692 名前:1/8[sage] 投稿日:2012/08/26(日) 22:16:29.92 O
男「……」
女「タカシー、いる?」
男「んぁ……かなみか」
女「何やってるのよ。ちゃんと午前の講義は出たんでしょうね?」
男「サボったよ……お前みたいに端からフル単目指してねぇし」
女「全く、だらしないわねぇ。今時モラトリアム大学生なんて流行んないわよ」
男「うるっせーなー……ほっといてくれよ」
女「拗ねてんじゃないの。それより、今日は先輩たちの就職祝いよ。準備してあんの?」
男「わり……俺パス。今日はそんな気分じゃないわ」
女「気分って、お世話になった人にそんな態度で許されると思ってんの?」
男「だからほっとけって! 自分でも、好き勝手言ってるのは分かってるからさぁ!」
女「……あんた、どうしたの? もしかしてなんかあった?」
男「……」
693 名前:2/8[sage] 投稿日:2012/08/26(日) 22:18:17.97 O
女「いつもなら、そんな風に自分の都合をまくし立てたりしないじゃない」
女「なんか理由があるなら、話してみなさいよ。私が聞くだけ聞いてあげるから」
男「……これだよ」バサッ
女「え……? 何これ」
男「いいから読めって」
女「うん……えーと、『ラノベ新人大賞一次選考結果発表』?」
男「俺さ、それに小説書いて送ってたんだよ」
女「えぇ!? あの漫画しか読まないタカシが小説ぅ!?」
男「そうだよ、悪いかよ」
女「いや、びっくりしただけだけど……へぇー、あんたがねぇ。で、結果は?」
男「もちろん、俺の名前なんてなかったよ」
女「あ……そう、なんだ」
男「まぁ、当たり前っちゃ当たり前なんだけどな。何回書いて送っても、かすりもしなかったし」
女「そんなに応募してたの?」
男「あぁ。いくつか賞に送って全滅だったから、よっぽど才能なかったんだろうな」
694 名前:3/8[sage] 投稿日:2012/08/26(日) 22:20:31.39 O
男「俺さー、誰にも言ってなかったけど、文章書いて暮らしていけたらなーとか思ってたワケよ」
女「私にさえ言わなかったっていうのが癪に触るけど、まぁいいわ」
男「だって、言ったらお前絶対からかうじゃん。でも、こんだけ書いても、駄目なもんはやっぱ駄目だった」
女「そんなの、ニ、三回落ちたくらいで落ち込んでんじゃないわよ」
男「そうは言うけどなぁ、自分の書いたものが認められないのって、めちゃくちゃ辛いんだぞ?」
女「その辺は、私には分からない機微だけど……」
男「まぁ、ようやく諦めがついたっていうのかな。才能の差とか、技量の差とかさ」
男「ほら、同じ学部のSっているじゃん? あいつも俺と同じで物書き志望なんだよ」
男「うちの大学、文芸サークルとかないだろ? だからそいつと内輪で文芸論かましたり、切磋琢磨してるつもりだったんだけど」
男「あいつの文章すげぇんだよなぁ……単に文才があるってだけじゃなくて、やっぱ物が違うわ」
女「……」
男「だから、今度のこの賞の一次選考に引っ掛からなかったら、潔く負けを認めてもう諦めようって決めてたんだ」
女「その割には、さっきまでずいぶん落ち込んでたじゃない」
男「……まーな」
695 名前:4/8[sage] 投稿日:2012/08/26(日) 22:22:39.46 O
男「ま、そういう訳で今日の俺は、少し荒れてたっちゅーことさ」
女「……そう」
男「あーあ。にしても、一次選考くらい通れってんだよな。自分のセンスの無さに自分でもびっくりだわ」
女「そんなに卑下しなくてもいいのに……」
男「いや、悪かったよ。かなみに愚痴ってもしょうがないことだったのにな」
男「就職祝いはちゃんと出るよ。だから、今はちょっと一人にしてくんねーかな」
女「……嫌よ」
男「えっ?」
女「そんな風にうじうじ腐ってるから、よけい思い悩んじゃうのよ。少しは風通しよく生きなさい」
男「おいおい、なんだよいきなり……」
女「まだ時間あるわね。よし、タカシ。海行くわよ、海!」
男「はぁ? ふざけんなよ、何が悲しくて海なんか行かなきゃなんねぇんだよ」
女「いいから黙って着いてくる! 落ち込んだ時は海で発散するのが若者ってもんでしょ!」
男「え、えぇ……?」
696 名前:5/8[sage] 投稿日:2012/08/26(日) 22:24:01.26 O
―――――
女「んーっ、潮風が気持ちいーっ!」
男「本当に来ちまったよ……ちょっと強引じゃねぇか?」
女「いいじゃん、たまにはさ。あんたと海来るの久しぶりだし」
男「そういやそうだな。いつぐらいぶりだろ」
女「ねぇ、波打ち際まで行ってみようよ」タタッ
男「あっ……おい!」
女「それっ!」パシャッ
男「ずわっ!! なんてベタなことを……」
女「あはははっ、『ずわっ』て何よ。あんたカニ? カニなの?」クスクス
男「テンションたっけーな、おい!」
697 名前:6/8[sage] 投稿日:2012/08/26(日) 22:26:03.85 O
女「そぉれっ、それそれっ!」パシャパシャパシャ
男「止めろっつーのバカ! 濡れるだろが!」
女「あんたがショボくれた顔してるからよ!」
男「てめっ……仕返しだコンニャロ!」バシャッ
女「きゃあ!」
男「うらうらうらぁ!!」バッシャアッ
女「ちょっとぉ、限度考えなさいよねー。びしょ濡れになっちゃったじゃない」
男「お互い様だろ。それにやってきたのはそっちからだ」
女「違いますー。喧嘩は売る方も買う方も悪いんですー」パチャパチャ
男「言いながら水引っ掛けないでくれないか。もう充分頭冷やしたから」
ぉ「ふふ……ねぇ、これで少しは元気になった?」
男「おかげさまで、お前に対する怒りがふつふつと蘇ってきたよ」
女「そ。それならただ腐ってるよりマシね」
698 名前:7/8[sage] 投稿日:2012/08/26(日) 22:27:07.46 O
女「ふぅ……やっぱ海はいいわねー。なんかこう青春の代名詞って感じ?」
男「無理くり付き合わされる方の身にもなってください」
女「でも、ちょっとは元気出たんでしょ?」
男「そりゃ、まぁ……」
女「だったらいいじゃない。落ち込んだ時はとにかく空気を変えなきゃ」
男「そーゆーもんか?」
女「そーゆーもんよ!」
男「……そっか」
女「でしょ?」
712 名前:1/9[sage] 投稿日:2012/08/27(月) 21:31:48.18 O
女「あー疲れた。ちょっと休憩」
男「自由だなぁ、お前」
女「あんたもこっち来て座りなさいよ」
男「ん、そうする」
女「……」
男「……」
女「……ねぇ、タカシ」
男「ん? 何か?」
女「タカシはなんで、小説なんか書こうと思ったの?」
男「んー、そうだなぁ……やっぱり楽しかったからじゃないか?」
女「ふぅん……」
男「文章書くって地味な作業なんだけどさ、それでもたまに、流れるみたいにすっげぇ気持ちいい文を書ける時があるんだよ」
女「……」
男「その感覚が味わいたくて、文学科のある大学進んで、文章の勉強もして……」
男「でもやっぱり、俺の書く物は素人に毛の生えた程度の、ただの妄想だったんだよ」
男「自分の身の程を思い知るって、こういうことなのかなって思ってさ」
713 名前:2/9[sage] 投稿日:2012/08/27(月) 21:33:09.47 O
女「……なんか、あんたも見かけによらず努力してたのね」
男「実にならない努力だったけどな。夢を叶えるのって難しいわ、実際」
女「そんなことないっ!!」
男「うぇ……? どうした、急に?」
女「……私には、叶えたい夢とかなかったから、そういうのすごく憧れる」
男「そうか……でも、結局叶わなかったんだぞ?」
女「そうじゃなくて……夢を見て、それに向かって努力したことは、誇っていいことだと思うの」
男「何を言っても、他ならぬ自分自身が負け犬の遠吠えだと思ってるんじゃな」
女「……あのね、叶わなかった夢は、道になるんだって」
男「……は? どういう意味だそれ?」
女「言った通りの意味よ。夢っていうのは叶えた人だけの物じゃなくて、その
夢を諦めちゃった人の無念とか未練なんかも、全部含めて道になるんだって」
男「なんだそりゃ?」
714 名前:3/9[sage] 投稿日:2012/08/27(月) 21:34:31.31 O
女「中学時代に、私が大好きだった先生が言ってたのよ」
女「もしも夢を叶えた人だけがその道を歩くなら、その夢への道はきっと廃れていく」
女「挫折した人、諦めた人、夢を見ることすら叶わなかった人」
女「そういった人達がいるから、その夢への道は途絶えることがないんだよ、って」
女「だから、もしも自分の他にその道を行こうとする人が現れたら、その人を導いてあげなさい」
女「そうすればあなたも、その道の轍を固める一人になれるから、って言われたのよ」
男「ふぅん……」
女「今でもハッキリ覚えてるわ。私自身が、その言葉を参考にすることはなかったけどね」
男「うーん……」
女「どうしたの? 柄にもなく考えこんじゃって」
男「いや……そんな格好いいこと言うヤツ、中学の頃の先生にいたっけ?」
女「あぁ、違う違う。学校の先生じゃなくて、私が中学のころ教えてもらってたカテキョの先生よ」
男「あー、だからか……そんな深い台詞言うようなキャラ、いなかったもんな」
715 名前:4/9[sage] 投稿日:2012/08/27(月) 21:36:16.45 O
男「にしても、意地っ張りなお前がそんな簡単に心を許す先生って、どんな人格者なんだよ?」
女「そうねぇ……とにかくエネルギッシュで、格好いい人だった。私もあんな風になりたいって、ずっと思ってたなぁ」
男「……ふーん。あっそ」
女「なによ、そのリアクション。あんたから聞いてきたんでしょ」
男「別にぃ? ただ、よっぽどその先生のこと気に入ってたんだなって、思っただけだよ」
女「……もしかしてあんた、先生に嫉妬してるの?」
男「バカ、ちげーよ! なんで俺が嫉妬なんか……」
女「あははっ、バカはあんたよ! その先生は女の人。あんたたまに会って、鼻の下伸ばしてたの覚えてないの?」
男「あれっ? そうだっけ?」
女「そうよ。だから私もああなりたいって思ったんじゃない」
男「あぁ……言われてみれば、なんか思い出してきたような」
女「変な勘違いして、私に迷惑かけないでよね。バカタカシ」
男「うっせぇ」
716 名前:5/9[sage] 投稿日:2012/08/27(月) 21:37:44.04 O
女「……ねえ」
男「ん?」
女「あんた、もう小説は書かないの?」
男「どうかな。趣味程度に何か書くことはするかもしんないけど」
女「そう……なんだかちょっと惜しいわね。せっかく今まで続けて来たに」
男「自分の実力の程くらい分かってるつもりだよ。悲しいかな、俺ってやっぱり小市民なんだよな」
女「……だったらさ、私があんたの読者になってあげよっか?」
男「えっ……」
女「もしもあんたがこれからも書くことを続けるつもりなら、私が読者になって、あんたの作品を貶したり貶めたりしてあげる」
男「どっちにしろ誉めることはないのかよ」
女「いいじゃない。私だってあんたがどんな話書いてるのか知りたいし」
女「手始めに、最近書いたの見せてみなさいよ。もしかしたら、私が客観的に評価することで得られるものもあるかもよ?」
男「いやそれは……どうせ諦めたんだし、そこまでしなくてもいいよ」
女「それじゃ私の気が済まないの! 今まで私に隠してきた罰と思って、観念しなさい!」
男「う……」
717 名前:6/9[sage] 投稿日:2012/08/27(月) 21:40:45.22 O
女「それとも、なんか私に見せらんない理由でもあるの?」
男「えっ、いやあのそれは……」ゴニョゴニョ
女「まだ何か私に隠してるのね? ここまで来たら洗いざらい全部話しなさいよ!」
男「……じゃあ、言うけど。引くなよ、絶対引くなよ?」
女「内容次第よ。いいから早く言いなさいってば」
男「……かなみ、っていうんだ」
女「は?」
男「俺の書いたラノベのヒロインの名前……全部かなみって名前なんだよ」
女「はぁ!? な、なんで私と同じ名前なのよ!」
男「いやホントごめん。ほら、かなみって変にキャラ立ちしてるから、ついな……」
女「そんな個人的な感情で書いてばっかいるから賞に落ちるのよ! バカ、バカッ!!」
男「……ホントすんません」
718 名前:7/9[sage] 投稿日:2012/08/27(月) 21:43:49.74 O
女「う~……///」
男「……なんか、ごめん」
女「駄目、絶対に許さない」
男「……」
女「……よし、決めた!」
男「……へ?」
女「これからあんたん家に帰って、私の名前の出てくる話、全部処分する!」
男「えぇっ!? いや無理だって、賞に送った原稿は基本的に帰ってこないもんなんだぞ!?」
女「パソコンに控えのデータくらい残してるでしょ! 何だったら、中身ごとパソコンぶっ壊してあげてもいいのよ?」
男「それは止めて……本当に止めて」
女「私の名前を無断で使った罰はそれだけ重いんだからね! そこんとこ、理解しなさい!」
男「うへぇ……でもそうなると、チェックするだけでも凄い負担だぞ? お前にできんのか?」
女「そうね……それなら、もう一つ案を出してあげてもいいけど?」
男「……というと?」
719 名前:8/9[sage] 投稿日:2012/08/27(月) 21:45:31.91 O
女「とりあえず、今まで私の名前を使ってたことは、不問にしたげる」
男「おぉ、そりゃあいい」
女「その代わり、あんたはそのヒロインが出てくる小説で賞を取るまで、何年かかってもずっと書き続けるのよ!」
男「は? ちょっと待てよ、なんでそうなるんだよ!?」
女「それが私の名前を勝手に使った対価よ。どう、妥当なとこでしょ?」
男「おいおい、だから俺はもう物書きになるの諦めたんだって……」
女「あんたに拒否権はないっ! それとも、今までの努力の結晶が、私の手で灰になるのを見たいの?」
男「……見たくないです」
女「だったら選ぶ選択肢は一つよね?」
男「……マジっすか」
女「そうよ。じゃないと小説の中の私が不憫じゃないのよ。私の名前を使った責任、取りなさいよね!」
男「なんて強引な……」
720 名前:9/9[sage] 投稿日:2012/08/27(月) 21:46:43.48 O
男「はぁ……なんか、かなみに慰められたんだか尻叩かれたんだか、分かんなくなっちまったな」
女「いいじゃない、一度は諦めた夢を、もう一度追う気になったんだから」
男「……ま、観念してまた続けますかね」
女「そうしなさい。今度は私が監視してあげるから、そう簡単には逃げられないわよ?」
男「オッケー、分かった。……でも、創作の辛さに折れそうになったら、そん時くらいは支えてくれよな?」
女「甘えてんじゃないわよ、バーカ! そんな心構えで、賞なんか取れるはずないでしょ!」
男「……ホントお前って、底意地悪いよなぁ」
女「ふふん、べーだっ!」
721 名前:ほんわか名無しさん[sage] 投稿日:2012/08/27(月) 22:00:41.72 O
以上投下了
最終更新:2012年09月10日 22:42