19 名前:1/5[sage] 投稿日:2012/10/20(土) 19:38:14.43 ID:l3ULIL5P0 [2/13]
「じゃーねー」
「んじゃ、また明日な」
「あーあ……予備校めんどくせー。俺も遊びに行きてーよな」
「やべ。部活遅れちまう」
放課後の喧騒が飛び交う中、私もカバンの中に教科書やらノートやらを詰め終えると席
を立った。
「委員長、じゃーねー」
「うん。また、明日」
「部活もいいけどさ。今度一緒に遊びいこーよ。お茶でもしにさ。たまには委員長と長話
したいし」
「ありがとう。考えとくね」
友達と挨拶を交わしつつ、教室を出る。放課後は必ず書道教室に顔を出し、二時間。がっ
つりと書と向かい合う。それが、書道部部長としての私の日常だった。もっとも、部員は
三人しかいないけれど。世間では漫画の影響やら書道パフォーマンスやらが話題となり、
地味であった書道も若干注目されるようになったが、うちの学校はそういうのとは無縁に、
ただひたすら、書に打ち込んでいた。そんな事を繰り返す私の日常だったが、そこに時折、
非日常が紛れ込む事がある。
「お、委員長。今から部活?」
そして、今日も非日常が紛れ込んで来た。
「そうよ。それが何か?」
声を掛けられ、私は思わず身を硬くした。目の前にいるのは、クラスメートの別府タカ
シ君。明るくて活発で、クラスの中でもちょっと目立った存在だった。男女問わず、誰に
でも分け隔てなく接し、こうして地味な私にも声を掛けて来る。
「いや、頑張るなって思ってさ。毎日、六時くらいまでやってるんだろ?」
「何で知ってるの?」
20 名前:2/5[sage] 投稿日:2012/10/20(土) 19:38:45.52 ID:l3ULIL5P0 [3/13]
彼は確か、どこの部にも所属していないはずだったから、私と行き会う事もないはずだっ
た。だから私が何時に終わるかなんて知っているはずもない。だから咄嗟に聞き返したの
だが、それに彼はちょっと照れたような困ったような笑顔を浮かべて頭を掻いた。
「いやー。何度か補習が終わった後に、委員長を見掛けたことがあってさ。まあ、遠目に
だから気付かなかっただろうけど」
なるほど、と納得して私は頷く。
「そういう事ね。別府君が遅くまで学校に残っている理由が見当たらなかったから、何で
知っているんだろうって思って。もしかして、ストーカーでもされてるんじゃないかって、
ちょっと怖かったわ」
自分で言いつつも、心の中では万に一つもそんな事は信じていなかった。むしろ、そこ
まで別府君に好かれているのだとしたら、却って嬉しいくらいだ。
「いやいやいやいや。後をコソコソつけるくらいなら、声掛けておしゃべりするって。何
て言うか、ストーカーの心理って良く分からないし」
臆病だから、好きなのに声が掛けられないから、遠目から見てしまうのだ。むしろ私の
方がストーカーなんだと思う。別に後を付回したりはしないけど、それでも彼に惹き付け
られて、遠目からついつい眺めてしまうのだから。今だって、声を掛けられて嬉しく思う
反面、怖くて逃げ出したい思いも同じくらい強いのだ。
「で、何か用があって声を掛けて来たの? 挨拶だけだったら、部活があるからこれで失
礼するけど」
そのまま脇を抜けて通り抜けようと足を一歩踏み出す。それを別府君が慌てて止めた。
「ああ、いやゴメン。実はさ。その……おめでとうって言いたくて、それで声を掛けたんだ」
「え――?」
足を止め、私は怪訝な面持ちで彼を見つめる。別府君におめでとうなんて言われるよう
な良い事が、私にあっただろうか?
「悪いけど、何で貴方にそんな事を言われるのか、意味が分からないんだけど?」
素直に問い質すと、彼はえ?と不思議そうな顔をした。
「いや。委員長って、市の書道展に出品してたろ? それで優秀賞取ったって…… 高校
生の中では一番の出来だって聞いたけど?」
今度こそ、私は驚いて声を上げた。
21 名前:3/5[sage] 投稿日:2012/10/20(土) 19:39:31.08 ID:l3ULIL5P0 [4/13]
「ちょっと待ってよ。何で別府君がそんな事知っているの? 別にクラスでも学校でも、
そんな発表なかったでしょ?」
別段、学校の全体朝礼で発表されるような、凄い賞という訳ではない。書道部の顧問か
ら担任の先生には伝わったので、クラスの朝礼で発表しようかと問われた時、私はその場
で断った。市民書道展みたいな小さな展覧会で賞取ったくらいで発表されても困るだけで
すからと。なのに、何で彼が知っているのか、今度こそ不思議でならなかった。
「いや、実はさ。見に行ったんだよ。その書道展」
若干、ためらいがちに彼は答える。自分でも似合っていないと分かっているのだろうか。
それを聞いても私の疑問は深まるばかりだった」
「別府君が書道に興味があるなんて、初耳だけど。書道の授業も退屈だってボヤいていた
じゃない」
彼が選択授業の書道で取っていた態度を思い出して口に出すと、何故か少し仏頂面で彼
は頷いた。
「ああ、全く興味無かったけどさ。ただ、うちのばーちゃんがさ。同じ展覧会に出品して
賞取ったんだよ。で、俺にも見に行け見に行けとうるさくてさ。結局、親父と二人して見
に行かされたんだ。それで、ブラブラしてたら委員長の名前を見つけてさ。それで、えっ……
と思って」
私は顔が赤らむのを感じて、咄嗟に俯いてしまった。別府君にあの書を見られていたの
だと知り、何だか急に恥ずかしくなってしまう。
「べ、別に大したことじゃ……って、そう言うと、他の人たちに失礼だけど、でもウチの
市じゃ高校生で出品する人自体が少ないもの。私のなんて、他のもっと大きな展覧会に出
したら、歯牙にも掛けられないわよ」
ウチの市は、私立を入れても高校は3校で、いずれも書道部は小さいものだ。何と言っ
ても、市内唯一の大型ショッピングモールのイベントでは、他の市にある高校の書道部が
パフォーマンスを披露したりするくらいなのだから。
「でも、少なかろうがなんだろうが、賞取った事は事実だろ? それって凄いじゃん。だっ
て、うちの学校の球技大会で優勝したって大喜びしたんだぜ? 少なくともそれよりはレ
ベル高いだろが」
22 名前:4/5[sage] 投稿日:2012/10/20(土) 19:40:03.27 ID:l3ULIL5P0 [5/13]
確かに、どんなに小さな展覧会だろうが、賞は賞だ。実際、賞状貰った時は嬉しかった
し。こんな自分でも認めてもらえることがあるんだって。そう思うと、別府君の言葉には
逆らえなかった。
「それは、そうだけど…… でも、別府君に褒められても、余り嬉しくないかな。だって、
ただ賞を取ったって事実だけで、価値の分からない人には何で賞を取れたのかとか、全く
分からないだろうし」
これはもはや、ただの照れ隠しに過ぎなかった。彼から褒められる事が恥ずかしくて、
こそばゆくて、気分を害されてもいいから、早く話を打ち切りたかった。自分がこんな感
情でいるなんて、別府君には知られたくなかったから。しかし、彼は特に不快な様子も見
せず、素直に頷いた。
「まあ、委員長の言う事も一理あるとは思うけどさ。けど、俺にだって分かってることは
あるんだぜ」
「何が? 別府君が……何を、分かっているって言うの?」
彼の言葉を鸚鵡返しに聞き返す。すると、別府君は視線を逸らし、鼻の頭に手をやって
指で擦ってから、視線を戻して頷いた。
「いや、その……委員長がさ。凄く頑張っているんだなってのは」
我ながら照れ臭い事を言ったと思ったのだろう。すぐにまた顔を背け、耳の後ろ辺りか
ら後頭部を手で掻いていた。私はといえば、こんな風に別府君に認めて貰えた事が嬉しく
て気恥ずかしくて、どう対処していいか全く分からなかった。とにかく、何か答えなくちゃ
と思い、懸命に言葉を探す。
「……その……頑張ってるとか……そんなんじゃないわよ。別に、私は書が好きだから……
好きな事をやってたってだけで……そういう褒められ方は的を射ているとは言い難いわ」
「でも、好きだってだけで、いい加減に取り組んでいたらこういう結果は出なかったと思
うしさ。真面目に頑張っていたから、結果が伴って来たんだろ? 別に書道じゃなくたっ
て、スポーツでも物書きでも同じだと思うんだ。やっぱり、俺は凄いと思うよ」
23 名前:5/5[sage] 投稿日:2012/10/20(土) 19:41:40.84 ID:l3ULIL5P0 [6/13]
一生懸命に私を褒め上げてくれる彼の前で、私は何も言えなくなって俯いてしまった。
別府君からここまで褒めて貰えるなんて、有り得ない事だと思う。これ以上彼から褒めら
れたらおかしくなってしまいそうで、私は何とか話を打ち切らないと、と思った。一方で、
話を終わりにしたくない、欲張りな私もいて、葛藤に心が悶える中、別府君がさらに追い
討ちを掛けて来る。
「それにさ。授業の時にチラッと見ただけだけどさ。委員長が書道やってる時って何か普
段とオーラが違うんだよな。物凄い集中してて、周りなんて何も見えていない感じで心が
研ぎ澄まされててさ。何かちょっと、近寄り難い雰囲気すらあって。あの時は、さすが委
員長は真面目だなってくらいにしか思ってなかったけど、やっぱ賞取れるだけのことはあ
るんだよな」
どうやら調子に乗って来たのか、別府君は勢い込んで話しつつも自分の言葉にうんうん、
と頷く。逆に私は、もう聞きたくないとばかりに小さく何度も首を横に振るばかりだった。
「そんな事ない。私なんて普通だし…… 褒め過ぎで逆に気持ち悪いわよ。そうやって褒
めておけば、今度自習の時とかうるさくしても、お説教されなくて済むとか、そんな事考
えてるんじゃないかって、疑いたくなるくらいに」
何か下心があるんじゃないかって思った方が、いっそ気が楽になるとすら思って、私は
そう口に出した。しかし、すぐに別府君は心外だとばかりに言い返してくる。
「そんな事ねーよ。いや、その……気持ち悪いって思われたのなら申し訳ないけどさ。実
際、賞取ったからってだけじゃなくて、その……委員長の作品を見た時、ちょっと感銘を
受けたし」
「え……?」
私は驚いて顔を上げた。すると彼の目と視線が合ってしまい、慌てて顔を逸らす。しか
し、知りたいと思う気持ちは揺るがなかった。彼が、私の作品のどこに感銘を受けたのかを。
続く
最終更新:2012年11月12日 23:45