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17 名前:1/6[] 投稿日:2012/08/04(土) 19:51:45.92 ID:LrF6YURx0 [5/15]
  • ツンデレと日傘

「お? かなみだ」
 自転車を止め、彼は太陽の光の反射に眩しそうに目を細めてから、手を翳して路地の反
対側を歩く女性を見つめ、それから反対側の手を大きく振って彼女を呼んだ。
「おーい。かなみーっ!!」
 呼ばれた彼女は一瞬ビクッと驚いて体を震わせる。差している日傘の角度を変えて日光
を遮りつつ、声のした方に視線を向ける。自転車に乗ったまま手を振る男の姿を見て、彼
女は小さくため息をついて呟いた。
「何だ。タカシじゃない。脅かさないでよね、もう……」
 声を張り上げて答えるのも面倒なので、彼女は手を振って彼に答える。それを確認して
彼はもう一度、大声を出した。
「ちょっと待ってろよ。今、そっち行くから」
 自転車を漕ぎ、彼は対面二車線の道路を渡る。幹線道路と結ばれている訳でもなく、基
本近くの住民の生活道路としてしか使われていない道に車の通りはなく、彼は簡単に道路
を横断して彼女の傍に寄った。するといきなり、彼女から文句が飛んで来る。
「何よ、いきなり大声で呼び止めたりして。誰かに聞かれたらどうすんのよ。みっともないわね」
 不満顔の彼女に、彼は苦笑しつつ弁解する。
「いや。たまたま通り掛かったらお前を見つけたからさ。呼び止めないとさっさと行かれ
ちまうと思ったし」
「アンタ自転車なんだから、大声出さなくても追いつけるじゃない。そういうトコ、ホン
ト考え無しっていうか、そもそもバカなのよね」
 この年頃の男女の会話にしては、互いに実に気さくな物言いをしているが、幼稚園で一
緒になって以来、小中高と12年を同じ学校に通い続けた二人にとっては、これが普通でしかない。
「まあそういうなって。どうせ聞かれたってこの辺じゃ近所のおばさんとかくらいだし、
気にすることもないだろ」
「……まあ、そうだけどさ」

18 名前:2/6[] 投稿日:2012/08/04(土) 19:52:18.08 ID:LrF6YURx0 [6/15]
 彼の気軽な言葉に、彼女は渋々同意する。家から歩いてまだ数分。子供の頃から彼と一
緒に散々遊び場にして来たこの辺の住人に聞かれたところで、今更何を思われるでもない
のは確かなのだが、自分ももう来年は二十歳になるのだ。そろそろ大人の女性としての自
覚を持たなければ、という心が素直に認めることを拒んでいた。
「それより、どこ行くんだよ? 珍しく大人っぽい格好なんてしてさ」
「珍しくってどういう意味よ? 私だってもう大学生なんだし、こういう格好だってするっての」
 彼の物言いにムカッとした感じで彼女は言い返す。彼にしてみれば、夏場の彼女の格好
といえば、Tシャツかノースリーブのキャミソールにショートパンツというイメージが強い
ので、今日のようなワンピースに日傘を差して歩く彼女なんていうのは実に新鮮に見えた
のだが、彼女からしてみると馬鹿にしているようにしか思えなかったのだ。
「大学生になったから……ねえ? それだけで、化粧してめかし込んだりするか? おま
けに日傘まで差したりとか、随分イメージ変えようとしてんじゃん」
 彼は彼女の格好を、まるで揶揄するかのように評した。素直に彼が褒めることが出来な
いのには理由がある。何となく、頭に浮かんだ嫌な予感。それを表に出さないように、彼
はワザとそんな態度を取っていた。すると、彼女はいきなり、まさに彼の不安を見抜いて
いるかのような答えを返した。
「そうよ。だってデートだもん。少しは気張らないと」
「マジ!?」
 驚いて彼は聞き返す。しかしそれに、彼女は間髪入れずに答えた。
「ウソよ。何驚いてんのよ、このバカは」
 何気ない風を装いつつ、彼女は密かに満足する。これで、さっきバカにされた憂さがちょっ
と晴れたからだ。
「いや、だって今まで彼氏いそうな素振りとかなかったからさ。俺とも大体週末は会ってたし」
 そうは言っても、大学生になり、初めて別々の学校に通うようになってからは、彼女と
会う機会はめっきり減っている。それに、会うと言っても、夜にちょっと彼の部屋に来て、
近況とか愚痴とか交換する程度だから、以前と比べると普段の彼女を知る機会も減ってい
る。だからこそ、恋人が出来たんじゃないかという不安が芽生えたりする訳なのだが。

19 名前:3/6[] 投稿日:2012/08/04(土) 19:52:51.87 ID:LrF6YURx0 [7/15]
「甘いわよ。女なんてのはね。アンタみたいな鈍感じゃあ気付きもしない秘密をたくさん
抱えてるんだからね」
「でも、彼氏はいないんだろ?」
 わざと偉そうな態度で悪女っぽさを主張してみたのに、あっさりと彼に切り返された。
しかも、一番気にしている事を。
「うるっさいわね!! これから素敵な出会いとかいくらだって可能性あるでしょうが。
そうなっても、アンタは気付きもしないでしょうけどね。鈍感だから」
 厳しい口調で毒づきつつ、彼女は内心、全く逆の意味で彼を罵る。
――他人事みたいに言って。誰のせいで彼氏が出来てないと思ってるのよ。全部アンタに
甲斐性が無いせいじゃない。
 そしてまた、こうも思った。
――そもそも、私が持ってる秘密ってアンタの事なのに…… 他の人から見たら、何て考
えもしないのよね。この鈍チンは。
 どうやら、彼女の日常に大きな変化はないようだと悟った彼は、ホッとしつつ話を軌道
修正する。
「で、本当はどこに行くところだったんだよ? 友達と約束か?」
 自分の質問に、ふと彼は考える。彼氏はいなくとも、友達グループの中に気になる男が
いるかも知れないと。しかしすぐに、その可能性は低いと彼は断じた。腹芸の苦手な彼女
なだけに、もし意識している男がいるなら、さっきのやり取りでもう少し動揺があっただろうと。
「図書館よ。大学の必修でレポート提出の課題が出てるから、それの参考資料を見繕いに
ね。つまんない資料本にお金使いたくないし」
 彼女の答えに心のどこかで安堵を覚えたせいもあってか、彼はちょっとバカにしたよう
な感想を返す。
「何だ、図書館かよ。つまんね。かなみにしては珍しくオシャレな格好とかしてるから、
もうちょっと面白いトコでも行くのかと思ったら」
「だから言ったでしょ? 私だって高校の頃とは違うんだから。別に誰かと会うとかじゃ
なくたってちゃんとした格好くらいするわよ。アンタと違ってね、こっちはもう大人なんだから」

20 名前:4/6[] 投稿日:2012/08/04(土) 19:53:24.58 ID:LrF6YURx0 [8/15]
 不満気に睨み付けつつ言い返す彼女に、彼は内心、高校卒業してまだ4ヶ月しか経って
ないじゃん、と突っ込みを入れる。しかしそれは口には出さず、代わりにもう一つ気になっ
たところを聞いた。
「ところでさ。服装とかはいいとしても、日傘差してるところなんて初めて見たぞ。一体
どういう風の吹き回しだよ」
「ああ、これ?」
 彼女はクルリと日傘を回して彼にアピールして見せた。
「こないだ買ったの。夏になると日差しが強いからね。昼間出かける時はこれでお肌予防
しなくちゃ、シミの元になっちゃう」
「お肌予防って、またかなみの口から似合わない言葉が出て来やがったな。ついこないだ
まで平気で素肌晒して炎天下走り回ってたってのに」
 意地悪い顔してからかって来る彼にムカッと来て、彼女は日傘を窄めると、彼に向かっ
て先端をエイッと突き出した。
「あぶねっ!! 何すんだよ、このバカ。刺さったら痛いだろが」
「何よ。アンタが私をバカにしてからかったりするから悪いんでしょ? そりゃ、高校の
時まではそうだったけどさ。こういうのは早めに予防しとかないと、年取ってシミやそば
かすだらけになってからじゃ遅いんだから」
 むくれて言い返してから、彼女はもう一度日傘を開いてかざす。確かにこうして見ると
何となく、今までと違って大人びた雰囲気に見える。しかし、卒業後もしょっちゅう顔を
合わせている割に、何で今まで気付かなかったのかと不思議に思ったのもつかの間、彼は
すぐにその理由に思い至った。
「でも、俺んち来る時は今までと全然変わんないよな。大人意識してるとか言っときながらさ」
 彼の部屋に来る時の彼女の格好は、この時期ならTシャツかキャミソールに短パンかス
パッツにミニの組み合わせといった、高校時代と変わらないラフなスタイルである。それ
を突っ込むも、彼女はさも当然と言った風に鼻を鳴らした。
「あったり前でしょ? 何でたかがアンタの部屋に行くのにオシャレしなきゃなんないの
よ。意味が全く分からないわ」
「だって、高校の時の自分とは変わるんだろ? だったら、幼馴染とはいえ、男の部屋に
行くのに、部屋着みたいなカッコでいいのかよって思って」

21 名前:5/6[] 投稿日:2012/08/04(土) 19:54:02.77 ID:LrF6YURx0 [9/15]
「いーの。そもそも大体アンタの事男だなんて意識してないし。自惚れるのもいい加減に
なさいよね」
 イーッと歯をむき出しにして毒づく彼女に、彼は小さくため息をついて舌打ちした。
「チェッ。そういうトコ、全然子供なクセに格好だけ大人のフリしたって無駄くさい気が
するんだけどな」
「うるさいわね。だったら、アンタの方こそ、ちょっとは私をハッとさせるような男らし
さを持ちなさいよね。子供の時からちっとも変わってないんだから。ホントに」
 しかめ面で言い返しつつ、内心ではかなり不満だった。最近では、彼の部屋に行く前に
必ずシャワー浴びて、シャンプーもコンディショナーも風呂上りの匂いまで気にして選ん
でるし、服装だってそれなりにちゃんと姿見で確認して、彼の目を引きそうな格好を選ん
でいると言うのに、鈍感すぎて泣けて来ると。
「分かった分かった。まあ、俺がちょっと本気出せば、かなみも十分俺の男らしさを意識
するようになると思うぜ」
 冗談交じりに言いながら、ポーズなんて取りつつカッコつけて見せる彼に、彼女は呆れ
たような顔で答えた。
「言ってなさいよ。まあ、アンタがどんなに努力したところで、私を惚れ惚れさせたりと
か、出来っこないでしょうけど」
 内心の思いとは裏腹に、そんな強がりを言うと、彼はそれに答える代わりに小さく欠伸
をした。それが自分の言葉をバカにしたと思って、彼女は彼を詰る。
「あ、今アンタ欠伸したわね? ちょっとどういう事? それ、私の言った事が馬鹿馬鹿
し過ぎるとかそういう意味?」
 怒って詰め寄ってくる彼女に、慌てて彼は弁解する。
「違うって。昨夜一晩中パン工場のバイトでさ。今帰りだったんだって。だから、これか
ら帰って寝るとこだったから」
「ふーん」
 生返事しつつ、彼女は彼をジロジロと見た。何かパッとしないシャツとジーンズの組み
合わせも、バイト帰りと言うなら確かに納得出来なくもない。それにしても、高校までは
教室の掃除さえ真面目にやろうとしなかった彼がバイトというのも、何か成長を窺わせる
ように思えた。
「じゃ、私もう行くわ。こんなトコで長話して汗だくになりたくないし、時間の無駄だもの」

22 名前:6/6[] 投稿日:2012/08/04(土) 19:54:44.00 ID:LrF6YURx0 [10/15]
 そう言って彼女は、ワンピースの胸元を持って中に風を送る。その仕草に彼は少しドキ
リとしたが、それはおくびに出さず、頷いて答えた。
「ああ。俺もさすがにもう眠いし。じゃ、またな」
「今晩、顔出すから。またそん時にね」
 自転車にまたがった彼に振り向いて言うと、彼は笑顔で片手を上げた。
「おう。じゃ、また夜にな」
 そう言って二人は別れた。
 自転車を漕ぎつつ、彼は彼女の格好を思い出す。高校時代とは違い、清楚で大人びた服
装は、彼女をグンと大人に見せていた。
「確かに俺も、少しは男らしくならないと……横に並べないかな」
 筋トレして、もう少しマメに美容院行って、服装にも気を遣って……そんな事を考えな
がら、時折彼女の事を思い出しつつ、彼は家路に着いたのだった。


終わり
最終更新:2012年08月25日 00:57