9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2012/06/07(木) 21:50:28.52 ID:yBdnN26D0
  • 後輩ツンデレと朝の挨拶
 朝日が眩しい爽やかな朝。俺はいつもの通学路を歩き、学校へと向かっていた。
 火曜の朝には、月曜のような一種の絶望感のようなものはないが、しかし、俺みたいな、
お世辞にも充実した青春なんて送っていない奴にとっては、やはり気だるさは感じるものだ。
 なんて、どうしようもない思考に頭を支配されていたその時。
「せんっぱぁ〜いっ!」という馬鹿みたいにノーテンキな女子の声が聞こえ――それとほぼ
同タイミングで、背中にとんでもない衝撃と激痛を感じて、俺は前のめりに倒れこんだ。
「っだぁああ!? てめえ、いきなり何しやがるコルァ!」
「なに怒ってるんですか、もう。先輩みたいなイケテナイメンズが、私みたいな美少女に抱
きつかれるなんて、軽く奇跡ですよ?」
 そんなふざけたセリフと共に俺の前に現れたのは、同じ部活に所属している後輩――瀬田
ひとみだった。短く切りそろえた黒髪に、整った顔立ちは間違いなく「可愛い」部類に入り
はするが……まあ、人を見かけで判断してはならないとだけ今は言っておく。
「おまっ、抱きつくってのは、腕を広げてから閉じるもんなの! お前がやったのはその逆
で、ただのクロスチョップだろうが! ていうか、自分で美少女とか言ってんじゃ――」
「――あーあー、いつも通りうるさいですねー先輩は。ちょっとしたジョークも通じないんじゃ、女の子にモテませんよー?」
 俺の言葉を遮って、瀬田はまたもやふざけたことを抜かすが、あんな単なる暴力を「ちょっとしたジョーク」なんて言ったりしない、普通。
「百歩譲ってあれを受け入れるのがモテるための条件だったとしても、お前相手にはモテなくても構わねえよ」
「ったく、いつもいつも素直じゃない人ですねー先輩は。今時、テンプレなツンデレなんて流行りませんよ?」
「安心しろ、お前にやるデレなんてねえ。ていうか、人を2次元キャラみたいに言うな、キモオタが」
「自分も漫研に所属しといてよくそんなこと言えますねー、っと!」「ぐぉっ!?」
 掛け声とともに、踵で思いっきり足の甲を踏み抜かれ、悶絶する。もうやだこの後輩。
「……いつか、覚えとけよ、このアマ……」

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2012/06/07(木) 21:52:47.07 ID:yBdnN26D0
「えっ、何ですか? もう片方の足もいきますか?」
「…………」
 もうやだこの後輩。
 今すぐ走って逃げ出したい衝動を抑えながら、瀬田としばらく歩いていると、あいつは隣
で思い出したように声を上げた。
「あっ! そう言えば、携帯買い換えたんですよー、見てください先輩っ」
 そんなことを言って、瀬田は立ち止まり、手に持ったカバンから、水色の可愛らしい携帯
を取り出す。
「ねね、可愛いでしょう? お店でサンプル見てたらびびっと来たんですよねー」
「はいはい可愛い可愛い、つーか、今時ガラケーかよ」
「なんですかその気持ちの入ってない言い方! それに、どうせ友達とのメールくらいしか
使わないからこれでいいんですっ。スマホだとフリック入力とか慣れるまで面倒くさそうですし」
「ま、お前がどんな携帯使おうが、お前の勝手だけどな……ほら、さっさと行くぞ」
 時間には余裕を持って登校しているので、遅刻の心配はなかったが、無駄に時間をロスし
たくなくて、瀬田を急かす。すると、あいつはいつもの(無駄に)活発な態度から一変して、途端にもじもじし出す。
「あっ……えっと、そのですねー……」
 気分が悪くなったりしたのだろうか、俯く瀬田に少し心配になる。
「なんだよ、急にどうした? 腹でも痛いのか?」
「ぅ、いや、あの、そうじゃなくてですね……せ、先輩、携帯持ってます、よ、ね?」
「いや、そりゃ持ってるけど」
 今時、高校生で携帯を持っていないほうが少数派だろう。
「あの、別に他意とかはなくてですねっ、た、ただ、今思い出したんですけど、わ、私達って
お互いのメアドとか知らないじゃないですか!?」
「お、おう、そうだな、まあ特に連絡しなきゃいけないこともないしな」
 なんだか鬼気迫る様子でこちらに身を寄せる瀬田に、少しうろたえながら答える。
「で、でもですね、やっぱり同じ部活に所属してる以上、連絡先ぐらい知っておいた方がいいと思いません?」
「んー……そんなもんかな」

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2012/06/07(木) 21:54:01.30 ID:yBdnN26D0
 正直うちの部活で、部員同士で連絡を取り合わなきゃいけない用事なんてまったく思いつかない。
「そんなもんなんです! だ、だから、メアド交換しましょうよ、先輩! ね!?」
「ま、まあ、別にいいけどさ……」
 しかし、なんでこいつ、こんなに切実そうなんだろう? 電話帳を埋めないと死ぬ病に
でもかかったのかってくらい真剣な眼差しの瀬田に、違和感を感じるが……それについて
追及しようかと考えたところで、当の瀬田にその思考を邪魔するように声をかけられる。
「じゃ、じゃあ、赤外線で送りますから、先輩の方で準備してください」
「あ、いや、俺のiPh○neだから、赤外線は無理だ」
「ええっ、ど、どうすんですか、それじゃあ!」
 本気で落胆したような声を上げる後輩に、やはり違和感を覚えつつも、安心させるように答える。
「いや、俺の連絡先をQRコードに変換する機能ならあるからさ。それで、お前の方で読み込んでくれよ」
「な、な〜んだ、ビックリさせないでくださいよ、先輩っ」
「いてて、叩くなっつーの。操作狂うだろうが」
 妙にハイテンションな瀬田に、バシバシ背中を叩かれながらも、なんとかアプリでQRコードを表示させる。
「ほら、これでいいだろ」
「あ、はいっ、ちょっと待って下さいね〜……っと、出来ました!」
 満面の笑みで、携帯の画面をこちらに向ける瀬田が、やっぱりどうにも不自然で――まさか
メールボムでも送ってくるつもりかと不安になる。
「……なんか、やけに嬉しそうだな、お前」
「な、なな、何言ってるんですか!? べ、別に先輩と連絡先交換するのなんて嬉しくも
なんとも無いですよ! ただ、その……そうっ、新しく買った物を使うのってなんか妙に
楽しいじゃないですか! そういうことですよっ、まったく先輩はこれだから……」
 瀬田はそう言いながら、オーバーアクション気味に、携帯を持った手をブンブン振りながら弁明した。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2012/06/07(木) 21:55:41.57 ID:yBdnN26D0
「い、いや、そんな必死に否定しなくてもわかったっての。ただ、なんかいつものお前ら
しくなかったから、変に思っただけで……ん?」
 少しは落ち着いたのか両手を下ろした、瀬田が持つ、携帯の画面が、ふと目に入る。QR
コードリーダーの画面は自動で閉じられたのか、そこには待ち受け画像が表示されていて……。
「? ど、どうかしましたか、先輩?」
「お前、その待ち受け……」
「へ? ――あ、ああっ、わ、私、早く行かなきゃいけない用を思い出したんで、お先に
失礼しますねっ!」
「あ、おい、瀬田!?」
 俺の言葉に一瞬硬直した瀬田は、いきなり顔を真っ赤にさせたかと思うと、脱兎のごとく走り去ってしまう。
「……あいつの反応……やっぱ、あの待ち受けって俺の……? ……いやいや、見間違いだよな、うん」
 きっと、アイドルかなんかの写真を待ち受けにしていて、それを突っ込まれるのが恥ずかしくて、
逃げたんだろう。あいつが、俺の写真を待ち受けにしてるわけないし、そもそも日光が反射しててよく見えてなかったし。
 そう自分に言い聞かせながらも、なぜだか高鳴る鼓動も、熱くなる頬も抑えられなくて、なんだかどうにもしまらない。
「ったく、次会うときどんな顔したらいいんだよ……」
 ひとりごちてみても、当然返答があるわけもなく……明るい日差しが降り注ぐばかりだった。

 私は、先輩の姿が見えなくなるまで、全力で走りぬくと、呼吸を整えるために立ち止まった。
「はー……はー……。う、うぅぅ、私のバカっ、さっさと携帯しまってれば、こんなことには
ならなかったのに……!」

13 名前:これでラストです :2012/06/07(木) 21:56:45.11 ID:yBdnN26D0
 未だ手に握っていた携帯を取り出して、そこに表示された――先輩の写真を見る。それは、いつかに、
部活で撮った記念写真の一部をトリミングしたものだった。よくよく考えてみると、あまり画質はよく
ないし、先輩からなら、そんなにはっきり見えなかったかもしれない。
 ――だけど。
「いきなり走って逃げたのは、どう考えても弁明不能だよ、ね……もう、いつもは鈍感なのに、なんで
こんな事には気づいちゃうのよっ、先輩のバカぁ……!」
 まだ、夏と言うには早い時期なのに、全身を汗で濡らした私は、どうしようもない不安と憤りを
アスファルトに向かって吐き出した。
「そ、そだ、メールでさっきの言い訳を送るってのは……って、どう言い訳したら、良いってのよ
……自分から、先輩の写真なんか待ち受けにしてないって言ったら認めるのとおんなじじゃない……うぅ、うぅぅ〜……」
 せっかく、知りあって三ヶ月以上も経ってから、ようやく連絡先の交換までこぎつけたっていうのに、
それを自分でぶち壊すようなことをしてしまったのだ。後悔と、どうにかしなきゃという思いで頭が一杯になる。
「はぁ〜……次会ったとき、どんな顔したらいいってのよぉ……」
 意味もなくひとりごちるけど、当たり前のように答えなんかなくて……ただ眼下の地面に佇むタンポポが目に入るだけだった。
続くやも
最終更新:2012年06月08日 01:10