20 名前:1/4[sage] 投稿日:2012/04/30(月) 22:02:39.06 ID:HS7ayQTV0 [2/7]
『ん……』
何やら、自分の体がゆさゆさと上下に揺れている。最初に気付いたのはそんな感覚だった。
『……な……に……?』
「気付いたか?」
先輩の声に、私の混濁した意識がハッキリしてくる。硬くて、だけど弾力のある温か
い何かに預けていた頭をもたげた時、自分がどういう状況にあるのか私は理解した。
『ふぇえええっ!?』
「お、おい。暴れるなって。落ちるぞ」
先輩の言葉に、私は慌てて先輩にしがみ付く。そう。私は今、先輩にしっかりと背負
われていたのだった。
『ちょ、ちょっと待って下さい!! 私、あのなんでどうして……?』
状況が分からず混乱する私を肩越しに見て、先輩は頷いて小さな声で宥める。
「落ち着け。とりあえず、座れる所に下すから。と、あそこのベンチでいいな」
先輩がベンチの方向に向かって歩き出す。仕方無しに私は黙って先輩の言う事に従った。
「よし、下すぞ。立てるか?」
『え? えっと……多分……』
そう答えたものの、実際には地面に立った瞬間、足が萎えてガクッと体が落ちた。そ
れを先輩が両脇を抱えて支えてくれる。
「しっかりしろって。とりあえず、座ろう。よっと」
体を引き上げてベンチに腰掛けさせてくれる。私はスカートを直すと、顔を上げて先輩を見た。
『あ、あの……』
「そう急くなって。今、気付け代わりにコーラでも買ってくるからさ。ちょっと待ってろ」
『あ…………』
制止する間もなく、先輩は行ってしまった。仕方無しに私は状況を整理してみようと
思ったが、上手く考えがまとまらない。諦めてやや色の翳ってきた青空をボーッと眺め
ていると、先輩が戻って来た。
「ほれ。炭酸だから、一気に飲もうとするとむせるぞ」
21 名前:2/4[sage] 投稿日:2012/04/30(月) 22:03:02.85 ID:HS7ayQTV0 [3/7]
先輩が紙コップに入ったジュースを手渡してくれる。ストローを口に咥え、ちょっと
だけ啜ってみたが、思いの他勢い良く炭酸が口に入り、その刺激に私はむせてしまった。
『ゴホッ!! ゴホゴホッ!!』
「ほれ。言わんこっちゃない」
先輩が慌ててハンカチを差し出して渡してくれる。それで口を押さえつつ、私は先輩
を睨んで文句を言った。
『先輩の言うとおり、ちょっとしか飲まなかったけどむせたんですから、これは先輩のせいですっ!!』
喉の違和感が完全に治まるのを待って、私は先輩にハンカチを返す。先輩がそれを受
け取ってポケットにしまうのを待ってから私は聞いた。
『で、一体どういう事なんですか?』
「覚えてないのか?」
先輩に逆に問い返され、私は頷いた。
『当たり前じゃないですか。記憶があったら聞く訳ありません』
「……そっか。まあ、気絶してたしな。お化け屋敷に入ったのは覚えてるよな?」
言われて、私は頷く。
『そう……ですよね。お化け屋敷に入って……私、確か……先輩の背中にしがみ付いて
歩いてて……で、一反木綿が被さってきて……』
記憶を順繰りに辿り起こしていくと、不意にあの恐怖を思い出した。
『そ、そうです!! あ、足首掴まれて、それで足元見たらお、落ち武者の幽霊が……』
「幽霊って言うかエキストラだけどな」
先輩の言葉に、私はハッと先輩の顔を見る。すると先輩が苦笑を浮かべながら私を見
て、話を続けた。
「びっくりしたぜ。いきなり絶叫してその場にくず折れちゃうんだもの。落ち武者の中
の人が慌てちゃって大丈夫ですかって言ってさ。救護室運ぼうかって話もあったけど、
ただ気絶してるだけだったから、俺が自分で連れて行きますっておんぶして、運んでる
最中に目が覚めたから、まあ今ここにいる訳だけど」
『わ、私……気絶してたんですかっ!?』
「ああ」
あっさりと先輩に頷かれ、私は恥ずかしさのあまり顔を両手で覆ってしまった。たか
がお化け屋敷程度で恐怖の余り気絶するなんて、醜態を晒すにも程がある。
22 名前:3/4[sage] 投稿日:2012/04/30(月) 22:03:24.49 ID:HS7ayQTV0 [4/7]
「いや、もうビックリしたけどさ。でも今考えると面白かったぜ。落ち武者の中の人が、
あの格好のまま必死で謝っててさ。脅かしすぎてすみませんって。そん時は笑い事じゃ
なかったけど、今考えるとあれは笑えるなって」
『笑い事じゃないですよっ!!』
両手で顔を覆ったまま、首を激しく横に振って私は叫んだ。
『あああああっ!! もう……私のバカバカバカ!! 先輩なんかにみっともないトコ
見せちゃって……は、恥ずかしくて死にたいっ……』
挙句の果てにおんぶで救護室に運ばれてるところだったなんて、最悪もいいところだ。
しかし、そんな私の肩をポンと叩いて先輩が言った。
「ま、いんじゃね?」
驚いて顔を上げると、先輩が私に向けて笑顔を見せた。
「俺だってジェットコースターとかじゃ散々醜態を晒したしなあ。ましてや女の子なん
だし、怖いものの一つや二つあっても、その方が可愛げもあると思うし」
可愛げもある、と言われてドキリとした私は、気恥ずかしくなって俯いた。
『せっ……先輩にそんな事……言われたくないです……』
小さく反論しつつも、甘えたい気持ちに逆らえず、私は体を傾けて先輩にもたれ掛か
る。すると、肩を抱いた手に軽く力がこもった。
「……ただ、次からはさ。出来れば強がりとかは無しにして、苦手なら苦手と、それだ
けははっきり言ってくれよな。無理なものは、あっていいんだからさ」
その言葉に、私は少し驚いて顔を上げた。
『次からはって…… あの、その……ま、また私と一緒に……来るつもり、なんですか?』
「まあ、こことは限らないけどさ。遊園地でも映画でもって……嫌か?」
そう聞き返されて、私は小さく首を横に振る。最初、先輩が乗り気じゃなかったから
少し驚いただけで、私が先輩とのデートを嫌だなんて、そんな事あるはずない。だから
私は、慌てて答えた。
『そ、その……先輩が行きたいって言うなら……まあその……付きあってあげなくもな
いですけど……』
すると、先輩が肩を抱く力を強めた。ハッと見上げると、先輩がちょっと恥ずかしそ
うに顔を背けて、そして小さな声で答える。
「……行きたいって思ったから……言ったんだけど。まあその……今日、楽しかったし……」
23 名前:4/4[sage] 投稿日:2012/04/30(月) 22:03:47.50 ID:HS7ayQTV0 [5/7]
先輩の言葉が嬉しくて、私の心臓がキュッと縮こまる。ドキドキする感情を抑えつつ
も、今だけは、ちょっとだけでも素直にならなくちゃと、そう自分に言い聞かせて、私は頷いた。
『……私も……怖かったけど……楽しかった、です……』
「そっか」
先輩は頷き、そのまま私を優しく抱いてくれた。しばらく経って、そろそろ日も傾き
かけようという時間になって、先輩が私を解放して言った。
「そろそろ……大丈夫だよな? 歩けるよな?」
答える前に、私はベンチから立ち上がってみた。試すように2、3歩歩いてから先輩
の前に立って頷く。
『はい。大丈夫です』
すると先輩も立ち上がる。荷物を持ってから周りを見回しつつ、私に問い掛ける。
「これから……どうする? 約束どおり、残りの絶叫系回るか?」
『いえ。それはもういいです』
私は首を横に振る。先輩に迷惑を掛けたのに、また怖いものに乗せるのも悪いし、私
自身も気分が悪くなりそうだった。そして何より、今はまだ先輩の背中に甘えていたかっ
た。だから私は、マップを広げるとある一点を指して言った。
『次は、これに乗りたいです』
「これって…… メリーゴーラウンドか?」
先輩の問いに、コクリと頷き、上目遣いの視線を向けて恐る恐る聞いた。
『あの……やっぱり、つまらないですか?』
しかし先輩は、首を横に振って否定した。
「いや。大丈夫だよ。それじゃ、行こうか」
『はい』
歩き出す先輩の腕に腕を絡ませ、もう片方の手で袖を握って隣を歩く。
『で、乗り終わったら次は大観覧車ですからね』
「わかったわかった。あとはもう、椎水の好きにさせるからさ」
『当然ですよ、そんなの』
甘えて先輩の腕に頭を預け、私達は仲の良い恋人同士のように、メリーゴーラウンド
へ向かったのだった。
最終更新:2012年05月07日 11:25