103 名前:1/7[] 投稿日:2012/10/01(月) 06:10:54.62 ID:JXZAHd9n0 [9/15]
- 最近、男の様子が変な事に気付いてツンデレが問い詰めてみたら ~後編~
その瞬間、タカシの顔に動揺が走るのを、私は見逃さなかった。
「ア、アレって何だよ? そんな抽象的に言われてもよく分からねーから……」
ごまかそうとしているのが、ありありと分かる。やはり、タカシの顔を間近で見れる場
所で話をしたのは正解だった。勇気を振り絞って、私は言葉を続けた。
「10日ほど前に、私が特別棟の裏で、隣のクラスの男子生徒に告白されていた、その現場の事よ」
それを口にした途端、タカシが動揺するのがハッキリと分かった。何かを言い出す前に、
私は更に言葉を継ぎ足す。
「正直に答えて。見たのなら見たで、別に構わないわ。それよりも、ハッキリとした答え
が欲しいのよ。覗き見したとしても、それは怒らないけれど、もし嘘の答えをしたら、私
は許さないわ」
それは、自分の気持ち以上の強い言葉だった。もちろん、後ろめたい気持ちも、それゆ
えにごまかせるならごまかしたい気持ちも分かるから、本当は許さないなんて事はない。
だけど、おおよその推測は付けたとはいえ、私は正直に、タカシの口から答えを聞きたかったのだ。
「……見たよ。つっても、たまたまだけど」
「それはそうでしょう。だって、私が知る限りでは、彼と話を持って来た友達の女子と私
しか知らないことだもの。もちろん、彼が友達に告白する事を話したかもしれないけど、
だからといって、それをタカシに知らせる接点を持つ人は一人もいないはずだから」
さも当然、とばかりに同意すると、タカシは顔を横に向けて頭を掻いた。やはり気まず
いのだろう。でも、それでもポツポツと話し出してくれた。
「……掃除当番でさ。最後に焼却炉にゴミを捨てに行って戻る途中で、静ねえが歩いてい
るのを見掛けたんだよ。で、そのちょっと前を知らない男子が歩いていてさ。何か、人気
のない方に向かってたから、気になって、悪いと思いつつも後をつけて行ったら、何かま
あ……そういう事になっててさ」
「もしかして、変な正義感とか芽生えたりさせてなかったでしょうね?」
タカシの話を聞くうちに、ふと思い立ってちょっとからかい気分で聞いてみると、頭に
当てたままの手を、また少し動かして掻く。
104 名前:2/7[] 投稿日:2012/10/01(月) 06:11:34.98 ID:JXZAHd9n0 [10/15]
「いや、まあそういう気持ちも無くはなかったけど、悪そうな人じゃないようには見えた
し、まあ人は見かけによらないって言うけどさ。でもまあ、静ねえも女の子だからさ。一
応心構えだけはしてはいたよ。うん」
「全く。おせっかい焼きもいいところだわ」
意地悪に、バカにしたように言うと、タカシはちょっと憤慨した。
「いいだろ。別に心配したって。それに、まあ他にも色々と思う所はあったし……」
言葉を濁したところを突付いて聞いてみたくもあったが、今それをやってしまうと却っ
て話が進まなくなってしまうかもしれない。グッと我慢して、私は先を促した。
「いいわ。続けて」
顔を背けたまま、タカシは小さく頷く。
「距離があったから、何話してるかまではほとんど聞き取れなかったよ。けれど、相手の
男子が一生懸命何か言ってて、静ねえが首を振ってて、最後にお辞儀をしてたトコとか、
その場の雰囲気から、その男子が静ねえに告白して振られたんだろうなって」
「正解ね。その通りよ」
無愛想で、人付き合いも宜しくない私を一生懸命に褒めて、好きだと言ってくれた事に
対してお礼を言いつつも、彼と付き合って楽しんでいる自分が想像出来ないとにべもなく
断わった事を思い出す。親切そうな人ではあったけれど、後悔はない。
「さすが静ねえ…… 随分あっさりと言うね」
話し始めてから初めて私の方を見て、ちょっと呆れたように言うタカシに、私は当然の
ように頷く。
「だって、事実だもの。そこまで推測されたのなら、何も隠す必要はないは。それで?」
話の続きを催促すると、タカシは頷いた。
「正直、その時俺はホッとしたさ。そいつと付き合ったら、静ねえが俺の前からいなくな
るんじゃないかって思ったから。心の準備無しで、いきなりある日突然なんていうのは嫌
だったからさ。だけど、同時に思ったんだ。俺の世話なんかで、静ねえを束縛し続けてい
ちゃいけないって。静ねえだって、誰かと恋愛したいだろうし、友達と遊んだりだってし
たいのに、俺の世話に時間取られてたら、やりたい事も出来ないだろうって。もちろん、
前から思ってはいたけど、もし、静ねえが俺の世話をしなくちゃいけないからって思って
断わったんだとしたら、それはやっぱり、おかしいからさ……」
105 名前:3/7[] 投稿日:2012/10/01(月) 06:12:21.84 ID:JXZAHd9n0 [11/15]
タカシなりに、客観的な視点に身を置いて、一生懸命に考えたんだろうなと私は察した。
それが例え当たっていなくても、そう考えてくれた事が、何だかとても嬉しかった。しか
し、気持ちとは真逆に、突き放すような言い方で私はそれを否定した。
「バカね」
「え?」
罵られて、タカシが思わずキョトンとした顔をする。しかし、それに構わずに私は、言
葉を続けた。
「何で私が、タカシの世話なんかをする為に、せっかく好きだって言ってくれた人の告白
を拒否しなくちゃいけないのよ。断わったのにタカシの世話うんぬんは関係ないわ。純粋
に、この人とは合わないと思ったから断わったのよ」
実はそれは嘘であった。いや。断わった理由自体は嘘ではないが、彼に告白されて真っ
先に浮かんだのがタカシの世話であり、その時私は、タカシの世話の方が大事に思えると
いう事は、私はこの人と付き合う気がない、という判断を下したのだ。
「それならそれでいいけど……っていうか、むしろ罪悪感が減って助かるけどさ。だから
と言って、この先も告白される可能性はある訳じゃん。その時、俺の世話が頭に浮かばな
いって言えるか? もし付き合うってなっても、静ねえは責任感強いし、絶対に板挟みに
なるだろ? だから、先に俺が自立した方がいいだろ? もちろん、もっと甘えたい気持
ちはあるけどさ。静ねえは来年受験だし、やっぱそうなると、いつまでもそうしてられな
いし……だから……やっぱり、やれる事は自分でやらないと。もちろん、料理みたいに静
ねえに助けて貰わないといけない事もあるけど」
「バカね」
もう一度、私は繰り返した。生意気なガキだったタカシが、ここまで物を考えられる事
を嬉しく、頼もしく思いながら。
「大きなお世話だわ。タカシがそんな事いちいち考えなくたって、タカシの世話と勉強や
遊びの両立くらい、自分で考えてやって来たわよ。これまでもね。だから、そんな事まで
タカシに考えてもらわなくても結構よ。もし、自立させたい事があったら、私の方から仕
込んで自立させるわよ。無理矢理にでもね」
呆れた口調で、ちょっと脅すような凄みを利かせてタカシに伝える。気持ちの上では冗
談なのだが、私はそういう感情を表に出すのが苦手なので、どうしても、ストレートにそ
ういう表現になってしまう。それは分かっていたが、今はそれが必要だった。
106 名前:4/7[] 投稿日:2012/10/01(月) 06:12:53.81 ID:JXZAHd9n0 [12/15]
「け、けどさ……」
効果はあったのか、タカシの返事がためらいがちになる。しかしすぐに首を振ると、私
の顔を真っ直ぐに見つめて反論してきた。
「静ねえがそういうやり繰りが上手いってのはもちろん知ってるさ。だけど、少しでも俺
の世話が楽になれば、もっと色んな事が出来るだろ? やっぱり俺は、静ねえにもっと好
きな事をやって欲しいし、その為だったら、俺も頑張りたいから」
それを聞いて、私は一つため息をついた。どうやら、自分の気持ちを隠したままでタカ
シの世話をし続けるのは無理なようだ。私は、無言でおもむろに両手をタカシの顔に向かっ
て差し出すと、そのまま軽く、パチンと挟み込んだ。
「イテッ!! な、何すんだよ?」
驚いて文句を言うタカシに顔を寄せて、私は言った。
「いい。よく聞きなさい。今からタカシが大いなる勘違いをしているバカだという事を証
明してあげるから」
「バカって…… 俺は、真剣に静ねえの事を思って言ってるのに……」
自分の好意が無にされるような言葉に、さすがにタカシもムッとしたようである。しか
し、構わずに私は続けた。
「まず、タカシの世話の為に私が時間を犠牲にしているという考えが間違ってるわ。いく
らタカシのおばさんと約束したからと言って、タカシの為に貴重な自分の時間を割くと思
う? 責任感だけで出来る事じゃないわよ」
「じゃあ、何で……あんな熱心に世話してくれてたんだよ……?」
怪訝そうなタカシに、私はフン、と不機嫌そうに鼻を鳴らしてみせた。
「決まってるでしょう。自分がやりたいからやっているのよ。それなのに、勝手な勘違い
でやりたい事を奪われたりしたら、いい迷惑だわ」
この答えには、タカシも驚いて目を見開いた。呆然として言葉もなく私を見つめるタカ
シに、私は念押しとばかりに頷いてみせた。
「だからね。自立しようと頑張るのは構わないけど、私の趣味を奪うのは止めてくれない
かしら。正直、この一週間ばかりは何も出来なくてつまらなかったんだから」
するとタカシは恥ずかしくなったのだろうか。顔を横に背けようとしたが、私が両手で
挟み込んでいるので、頬がへこむばかりで一向に逸らす事が出来ない。仕方無しに、視線
だけを下に落として、小さく呟いた。
107 名前:5/7[] 投稿日:2012/10/01(月) 06:13:35.48 ID:JXZAHd9n0 [13/15]
「……静ねえは楽しいのかよ? 俺なんかの世話してて……」
ニコリともせずに、私はコクリと頷いた。
「楽しいわよ。気持ち良さそうに寝ているタカシを叩き起こして、寝ぼけたままのタカシ
に無理矢理くしを入れたり、嫌がるタカシに無理矢理ネクタイをキツく締めたりとかね」
わざとタカシの嫌がりそうなところだけを抽出して答えると、案の定タカシは嫌な顔を
した。
「……静ねえってさ。前から思ってたけど、やっぱりドSだろ……」
その指摘には、不機嫌そうに眉を寄せることで抵抗の意志を示してみせる。
「自覚はあるけど、他人のそれを言われるのは不愉快だわ。特にタカシにはね」
「やっぱりな……」
諦めたように、深いため息をタカシはついた。それから、気を取り直したように視線を
上げて私を見る。
「で、まずって事は他にもあるんだろ? 俺の認識が間違ってる事が」
タカシの問いに、私は頷く。何と伝えればいいのだろうかと迷ったのは一瞬だった。も
うここまで来たのだから、私なりのやり方で伝えるしかない。だけど、いざとなるとやは
り胸の高鳴りは抑えられなかった。
「他にもって言うか、間違いだらけだけどね。でも、決定的に間違ってる事がもう一つあるわ」
声が震えないように、いつもと同じ感じで淡々としゃべるよう意識する。果たして、タ
カシには平常心でいるように見えるだろうかと内心不安に思いつつ。実は動揺しているの
がバレバレだったら、みっともなくて仕方が無いと思う。
「いいよ、もったいぶらなくて。もう十分俺が浅はかだってのは分かったからさ。ここま
でくれば、毒食らえば皿までだし」
「いい心がけね」
タカシの冗談めかした言葉が、ちょっと救いになる。それに答えて、一つ間を置いてか
ら、私は話を続けた。
「さっき、タカシは言ったわよね? 私だって恋愛したいだろうって。だけど、それは間違いよ」
タカシの顔を押さえる手が汗ばんでいるのを感じる。心臓がドクドクと鼓動を激しくし、
体もいつしか、風邪で高熱が出た時のように熱く火照っている。そんな自分の体に負けな
いように、私はタカシの目を強く見つめて、言った。
「だって、私はもう恋愛もしているもの」
108 名前:6/7[] 投稿日:2012/10/01(月) 06:14:14.69 ID:JXZAHd9n0 [14/15]
言葉と同時に、タカシの顔をグッと引き寄せ、私は目を閉じて唇を重ね、グッと強く押
し付けた。自分の全神経が唇に集中し、タカシの唇の感触と、隙間から漏れる熱い吐息し
か感じられなかった。夢中になり過ぎないよう、頭の中で数を数える。それがきっかり30
になった時、私は名残惜しむ事なく、唇を離して、だけどまだ触れそうなほど近くで言った。
「いくら私が世話好きだからって……好きでもない人にそこまで献身的に出来る訳ないで
しょ? もうちょっと頭を使いなさい。バカ」
照れ隠しに悪態をついて、私はようやくタカシから両手を離し、顔を引く。しかし、同
時に体はタカシの方へと、密着するくらい近くに寄せる。
「えっと……その…… いい、のかよ……? 俺……なんか……で……」
動揺の余り、上手く回らない舌を必死に動かして、タカシが聞いた。私は、えい、とば
かりに頬っぺたを突付き、睨み付ける。
「何? 私が選んだ男の人に、何か文句でもあるの? これでも一応……しっかりと考え
た末なんだからね」
今までは何となく、当たり前のように世話をしながら意識の下層に眠っていた感情が、
告白された事で掘り起こされ、タカシが自立しようとした事で、明確になっていった。そ
の間、どれだけ私が考えたかなんて、タカシには知られたくもない。
「いやその……文句だなんて……てか、俺の事だし……」
まだ実感が湧かないのだろうか。ポカンとしているタカシを見つめて、私は聞いた。
「で、タカシはどう思っているのかしら?」
「は?」
そろそろシャンとして貰わなければ困るので、私は肘でタカシを思いっきり小突いた。
「あいてっ!!」
「いい加減にしっかりしなさい。真面目に質問してるのに、は?はないでしょう」
「いやその、ゴ、ゴメン」
慌てて謝るタカシに、私はまた、わざと呆れたようなため息をつく。それから顔を上げ
て、下から覗き込むようにタカシの顔を見つめて、もう一度聞いた。
「だから、タカシは私の事をどう思っているのか教えて貰わないと。私の思いはちゃんと
伝えたでしょう? このままだと一方通行だわ。タカシの方からも、ちゃんと伝えて貰わないと」
109 名前:7/7[] 投稿日:2012/10/01(月) 06:16:07.16 ID:JXZAHd9n0 [15/15]
「そ、そりゃもちろん……」
慌てて答えようとして、タカシは一度言葉を切った。それから、自分の顔をピシャリと
両手で叩いて、首を振ってから私を見下ろし、微笑んで頷いた。
「うん。もちろん俺だって……静ねえの事が好きだよ……」
「ありがと」
体を動かしてタカシに寄り添い、私はもう一度唇を重ね合わせる。そして今度は、時間
制限無しのキスを、たっぷりと堪能したのだった。
終わり
最終更新:2012年10月18日 22:05