765 名前:1/7[sage] 投稿日:2012/09/02(日) 09:33:39.78 0
  • ツンデレが海外旅行に行きたがっていたら

 学校帰りに、先輩が本を買いたいと言うので、僕はお付き合いで駅から程近いショッピ
ングモールに立ち寄った。ちなみにこういう時は、先輩が自分の読みたいマンガとかを僕
に買わせようと口八丁手八丁で攻めて来るので注意が必要である。
『ねえねえ、別府君』
 ふと、横を並んで歩いていた先輩がちょいちょいと僕を指で突付きながら声を掛けてきた。
「何です? 先輩」
 視線を先輩に向けると、彼女は近くにあった旅行代理店が店頭に並べているパンフレッ
トの棚を指して言った。
『ちょっと寄って行っていいかな? 見たいものがあるんだ』
「いいですけど。先輩、旅行の予定とかあるんですか?」
 何気なく聞いただけなのに、先輩にジロリと不愉快そうに睨み付けられた。
『無いけど、別にいいでしょ? パンフレット見ながら立てる予定とか、あるかも知れな
いじゃない』
「いえ、それはご自由ですけど、ちょっと聞いただけですよ。そんなに怒らなくたってい
いじゃないですか」
 そう弁解すると、先輩は何故か慌てたように否定してきた。
『べ、別に怒ってなんかいないわよ。さも予定が無くちゃパンフ見ちゃいけないような言
い方されたからちょっとカチンと来ただけで。大体アンタはね。自分にその気は無くとも、
他人を頭に来させるような言い方する事が多いんだから、反省しなさいよね』
 結局、僕が悪い事にさせられてしまった。まあ、いつもの事だから仕方が無いと諦めて、
先輩と一緒にパンフレットの棚の前に立つ。
「で、どこの旅行に興味あるんですか?」
 先輩の方を見ながら質問するも、答えられる前に既に答えは出ていた。先輩がハワイの
パンフレットを手に持って広げながら、憧れるような目付きでページをめくっている。
『ハァ…… いいなあ、ハワイとか。常夏の海。あたし、まだ一度も行った事ないのよね
え。憧れるわぁ……』

766 名前:2/7[sage] 投稿日:2012/09/02(日) 09:34:11.01 0
「行けばいいじゃないですか。これ見ても、十万掛からずに行けるみたいじゃないですか。
まあ、休みだけがちょっと問題ですけど、それでも今からお金溜めれば、年末より前には
行けると思いますよ」
 同じパンフレットの、比較的安価なツアーとかを差して僕が勧めると、先輩はジロリと
僕を睨み付けて反論してきた。
『アンタねえ。十万って簡単に言うけど、それを稼ぐのにどれだけ苦労すると思ってるの
か、分かってる?』
 僕は、すぐに頷いて答えた。
「分かりますよ。僕だってアルバイトしてますから。週4日のコンビニバイトに、夏休み
はスポットでもバイト入れてましたから。でも、欲しい物やしたい事があるなら、その為
にお金溜める努力するのは当然じゃないですか」
 僕のお説教めいた言葉に、先輩が不満気に言い返してきた。
『あたしだって色々我慢してるわよ。欲しいマンガだって自分で買わずに借りて我慢して
るし、お菓子やジュースだって、出来る限り外で買うの控えてるし』
「その代わり、僕のところにたかりに来るんですよね」
 ため息混じりに、先輩の言葉を受けて僕は言った。先輩がちょくちょく僕のところに遊
びに来るのが単なる節約目的だとしたら、それ程悲しい事はないなと思いつつ。
『たっ……たかるとか失礼な事言わないでよね。あくまで、お金の掛かる外出を避けて、
暇つぶしにアンタの所に遊びに行ってあげてるだけなんだから。お客さんをお持て成しす
るのは、家の人間としては当然の事でしょ? あと、マンガはアンタが自分の意志で買っ
てるんだからね。いくらあたしが勧めたにせよ』
 自分を正当化した挙句、恩着せがましく遊びに行ってあげてると、まるで僕が望んでい
るような言い方をして自分を優位に持って行こうとするのはさすがに先輩だ。いや、まあ
望んでいるのは敢えて否定はしないけど。だから僕は、そこから話をズラした。
「だからと言って、節約だけじゃなかなか溜まらないでしょ? やっぱりちゃんとアルバ
イトとかしないと、まとまったお金は溜まり難いですよ」
『だって働くの、嫌いだもん』

767 名前:3/7[sage] 投稿日:2012/09/02(日) 09:34:49.79 0
 僕からのアドバイスを、一言でスパッとぶった切った。呆れて先輩の顔を見るも、不満
気なその顔がいかにも可愛らしくて説教する気が削がれてしまう。が、言わなきゃならな
いことはやはりキチンと言っておかないと。
「そんな事でどうするんですか。僕らだって再来年には就活始めなくちゃいけないんです
よ? 大体、楽して儲かる仕事なんて、世の中には絶対にないんですからね。それはちゃ
んと分かって下さいよ」
 まかり間違って、ギャンブルやら株やFXにでも手を出されたらたまらないと思い、僕は
しっかりと釘を刺しておく。高校一年の時から4年以上先輩を見て来ているが、この人に
そういう金儲けの才は皆無だと思う。
『うるっさいわね。別にそんな事やろうだなんて言ってないでしょ? アンタにそういう
お説教されるのって超ムカつくのよ。何様だと思ってんの全く。アンタはあたしの保護者
かっての』
 酔った時の介抱とか、試験の為の資料集めとか、無駄遣いをさせない為に戒めるとか、
面倒見ている数を数えると保護者ってのは結構当たってなくもないと思うが、今それを言っ
ても否定されるだけなので止めておこうと思う。
「まあ、それならいいですけど。でも、こっちのグアムとか台湾なら短期のバイトでも十
分稼げる額だと思いますよ。日数的にも手頃ですし」
 ハワイのパンフレットを元の場所に戻し、僕は台湾のパンフレットを開く。こっちなら
五万円以下だ。
『ああー、台湾かぁ…… うん。それもいいわよねえ。グアムとかサイパンとかもいいな
あ。いや、でもいっそお金稼がなきゃいけないんだったら、少し無理してヨーロッパとか
もあるわよね。スペインとかイタリアとかも素敵だしなぁ……』
「要するに、海外ならどこだって良い訳ですよね? 先輩は」
 相変わらずノープランで物事を進めようとする人だなあと、ちょっと呆れて見つめると、
先輩は案の定、怒りを露わにして来る。
『何よ。何か文句ある訳? だってあたし、まだ海外旅行自体した事が無いんだから、行
きたいトコいっぱいあったっておかしくないじゃない。悪い?』
「ああ、いえ。悪いとか悪くないとかそんなつもりじゃなかったんですが。気を悪くされ
たのならすいません」

768 名前:4/7[sage] 投稿日:2012/09/02(日) 09:35:38.42 0
 あまり先輩の怒りをこじらせないよう、僕は素直に謝った。どうやら先輩は、今の所は
未知の体験に憧れているだけのようだった。しかし、果たして先輩の憧れる海外とはどん
なところなのだろうかと、ちょっと知りたくもあって、僕は色々と先輩に聞いてみること
にした。
「ところで、仮に海外旅行をするとしたら、どういう場所に行きたいですか?」
 すると先輩は、あっさりと怒りを引っ込めて、ちょっとだけ考えてから答えた。
『そうね。まずは綺麗なビーチがあるとこよね。青い海。白い砂浜、照りつける太陽。日
本にはない透明な海で泳いだり、日光浴したり。あとは、美味しい物をいっぱい食べて、
珍しい観光地をたくさん巡って、ブランド品とかいっぱい買い物したい』
 さすがの僕も、ちょっと呆れる気分で先輩を見た。基本的に先輩の考えは尊重したいと
は思うけど、さすがにこの考えはスイーツ的というか、テンプレ過ぎるというか、あまり
にも考えなし過ぎる。
「何か、いかにも情報番組で特集された楽しみ方っぽいですよね。まあ、何をしたいかな
んて人それぞれですから。そういうのも別にいいんじゃないかとは思いますけど」
 オブラートに包んだ感想を伝えるも、付き合いが長いとどうしても、心の奥底にある感
情というのは漏れ出てしまうらしく、その途端に先輩がたちまち不快感を露わにした。
『今、アンタ内心であたしの事思いっきりバカにしたでしょ? 素知らぬ顔して、別にい
いんじゃないでしょうか、なんて言い方する時は絶対そうなんだから。あたしの目を誤魔
化せると思わないでよね?』
 果たして、ここまで以心伝心なのは喜ぶべきなのかどうなのか、ちょっと複雑な気分に
陥りつつ、僕は言い訳に徹する事にした。
「いや。確かに僕の感性とは合わないな、とは思いましたけど、先輩の楽しみ方を否定す
る権利なんてのは僕にはありませんから。気にしないで下さい」
 しかし、先輩はこういう時は頑固だから、一度芽生えた怒りはそう簡単に収めてはくれ
なかった。
『分かってるわよ。他人の自由だから否定はしないけど、僕なら絶対そんなバカな旅行は
しないって思ってるんでしょう? アンタの思ってる事なんて、あたしには見え見えなん
だからね』

769 名前:5/7[sage] 投稿日:2012/09/02(日) 09:36:16.05 0
 ある意味、とっても嬉しい事を言ってくれる先輩にちょっと顔がニヤけそうになるが、
そこはグッと堪えて、僕は怒りを宥める方向へと神経を集中する。
「そんな事ありませんよ。実際、僕の憧れる海外だって、先輩からしてみればそう見える
でしょうし?」
 すると先輩は僕の言葉に興味を持ったようで、まだしかめっ面をしたままではあるも、
若干怒りを収めて聞いてきた。
『アンタの憧れる海外って何処よ? ていうか、別府君も海外行きたいって思った事ある
の? もしかして、アンタもまだ未経験とか?』
 立て続けに繰り出される質問に、僕は最後の質問から答えた。首を横に振って否定する。
「いえ。子供の頃に一度だけ両親と中国旅行に行った事があります」
 すると先輩が即座に不機嫌な顔で割り込んで来た。
『えーっ? 別府君のくせに海外旅行した事あるの? ズルいわよそれ。あたしに黙って
そんないい事してるなんて、この卑怯者』
 果たして、ここまで横暴な非難ってあるのかなと疑問に思いつつ、僕はまた弁解しなけ
ればならなかった。
「だから、子供の頃の、小学校にも上がる前の話ですって。まだ先輩と出会うより十年近
く前の話ですし、黙っても何も、話したら話したで単なる自慢話にしかならないじゃない
ですか。卑怯ってのは意味分かりませんよ」
 すると先輩は、ジト目で僕を睨み付けたまま、口を思いっきり尖らせて見せた。
『だーって、あたしはまだ行った事無いのにさ。一人で出し抜くなんて、やっぱりズルいっ
て思っちゃうじゃない』
 そんな子供のような我が儘も、拗ねる顔の可愛らしさに、ついつい許してあげたくなっ
てしまう。
「さすがに子供の頃の家族旅行なんですから、許して下さいよ。これからは、先輩に断わ
り無しに勝手に海外旅行とか行かないですから。それでいいですよね?」
 これだって相当理不尽な話なのだが、まあ僕としても誰と海外行きたいかといえば、やっ
ぱり先輩なのだから、これはこれでいいのだと思う。しかし先輩は頷くことなく、納得
して無さそうな顔で僕を見つめて、話を進めた。
『もういいわよ。で、何なのよ? アンタが海外でしたいような事って』
 とにもかくにも詰問の時間は終わったようなので、僕は頷いて答えた。

770 名前:6/7[sage] 投稿日:2012/09/02(日) 09:38:41.22 0
「ええ。実はその時に万里の長城に上ったんですけど、古代の城壁から眺める草原が未だ
に心に焼き付いているんですよね。ほとんど覚えてる事なんてないのに。それだけは鮮明
に。だから、スコットランドとかに残る古いお城とか、そこから見える何もない平原とか、
そういう場所に行ってみたいですね」
『何それ。そんな海外旅行、つまんなくない?』
 即座に一言でバッサリ切り捨てられるも、予想された通りの回答だっただけに、僕は苦
笑した。
「ほら。先輩だって僕の憧れる海外をバカにしたでしょう? まあ、僕はバカにした訳じゃ
ないですけど、否定したって意味ではこれでおあいこでいいですよね?」
 最初からこう言って宥めるつもりで振った話題だったのだが、生憎先輩は納得してくれ
なかった。
『ダメよ。いい? 別府君があたしを否定するって言うのはね。それだけで万死に値する
出来事なんだから。アンタの考えとあたしの考えじゃ石ころと宝石くらいに価値が違うの。
分かる?』
 これだけ言われても全然頭に来ないばかりか、ついつい苦笑してしまう辺り、やっぱり
この人の可愛らしさに、僕はどこかおかしくなっているのだろうと思わずにはいられない。
しかし先輩はそうとは取らなかったようで、またも不快な感情を露わにした。
『ちょっと。その笑い方って、絶対あたしをバカにしてるでしょ? また先輩がおかしな
事言ってるなって。全然反省してないじゃない。どういう事よ?』
「いやいやいや。今のは本当にバカにしてないですって。余りにも自分勝手過ぎて、却っ
ておかしくなっちゃっただけで」
 弁解するつもりが、面白くてうっかり本音を漏らしてしまう。すると先輩は、怒りで顔
を赤くして、さらにムキになって怒鳴ってきた。
『自分勝手とかおかしくなったとか、やっぱりバカにしてるじゃないのよっ!! あと、
今のは本当にって事は、さっきのもバカにしてたって事じゃない。この嘘つき!! 謝り
なさいよね、このバカ!!』
 ここはまず、素直に謝罪しておくべきではあるだろうと思い、僕は頭を下げた。
「いや、不快な思いをさせた事は本当に申し訳ありません。ただ、決して軽蔑したりとか、
そういう意味じゃないですから。本当に先輩の考え方って単純で可愛いなってそれだけで
すから」

771 名前:7/7[sage] 投稿日:2012/09/02(日) 09:39:40.03 0
『それってやっぱりバカにしてるわよっ!! もういい。アンタなんて大っ嫌いなんだか
ら。フン!!』
 ここが僕の部屋だったら、この可愛らしい生き物を宥める為に、強引にでも引き寄せて
頭を撫でくり回す所なのだが、生憎ここは旅行代理店の前なのでさすがにそれは出来なかっ
た。実に残念だ。
「ところで先輩。先輩の憧れる海外旅行のシチュエーションってどんなのか、教えて貰え
ませんか?」


続く
最終更新:2012年09月10日 22:47