466 名前:(自炊)ツンデレと雨の日の散歩をしに行ったら~後編~ 1/6[] 投稿日:2012/08/02(木) 06:55:00.41 0
『そしたらね、こうやって二人で手を繋いで、両手を広げるの』
「こう、ですか?」
 さすがにここまで来ると、先輩の意図は大体読めた。なるほど。興味が無いから思考が
停止していただけで、実に簡単な事だった。
『そう。で、今別府君の左手の先にあたしの傘が置いてあるでしょ。そこを始点と考えて、
今度は別府君があたしの反対側に回って同じように手を繋いで両手を広げて。これを繰り
返していけば、おおよその長さは測れるじゃない。あとは、家に戻ってから、メジャーで
あたし達の両手を広げた長さを測れば、何メートルか出るでしょ』
「まあ、そうですね。言われてみれば、確かに簡単なことでした」
 うっかり本音を漏らしてしまって、アッと思った時にはたちまち先輩は不機嫌そうな顔
になってしまう。
『何よ。自分なんて思いつきもしなかったくせに。バーカ、バカ。少しはあたしを褒めて
くれたっていいでしょ?』
 拗ねてしまった先輩に、僕は思わず笑い出しそうになってしまう。本当にこの人は、子
供っぽくて可愛らしいのだ。
「分かりました。よく思いつきましたね。先輩は頭いいですよ」
『むーっ!! 何かその言い方、小学生を褒めてるみたいで、逆にバカにされてるみたい
に聞こえるわよ』
 褒めてあげたのに、逆に叱られた。どうやらもう時期は逸したらしい。
「僕なりにちゃんと褒めたつもりなんですけどね。じゃあ、どう褒めればいいですか?」
『もういいわよ。大体、あたしに言われて褒めてたんじゃ、うそ臭くてしょうがないじゃ
ない。ホントアンタって、いつだってあたしをバカにしてるんだから。大っ嫌い』
 憤慨する先輩を横目で見て、僕は肩をすくめる。こういう所も、本当に子供だ。
「で、今度は僕が先輩の反対側に回ればいいんですね?」
 仕方なく先輩を宥める事は諦めて、僕は作業を続けることにした。ちなみに怒っている
間も、先輩はしっかり僕の手を握り続けていた事は付け加えておく。
『え? そう。そうよ。早くしなさいよね』
 まるで思い出したかのように僕の手を離して、先輩が指図した。言われるがままに先輩
の反対側の隣に行き、両手を伸ばして先輩の手を掴む。それから、もう一方の手を真っ直
ぐに横に伸ばした。

467 名前:(自炊)ツンデレと雨の日の散歩をしに行ったら~後編~ 2/6[] 投稿日:2012/08/02(木) 06:55:32.41 0
「これでいいですか?」
 先輩に確認すると、コクリと彼女は頷く。
『うん。今度はあたしがそっちに行くから、そのままジッとしてて』
 言われるがままに両手をいっぱいに広げて待っていると、僕の右手を先輩がギュッと握
る感触があった。
『よし。じゃあ、今度は別府君が動いて』
 同じ事を、何度か繰り返すと、最初の傘の所に戻って来た。
「先輩。ちょうど一周しましたけど」
『ちょっと待ってて。今、体のどのくらいかチェックするから』
 先輩が僕の傍に駆け寄ってくると、幹に立てかけた傘を、木と垂直の方向で僕に向けて
倒してくる。
『うんうん。最初が別府君の左手からだったから、ちょうど4回と別府君のベルトのやや
右側か。覚えとかないと』
 慎重に場所をチェックする先輩を見下ろすと、髪の毛がキラキラと光っていた。どうや
ら、雨粒に濡れてしまったらしい。霧雨とはいえ、傘も差さずに木の幹の周りを回ってい
たのだから、濡れるのも当然だろう。
「先輩。終わったらちょっといいですか?」
『何よ。もう大体チェック終わったけど』
 屈んでいた先輩は、体を起こすとすぐ間近で僕を見上げた。僕は、バッグからハンドタ
オルを取り出すと、それを先輩に示す。
「髪、濡れてますから。拭いてあげますよ」
 僕の申し出に、先輩はドキッとした感じで目を見開く。それから咄嗟に体を引いて手を
差し出した。
『い、いーわよ。自分で拭くから、タオル貸してよ』
 しかし、僕は首を振ってそれを拒絶する。
「僕が拭いてあげたいんですよ。ほら、こっち来て」
 差し出された手を握ると、そのまま僕の方に引き寄せる。
『キャッ!?』
 悲鳴を上げる先輩を抱きとめると、そのまま肩を抱いて支え、残った手で先輩の髪の毛
を優しく拭く。

468 名前:(自炊)ツンデレと雨の日の散歩をしに行ったら~後編~ 3/6[] 投稿日:2012/08/02(木) 06:56:03.88 0
「ジッとしてて下さいね」
 身悶えして抵抗しそうな感じがしたので、言葉で制しつつ拭き続けると、先輩は僅かに
頭を振って抵抗した。
『やだ、もう。髪、グシャグシャになっちゃうじゃない』
「大丈夫ですよ。そんなに濡れてませんし、ちょっと櫛で梳かせば先輩の髪は質が柔らか
いですからね。すぐ元に戻りますよ。はい、オッケーです」
 先輩の髪をじかに手で梳くって濡れ具合を確かめてから、僕は先輩を解放する。先輩は
慌ててバッグから手鏡と櫛を取り出し、髪をチェックしつつ、櫛で髪型を整える。
『もう、アンタってば時々強引なんだから。そういう所も大っ嫌いよ』
「すみません。どうしても拭いてあげたかったものですから」
『反省もしてないくせに謝らなくたっていいわよ。それより、タオル貸して』
 手鏡と櫛をしまうと、もう一度僕にタオルを要求して手を差し出す。先輩の意図が分か
らず首を捻りつつも、僕はタオルを渡した。
「はい。でもこれで何をするんです?」
 体でも拭くのだろうか? でも、服も若干濡れているとはいえ、これはタオルで拭うほ
どではないと思うんだけど。とか考えていたら、いきなり耳を引っ張られた。
「イタッ。何するんですか先輩」
『だって、頭が高いんだもん。ほら、こうするの』
 強引に僕の頭を下げさせると、先輩はタオルで僕の頭をワシャワシャと拭き始める。
『散々人の頭をグシャグシャにしてくれたから、これはお返しよ』
「待って下さい。僕はこんな乱暴にやってませんって。あと、耳引っ張らないで下さいっ
てば。ちゃんと頭下げますから」
 腰を落として先輩の拭きやすい位置まで頭を下げる。
『そんなもの、お返しは三倍に決まってるでしょ? ほら』
 それでも先輩は、拭き終わるまで耳から指を離してはくれなかったのだった。


「……そろそろ、お茶でも飲みに行きますか?」
 タオルをしまって、落ち着くと僕は提案した。先輩はコクリと頷く。
『そうね。誰かさんのせいで余計な体力使っちゃったし』

469 名前:(自炊)ツンデレと雨の日の散歩をしに行ったら~後編~ 4/6[] 投稿日:2012/08/02(木) 06:56:34.64 0
「この程度のおふざけで体力消耗とか、先輩はおばあちゃんですか」
 ふざけてからかうと、先輩は露骨に不機嫌そうな顔で口を尖らせた。
『うるっさいわね!! 気分の問題ってのもあるのよ。大体、ここまでだって結構歩いて
んだから、十分体力使ったじゃない』
「そうですね。先輩の普段の日曜に比べれば、確かに」
『またそうやって人を小馬鹿にするんだから。ホント、アンタってばサイテー』
 単に事実を指摘しただけなのに、先輩に拗ねられてしまう。
「バカにされてると思うんでしたら、もう少し体を動かすとかすればいいじゃないですか。
今日みたいに散歩でもいいし、どこか遊びに出かけるなりしてもいいと思いますし」
 映画は時たま見に行くが、基本先輩は家でダラダラしてるのが好きな人だ。僕としては
もう少しデートらしいデートもしてみたいと思って提案してみたのだが、あっさりと跳ね
除けられた。
『冗談言わないでよ。何の気兼ねなしにゆっくり羽を伸ばせるからこそ、アンタの家にお
邪魔するんじゃない。そうでなかったら、何もアンタとなんて一緒に過ごす必要もないわよ』
 もちろん僕は、先輩がそれだけの理由で僕の家にほぼ毎週のように来ている訳ではない
と信じてはいるが、こうもキッパリと言われると、さすがに気持ちもグラ付かざるを得ない。
「そんな、僕の部屋を休憩所代わりに使わないで下さい。遊びに来られるのでしたらいつ
だって歓迎しますけど、無料で使える施設程度にしか思っていないのでしたら、さすがに
ちょっと心外です」
 真面目な顔で先輩をまっすぐに見て訴え掛けると、さすがの先輩もウッと戸惑うような
顔を見せた。それから、慌てて取り繕って来る。
『べ……別にそこまでは思ってないわよ。ただ、あたしはその……あの部屋ではリラック
スしてゆっくりしたいなって事。ただでさえ、平日は忙しいんだからさ』
 先輩の態度を見て、まあこれなら大丈夫だろうと僕は内心ホッとしつつ頷く。
「分かりましたよ。それより先輩。傘、差さないとせっかく拭いたのに、また大切な髪の
毛が濡れてしまいますよ」
『……え? あ、うん……』
 先輩は手に持った傘に視線を落とす。それから少し、何かを迷うように僕と傘を交互に
見ていたので、怪訝に思って僕は様子を窺う。

470 名前:(自炊)ツンデレと雨の日の散歩をしに行ったら~後編~ 5/6[] 投稿日:2012/08/02(木) 06:58:57.57 0
「先輩? どうしたんですか?」
 すると先輩は、いきなり自分の傘を僕に差し出した。顔は何故か、恥ずかしげに俯いて
いるように見える。するといきなり、予想外の言葉を口にした。
『あの……これ、持ってて』
「はい?」
 思わず僕は、先輩をジッと見つめる。傘を差すよう促したら、僕に持っててくれとは意
味が分からない。しかも、何かをするから一時的に持ってて欲しいと言う感じでもないし。
「あの、どうしてですか? 僕が持ってたら傘差せませんけど……」
 そう聞くと、先輩は僕を睨みつけるように上目遣いでチラリと見てから、また視線を逸
らした。
『……疲れて、傘差すのがかったるくなっちゃったから。だからこれはアンタが持ってて
よね。私は、アンタの傘に入るから』
 そう言って、先輩は既に開いている僕の傘の中にスススッと入って来た。つまりは僕に
寄り添って来たという事だ。この状態はつまり…… ちょっと考えてから、僕は結論を出
した。
「ああ。つまり、僕と相合傘で帰りたいと、そういう事ですね?」
『違う!!』
 僕の指摘を、先輩は全力で否定する。しかし、顔がほんのりと赤くなっているのは否定
が事実では無いと物語っている。それでも先輩は、慌てたかのように言い訳を続けた。
『い……言ったでしょう? 傘差すのがめんどくさくなっただけだって。そ、そりゃこう
したらアンタと相合傘になっちゃうのは、あたしだって理解はしてるわよ。だけど、それ
は仕方なく許容しているだけであって、したいって思ってる訳じゃないんだからね』
 そんな先輩を、僕は少しの間無言で見つめていた。照れていじいじしている先輩は、本
当に観賞に値する可愛らしさがある。
「……たまには、したいって言ってくれると、僕は凄く嬉しいんですけど」
 呟くように先輩に言うと、先輩の顔の色がさらに赤味を帯びた、しかし表情は反対に怒っ
ていく。頭を振り、先輩は断固として拒絶する。
『無理!! だってしたい訳じゃないんだから!! いい? してもいいって思うのとし
たいと思うのはね。天と地ほどの違いがあるんだから。そこを理解しなさいよ。分かった?』

471 名前:(自炊)ツンデレと雨の日の散歩をしに行ったら~後編~ 6/6[] 投稿日:2012/08/02(木) 07:02:29.00 0
 どうやらこれ以上は諦めざるを得ないようだった。僕はクスッと笑って頷く。
「分かりました。じゃあ、あくまで先輩のご好意という事で、僕がそれに甘えさせて貰う
とします」
 そして、先輩の肩を抱くと、グイッとこっちに引き寄せた。
『キャッ!? ちょ、ちょっと何するのよ?』
「肩を濡らさない為ですよ。少し雨粒も大きくなってきましたしね」
 まだ、傘を叩く音がするほどではないが、手の平を傘の外に出すと、粒が当たるのが感
じられる。先輩はというと、身をよじって抵抗するでもなく、僕に抱かれたままになって
いたが、やがて顔を上げてコクンと頷いた。そして不満そうに目を逸らす。
『し……仕方ないわよね。濡れないため、だもんね……』
「そうですよ。僕は役得だと思ってますけど、あくまで先輩は仕方なくです。それでいい
でしょう?」
『や……役得とか言うなっ!! 全くもう……別府君てば、イヤらしいんだから……』
 そう言いつつも、やっぱり先輩は僕に身を委ねてくれる。いや、心なしか自分から体を
くっつけて来ているようにすら思える。
「それじゃあ、お茶しに行きますか。甘い物もご馳走しますよ」
『……今日は、高いのだからね?』
「はいはい。僕の財布が許す限りで」
 僕は公園を出るとき、最後にもう一度森を仰ぎ見て、また先輩とこうして雨の日の散歩
に興じたいなと思ったのだった。


終わり
最終更新:2012年09月10日 22:12