596 名前:1/4[sage] 投稿日:2012/08/16(木) 22:11:04.70 0
- ツンデレがコミケで着るコスプレ衣装を悩んでいたら その1
コンコン。
部屋をノックする音に、私は慌てて、床に散らばせた服をかき集めた。
『はい? 誰だ?』
「美琴。俺だけど、入っていいか?」
廊下から聞こえて来たのは、気心知れた幼馴染の声。私は安堵して服を脇に置くと、返
事をした。
『いいぞ。入れ』
「それじゃ、失礼します」
姿を見せたのは、別府タカシという同い年の平凡な感じの男子だ。容姿はそこそこだが
人目を引くほどイケメンでもなく、やや痩せた体も特に筋肉で締まっている風でもない。
『ほれ、とりあえず座れ』
クッションをポンと彼の足元に放る。
「そんじゃ失礼して」
タカシはクッションを尻に敷き、胡坐をかくと、細かい挨拶抜きでいきなり質問をぶつ
けてきた。
「で、どうしたんだよ。美琴が俺を部屋に呼ぶなんて珍しい」
『あ、ああ。それなのだがな』
心の準備無しで、いきなり核心に入って来た事に、私は些か戸惑いを隠せなかった。し
かし、聞かれた以上答えない訳にも行かない。私は深呼吸をして心を落ち着かせると、覚
悟を決めた。
『本来ならば、お前の吐く息で部屋を汚染されたくないのだが、今日ばかりは致し方ない』
そこで言葉を区切り、私はあごを引き、半ば彼を睨み付けるように見つめた。
『他でもない。実は、お前に頼みたい事があって呼んだ』
タカシはキョトンとした顔をしつつ、頬を指で掻きつつ頷いた。
「まあ、お前からの頼みごとってのはしょっちゅうだから意外でもないけど、部屋にわざ
わざ呼んでってのはないわな。で、どんな用事だ?」
基本的には、用があれば私からタカシの部屋に出向く方がほとんどなのだが、今日の用
事ばかりはそういう訳にも行かなかった。
597 名前:2/4[sage] 投稿日:2012/08/16(木) 22:11:36.27 0
『タカシ。お前、アニメとか漫画とかゲームは好きだろう?』
「は?」
唐突に私の放った質問に、タカシは戸惑った返事をした。予想された態度に、私はわざ
と憤ったように荒く鼻息をついて、先を促す。
『いいから答えろ。そういったサブカル的なものに詳しいのかどうか』
「あ、いや…… まあ、人並み程度には興味あるけど、それがどうかしたのか?」
『いちいち質問をするな。順序立てて説明しているのだから、お前は大人しく、聞かれた
事に答えていればいい』
厳しい目付きで睨みつけて注文を付けると、タカシは諦めたようにため息をついて頷いた。
「分かったよ。まあ、とりあえず話を続けてくれ。今度からはちゃんと大人しく、聞かれ
た事に答える以外は大人しく聞いてるからさ」
彼の答えに満足して、私は頷いた。
『よし。とりあえず、お前が漫画アニメの知識がそこそこ豊富であれば良い。そこで、これだ』
私は、脇に置いていた服を取ると、一着ずつ広げて彼の前に並べてみせた。
「へえ。これってコスプレの衣装じゃん。もしかして、美琴が着るのか?」
『さっき言ったばかりだろう。いちいち質問するなと』
私は声を荒げて注意する。正直、こんな事を相談するなんて本来恥ずかしくて絶対に無
理なのだ。それを、先を急かすような質問をされても答えられるわけが無い。
「ああ、ゴメン。いや、まさか美琴がこんな衣装持ってるだなんて想像もしてなかったからさ」
『無論、私のではない。これは借りた……というか、押し付けられたようなものだ』
その時の事を思い出して、私は小さくため息をつく。タカシは不思議そうな顔をしつつ
も、無言で視線だけを衣装と私に交互に送っている。そこで私は話を続けた。
『……うちのクラスの委員長……尾田風花が、オタクだと言う事は知っているな?』
「ああ。オタク男子のアイドルだからな。可愛くて真面目で清楚可憐で頭も良くて、なの
に深夜アニメやラノベに嵌まりまくってるって。俺も二、三度話したけどさ。正直、話が
ディープ過ぎて付いて行けなかったくらいだし」
タカシの答えに満足すると、私は先を続けた。
598 名前:3/4[sage] 投稿日:2012/08/16(木) 22:12:14.42 0
『実は、この間の期末試験では、彼女に凄く世話になったのだ。お前も応援に来たから知っ
ているだろうが、弓道部の県大会がちょうど試験の3日前だったろう? それまで私は
全く勉強してなかったからな。何とか補習だけは避けられる点数を取る為に、彼女に勉強
を教えて貰ったのだ』
するとタカシは、急に謎が解けたかのような顔でポンと手を叩いた。
「ああ。あれ、委員長に教えてもらったからか。美琴が全く勉強してないのは知ってたけ
ど、全教科きっちり平均点以上はキープしてたから、一体どんな勉強したのか不思議だっ
たんだけど」
『まあな。彼女の教え方はさすがだったよ。要点をしっかり抑えて、私の苦手な所をすぐ
に把握して、さらにテスト対策として集中すべきポイントも教えてくれたからな。ただ、
後になってまさかこんな代償が来るとは思わなかったが……』
紙袋に入った衣装を手渡しつつ、にこやかに丁寧に、かつ断わりにくいようにお願いさ
れ、つい引き受けてしまった時の事を思い出して、私は唇を噛んだ。
「……代償ってのが、これか。何となく読めて来たけど」
タカシの言葉に、私は頷いた。
『そうだ。まさかコミケなどという場所で、こんな恥ずかしい仮装をしてだな。愛想を振
りまけなど、私が出来ると思うか? いや、確かに彼女に教えて貰わなければ、私は恐ら
く英語と数学……それに物理は確実に補習だったろうが…… しかも、当日は何万人とい
う人が来るそうじゃないか。確かに、お返しは何でもするとは言ったが、こんな事になる
とは……』
「へえ。美琴がコミケでコスプレかー。それは委員長GJだな。是非俺も見てみたいや」
ワクワクした声で気楽に言うタカシを、顔を上げて私は睨み付けた。
『お前……そんなに私を晒し者にしたいのか? こんな派手な衣装着て、人前に立つなど
出来る訳ないだろう!!』
「大丈夫だって。当日はコスプレイヤーなんて大勢いるから、いくら美琴が美人だって、
そうそう注目される訳じゃないさ。何もステージに立つ訳でもないし」
安心させるようにタカシが言ってくれた。しかし何より、美人だという一言が私の心を
くすぐらせたのは秘密である。
『それは……本当なのだろうな? 適当な事を言ったら承知しないぞ?』
599 名前:4/4[sage] 投稿日:2012/08/16(木) 22:13:04.06 0
嬉しさを顔に出さないよう、敢えて脅す口調で言うと、タカシは難しい顔で考え込んだ。
「いや……嘘は言ってないつもりだけど……でも、もしかしたら写真撮らせてくれって言
うのは結構あるかもな。委員長も多分コスプレするんだろ? 美琴と委員長だったら、相
当ポイント高いだろうし……」
『しゃ……写真だとっ!?』
その情景がパッと頭に閃き、私は驚きと羞恥で思わずタカシに食って掛かった。
『ふざけるな!! 何で私がこんな恥ずかしい格好を見も知らぬ他人に撮らせなければな
らないんだ!! そんなのは絶対にお断りだからな!!』
「待て待て待て美琴!! 苦しい!! 死ぬ!!」
タカシの必死の訴えに、途中で私は我に返り、慌てて手を離した。
『……済まん。お前とはいえ、さすがに殺害しそうになった事は謝罪しておこう』
軽く頭を下げると、タカシは手を振ってそれを退けた。
「ゲホッゲホッ!! いや、まあ大丈夫だから。動脈には入ってなかったし。けど、レイ
ヤーなんて撮られてなんぼってトコもあるみたいだからな。むしろ美琴みたいなのは異端だろ」
タカシの言葉に、自らの常識が崩壊していくのを感じて私は両手を床に着き、頭を垂れた。
『そうなのか…… 今の日本の若者はそこまで風紀が乱れきっていたのか……』
「いや。そんな大げさなものじゃないし。お祭りみたいなものだからな。まあ、郷に入れ
ば郷に従えみたいなもんでさ。その場の雰囲気に飲まれれば、恥ずかしさなんて吹っ飛ぶかもよ?」
タカシの慰めも、私に取っては気休めにもならなかった。
『想像したくも無いな。この私が、ヒラヒラの派手な衣装を着てポーズをつけながら笑顔
で写真を撮られる姿など……』
当日を想像すると、実に気が重くなる。そんな私をよそに、タカシは気楽に質問をぶつ
けて来た。
「で、おおよその話は分かったけどさ。それで何で、俺をわざわざ呼びつけたりしたんだ?
それがまだ分からんのだが」
私はしばらく無言で俯いていた。今となっては非常に気乗りがしなくなっていたのだが、
しかし今更委員長に断りを入れる訳にもいかないし、そうなるとこれは絶対に決めねばな
らないことだ。しかも、もう現にタカシもここにいる。私は気持ちを奮い立たせ、顔を上げた。
『……タカシ。お前なら……どれを選ぶ?』
600 名前:ほんわか名無しさん[sage] 投稿日:2012/08/16(木) 22:14:00.41 0
続きます
最終更新:2012年09月10日 22:31