20 名前:『甘くないよ』[sage] 投稿日:2012/04/13(金) 00:09:09.60 ID:manA8BLGO [1/9]
 上の上の階からこの教室まで聞こえる合宿部の練習が七回目にさしかかった頃、私は作業を一旦止めた。
 クラスメート全員分のプリントをのけ、カバンからペットボトル飲料を出しフタを開き口をつけた。

「ん……」

 喉をゴクリと鳴らして心地よく飲み込み身体の活力にする。
 ポパイであればほうれん草。マリオであればキノコであるように、私のパワーアップアイテムはこれなのである。
 もちろん彼らほど劇的に力があふれ出るわけではないが……作業で溜まった気だるさを吹き飛ばすには十分に足る好物だ。

「やーやー これはこれは委員長サマやないですかー えっへへー」

 そこへクラスメートのイズミがやってきた。
 彼女は家に着くまでが部活動の帰宅部のはずだが……何故まだ校内に残っているんだろう。
 というか揉み手をしながらヘコヘコと媚びへつらっているのが気になる。
 今までの事と、関西生まれだからか香る(ような気がする)お好み焼きスメルで、彼女の胡散臭ささが倍増中だ。

「あー……委員長! お願いがあるんや!」

21 名前:『甘くないよ』[sage] 投稿日:2012/04/13(金) 00:14:23.34 ID:manA8BLGO [2/9]
 ……ここまでで何を言い出すかは大体予想できたので、机の中からクラス日誌を取り出す。
 それも流麗に、予備動作も感じさせず、コマンドキャンセルで。

「苦労も努力もせんで先生お墨付きのかわいい生徒って思われたいから、明日の数学の宿題写させて!!」

「なめんな」

 少し斜め上の発言だったが……クラス日誌を顔面にHITさせた音が、二人しかいない教室に『すぱーん』と響いたのであった。

――――――――――――――

「あイター……もー、何するん。雪女並にキツい委員長って評判のチナミ様に勇気出してお願いしたのに……」

「……目ぇキラつかせてするお願いが、勇気を出しての懇願のようには見えなかったけれど」

 確かに私はクラスメートから微妙に避けられ孤高の存在になっているのは認める。
 しかし一人なのは嫌いじゃない。今日もこうして放課後に一人残りプリント整理をしていたが、静寂だからこそ聞こえる運動部や合唱部の練習声は中々いいBGMなのである。
 勿論それにばかり耳を傾けクラスメートの頼みを無視するわけにはいかないが
 こんな学生の本分をなめたお好み焼き女にはただただ呆れてしまうばかりだ。

23 名前:『甘くないよ』[sage] 投稿日:2012/04/13(金) 00:19:09.08 ID:manA8BLGO [3/9]
「というか……今まで宿題はちゃんと嫌々ながらも教えてあげてたでしょう……」

 そう。私は今までこの学年になってから、何度も彼女に勉強を教えた事がある(渋々と。これ大事)。
 週刊少年ジャンプで言うなら、打ち切りレース優勝作品に顕著な、目新しさがないマンネリ展開を私達は幾度も繰り返していた。
 頭が悪いなとは評価はしていた一方で、何度も挑戦する気概は買っていた……
 しかしこの女には今まであったそれがなくなり、挙げ句の果てにはクラス委員長にイカサマの助力を求めている。

「いやー……それがな?」

 【1】解き方教えてもらって提出出来たでー\(^o^)/
 ↓
 【2】先生曰わく「なんだ、この素っ頓狂な答えは……」
 ↓
 【3】先生から私に職員室へアブダクションのお・さ・そ・い☆
 ↓
 【4】さっきまでコッテリ大目玉くらってもーた。仕方ない、応用出来ないなら丸写しで

「というワケなんよ。にゃ、にゃはは」

 ………………なるほど。彼女は筋金入りのアホらしい。今まで私が眉を歪めながらも教えてやった事が身につけてないのを実感したら、目からさっき摂取した水分が流れ落ちてきた。

24 名前:『甘くないよ』[sage] 投稿日:2012/04/13(金) 00:24:16.01 ID:manA8BLGO [4/9]
「ああっ。で、でもいつかはちゃんと自分で予習復習するで! 赤ペン先生不要なほどに!」

 いつかっていつだろうか。未来を定めるだけなら誰にでも出来るはずだが。
 『明日って今さと』と命がけで行動した某漫画の某少年を見習って欲しい。
 というかその言いぶりだと、予習はともかく復習していないようだが、そんな態度では赤ペン先生の顔の方が紅潮し赤くなるだけなんじゃ。

「どうしてもダメって言うなら土下座して床舐め掃除するし! ノート拝借するし!」

 ……だから仮にもクラス委員長の前でそんな発言するだろうか。
 ここまで発言する人間は……もう自身でプライドのない薄っぺらな人間なのを吐露しているだけだ。

「……はぁ」

 私はため息を漏らすと、作業途中だったプリント用紙全てまとめ机でトントンと整える。
 そしてカバンを取り出した私に、教えてくれるのかとイズミは期待の眼差しを送っていた。

「おぉう? もしかして教えてくれるん!?」

「帰る」
26 名前:『甘くないよ』[sage] 投稿日:2012/04/13(金) 00:29:27.22 ID:manA8BLGO [5/9]
 今まで通り単に宿題を教えてと言うなら私は嫌な顔をしながらも手伝ってやっていただろう。
 しかし土下座し床を舐め掃除してもいいから宿題を写させてと言う人間を評価し協力してあげようと思うだろうか?
 答えは……『NO』である。私は彼女に『失望』したのだ。

「え」

「先生にまた怒られてきてね……それじゃ」

 私は彼女を尻目に掛けながら、まとめたプリントとペットボトルをカバンにしまう。
 プリントの作業はまだ残っているが八割のチェックが終わっている。
 これなら家で15分程度時間を割けば終わるだろう。そして明日の朝に先生へ渡せばいい。
 そんな事を考えながら立ち上がろうとすると、彼女が、イズミがいきなり私の手を取ってきた。

「そんな事……言わんといて……っ」

 ……こんな顔もするんだと普段の態度とのギャップ差に私は目を見開いていた。
 何せいつも笑顔のイズミが涙をうっすら浮かべながら唇を噛んでいたのだから。

「うち……勉強ただ見てるだけでもチンプンカンプンで……教えてもらって頑張っても、チナミに教わった事無駄にして……
 そんなら最初から答え丸写しにした方がまだチナミのメンツが立つと思って……」

28 名前:『甘くないよ』[sage] 投稿日:2012/04/13(金) 00:34:29.28 ID:manA8BLGO [6/9]
 メンツ……か。
 なるほど。勉強が出来なくても無神経に何にも考えてなかったわけじゃないらしい。
 カンペキな丸写しの方がその場限りとは言え有用出来るのも事実だ。

「もう他に手伝ってくれるクラスメートが校内にいるわけでもあらへんし……チナミ以外頼れないんや。せやから……帰らんといて……」

 そう言い終わると、イズミはこれ以上掴んでいるのは厚かましいと判断したのか力なく手を離した。
 …………正直やめてほしい。こういう先が読めそうな展開は。
 私は『廃部寸前の部活動に磨けば光る逸材が』といったご都合展開は嫌いだし
 『友だちになりたいんだ』と全力全開でバトルした上で友人関係が築かれる王道展開もあざとい上に暑苦しくて大嫌いだ。
 そして今回の場合は『私が結局イズミに突き動かされる』?そんな事はしたくない。
 何分ひねくれた私はそういった展開を望まないのだ。

「あ……チナミ……?」

「…………」

 そう、望まない。望まないのだ。
 しかし私は……私はそんな展開に沿ってしまい、着席した上で数学の教科書とノートを取り出そうとしてしまっていた。

29 名前:『甘くないよ』[sage] 投稿日:2012/04/13(金) 00:39:31.52 ID:manA8BLGO [7/9]
「チナミ……も、もしかして……!」

 彼女の曇っていた顔は一変し、期待に溢れた笑顔になっていく。
 ……全く嫌だ。都合のいい方向に持っていかれるのもシャクだが、結局は人情を捨てきれず心動かされる自分が負けた気がするから。

「勘違いしないで。丸写しはダメ……けど今度は分かりやすく教えるよう私も努力するから」

「うん! うん! チナミはやっぱり……いーや。チナミはスッゴく、スッゴく優しいなー」

 …………心外である。そんな事はない。ないったらないよ。

「だって『また?』とか『イヤ』とか渋っても最後には協力してくれるやん。せやから……チナミだぁーーーい好きや!」

 何を言っているんだ、このお好み焼き女は。
 二人きりの放課後の教室でめったな事言わないでほしい。恥ずかしいし恥ずかしい。

「だ、だから……そんなのただの勘違い。自分の知識を得意気に教えて優越感を得たいからやってあげるだけ」

 やはりやめてもらいたい。こんな事を言わせて。これじゃあ私がホントに甘くて優しいみたいだ。
 いや、でもこれは私が自ら発言したからであって別に誘導されたからとかじゃなく……あーうーあぁぁ、もうワケが分からない。

30 名前:『甘くないよ』[sage] 投稿日:2012/04/13(金) 00:44:29.50 ID:manA8BLGO [8/9]
「ジーッ」

 気がつくとイズミが私を見ている。地の文もとい脳内で慌てふためいてたはずだが、顔と声に出してしまっていたのか。
 だとしたら遺憾ながら私が呆気なく感情を揺さぶられていたのがバレたも当然になってしまう。
 そればかりは勘弁してほしい。

「えへへ。本当はかわいい孤高の美少女委員長を独り占め出来てラッキーや」

「…………………………飲まなきゃやってられない!!!!!」

「うへぇ!?」

 そう。こんな私の感情を簡単にぐらつかせる女といたら間がもたないしメンタルポイントももたない。
 私は精神とテンションを安定させるために、大急ぎでカバンにしまったペットボトルを取り出しフタを外して口に含む、が。

「!!? ッ……げほっげほっ!」

 変なところに入りむせた。

31 名前:『甘くないよ』[sage] 投稿日:2012/04/13(金) 00:49:25.42 ID:manA8BLGO [9/9]
「あ、ああー……もう。いきなり飲み込むからや。へーきか?」

 現在進行形でむせてる私が平気なわけない。
 というか違う。いきなり飲み込んだからむせたんじゃなく、こうなった原因はそもそもイズミのせいだ。
 本当にこのお好み焼き女は……たまにこうやって私を乱すからたまったものじゃない……
 これからは私のアドバイスが反映されてないのを確認する度に青海苔でもかけて復讐してやるべきか。
 そんな仕返しの算段をしながら口元を手で拭っていると、イズミは私が吹き出してしまったペットボトル飲料を手に取り眺め始めた。

「ふぅーん……しかしあれやなー。チナミは無味無臭なミネラルウォーターなんかよく好むなあ」

「………………無味じゃないよ」

 そう。無味じゃない。前々は本当に味一つない無色透明なミネラルウォーターだったが、私がこの学年に進級してから味が急に変わった。
 不思議だが外見が変わったわけでもなく、メーカーが改良したとも聞かない。
 しかしその味には不満があるわけでもなんでもなく……


「とっても…………甘い、よ」

~\終幕/~
最終更新:2012年04月30日 18:05