41 名前:1/5[sage] 投稿日:2012/09/30(日) 23:18:28.18 ID:RkxwcgRN0 [2/6]
  • 最近、男の様子が変な事に気付いてツンデレが問い詰めてみたら ~前編~

――最近、タカシの様子がおかしい……
 タカシと言うのは、マンションの同じ階に住んでいる、幼馴染の別府タカシの事だ。年
は一つ下で性別も違うけれど、二人とも兄弟がいなかったせいもあり、私はまるで姉のよ
うに彼の面倒を見てきた。私が中学に上がる直前に彼のお母さんが病気で亡くなってしまっ
てからは、家事や日常生活の中にまで幅が広がり、そしてこの5年間は、ずっとそうやっ
て来たのだ。それが、徐々に、ではあるが確実に変わって来ていた。
 それを最初に感じたのは、ある朝の事である。
「タカシ。起きてる?」
 部屋のドアの前で声を掛け、私は返事を待たずにドアを開けた。すると、視界に入った
ものを認識するよりも早く、タカシの驚いた叫び声が耳に届く。
「どわっ!? し、静ねえ!! いきなり人の部屋のドア開けんなよ」
 タカシの姿を視界に捉え、私はなるほど、と思う。Yシャツに、履きかけのズボン。当然、
下着は丸見えだ。さすがに私も、下着姿の男の子を見て動揺しない訳は無かったが、感情
を外に出すことが苦手な性格が幸いして、それを表に出さずに済む事が出来た。
「ちゃんと声は掛けたわよ。それに、いつもならこの時間はまだ寝こけているでしょう?
今日に限って早起きするタカシが悪いのよ」
「何でそこで俺のせいになるんだよ。いつも早起きしろってうるさいのは静ねえだろ?」
「そうね。確かに悪いと言うのは語弊があったかも知れないけれど、でも原因がタカシに
あったのは事実だもの。普段からキチンとしていれば、こういう事故は起こらないものよ」
「ちぇっ。せっかく早起きしたのに、着替え見られた挙句、逆に説教食らうとか、三文ど
ころか一文の得にもなってねーよ」
 ぶつくさと文句を言うタカシをジッと見つめて、私は言い返す。
「別に男子何だから、女子に着替え見られたくらいどうって事ないでしょう? それなの
に、動揺して声を荒げたりするから文句言われるんじゃない。だからといって、これを口
実に明日から寝坊するようなら、許さないからね」
 一言釘を刺すと、タカシはウンザリしたようにため息をついた。
「分かってるよ。ちゃんと早起きするって。ま、出来たらだけどね」
 そう言って、ネクタイを取ると首に巻き始める。それを見た私は、ん?と首を傾げた。

42 名前:2/5[sage] 投稿日:2012/09/30(日) 23:18:58.60 ID:RkxwcgRN0 [3/6]
「珍しいわね。タカシが自分からキチンとネクタイを締めるなんて。いつも苦しいとかうっ
とうしいとか言って、着けるの嫌うくせに」
 私の指摘に、タカシはちょっと偉そうに言い返してきた。
「俺だって学習したんだよ。どうせ静ねえにとっ捕まって、それこそ首が絞まるんじゃな
いかって言うくらいキツク締められるんだから」
「ちょっと待ちなさい」
 部屋を出ようとするタカシの腕を掴み、私は無理矢理方向を自分の方に向かせて、ネク
タイをチェックする。
「何だよ。ちゃんと締めただろ。いちいちチェックとか、ウザったいな……」
「……まあ、合格ね。多少曲がってるけど、解いて締め直すまでも無いわ」
 多少ため息混じりに私は頷く。とはいえ、内心かなり残念ではあった。タカシを起こす
のも、だらしない服装を直すのも、密かに毎朝の楽しみではあったからだ。
「だろ? もういい加減、静ねえに言われるばっかの俺じゃないっての」
「偉そうに言わないで。続くかどうかも分からないくせに」
 得意がるタカシに反論すると、タカシはフン、と鼻を鳴らして小さく呟いた。
「続けてみせるよ。絶対にな……」


 次の日の朝は、更に変わっていた。
「……どういう事?」
「あ、静ねえ。おはよう」
 タカシの家に上がってキッチンに入ると、既に起きていたタカシが、オーブントースタ
ーで食パンを焼いていた。
「タカシが朝食の準備をしているなんて、台風でも来るんじゃないでしょうね?」
 嫌味っぽく言いつつ、常備してあるエプロンを着けようとすると、タカシに止められた。
「ああ、いいよ静ねえ。朝飯の準備は俺がやるからさ。今日からはもうやらなくても」
「ダメよ。大体、パンだけじゃ力が出ないでしょ? ベーコンエッグとサラダくらい一緒
に食べないと」
 しかし、冷蔵庫を開けようと振り向いた時、タカシが間に割って入って私を止めた。

43 名前:3/5[sage] 投稿日:2012/09/30(日) 23:19:30.02 ID:RkxwcgRN0 [4/6]
「大丈夫だって言ってるだろ? それに、卵くらいだったら俺だって焼けるし。だから、
その……静ねえはさ。朝は気にしないでゆっくり自分の時間を使ってくれよ」
「冗談言わないで。私は、おばさんからタカシの世話を頼まれてるんだから。ここで放り
出すわけにはいかないし、そもそもタカシ一人をキッチンに立たせるなんて危なっかしく
てしょうがないもの。それに、おじさんの分だってあるんだし」
 タカシに拒絶されたみたいで、酷く気に入らない気分で私は抵抗する。しかしタカシは、
何故か少し申し訳ないような顔で、視線を逸らした。
「親父には昨夜聞いた。そしたら、静ちゃんだって朝は忙しいはずだし、無理して早起き
してやってくれてるんだろうから、タカシが一人で起きて自分の事が全部出来るって言う
なら、それに越した事はないって言ってたよ」
 私は、それに反論の余地がない事に気付いた。実は前にもタカシのお父さんには、申し
訳ないからそこまでしなくてもいいと言われた事があったのだ。その時は、寝坊するタカ
シを起こして、キチンと学校に送り出さないといけないから、朝ごはんの準備を止めたと
ころで変わりありません、と言ったのだ。あの頃はタカシも私に甘えきりだったから、お
父さんにも頭を下げてお礼を言われただけだったが、こうなってしまうと理由がなくなる。
「……だからと言って、信用ならないわ。そこまで自信満々なら、一週間――いいえ。一
ヶ月は様子を見させて貰わないと、タカシがちゃんと出来るなんて信じられないわね」
 その時、パンが焼けた。タカシは私の前からどくと、テーブルに置いてあった皿を手に
持ち、トースターから8枚切りのパン二枚を重ねて取り出す。そして、椅子に座るとマー
ガリンをパンに塗りつつ、ようやく私の方を見ずに答えた。
「静ねえがそれで気が済むって言うなら、いくらでもどうぞ。けど、俺はやり切る自信は
あるから」
 取り澄ました態度のタカシに、何故だか私は、不快な胸のざわつきが治まらないのを感
じていた。


 その数日後。今度はお弁当を作るのを断わられた。
「何でなの? これは別に自分の分を作るついでなんだから、手間が掛かる訳でもないし、
むしろ私は作りすぎる性質だから、一人分より二人分の方が都合がいいんだけれど」

44 名前:4/5[sage] 投稿日:2012/09/30(日) 23:20:02.09 ID:RkxwcgRN0 [5/6]
 明日からはもういい、と言われ、さすがに私は少し憤慨気味に早口で言った。するとタ
カシは、困ったような顔で頭を掻く。
「いや、だからさ。友達と賭け花札に誘われてさ。負けた奴が全員分の購買パンをご馳走
する事になってるんだよ。静ねえに弁当作ってもらってたら参加出来ないからさ」
「そもそも、学校に花札持ち込むって、校則違反じゃないの? 取り上げられるわよ」
 その指摘には、タカシもムッとした表情を見せた。
「静ねえには関係ないだろ。別に保護者って訳でもないんだし、俺が先生に怒られたからっ
て静ねえまで怒られるわけじゃないんだから。それに、学校に私物は持ち込むなって言っ
たって、女子だっていろいろ持って来てる奴いるじゃん。友達付き合いでいちいちそんな
事言ってられるかよ。それとも、そういう奴とは友達になるなとか言うわけ? それこそ
余計なお節介なんだけど」
 一体何でここまで反抗されるのか分からず、私は一つ、大きくため息をついた。
「誰もそんな事は言ってないわよ。別に、いい子ぶるつもりもないし、たかだか教室でト
ランプだの花札だのやったからと言って、非行に走るとか思ってる訳でもないし。ただ、
購買のパンだけだと栄養も偏ると思うし、色んな意味でどうかと思ってね。別に必ずしも
お昼に食べなくちゃいけない訳じゃないじゃない」
 するとタカシは、すぐに言い返そうとせず、まじまじと私の顔を見つめた。
「何?」
 疑問に思って聞くと、タカシは視線を逸らした。それから、自分の気持ちを落ち着かせ
るかのように、声のトーンを落とす。
「何か、さっきからやけに弁当作る事にこだわってる気がするけどさ。別に静ねえは俺の
為に弁当作りたいって訳でもないんだろ? お母さんに言われたから、やってるだけなんだろ?」
「色々と都合が良いからよ。うちはお母さんも朝パートに出るから忙しいし、だからとい
ってお弁当の方が経済的にも栄養的にもいいからね。確かにおばさんに言われたのがきっ
かけだけど、メリットは色々あるもの」
「だからって、俺の分まで作る事にこだわる必要ないじゃん。さすがにみんなでパン買い
に行った後で、俺一人弁当ってのは気が引けるんだよ。別に静ねえの弁当が嫌いって訳じゃ
ないけど、こればかりは勘弁してくれ。頼むからさ」

45 名前:5/5[sage] 投稿日:2012/09/30(日) 23:20:44.50 ID:RkxwcgRN0 [6/6]
 拝んで頼まれると、さすがの私もどうしようもなくなってしまった。しかし、付き合い
とはいえ、お弁当を断わられる女子と言うのもどういうものなのだろう。いや。それ以前
に、ここ最近のタカシを見ていると、どうも避けられている気がするのが気のせいじゃな
いように思えてくる。
「仕方ないわ。でも、今日の分はちゃんと食べなさいよ。作った以上はもったいないから」
 すると、タカシはホッとした顔で頷いた。
「分かってるよ。勝負は今日からだけど、今日の結果が明日の昼飯に反映するからさ」
 弁当の入った布のバッグを持って、タカシは立ち上がった。話し込んでしまったせいで、
遅刻ギリギリになってしまう。急いでタカシの後を追いつつ、私はこの憂鬱な気分はなん
なのだろうと、自問自答していた。


続く
最終更新:2012年10月18日 22:01