65 名前:1/6[sage] 投稿日:2012/10/01(月) 00:20:09.84 ID:JXZAHd9n0 [2/15]
- 最近、男の様子が変な事に気付いてツンデレが問い詰めてみたら ~中編~
そして、決定的だったのがこれだ。
「何を読んでいるの?」
タカシの家に、ウチで作ったご飯を届けに行った時だった。リビングで座って読んでい
た本が漫画雑誌の類じゃない事に興味を持って聞くと、タカシが顔を上げて、弾んだ声を
出した。
「ああ、静ねえ。ちょうどいいところに来た」
「ちょうどいいところって?」
怪訝そうな顔をしてみせると、タカシが読んでいた本を上げて見せる。
「ほら、これ」
「……手間なく作れる!! 簡単料理100……? こっちは、特選。男が作る簡単で美味し
い料理…… これって、何?」
何か、嫌な予感がする。けれど、聞かずにはいられなかった。不安げな私をよそに、タ
カシは笑顔を見せた。
「ああ。俺もそろそろ、何か料理でも作れるようになろうかなって。それで、本屋で立ち
読みしたら、結構行けそうな気がしたから買ってみたんだ」
「……何でまた、料理しようなんて気になったの? ちょっと前までは皿を出すのだって
めんどくさがっていたじゃない」
さりげない振りをして質問したが、内心の不安はどんどん大きくなっていた。自分でも、
何がそんなに不安なのか分からなかったが、感情という物は理屈で制御出来ない時もあるのだ。
「ああ。うちは親父が仕事忙しいからさ。平日や親父が出張でいない土日は、おばさんと
か静ねえにいつも世話になってたじゃん。けれど、俺ももう高校生になったしさ。いつま
でも甘えている訳にも行かないかなって。せめて自分の事くらいは自分で出来るようにな
れればって思ってさ」
「止めておきなさい」
タカシの意見を、私はにべもなく否定した。嫌な予感は、やはり的中してしまったのだ。
タカシが、また一つ自分の手から離れようとしている。そう思うと、言葉に気を遣うなんて出来なかった。
66 名前:2/6[sage] 投稿日:2012/10/01(月) 00:20:41.96 ID:JXZAHd9n0 [3/15]
「何でだよ。そりゃ、毎日は無理だろうけどさ。けれど、少しでも料理できるようになれ
ば、静ねえだって負担減るだろ? むしろいい事じゃん」
ムッとした顔で抗弁するタカシを、表情を消して私は見下ろす。
「タカシは料理するなんて気軽に言うけど、遊び気分だけで出来るものじゃないのよ。刃
物も使うし、ガスも、火も使うの。一つ間違えれば、大怪我したり火事や一酸化炭素中毒
も引き起こしかねないわ。そういう危険性は分かってるの?」
「分かってるさ。だから、静ねえに料理を教えて貰おうと思ってたんだよ。静ねえだった
ら厳しく教えてくれるから、刃物の扱い方も火を使ったときの注意も、キチンとしてくれ
るだろうし」
私の指摘をあっさり返すところからみても、どうやらその注意は、最初から念頭に置い
ていたようだった。確かに、生意気なだけだった中学の頃からは随分と成長したようにも
思う。だけど、今の私にはそれもあまり嬉しいものとは思えなかった。
「お断りだわ。タカシみたいな飲み込みの悪い生徒に料理を教えるなんて、めんどうなだ
けだもの。そんな手間暇掛けるくらいなら、私が作った方が手っ取り早いわよ」
タカシのお願いをバッサリと切り捨てる。しかし、タカシも負けじと食い下がってきた。
「静ねえの言ってる事は、勉強の事だろ? 主に英語とか数学とか。けど、これは自分か
ら進んで教えて貰いたがってるんだからそんな事ないって。確かに手間の掛かる生徒であ
ることは認めるよ。だけど、一度覚えれば、それだけ今度は逆に静ねえが俺の為に料理に
時間裂く必要は無くなるんだぜ。初期投資だと思えば安いものだろ? それに、勉強は逆
に、こっちが音を上げても、絶対に許してくれないじゃん。矛盾してないか、それ?」
ここまでムキになるところから、タカシが本気で料理を覚えようと考えている事は分か
る。だけど、それがまた私の気に食わなかった。
「それは、タカシの世話をお願いされているのに、悪い成績なんて取らせたらタカシのお
ばさんに申し訳が立たないし、それに私が教えているのに悪い成績なんて出されるのは私
自身の沽券にも係わるもの。絶対に許されないからよ」
このままだと、いずれは勉強も見て貰わなくてもいいと言われるかも知れないと思いつ
つ、タカシの問いに答える。いや。どうも最近タカシが夜、勉強している節が見受けられ
るところからも、可能性としては決して低くないと思う。
67 名前:3/6[sage] 投稿日:2012/10/01(月) 00:21:31.88 ID:JXZAHd9n0 [4/15]
「その勢いで料理だって教えてくれれば、ちゃんと身に付くと思うんだけどな。何でそこ
まで俺が料理する事に反対するのか分からないよ。だからといって、もう静ねえの家に世
話にならなくていいなんて自惚れた事までは考えてないけどさ。けど、いざ何か用事があっ
た時に、俺が足かせにならなくて済むじゃんか」
つまりそれは、私の母が出掛けていて、私が料理を作らなくてはならない日の事なのだ
ろうと、私は勝手に解釈した。ここしばらくのタカシの行動は全部そうだ。私の世話から
離れよう、離れようとしている。その事自体よりも――もちろん、それも嫌だけれど――
私は、何でタカシがそんな事を考えているのかが分からない事が、じれったくて仕方が無
かった。ずっと、鬱屈した想いが心の中にあったのだが、もはや我慢も限界だ。
「タカシ。ちょっと場所開けて」
私は、タカシの返事も待たずにタカシの座るソファに強引に座り込もうとした。
「ちょ……!? 何だよ、静ねえ。座りたいんだったら、反対側のソファ座ればいいじゃ
ん。何でこっちに無理に座ろうとするんだよ」
文句を言いつつも、タカシは体をずらして場所を空ける。もし立ち上がってタカシが反
対側に行こうとしたら、手を取って引き止めようと思っていたが、大人しく私の隣に収まっ
てくれた事にはホッとする。
「……ちょっとね。タカシと、近い距離で話をしようと思ったから」
座りながら体ごと横向きにタカシの方を向く。そして、身を乗り出すとタカシの間近に
顔を寄せた。
「……だからって、何もそこまで寄る事無いだろ? 話はちゃんと聞くからさ。もう少し
距離離してくれよ」
どうやら、照れてくれてはいるらしい。私の存在そのものがうっとうしいとか嫌だとか、
そこまで思われている訳ではないと分かって、また一つ安心する。
「これだけ近い距離で話せば、逃げ場はないと思って。お互いにね」
そう答えはしたが、どちらかと言えば、自分の退路を断つためと言っていい。タカシに
負けず劣らず、私だって恥ずかしいのだ。毎日会っているとはいえ、さすがにこんなに近
くで、まるで恋人同士が身を寄せ合うような距離で話をするなんて事は滅多に無い。私自
身が勇気を出すために。嘘が言えなくなるように、こうしたのだ。
「分かったよ。で、話って何だよ?」
68 名前:4/6[sage] 投稿日:2012/10/01(月) 00:22:30.96 ID:JXZAHd9n0 [5/15]
頷いて、質問しつつタカシが視線を逸らす。その視線を逃すまいと、私は片手を出して
タカシの頬に当て、軽く押して自分の方を向かせた。
「ちゃんとこっちを向いて。私の目を見て聞いて」
でないと、タカシの心の動きが分からない。目は、人の心を語るのだから。
「あ、ああ……」
タカシが視線を外さないのを確認してから、私は頬に当てた手を離す。しっかりとタカ
シの目を見つめたまま、ニ、三度静かに鼻で深呼吸をして気持ちを整えてから、口を開い
た。
「教えて。どうして、私の世話を避けようとしているの?」
タカシは、驚いたように目を僅かに見開き、まばたきをした。そして、慌てて小さく首
を振る。
「い、いやそんな、静ねえを避けようとしてるなんて、そんな事はないよ」
「嘘よ」
タカシの否定を、一言の下に切って捨てる。タカシの目を見ると、驚き動揺はしたもの
の、予想外とまでの感じは見えなかった。やっぱり、意識してやっているんだと、私は確
信する。
「朝、起こす事も、朝ごはんの準備も、お弁当を作るのも全部断わられたのよ。それで、
今度は夕ごはんも? そうしたら、私のする事なんて何も無くなってしまうじゃない。そ
れで、避けてないって言えるの?」
「夜は毎日は無理だって言ってるじゃん。まあ、米くらいは自分で炊けるようになりたい
けどさ。別に静ねえに世話されるのが嫌なんじゃなくて、出来る事くらいは自分でやれる
ようになっておきたいって、そう思っただけだよ」
私の問いに、タカシは言葉を選びつつ、一生懸命に抗弁する。恐らく前もって考えてい
た答えなのだろう。言葉に澱みはないし、嘘だとも思えない。けれど、それと同じくらい
それだけが理由とも思えなかった。
「確かに、自立するのは良い事だわ。この間までは、ちょっとだらしなさ過ぎるところが
多かったのも事実だから」
同意するような発言をすると、タカシがほら、といった顔をする。しかし、そこで私は
目を閉じ、首を振ってから、もう一度しっかりと、真正面からタカシを見据えた。
「だけどね。急、過ぎるのよ」
69 名前:5/6[sage] 投稿日:2012/10/01(月) 00:23:44.18 ID:JXZAHd9n0 [6/15]
「急って……何が、だよ?」
怪訝そうなタカシに、私は頷いて答える。
「だから、自立するのが、よ。ほんの二週間くらいまでは朝もギリギリになって私に起こ
されて、朝ごはんもお弁当も、時には夕ごはんも作って貰って、制服もちゃんと着ないで
直されていた人が、急に心変わりするには、自立しないとって感じたからといって、こん
な風に急激には変わらないわ。それには、他に大きなきっかけが必要だと思うんだけど」
「キッカケなんて、別にそんな……前から……っていうか、高校に入ってからずっと思っ
てはいたから……」
「思っていても出来なかったじゃない。それが、こんな短期間で変わるなんて、どんな理
由があったのか、それが知りたいのよ」
とにかく、私は納得が行かなかった。私に世話をされる事が嫌になったのか、それとも
申し訳なく思うようになったのか、口で言うように一念発起しただけなのか。何にしても、
理由を洗いざらい吐き出して貰おう。どうするかは、それからだ。
「……別に、自立しようとは前から思ってたけどさ。同じ高校に通うようになって、生活
リズムが同じようになってから、考えたんだ。静ねえのやってる事って、結構大変なんだ
よなって」
「そうね」
一切の謙遜もせず、私はあっさりとタカシの言葉を肯定した。
「朝、早起きをしてお弁当を作って、それから自分のご飯を食べてからタカシを起こしに
行って、ご飯を作って、だらしないタカシの面倒を見なくちゃいけないもの。夜はそれほ
どでもないけれど、夕方にお米を炊きに行かなくちゃいけないのと、ウチで作ったものの
お裾分けを持って行かないといけないし。後は勉強見たり、部屋の掃除をさせたり、数え
ればキリがないわ」
立て続けに並べ立てる私に、タカシがちょっと嫌そうに顔をしかめた。自分のダメな部
分を列挙されて、不快に思わない人間は、まあ確かにいないと思う。私自身だってそうだ
ろうし。しかしタカシは、すぐにそれを消すと、頷いた。
「だろ? それじゃあ、静ねえが自分の時間を持てないじゃん。せっかくの高校生活なの
にさ。俺の為にばかり時間を割いていたら申し訳ないって思うようになって来てさ。で、
とにかく一つでも出来る事から始めようって、二週間前から始めてみたんだよ。実際、朝
とか自分の時間が持てるようになったろ?」
70 名前:6/6[sage] 投稿日:2012/10/01(月) 00:25:03.84 ID:JXZAHd9n0 [7/15]
自分の時間が持てるようになったというより、持て余すようになったというのが私の実
感なのだが、今の段階ではそれは口にしなかった。代わりに、胡散臭そうに眉根を寄せ、
ちっとも嬉しくない風を見せつつ、私は頷く。
「そうね。タカシがそれに気付いてくれたという事は、大変ありがたいわ。それに、言っ
てる事にも嘘はないと思う。けど、それに気付いたのって、本当にそれだけなの?」
タカシに質問しつつ、何かタカシにそう思わせるような行動があったかどうか、私は自
分に問うてみる。絶対に、何かがあったはずだ。私に対して、申し訳なく思うような何かが。
「それだけだって。クラスの女子なんかを見てると、全然遊んでるなって。だから、静ね
えにも少しでもそういう時間を持って貰いたくて――」
そこでタカシの言葉が途切れた。私が、口を塞ぐように手を顔の前にかざしたからだ。
「ちょっと待って。私に答えさせて」
頭の中に何かが引っ掛かっている。まだそう遠くない過去に、誰かに同じような事を言
われた気がする。それを、タカシが早起きを始めた時期と重なる頃の出来事に符合させて
みて、私は不意に思い出した。
「タカシ」
それを聞くのは、ちょっとした勇気が行った。もしかしたら、私は地雷を踏み抜こうと
しているのかも知れない。だけど、聞かずにはいられなかった。
「もしかして、貴方。アレを見たんじゃないでしょうね?」
続く
最終更新:2012年10月18日 22:04