが、神野はサラリと受け流した。
『外見だけでは分かりませんわ。ちゃんと中を見て決めないと』
『お待たせしました。それでは、中にご案内します』
 車を駐車場に止めて、大和さんがこっちに来た。
「あ、それじゃあお願いします」
『ええ。では、さっさと参りましょう』
 神野に急かされるように玄関まで歩いて行く。オートロックの玄関に鍵を差し込んで
開け、エレベーターで5階まで上がる。
『最上階じゃないんですのね』
 不満気な神野に、大和さんが頭を下げる。
『申し訳ありません。最上階は全室埋まっておりまして。でも、この部屋からでも見晴
らしはいいですよ』
 ドアに鍵を差し込み、小さな金属の丸いハンドルを回すと、鍵が開く。オシャレな鍵
だなと思って見ていると、大和さんがドアを開いて中に招き入れた。
『どうぞ。ゆっくりとご覧になって下さい』
 神野は部屋に上がると、まず真っ先にリビングのカーテンを開けた。
『いかがですか? この部屋の眺望は』
『まあまあですわね。悪いとはいいませんわ』
 俺なんかからすると、物凄く贅沢に思えるのだが、神野にはいささか不満らしかった。
「にしても、広いな。一人じゃ持て余すんじゃないか? ここ」
 だだっ広いリビングに洋間が二部屋、和室が一部屋あり、俺が一人で暮らすとしたら
とてもじゃないが使い切れない。

102 名前:2/6[] 投稿日:2012/04/01(日) 05:18:37.38 ID:wTGYSX0y0 [3/14]
『あら? これくらいは必要ですわよ。書斎兼勉強部屋でしょう? それに寝室と……』
 最後は何やらごにょごにょと小声で呟いたものだから聞き取れなかった。
『と、とにかくこの程度の広さは必要ですのよっ!!』
 何故だから分からないが、ムキになって神野が叫ぶ。
「いや、まあ必要だと言うならそうなんだろうけど」
『えっと……他の部屋もご案内致しましょうか?』
『そうですわね。それでは、ベッドルームを見せていただけるかしら?』
『かしこまりました。では、こちらのお部屋へどうぞ』
 案内された部屋は、さすがにこじんまりとした広さの洋間だった。
『こちらのお部屋でしたら、広いクローゼットもありますし、姿見を置いて、化粧台を
傍に置けば良いのではないかと思いますけど』
 営業スマイルで説明する大和さんに向けて、神野がフンと鼻を鳴らした。
『……いささか……狭いですわね。ダブルベッドを置いたら、スペースが狭くなってし
まいますわ』
「ダブルベッドって、一人暮らしにそんなもん必要あるのか?」
 何と無しに疑問を口にすると、神野がハッとした顔で俺の方を向いた。
『へ……えっと、その……あの……』
 困惑したように口をあわあわと動かしていたが、やがて俺をキッと睨み付けると、不
満げに怒鳴り散らす。
『わ、わたくしはその……広いベッドでないと眠れませんのよっ!! 貧乏人の貴方と
一緒にしないでくださいませんこと? 全く本当に貴方ってば失礼な事ばかり言うんで
すからっ!!』
 思わず隣にいた大和さんと顔を見合わせてしまう。
「俺、女性に対して、何か失礼な事言いましたかね?」
 ついつい疑問を口にしてしまうが、彼女ははにかんだ笑顔で首を傾げるばかりだった。


『そうですわね。ここが今のところでは一番良さげですわ』
 あの後、物件を二件回って、ようやく神野が納得した顔を見せた。俺からすればどれ
もこれも手が出ないような高額物件ばかりである。

103 名前:3/6[] 投稿日:2012/04/01(日) 05:18:58.15 ID:wTGYSX0y0 [4/14]
『お気に召したようでしたら何よりです。良ければ本日、仮契約だけでもしておきます
か? 3月は引越しのシーズンですし、良い部屋は早めに埋まってしまいますので』
『うーん……そうですわね……』
 ようやく決まりそうで気が緩んだ俺は、ついうかつな事を口にしてしまった。
「しっかし、広い部屋だな。一人暮らしじゃ、掃除するだけでも一苦労だと思うんだが」
『あら? 掃除くらい貴方がしてくださるんじゃありませんの?』
「は?」
 思わず俺は、訝しげに神野を見た。
「ちょっと待て。何で俺が神野の部屋の掃除をしなくちゃいけないんだよ?」
 神野も何故か驚いたように口を押さえている。しかしそれから、うつむいて首を振り、
顔を上げてからわざとらしく髪をかき上げて偉そうな態度を取ってみせる。
『あら? わたくしと同じ大学に通えるという栄誉を味わえるんですもの。せめて掃除
くらい手伝いに来ても当然ではありませんの?』
「いや。全く意味分かんないし、そもそもお前が後から入学して来たんであって、別に
そんなの栄誉でも何でもないような……」
『手伝ってはくれませんの?』
 訴え掛けるような目で見られても、ここで首を縦に振ってしまえば、後に見るのは地獄だ。
「するわけないだろ。何の得にもならんのに。つか、そもそもお前、掃除出来るのかよ。
何だかんだで俺任せにするつもりじゃないだろうな?」
『わたくしだって少しは掃除くらい出来ますわ。例えばその……スプレーでパソコンの
ホコリを払ったりですとか』
「あんなもん、掃除のうちに入るか。掃除機でホコリ吸い取ったり、雑巾で蛍光灯拭い
たりとか、風呂掃除なんて毎日だし、トイレ掃除もまめにやらないと汚れがこびりつく
だろ。まさかお前、自分で使ったトイレの掃除まで俺にやれというのか?」
『ううううう……』
 さすがに困った顔で神野がうつむいてしまう。
『では、その……実家からメイドを呼んでやらせればいいですわ。あまり家を頼るのは
不本意ですけど……』
「不本意どころか前言撤回だろそれ。お金以外のことは全部自分でやるって言ったろ?
普通はそれ、炊事洗濯掃除は全部自分でやるって意味だぞ」

104 名前:4/6[] 投稿日:2012/04/01(日) 05:19:19.17 ID:wTGYSX0y0 [5/14]
 どうやら神野は、そういうところの想像が全く欠如していたようだった。お嬢様暮ら
しというのも考え物だなと思う。
『ううう……ですから、そこは貴方が!!』
「だから何で俺なんだよ!! 意味も無く下僕扱いするな。大体、俺の部屋見たろ? あ
れで生活能力あると思うか?」
『ぐぬぬ……』
 ついに呻き声だけになってしまった神野に、俺は追い打ちの一言を掛けた。
「大体、俺に頼るのも結局人任せじゃねーか。一人立ちするためだって親にタンカ切っ
たんなら、その程度の事くらい自分で出来るようになれ」
 神野は口惜しそうな顔のまま、黙って考え事をしていたが、やがて顔を上げると大和
さんの方を向いて言った。
『ちょっと、貴女』
『は、はい?』
『ここは止めですわ。もう少し狭くて、わたくしが満足出来るような部屋はありません
の? 紹介なさい』
『か、かしこまりました。ではちょっとお待ち下さい。えーっと……では、こちらの物
件なんかは……』
『もう図面は結構ですわ。直接見て判断いたします。案内なさい』
『か、かしこまりました』
 どうやら、俺は自分の一言で泥沼に足を突っ込んだようだった。


「疲れたぜ……」
 結局、あれから3件、物件を回ったがどれもこれも神野の気には召さなかった。それ
もそうだろう。3LDKですら、くどくどと不満を述べていた奴が、もっと狭い部屋など
気に入るわけも無い。
『どういたしましょう…… まだ回られますか? まだご紹介出来る物件が、あるには
ありますけど……』
 大和さんの顔色から察するに、これまで紹介したところよりはどうやらグレードが落
ちるらしい。神野もそれを察したのか、首を横に振る。

105 名前:5/6[] 投稿日:2012/04/01(日) 05:19:40.90 ID:wTGYSX0y0 [6/14]
『もういいですわ。どこもかしこも似たような部屋ばかり。これでしたら、別府の物置
小屋と大して代わりがありませんもの』
 ため息混じりに言ってから、神野はふと思いついたように顔を上げた。
『そうですわ。別府の住むアパートは……まだ空き部屋はありますの?』
『え? ヴィップラージェの2号館ですか? えっと、あそこは確か、2階の角部屋が
この3月で空きますけど』
 ノートパソコンを開いて、彼女が答える。それを聞いた神野が、頷いて言った。
『ではわたくし、あそこに住みますわ』
「はい?」
 その発言に、俺は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「ちょ、ちょっと待てよ神野。あそこって、確かに普通の学生が暮らすにゃ十分だけど、
お前には狭過ぎるだろ。大体、ネズミの巣穴とか言ってたのはお前だろと」
『それは貴方の部屋があまりにもゴミ溜めすぎたからですわ。確かにわたくしには狭過
ぎですけど、どうせ他の部屋も大して違いありませんもの。それでしたら、あそこの方
が、まだ利点がありますわ』
「利点って……何だよ」
 何か、とっても嫌な予感がする。聞いちゃダメな気もするが、俺は聞かずにはいられ
なかった。すると神野が珍しく、ニッコリと笑顔を浮かべて答えた。
『だって、あそこでしたら……困った時は、いつでも貴方を使えますもの』
 やっぱり聞くんじゃなかったと、俺は後悔した。
「だから、俺に頼るのは反則だろ。自分一人でやっていくんじゃなかったのか?」
 そう抗議するも、今度は神野は全く揺らぐ事のない態度で、真正面から俺に向かって
言い返してきた。
『そうですわ。でも、お父様からの仕送りに頼らずに人を使いこなす事が出来るのでし
たら、それはある意味独力で問題を解決しているわけですわよね? 何か文句はありますこと?』
 グッと言葉を詰まらせた俺に、神野はさらに満足気な笑みを浮かべる。
『あそこでしたら、別府も逃げるわけにも行きませんものね。だって、自分の住む家な
のですから』
 その言葉に、俺は自分の体に、見えない手綱を掛けられた気がした。もちろん、それ
を持っているのは神野だ。

106 名前:6/6[] 投稿日:2012/04/01(日) 05:21:00.14 ID:wTGYSX0y0 [7/14]
『そうと決めたら、さっさと戻りますわ。いいですわね?』
 神野が大和さんに問い掛ける。俺たちのやり取りをボーッと見ていた彼女が、慌てて頷く。
『は、はい。かしこまりました。それでは早速』
 大和さんが戸締りやらブレーカーやらを確認しに行くのを見てから、神野が俺に振り向いた。
『……全く、不満で仕方ないですけど、これも試練ですわ。別府』
「な……何だよ……?」
 戸惑う俺に、神野はニッコリと微笑みかけて、言った。
『また3年間……よろしくお願い、致しますわ』
 絶対に、辛い3年間になる。そう予感しつつも、神野の笑顔にドキリとせざるを得な
いのだった。


おまけ
『ってさあ……散々振り回しておいて、結局最後は男と同じワンルームって……だった
ら最初っから同棲でもなんでもすればいいじゃない。ああ、もうちくしょう。何だって
私より7つも8つも年下の子に男がいんのよ。しかもあんな偉そうなのに……美人で金
持ちなら何でもいいんか? ああ?』
「おねーさん。飲みすぎは体に毒ですよ」
『いーのよ。たまには飲ませてよね。こっちは土日だって働かなきゃならないから、合
コンとかだって参加出来ないし、店の男の人はみんな所帯持ちだし…… マスター。鬼
殺し、ロックでお願い』
「せめて、レモンハイにしといた方が……」
『いーのっ!! ちくしょう!! もう。あたしにもいい男いないかなあーっ!!』


終わり
最終更新:2012年04月06日 22:01