26 名前:1/5[sage] 投稿日:2013/01/19(土) 23:20:45.85 ID:M+l7xwpw0 [6/12]
  • 受験を前に無理をし過ぎているツンデレ その2

 葉山さんと別れ、ボクは図書室に向かう。何となく周囲を気にしつつ、そっとドアを開
けると、さすがに始業式の日だけに、部屋の中は全く人気が無く、カウンターの中に司書
の図書委員と、そして読書や勉強の為のコーナーに一人、別府君が座ってイヤホンを耳に
付け、腕組みをしながら目を瞑っていた。ボクはそっと別府君の後ろに回ると、イヤホンを外す。
『こら』
「あん?」
 体を反り返らせ、逆さになった状態で別府君がボクを見上げた。
『人を待っているのに、イヤホンで音楽を聴きながら寝ているってどういう事? 失礼だ
よそれって』
 ムッとした顔でお説教をすると、別府君は体を起こして携帯音楽プレーヤーを操作して
音を止めた。
「いや。教室出る時にさ。委員長が葉山と何かしゃべってたから、長くなるかなーって思って」
『だからって、そんなだらしない格好で寝てる事ないでしょう? 参考書も問題集もノー
トも、何も出してないし。やる気ある訳? ボクは君と遊ぶ気なんてさらさらないんだけど』
 ちなみに別府君は、ブレザーの前は開けてワイシャツの裾も全部出し、ネクタイも引っ
掛けているだけという非常にルーズな格好をしているだけに、余計だらしなく見える。本
当に、副委員長とは思えない、あるまじき格好だ。
「やる気ないなら、最初から断わってるって。ただ、必要以上は勉強なんてめんどくさい
もの、したくもないからな。こうして空き時間は出来る限り寝ているんだよ」
『全く、相変わらずのサボリ魔なんだから。それでよく成績キープ出来てると思うよ。ホ
ント、世の中間違ってる』
 残念な事に、模試のトータルの結果ではボクよりも別府君の方が志望校判定では高い評
価を出している。もともと理数系志望の彼と、数学や物理が得意でないのに、別府君と一
緒のクラスで三年を過ごし、同じ大学を受験したいが為に理系を選択したボクとの、それ
が埋めがたい差となって現れており、ボクがお正月を返上してまでも勉強していた理由だった。
「委員長みたいにただ頑張ればいいってもんじゃない。コツを覚えて集中してやれば、短
時間でだってしっかり身に付くもんさ」

27 名前:2/5[sage] 投稿日:2013/01/19(土) 23:21:39.89 ID:M+l7xwpw0 [7/12]
 めんどくさそうに、お説教めいた事を言われても実に説得力が無いなと思ってしまう。
別府君は両腕を上げて大きく伸びをすると、首や肩を回して体をほぐす。
『だから、英語は最初から放棄してボクを頼るんだよね。全く……ボクは君の参考書じゃ
ないんだけど』
 何だかボクの頑張りをバカにされたようでちょっとムッとして、ボクはあてつけがまし
く文句を言った。しかし、別府君は全くお構い無しに勉強道具を広げ始める。
「だからその代わりに数学や物理を教えてやってるだろ。お互い様だ」
 それを言われると、こちらとしては返す言葉が無くなってしまうのが悔しかった。多分、
別府君がボクに英語を頼っている以上に、ボクは彼にその二つの科目は頼らざるを得ない
のだから。それに、ボクの場合は出来る限り別府君に聞く箇所を減らそうと分からないと
ころを必死に調べて、結構無駄な時間を過ごしているだけ、彼より効率も悪いんだと思う。
けれど、最初から頭を下げるのはやっぱり性分として出来なかった。
『もういいよ。こうやっておしゃべりしてるのも無駄なんでしょ? さっさと冬休みの成
果を出し合って、終わりにしちゃお』
 別府君の向かい側に回ると、ボクは荒々しくカバンを椅子の上に置き、その隣に座って
勉強道具を取り出す。今日のやる事は冬休み前に互いに出し合った苦手箇所の課題のチェッ
クと、勉強して分からなかったところを教え合う事だった。物理の問題集とバインダーを
カバンから出し、気合を入れようと小さく首を振って霞がかった頭をハッキリさせる。そ
こで顔を上げると、何故か別府君が、ジッとボクを注視していることに気が付いた。
『……え? 何? ボクの顔に何か付いてでもいるの? そんな風に人の顔をジッと見つ
めるなんて、失礼だし気持ち悪いんだけど』
 すると別府君は、小さく、何だか呆れたため息をついて、何故か責めるように質問してきた。
「委員長。昨夜は何時間、寝た?」
『へっ? えーと……よ……四時間……かな? 一応、ちゃんと寝てはいるけど、それが
どうかしたの?』
 戸惑いつつも、ボクは答えた。実は三時間弱しか寝ていないんだけど、つい一時間ほど
多めに答えてしまう。それに対して別府君はコメントを出さず、更に質問を重ねて来た。
「じゃあ、冬休みの間の平均睡眠時間はどれくらいだ? 大体なら分かるだろ?」
『ちょ、ちょっと待ってよ。何でそんな事聞くわけ? 女の子にプライベートの生活聞く
なんて失礼じゃない?』

28 名前:3/5[sage] 投稿日:2013/01/19(土) 23:23:14.92 ID:M+l7xwpw0 [8/12]
 たかが睡眠時間の話に失礼も何もあったもんじゃないと思うが、何故だか答えるのが嫌
で、ボクはそう聞き返してしまった。しかし別府君は不満そうに顔を曇らせると、うんざ
りした声で答えを催促してくる。
「別に毎日の事を根掘り葉掘り聞いてる訳じゃないだろ。平均でどんだけだって話で。そ
れが失礼だって言ったら、俺は委員長に何も聞けなくなるぞ。それとも、言いたくないよ
うな理由でもあるのか?」
 そう言われると、何だか隠す事がやましい事のように思えてしまい、ボクはブスッと口
を尖らせた。少し考えてから、ゆっくりと首を振る。
『別に。何で別府君にそんな事教えなくちゃいけないのか、納得が行かないから答えたく
ないってだけで、別に知られて困るような事じゃないよ』
 果たしてどんな意図で別府君がそんな事を聞いて来るのかと、ボクは少しドキドキしつ
つ答えを待った。すると別府君は、不意に一言、ボソリと言った。
「鏡」
『え?』
 何を言いたいのか分からず、怪訝そうな顔をすると、別府君はボクのカバンに視線を落
として、今度は省略せずに繰り返した。
「だから、鏡で自分の顔を見てみろって。女子だから、手鏡くらい持ってるだろ? そう
すりゃ、何でわざわざ俺がそんな事を気に留めてるのか、すぐ分かるから」
『何そのもったいぶった言い方。自分はそういうのめんどくさがるクセに、人にはいちい
ち指図するんだから』
 そう文句を言っても、別府君には全然効果が無いのは分かっているので、ボクは彼の見
守る前で、ハンドミラーを出して自分の顔を見た。いささか不健康そうな、相も変わらず
冴えない自分の顔が鏡に映る。女の子と一緒に勉強すると言っても、こんな子じゃあ別府
君の気持ちも萎えるのかな、などと自虐的な事をついつい考えつつ、ボクはハンドミラー
をしまう。
『見たよ。で、だからどうしたって言うの?』
 すると別府君は、呆れたような顔つきになってボクを窺うように見つめた。
「お前、自分で見て気付かないのか? こうやってあらためてマジマジと見つめると、ホ
ント酷い顔してるぞ」

29 名前:4/5[sage] 投稿日:2013/01/19(土) 23:24:50.30 ID:M+l7xwpw0 [9/12]
『ひ、酷い顔って……言うに事欠いて何てこと言う訳? いくらなんでもそれはひど過ぎ
るんじゃない?』
 思わず大声になって言い返しつつ、ボクは立ち上がって別府君を睨み付けた。確かに自
分だって可愛いとは思ってないけど、余りにストレートな物言いに、言いようの無い衝撃
を受けていた。しかし別府君は、慌てて立ち上がると、即座に手を前に出してボクを押し止める。
「ちょっと待て。早とちりするな。別に俺は顔の造作の事を言ってるんじゃない」
『早とちりも何もないでしょ? 人の事酷い顔だって言っておきながら……今更何言って
るの? 何を言いたいのか知らないけど、容姿の事には変わりないんでしょ? だったら
同じことじゃない』
 もはや、けんか腰になってボクは言い返す。正直、取り乱してここから出て行かないで
済んでいるのが不思議なくらいだ。多分余りの衝撃に、自分自身が追いついていないんだ
と思う。よりにもよって別府君から酷い顔だなんて言われるだなんて、ボクはショックで
まともに考える事すら出来ていなかった。そんなボクに、別府君は必死になって諭そうとする。
「だから、えーと……何て言うかな? 普段からブサイクだと思ってたら、いちいち今こ
のタイミングで言ったりしないって。つまりだな。その……そういう事じゃなくて、余り
にも疲れ切ったような、生気の無い顔をしてるとか、そういう事だ。だからまずは落ち着け」
 しかし、そう言われても、まだボクの気持ちは全然収まっていなかった。別府君が何か
必死で誤解を解こうとしているから、辛うじて押し止められてはいたが。
『生気の無い顔って、つまりボクが幽霊みたいだとかそういう事? 気持ち悪いって思っ
てるなら、どーぞそう思って下さい』
「だから違うって。そういう被害妄想はよせ。だからだな。その……あんまりにも疲れた
顔してるから、睡眠時間どれくらい取ってるのか知りたかったとか、それだけだ。てっき
り委員長自身も自分の顔が普段と全然違うって気付いてるとは思ってたけどな。だからそ
こで怒るとは思わなかったんだよ」
 そこまで言われて、ボクはそんなに違うものかともう一度ハンドミラーを開けて顔を映
してみた。しかし、自分ではそれほど疲れ切ってるかどうかなんて、判別出来なかった。
『そんな事ないと思うけど? どちらにしたって失礼極まりないよ。女の子を掴まえて酷
い顔だなんて。絶対口にしちゃいけない言葉だよ、それって』

30 名前:5/5[sage] 投稿日:2013/01/19(土) 23:25:47.69 ID:M+l7xwpw0 [10/12]
 ようやく別府君の言葉をまともに考えられるようになって、多少気持ちは収まったもの
の、まだ憤懣やるかたない気持ちで文句を言うと、別府君にしては珍しく、軽くではあっ
たが素直に頭を下げて来た。
「まあ、言い方が悪かったな。スマン。それと……一言言っておくけどな。普段、可愛い
と思ってる子ほど、疲れた顔とかしてると余計酷く見えるもんなんだよ。男目線で見ると、特にな」
『何それ? 可愛い子ほどって、ボクへの当てつけ……?』
 最初、可愛い子を引き合いに出されたのかと勘違いして文句を言おうと口を開きかけて、
しかし途中でその言葉が途切れてしまう。目の前の別府君の態度が、いつもとちょっと違
う事に違和感を覚えたからだ。不機嫌そうな顔でそっぽを向いているが、それは何だか、
照れているようにすら見える。
「バカかお前は。何でわざわざ謝った後に当て付けるような事言わなくちゃいけないんだ
よ。その……もうちょっと考えろ」
『バ、バカって……』
 文句を言おうと口を開きかけたが、最初の一言で、それは後から来る感情に飲み込まれ
てしまった。別府君の言わんとしている事に、ようやく気付いたからだ。
『か……可愛いって……その……ボクが?』


続く
最終更新:2013年02月03日 00:48