779 名前:1/7[sage] 投稿日:2012/09/03(月) 07:10:55.45 0
  • ツンデレが海外旅行に行きたがっていたら ~後編~

 少し間を置いてから、先輩の機嫌を少しでも良くしようと思って僕は聞いた。しかし先
輩はまだ怒ったまま、僕にそっぽを向いて答える。
『聞いてどうすんのよ? どうせまた、あたしの考えをバカにしてあざ笑いたいだけなん
でしょ? あー、性格悪っ!! 最低』
「違いますよ。先輩の好みを聞いて、少しでも先輩が好みの旅行が出来る計画のお手伝い
をしたいと思っただけで、そんな気持ちは微塵もありませんから」
 それを聞いて、先輩は横目でジロリと僕を睨んだ。疑わしげに、少しの間考えてから念
を押して来る。
『本当に? 絶対にあたしの考えを否定したりとか、笑ったりとかしない?』
 僕は笑顔を消して、真剣な表情で頷いた。
「ええ。バカにしたりしませんから。絶対に」
 僕の返事に、先輩は少し考えてから、ため息をついた。それから、仕方無さそうに髪を
かき上げて、僕に向き直る。
『分かったわよ。そこまで言うんなら、教えてあげるけど、ちょっと待ってて。考えるか
ら。うーん……』
「いいですよ。そんなに深く考えなくても、本当に憧れるイメージのままで」
 先輩は悩み過ぎると逆に深みに嵌まって何も考えが浮かばなくなってくるので、僕はそ
う言って気を楽にしてあげようとした。それに頷き、先輩がポツポツと考えを口にし出す。
『……やっぱり、海が一番よねえ……? ハワイとかよりもさ。もっと人がいなくて……
すっごい綺麗な海を前に、ちょっと大胆な水着着ちゃってさ。そうしたら、地元のサーファー
とかやってる人達に、君達何処から来たの? 観光客? なら、とっても素敵な食事が出
来る場所があるんだけど、一緒に行かない? なんて誘われちゃったりしてさ。うん』
「ちょっと待って下さい先輩」
 ホケッと憧れた感じでしゃべる先輩に、僕は慌てて割り込んだ。
『何よ。今、いい感じでイメージ膨らませてたのに邪魔しないでよね。大体、アンタから
聞いたんじゃない』
 不愉快そうな先輩を抑えて、僕は真面目な顔で先輩をジッと見つめた。

780 名前:2/7[sage] 投稿日:2012/09/03(月) 07:11:41.41 0
「先輩。お言葉ですが、海外は日本ほど安全な場所じゃありません」
『は? それが何よ?』
 先輩の中では自分の考えと僕の話しが繋がらなかったのだろう? 訳が分からない様子
の先輩に、僕は頷いて話を続けた。
「つまり、観光客相手に犯罪を犯そうとする人間も、日本と比べると全然多いって事です。
そんな風に気軽に声を掛けてくる男性には、注意して近寄らない方が懸命だと思いますね」
 僕の警告に、たちまちのうちに先輩の顔が不機嫌に歪む。
『何よ。バカにしないって言ってたくせに、やっぱりケチつけるんじゃない。嘘つき』
「違います。これは本気で心配して言っているんです」
 意志を強く持って先輩をまっすぐに見つめると、さすがにバカにしてるという雰囲気は
感じられなかったようで、気圧されたように先輩の方から視線を逸らしつつ、しかしまだ
納得行かない様子で言い返してきた。
『だ、だからってそんな人はごく僅かでしょ? そんなの心配し過ぎだし、大体アンタな
んかに心配される謂れはないし』
「知り合いが海外で行方不明になったとか、そんな記事をニュースで見るのは真っ平ゴメ
ンですから。確かにほとんどの人は良い人だと思いますけど、ごく少数の悪い人たちが狙
うのは、先輩みたいにナンパされたいとか思ってる隙だらけの人達ですから」
 そればかりは本当に心配なので、僕は真剣に主張した。別に先輩が尻の軽い女性だと思っ
ている訳ではないが、外国人のイケメンに誘われれば、ほだされて付いて行ってしまう
女性は結構多いと思うし、先輩にだって大いにその可能性はあると思う。
『失礼な事言わないでよ。あたしだってそれなりの警戒心くらいあるし、ちゃんと大丈夫
そうな人にしか付いて行かないもん』
「そうやって、自分は大丈夫とか、そう思ってる子が一番危ないんですよ。見知らぬ人に
声を掛けられても付いて行っちゃダメってのは、大人にも通用するんですからね」
 ここでまた拗ねられても、警告が心に残ってくれればいい。先輩はそこまでバカではな
いはずだと思って言うと、意外なことに先輩はフン、とちょっと呆れたように鼻を鳴らし、
意外なことを口にして来た。

781 名前:3/7[sage] 投稿日:2012/09/03(月) 07:12:15.67 0
『全く……さっきから偉そうな事ばかり言ってるけどさ。何だかんだ言って、素敵な男性
にあたしが誘われるシーンとか妄想して、嫉妬しちゃってるだけなんじゃないの?』
「は?」
 思わず、僕は呆気に取られて聞き返してしまった。すると先輩は、フフンとちょっと得
意気に鼻を鳴らすと、嫌悪の表情で避けるような仕草をする。
『うわ。動揺してるって事はやっぱりそうなんだ。気持ちわるっ!! どんだけ独占欲強
いのよ。言っとくけど、あたしとアンタは高校の時の部活の先輩後輩で、今は同じサーク
ルの仲間ってだけで、友達とか、ましてや恋人でも何でもないのにさ。どんだけ勘違いし
てんのよ。サイテー』
「いや、ちょっと待って下さいよ。僕は嫉妬とかではなくて、本気で先輩を心配して……」
 頭の中が真っ白で上手く考えが出て来ない中、僕は反射的に言い訳を口にする。しかし
それは先輩をますます調子に乗らせただけだった。
『その心配ってのが大きなお世話なのよねー。何よ? もうあたしは自分のものだとでも
思っちゃってるわけ? 偉そうにお説教とかさ。何様のつもりよ』
 表面的には不快げな態度を見せつつも、いかにも嬉々として罵詈雑言を吐いているのが、
僕にはありありと分かった。ここで迂闊に言い訳を続けても、先輩の思うつぼに嵌まるだ
けなので、僕はグッと堪えて考えた。この得意気な様は、明らかに狙って言ってるとしか
思えない。という事は、さっきバカにされた腹いせに思いっきり罵ってやるチャンスを窺
っていたという事か?
『何よ、黙っちゃって。言い返さないって事は、嫉妬だって認めちゃったの? うわ。冗
談じゃないわよホントに』
 先輩がさらにお調子に乗って僕を挑発してくる。もしかしたら、ナンパ云々の話も、こ
れを狙ってワザと振って来た可能性がある。というか、恐らくそうなのだろう。つまり、
僕は先輩の策にまんまと乗ってお説教をしてしまったと、こういう訳だ。
『全く、一人前に嫉妬だなんて何考えてんのよ? アンタなんて性格最悪で、年下のクセ
にすぐあたしに説教してさ。ホント、何様って感じよね。顔だって別にイケメンって訳で
もないのにさ。ちょっと構ってあげてるからっていい気にならないでよ、ホント』

782 名前:4/7[sage] 投稿日:2012/09/03(月) 07:13:07.41 0
 罵詈雑言を聞き流しつつ、僕はため息をつく。これなら嫉妬だと言われた時に、肯定し
てしまった方がまだ虚を付けただろうし、その後も優位に会話を進められたはずだ。ちょっ
と先輩の言葉が意外過ぎて、うっかり否定してしまったが為に、却って不利な立場に追い
やられてしまった。だけど、先輩が調子に乗っている今この時なら、まだ挽回の可能性は
あると思って、僕はずっと言い返せずに先輩の言葉を聞いていた。
『全く、本当に呆れるわよね。アンタって。そんなに心配だったら、あたしが海外旅行に
行く時に、連れてってあげようか? 但し、お財布兼荷物持ちっていうお付の役でならね。
一緒に楽しめるとか思わないでよ? それで、勝手にナイトだとか何とか思ってなさいよ』
 あざ笑うような先輩の態度に、しかし僕はここだとばかりに顔を上げた。
「いえ。そんなのは御免ですね」
 キッパリと強い口調で言い切り、先輩をジッと睨むように見つめる。僕の態度に虚を突
かれたのか、先輩は驚いた顔で僕を見つめたが、すぐに気を取り直して不機嫌そうにそっ
ぽを向く。
『あっ……そ!! べ、別に別府君なんて、あたしはいなくたって全然構わないんだから。
お付きが嫌なら、人のやる事に文句言ったりしないで、大人しく家で待ってればいいじゃ
ないの』
 この気に入らなさそうな態度は、僕が反抗心を露わにしたからなのだろうと思っておい
た方がいい。まさか僕が一緒に行くのを嫌だなんて言ったからだと、そういう期待はしな
い方がいい。そう肝に銘じた上で、僕は真っ直ぐに先輩を見つめて、口説くように言った。
「いえ。僕が先輩と海外に行く事があるとしたら、大人しく引っ付いて行ったりしません。
僕が、全てエスコートしますから」
『は……?』
 キョトンとした顔で、先輩が僕を見つめる。それから、首を横に激しく振り、先輩は僕
を睨み付けて、こう言い返してきた。
『冗談じゃないわよ。何でアンタなんかに連れてって貰わないと――』
 僕は左の手の平を先輩の顔のすぐ間近にかざして、言葉を遮る。そして、分かっている
と言うように頷いてみせた。

783 名前:5/7[sage] 投稿日:2012/09/03(月) 07:14:13.72 0
「もちろん、先輩をお誘いするからには、先輩好みの観光地を選択します。まあ、ナンパ
されるかどうかだけはどうにも出来ませんけど、観光に食事に買い物。全てが先輩の満足
行くように、僕が全て計画します。行きたくないなんて言葉が出ないくらいにね」
 言葉を失い、ボウッと熱に浮かされたような顔で僕を見つめていた先輩だったが、言葉
が途切れて正気に戻ったのか、激しく首を振ると、不満気にそっぽを向いて吐き捨てた。
『な……何バカな事言ってんのよ。アンタなんかにあたしの好みとか分かる訳無いじゃな
い。アンタが思ってるほどあたしは単純な思考の持ち主じゃないんだから』
 それに、僕は同意して頷いた。
「もちろん、先輩が単純じゃない事くらい知ってますよ。けれど、今のところ日本中……
いや。世界中の男子の中で、僕が一番先輩の近くにいますからね。日頃の言動や行動を見
ていれば、おおよその好みくらいは分かるようになります。だから、少なくとも来て良かっ
たと思えるくらいの満足感は与える自信がありますね」
 先輩は何か言い返そうとして、口をニ、三度開きかけたが言葉が見つからなかったのだ
ろう。グッと唇を噛んで、少しの間俯いてから、顔を上げて挑戦的な眼差しで僕を睨み付
けた。
『ホントに? 出来るわけ? そんな事が』
「もちろん。自信があるから言ってるんですよ」
 先輩の問いに、僕は頷いた。もちろん口では満足しただなんてこの人は絶対に言わない
が、態度で自ずから示してしまうだろうと。
『じゃあ、もし出来なかったら、旅費全額。お土産代まで含めて全部、別府君持ちだからね』
 まるでケンカを売るかのような態度で言われたので、僕はちょっとの間言葉の意味を考
えてみた。しかし、導き出される答えは一つしかなかった。
「……つまりそれは、僕が海外旅行を計画したら、それに付き合ってくれると言う事でい
いんですよね?」
 最後に、自分の中で出した答えを確信に帰る為に聞くと、先輩はいかにも不満気な顔つ
きで少し躊躇った後で、小さく、コクリと頷いた。
『……仕方ないじゃない。アンタからの挑戦……逃げる訳には行かないもの』
 それから、ビシッと僕を指差して、強く主張してきた。

784 名前:6/7[sage] 投稿日:2012/09/03(月) 07:15:05.94 0
『いい? べ、別にあたしはアンタと海外旅行したくって受ける訳じゃないからね。アン
タからの挑戦を逃げるなんて、そんなヘタレな事出来ないから、受けてあげるだけなんだ
から、そこのところ勘違いしないでよね。分かった?』
「分かってます。まさか先輩が、恋人よろしく、僕との海外旅行を喜んで受けるなんて、
そこまで僕は自惚れていやしませんから」
 形がどうあれ、先輩と二人だけで海外旅行が出来れば、それはもう僕にとっては望外の
喜びなのだから、僕は強い気持ちでうなずく事が出来た。そして先輩を見ると、何かモジモジするように体を動かした後で、右手を握り、小指だけを立てて僕の前にかざして来た。
『……じゃ、じゃあ……約束よ。あたしが初の海外旅行をする前に、必ず、その約束を果
たすって……』
「先輩が……初の海外旅行をする前……ですか?」
 確認の為に聞き返すと、先輩は小さく頷いた。
『あっ……当たり前でしょ? だって、あたしが誰か別の人と海外に行ったりしたら、エ
スコートなんて……もう必要、なくなるじゃない』
「いや。そんな事ないと思いますけど……」
 先輩の初の海外旅行というと、遅くとも卒業旅行よりは前に先輩を海外に連れて行かな
ければならない。しかも、先輩好みの場所に。その期間の短さを思ってさすがにちょっと
弱気になるが、今度は先輩が強い口調で言い返してきた。
『そんな事あるわよ。そりゃ、一回くらいじゃまだ慣れないかもしれないけど、もしかし
たら一度経験したら、ポンポンポーンと何度も行き始めるかも知れないでしょ? そ、そ
うしたらアンタの出番なんて無くなるんだから』
「……一回のお金の工面にどうこう言ってる人が、そう容易く何度も行ける訳ないと思い
ますけどね」
 何かちょっと、どことなく無理を感じる先輩の主張に突っ込みを入れると、何故か先輩
は怒ってムキになって突っ掛かってきた。
『う……うるさいわね!! いちいちいちいち重箱の隅突付くように細かい事をグダグダ
とっ!! いい? とにかく、その約束はあたしの最初の海外旅行でなきゃ無効なんだか
ら。ほら。男だったら、四の五の言わずに小指出す』

785 名前:7/7[sage] 投稿日:2012/09/03(月) 07:15:55.13 0
 言い出したのは僕の方なのに、勝手に最初じゃなきゃダメとか何かとても理不尽な気分
ではあるが、こうなった以上、先輩はテコでも動かない。仕方無しに僕も小指を出して、
先輩の小指に絡めた。
『よし。いい? ゆーびきーりげんまんうーそついたらはーりせんぼんのーますっ!!
ゆーびきった!! はい。これで約束成立だからね。いい? 破ったらただじゃおかない
んだから。分かった?』
「……分かりました。まだ、具体案は何もないですけどね。近い将来実現出来るよう、努
力はしてみます……」
 ため息混じりに答えると、先輩は小さく頷いた。
『ぜ……絶対だからね? 早くしないと、待ちくたびれて誰かと海外旅行しちゃうんだから』
 フン、と息も荒く背を向けたときの先輩は、何故か照れているように感じた。こうして
僕は、また一つ、重大な責任を先輩から押し付けられるようになってしまった訳だ。自分
で言い出したこととはいえ、やれやれである。しかし何故か、楽しくもあるのだから不思
議なのだが。


終わり
最終更新:2012年09月10日 22:48