1/6[sage] 投稿日:2012/07/31(火) 01:46:51.37 0
日曜日。今日も今日とて愛しの先輩は僕の部屋でゴロンゴロンしている。人のベッドを
完全占拠して、時折寝返りを打ちながら漫画を読んでいた。が、どうにも身が入らないら
しく、時折僕にちょっかいを出して来ては、同じような愚痴を口にする。
『ていっ!!』
「ちょっ…… 止めて下さいってば。唐突に後ろからタオルを顔に被せるのは。窒息した
らどうする気なんですか」
『あたしは別府君が死んでも一向に困らないもん』
被せられたタオルを外して先輩の方に向き直ると、澄ました顔でそう言われた。まさか
冗談だとは思うが、ここまで即答されると、時折先輩の言動は本気なのではないかと疑い
たくなってしまう。
「僕は嫌ですよ。大体、先輩にしたってこの部屋に来られなくなれば、困るんじゃないん
ですか?」
そう聞くと、先輩はわざとらしそうに不快な表情を作って僕を睨みつけた。
『あのね。勘違いしないで欲しいんだけど、あたしは暇で暇でしょうがない時だけ、この
部屋に来てあげてんのよ? お客様なのよ? それが何? ドヤ顔でこの部屋に来られな
くなったら困るでしょうって、偉そうに。あたしは別にこの部屋に来られなくったって、
ぜんっぜん困りやしないんだからね』
それが本心でない事は、ムキになっている点から容易に察せされた。
「そういう割には、ほぼ毎週来てるような気がしますが。いいんですか? 女子大生にも
なってそんな事で」
もう同じような事は何度言ったか分からない。僕らが大学に入学して以来だから、かれ
これ15回は言ったんじゃないだろうか。
『アンタに説教臭く、あたしの生活を云々言われる筋合いはないわよ。大体ねえ。せっか
く女の子が部屋に遊びに来てあげてるのに、何の娯楽も提供出来ず暇させてるって、どん
んだけ甲斐性なしなのよ』
不満気に吐き捨ててベッドにドサリと音を立てて勢いよく先輩は腰掛ける。その先輩の
顔に手をかざし、指折り数えつつ僕は反論した。
「いいですか? お茶にお菓子。場合によっては昼ごはんも提供して、さらには漫画に小
説、ゲームにアニメやドラマや映画のDVDまで揃えて、これだけの恩恵に預かりつつ、何
の娯楽も提供出来てないって、よくそんな事が言えますよね?」
444 名前:(自炊)ツンデレと雨の日の散歩をしに行ったら~前編~ 2/6[sage] 投稿日:2012/07/31(火) 01:47:34.22 0
実際、先輩の為に好みに合いそうなドラマをチェックして録画しておいたり、先輩が面
白そうだから買えと言った漫画を揃えたりと、文句を言われない為にはそれなりに努力し
ているつもりだ。まあ、先輩の為の努力は苦痛にならないからいいとして、全く努力して
いないと言われれば、さすがの僕も不満の一つや二つは言いたくなる。しかし先輩は、分
かってないとばかりに首を横に振った。
『今が大事なのよ、今が。漫画も全部読み終わったのばっかで、これも3度目。ゲームは
最近面白いのがないし、DVDも別にこれといってよさげな新作もないし。もー退屈で退屈
で死にそうなんだけど。アンタ自分一人でパソコンで楽しんでないで、何とかしなさいよね』
指差しながら、これみよがしに僕が悪いとばかりに責任転嫁されても困るわけだが。
「何とかしなさいって、どうすればいいんですか? 何かして欲しい事とかあります?」
試しに聞いてみると、先輩は露骨に呆れたため息をついた。
『アンタ、バカ? 分かってたら退屈なんてしないわよ。退屈しのぎを考えるのがアンタ
の仕事だって言ってんのに、分かんない訳?』
「分かってますよ。ただ、一応聞いてみただけです」
正直、ノープランでぶん投げられても困るわけだが、それを先輩に文句言うのは今更過
ぎるので、心の内にしまっておいた。
『あーあ。貴重な日曜日なのに天気は悪いし、する事はないし、別府君は使えないし。もっ
たいないなー』
ぼやきながら、先輩はもう一度僕のベッドに寝転がる。正直、先輩みたいな可愛い子が
自分のベッドに横になってるってシチュエーションは男子一生の憧れなのかも知れないが、
こうやって意識しないとドキッとしないのは、最近僕も、感覚が麻痺してきていると思う。
「じゃあ、映画でも行きます? それとも、モールで買い物とか」
とりあえず、思いつきでいくつか並べてみる。しかし先輩はあっさり首を振った。
『今月もうお金ないもん。それに映画だったらここでまだ見てないDVDもあるじゃない。
モール行ったら、絶対無駄なお金使っちゃうし、そもそも行く先一緒じゃない』
案の定、否定された。とはいえ、会話の中からいいアイデアが浮かぶ事もあるので、僕
はさらに続けてみる。
445 名前:(自炊)ツンデレと雨の日の散歩をしに行ったら~前編~ 3/6[sage] 投稿日:2012/07/31(火) 01:48:13.30 0
「じゃあ、ツタヤ行って面白そうなDVDとかゲーム物色するとか。見てると興味湧いて来
るものも出て来るかもしれませんよ?」
しかし、それにも先輩は首を振る。
『だからさ。今ここにあるもの以外で考えてよ。何かあたし達って引きこもり臭くて超情
けなくない?』
僕の枕を抱いて、先輩が不満気に言う。体を曲げて、横向きに寝転がったまま、肩膝を
曲げて抱く。ショートパンツから伸びる真っ白い太ももが強調されて、その格好はちょっ
とエロチックだ。その感情を必死で押し殺し、気分をごまかす為にも、僕はため息をつく。
「雨の日なんだから、運動とか好きな人だって今日は家で休んでますよ」
『そんなの分かってるけどさぁー』
気力の無い、間延びした声で先輩は問い掛けてきた。
『何か、あたしたちって晴れでも雨でも同じ事してる気がしない?』
「それは、先輩がインドア派であまり出たがらないからじゃないですか」
即答すると、先輩は急にガバッと体を起こすと、バンと手でベッドを叩いて僕を睨み付
けて怒った。
『何言ってんのよ。アンタこそ引きこもりのオタクみたいな事しかしてないじゃない。パ
ソコンとかアニメとかゲームとか。人の事言えないくせにあたしのせいにしないでよね』
「先輩が、外でテニスでもしない?とか誘ってくれれば、僕はいつだって喜んでご一緒し
ますけどね」
真顔でキッパリと言い返すと、先輩は何故か驚いたように目を見開き、頬を染めた。そ
れから、もう一度ベッドに横になると、僕に背を向けて丸くなった。
『う、うるさいわね!! いつだって調子のいい事ばっかり言って。と、とにかく何か退
屈しのぎを考えなさいよ』
はて? 何か照れさせるような事を言っただろうかと疑問に思いつつも、僕は先輩の答
えを探す。雨だし、家で出来るような事でありつつ、引きこもりらしくない事という難し
い命題に僕は頭を悩ませた。外を見ると、霧雨のような細い雨が、まだ地面を濡らしていた。
――全く、先輩はいつだってワガママなんだから……
内心愚痴りつつ、そこが先輩の可愛いところなんだということも同時に理解していた。
だからこそ、高校の時から今まで、ずっと傍にいるのだから。
――雨。暇つぶし。引きこもらない。お金使わない。うーん……
446 名前:(自炊)ツンデレと雨の日の散歩をしに行ったら~前編~ 4/6[sage] 投稿日:2012/07/31(火) 01:48:56.57 0
条件を並べ立てれば並べ立てるほど、無理な要求に思えてくる。一旦ここは全てリセッ
トしようと、僕は思った。いっそ、一番先輩らしくない事を考えてみるのはどうだろうか。
まあ、運動は無理としても、散歩くらいとか。
「――!!」
それを考えた途端、僕はピンと閃いた。すぐに考えを提案として先輩に向けて口にする。
「雨だからこそ、散歩に行くっていうのはどうですか?」
『は?』
先輩が怪訝そうな声を上げて僕を見た。その顔はいかにも、アンタバカじゃないのって
表情だ。しかし、予想されていた反応だったので、僕は怯みもせずに続ける。
「いや。どうせ何もする事がないんだったら、市民公園のハイキングコースをぶらぶらす
るのもいいかなと思って」
『こんな雨の日に? 冗談言わないでよ』
僕の提案を受けて、先輩が即反対する。しかし、僕は窓の外を指してみせた。
「今は霧雨で、傘を差せば濡れるような雨じゃありません。それに、こういう日だからこ
そ、違った景色も見えて来るかなって」
何か、説得を続けるうちに、僕の方が行きたくなって来た。しかし、先輩はちっとも乗
り気にならないらしく、体を起こそうとはせず、逆にまた僕から顔を逸らしてしまう。
『雨だろうが、市民公園は市民公園でしょ? 違いなんてないし、寒いし、めんどくさい
からヤダ』
「じゃあ、先輩は留守番してて下さい」
パソコン用の椅子から立ち上がり、僕は先輩にそう声を掛けた。すると初めて先輩が、
驚いたようなちょっと焦ったような顔で僕を見つめる。
『ちょ、ちょっと!! あたしを置いてくつもり?』
僕は、コクリと頷く。これは賭けだったが、別に負けても構いやしないと思っていた。
ほんの少しの時間でも、雨の公園をぶらつくのは気分転換になるし、先輩がどうしても嫌
なら一人でいいと、本気でそう思っていた。
「先輩が行きたくないなら仕方ありません。ちょっとだけ留守番していて下さい。お土産
に美味しい物買って来ますから」
しかし、それで納得してベッドに横たわったりは先輩はしなかった。体を起こして立ち
上がると、僕の前を塞いで服の裾を掴む。
『家主が客を置いて出掛けるってどういう事よ? アンタ、正気?』
詰るような先輩に対して、僕は頷くと、そっと優しく先輩の手を払う。
447 名前:(自炊)ツンデレと雨の日の散歩をしに行ったら~前編~ 5/6[sage] 投稿日:2012/07/31(火) 01:50:01.85 0
「置いてってほど大げさじゃありませんよ。市民公園なんて歩いて10分くらいの距離です
から、せいぜい一時間もすれば帰って来ます。それまで先輩は自由にしていていいですから」
しかし先輩は納得行かない顔で、抵抗する。
『時間の問題じゃないわよ。道義的な問題の事を言ってるの。普通、お客様を置いて家の
人が私用で出掛けたりしないでしょ? 何考えてるのよ』
色々と突っ込みたい所はあるが、それは抑えて僕は核心部分だけ言葉に出す。
「だから、お誘いはしたじゃないですか。でも先輩は行きたくないって。だから、一人で
行って来るんです。まあ、お持て成しの買い物ついでにちょっと散歩してくるだけって考
えれば、道義的にも問題ないと思いますよ」
僕の言葉に、何か言い返す言葉は無いかと、先輩は一生懸命考え始めた。この時、僕は
確信する。これは付いて来るだろうな、と。
『で、でもやっぱりだからって、あたしを置いて一時間も一人で出歩くなんて普通有り得
ないし。買い物だけ済ましたらさっさと帰って来るべきじゃない?』
「じゃあいっそ、客を放って出掛けるなんてとんでもないって、怒って帰ります? 道義
的におかしいなら、それも選択肢の一つですけど」
敢えて一番先輩が取らない事を言うと、先輩はグッと下唇を噛み、弱気にうつむく。
『べっ……別に、そこまで怒るほどの事じゃないけど……けど、やっぱり……』
「じゃあ、大人しく待っていて下さいよ。それとも、一緒に来ます?」
ここでもう一度、先輩を誘ってみる。案の定、ハッと顔を上げてから、先輩は気まずそ
うに顔を逸らした。さっきめんどくさいから嫌だって言った言葉が引っ掛かっているのは
言うまでも無い。
『い、一緒に行くって……そんなの嫌だって言ったじゃない。雨降ってるし、寒いし、疲
れるし……』
さっきと同じ言葉を繰り返す。しかし、言葉に篭る力は半分以下だ。僕は笑顔で頷いて
見せる。
「だから、美味しい物買って来るから待っていて下さいと言っているんです。僕も先輩に
嫌な思いして付いて来て欲しくないですから」
448 名前:(自炊)ツンデレと雨の日の散歩をしに行ったら~前編~ 6/6[sage] 投稿日:2012/07/31(火) 01:53:18.62 0
バッグに財布を入れて、クローゼットからフリースを取り出す。時期が時期だけに、上
着を羽織るほどの寒さではないので、これで十分だ。後は特に持って行くものも無いだろ
う。頭の中で確認を終えると、僕は先輩に向けて言った。
「それじゃあ、行って来ます。そんなにゆっくりはしませんので」
『あ……あたしも行く!!』
大声で叫んでから、先輩はパッと顔を赤らめてそっぽを向き、慌てて言い訳を始める。
『か、勘違いしないでよね。行きたいって訳じゃないのよ。ただ、やっぱり人の部屋にあ
たしだけいるのって落ち着かないじゃない。それに、下に別府君のお母さんもいるし、万
が一鉢合わせでもしたら超気まずいじゃない。だから別に置いて行かれるのが嫌だとかそ
ういう訳じゃないけど……まあその、仕方ないから付き合ってあげようかなって……』
僕はニヤニヤしたい気分を抑えるのに必死だった。だって、気持ちが折れてるのを必死
で言い訳する先輩って、物凄く可愛いのだから。ただ、これを出してしまうと拗ねて撤回
してしまうかも知れない。僕も先輩と行きたかったから、だからここは何としてでも我慢
しなければいけなかった。
「分かりました。一緒に来てくれるのでしたら、僕はその方が嬉しいですから」
頷いて、毒のない笑顔を見せると、先輩はますます頬を紅潮させた。
『う……嬉しいとかって、あたしは全然嬉しくないし。だからその……散歩帰りに、美味
しいスイーツたくさんご馳走して貰うからね。そのくらいはしてくれるんでしょ?』
スイーツに釣られた風を装う先輩を微笑ましく思いつつ、僕はコクリと頷いた。
「もちろんですよ。じゃあ、先輩も行く準備して下さい。そのままじゃ風邪、引きますか
らね」
すると先輩はわざとらしく肩を落とし、ハンガーに掛けておいたニットのガウンを手に
取りつつ、ぶつくさと文句を言った。
『あーあ。何であたしまで出掛けなきゃならないんだか。それもこれも、全部別府君の気
まぐれのせいなんだからね。こんな雨の日に散歩だなんて、ほんっと、バカげてるとしか
言いようがないわよ』
ここでじゃあ来なくてもなんて言うと、また同じ事の繰り返しになってしまう。かといっ
て謝るのも変なので、仕方なく大人しく文句を聞きつつ、先輩の支度が出来るのを待つのだった。
最終更新:2012年09月10日 22:11