91 名前:1/7[sage] 投稿日:2012/09/17(月) 22:33:42.21 0
  • ツンデレが男に見せる為に水着を購入したら その2

 彼女の言葉と仕草に、普段感じた事のない色気を感じて、彼の心臓もドキドキし始めた。
思わず視線を外し、何か茶化すような事を言いたくなってしまう。
「いや、その……」
 しかし、それは言葉にならなかった。俯き、頭を掻いてからもう一度視線だけを上げて
彼女を視界に捉える。彼女もまた、何かに耐えるように、必死に自分を晒し出そうとして
いる姿を見て、彼は顔を上げた。足首からスッと伸びる白い素足にやや肉付きの少なめな
腰つき。そしてブラの効果もあるのだろうが、思いの外膨らんでいる胸の双丘はしっかり
と谷間を作っていて、最後にギュッと口を真一文字に結び、ひたすら何かを堪えるように
しかめつらしい表情をしている整った小さな顔を見つめた。
そして、その顔を見た時、彼の心は固まった。
「ああ。よく似合ってるとお……思うよ。可愛いし」
 その言葉に、彼女がピクリと反応した。
『ホント……に?』
 小さく、呟くように聞き返してから、彼女は跳ねるように彼の前にしゃがみ込んだ。顔
をグッと近付け、問い詰めるようにもう一度、同じ事を聞く。
『ホントに……似合ってるって……可愛いって思ってる? あたしが先に言ったから、お
世辞とか言わされてる感で褒めてるだけなんじゃないでしょうね?』
 その真剣な問い方に、彼は思わず上半身を逸らして身を引いた。
「いやいやいや。ちゃんとそう思ってるって。いや、最初はさ。こんなの褒めるの限定じゃ
んって思ったから、何かちょっとヒネた答えしようかと思ったけどさ。その……お前の姿
見てたら、そんな気分とかどっか行っちまって……まあ、その……ちゃんと、正直に答え
たっつーか……そういう事だよ」

92 名前:2/7[sage] 投稿日:2012/09/17(月) 22:34:13.52 0
 日頃一緒にいて、付き合い慣れてる幼馴染を相手に真面目に褒めた事が急に気恥ずかし
くなって、最後はちょっとぶっきらぼうな口調で答える。それに彼女は無言で、ジッと彼
を見つめていた。その視線の強さに、彼も顔を逸らす事が出来ず、彼女の顔を見つめてい
た。そのまま、少しの間まるで時が止まったような感覚を味わっていたが、やがて彼女が
小さくため息を吐く。
『ハァ…… 良かったぁ~……』
 そしてそのまま、後ろに倒れるように尻餅を突き、両手で後ろに倒れないように支える
と、天を仰ぐ。
「良かった……って?」
 意外そうな口ぶりで彼が彼女の言葉を繰り返して聞く。その事に彼女は、思わず本音が
漏れ出てしまった事に驚き、パッと体を起こすと両手を前に出して思いっきり振って否定
する。
『ち……違うわよっ!! い、今のはその……安心したっていう意味であって、その……
う、嬉しいとかそういうんじゃないんだからね!!』
 体温が上がり、自分の顔が火照っている事に気付きつつも、彼女は一生懸命自分の心を
隠そうとする。無論、ホッとしたのも事実だが、それ以上に望んでいた答えが聞けて心が
弾んでいる事を知られたくなかったのだ。
「いや、まあ……それならそれでいいんだけどさ。でも……何で?」
 常日頃見せない、動揺した彼女の態度に面食らいつつ、彼は何とか会話を続けようとし
た。このまま黙ったら、何となく変な空気のまま別れなくちゃいけないような、そんな気
がしたからだ。
『何でって……何がよ?』
 動揺を治め、首を傾げる彼女から視線を逸らし、鼻に手を当てて擦ってから、彼は彼女
の問いに答えた。
「いや、だからさ。安心したって言うから……何で安心したのかなって」
『そ、それは……』
 視線だけ彼女に戻すと、彼女はペタンと正座を崩した女の子座りをして、不機嫌そうに
顔をしかめて俯いていたが、やがて顔を上げて挑むように答えた。

93 名前:3/7[sage] 投稿日:2012/09/17(月) 22:34:45.02 0
『だって、もし褒められなかったら悔しいじゃない。タカシみたいなヘタレ男子にさ。万
が一にも大人っぽ過ぎないかとか、水着負けしてるとか思われるのって、女としてのプラ
イドが許さないもの。けど、まあ一応最低基準はクリア出来たから、ホッとしただけの話
で……そ、それだけなんだからね!!』
「いや。だから、疑ってねーって」
 さっきからいちいち、弁解するような言い方をする彼女を宥めようとすると、彼女はプ
イと横を向いた。その顔にふと、何故か残念そうな表情が見えた気がして、彼は自分の目
を疑ってしまう。
『……ならいいんだけど。フン』
 何で褒めたのにこんなに機嫌悪そうなのか彼は不思議に思ったが、昔から彼女の感情が
気まぐれで、中学に入った頃から特にそれが酷くなったのにずっと付き合わされているか
ら、それは深く追及する気はなかった。それよりも、もう一つの疑問を彼は口にした。
「ところでさ。俺を呼び出した用件って……これでいいのか?」
 すると彼女はピクッと体を震わせた。
『……そうよ。わ、悪い?』
 相変わらずの不機嫌な言い方だが、どこか困惑したような響きが含まれていた。
「いや。まさかかなみが、俺に新しい水着を見せるためだけに呼び付けるって、ちょっと
意外な気がしたからさ」
 少なくとも、これまでにそういった事例はなかったはずだと、彼は頭の中で確認する。
彼女は彼に向き直ると、挑むように睨みつけ、一瞬ちょっと視線を落としてから、もう一
度視線を上げた。
『しょ……しょうがないじゃないのよ。アンタ以外に、他に、その……感想聞ける若い男
なんていないんだから』
 強気な態度が、徐々に薄れて自信無げになっていく。彼女は自分でもそれに気付いては
いたが、どうしようもなかった。
「別に俺じゃなくたって……クラスの女子とかでも良かったんじゃないのか? ゆーこさ
んとか」
 クラスでもとりわけ彼女と仲の良い女子の名前を彼を挙げた。それに彼女はブンブンと
首を振って拒絶する。

94 名前:4/7[sage] 投稿日:2012/09/17(月) 22:35:16.32 0
『それじゃダメなの!! 大体、女の子同士なんて絶対可愛い可愛いって褒め合っちゃう
んだから。そもそも、これってゆーちゃん達にそそのかされて買ったようなもんだし、試
着して見せてるんだから』
 そこでふと、彼はとある疑問に気付いた。
「ところでさ。新しい水着買ったのはいいけどさ。着る機会って、あったのか?」
 すると見る間に、彼女の顔が怒りに歪んだ。
『あるわけないでしょ!! っていうか、ほとんど毎日、一度は顔合わせてたんだから知っ
てるくせに。大体、でもなきゃわざわざアンタなんかに水着見せるか!!』
 耳元で怒鳴りつけられ、キーンとなる耳鳴りに顔をしかめて指で耳を押さえて、何とか
聴力を回復させようとする。
「いや、だからさ。何で海どころかプールに行く予定すらないのに、水着買ったのかなっ
て、それが不思議でさ」
『だから、そそのかされたって言ったでしょ? ゆーちゃん達の買い物に付き合った時に
さ。この水着、可愛いなーって思って見てたら、みんなして買っちゃいなよ、かなみなら
絶対似合うよって言われて、試着とかしたらどんどん欲しくなっちゃって、つい……』
 その時の事を思い出して、苦虫を噛み潰したような顔を彼女はした。
「でも、行く予定なかったんだろ? つか、ゆーこさん達とか、誘わなかったのか?」
 彼に聞かれ、彼女はブンブンと首を振った。
『誘わなかったっていうか……あたしはてっきり、みんなと行くもんだと思って買ったの
よ。だけどさ、いつ行くって聞いたら、みんなちゃっかり個別に予定入っててさ。もう買っ
ちゃった後だったし……』
 そこで彼女は、ムスッと口を閉ざす。その時みんなから、彼と行けばいいじゃんと囃し
立てられた事は絶対に口にする気は無かった。絶好のチャンスだとか、一線を越えろとか、
夏の思い出作れとか勝手な事を言われて、もちろん自分も夢想しないでもなかったが、結
局出来たのは、彼にこうして水着姿を見せる事くらいでしかなかった。
「なるほど。結果的には乗せられて水着買ったけど、結局着る機会がなかったと」
 おもしろがるような彼の口調に、彼女はむくれてプイッと顔を横に向けた。

95 名前:5/7[sage] 投稿日:2012/09/17(月) 22:35:47.36 0
『いいわよ、別に。人の事バカだって思うなら、勝手に思ってればいいじゃない。あたし
だってそう思ってんだから、何言われたって言い返せないわよ。フン!!』
 やけっぱちな気分で、鼻息も荒く自虐的な事を言う。今にして思えば、夏休みにあれだ
け時間があったんだから、みんなに言われたように彼を海に誘えば良かったのだ。しかし、
今さら後悔しても後の祭りである。
 追い討ちを覚悟して、次に何を言われるか構えていたのだが、彼は何も言い出さなかっ
た。気になってチラリと視線を向けると、何やら思案気に難しい顔をしている。
『……何よ。何か言いたい事、あるんじゃないの?』
 気になって促してみると、彼はハッと彼女を見つめた。そして、一瞬迷う風を見せたが、
すぐにそれを打ち消し、明るい感じで彼女に向けて提案してきた。
「あのさ。それじゃあ今から、せっかくの水着が役立てる場所、行かないか?」
『水着が役立てる場所……って、どこよ?』
 まだ夏の日差しが厳しいとはいえ、夏休みは終わってしまった。プールはもう閉まって
いるし、海水浴の時期でもない。そもそも、思い立って急に行けるほど海もプールも近く
ないのだ。
 しかし、訝しげな表情の彼女に、彼は笑顔を見せた。
「穂乃沢の事、忘れてるだろ。最近ちょっとご無沙汰だけど、前は良く遊びに行ったじゃん」
『あ……』
 彼の提案に、彼女はうっかりその場所を失念していた事を思い出した。まだ、彼に裸を
見せる事に全く抵抗の無かった幼い頃はそれこそ夏場は毎日のように、親に連れられて行
っていた近所の沢である。他の友達と遊ぶようになってだんだん行く機会が減り、最後に
二人で言ったのは、中一の夏に一回だけ。それ以後は受験もあったりして、一度もいって
いなかった。
「あそこなら、水遊びくらい出来るしさ。この暑さなら、多分気持ち良いと思うぜ。どう
だ?」
『……うん』
 何か、久し振りで嬉しくなって、つい弾んだ声を出してしまい、彼女は慌てて口を抑え
た。それから、照れ隠しをするように、感情を押さえたつまらなさそうな声で付け加える。

96 名前:6/7[sage] 投稿日:2012/09/17(月) 22:36:18.83 0
『ま……まあ、アンタが行きたいって言うなら、付き合ってあげてもいいわよ。どうせ暇
だし、暑いし』
 すると、彼は勢いをつけて立ち上がった。
「よし。じゃあ、善は急げだ。俺、一度家帰って、海パン履いて、タオルとか取ってくる
わ。すぐ戻って来るからさ。かなみも準備しててくれよ」
 床に置きっ放しだった、ぶどうの乗っていたお盆を手に持ち、去ろうとする彼に、彼女
は後ろから声を掛けた。
『グズグズしてないで、早く戻って来なさいよね。アンタってば、肝心な時にいっつも遅
いんだから』
「分かってるって。すぐ戻って来るから」


『穂乃沢か……久し振りだな……』
 日焼け止めのクリームを塗りつつ、弾んだ気分で彼女は呟く。地元では、景勝として知
られているが、観光地ではない為、人の入りはそんなに多くない。夏休みも終わったシー
ズンオフなら、きっと二人きりでいられるだろう。
『アイツも、たまには粋な提案するじゃない。フフッ……』
 夏に海に行けなかった悔しさも、これで少しは挽回出来るかなと、彼女は密かに期待し
ていた。


『あら? もう帰っちゃうの? もっとゆっくりしていけばいいのに』
 来る時と同じく、庭の草花の手入れをしていた彼女の母が、立ち上がって挨拶をしに来
た彼に声を掛けた。それに彼は首を振る。
「ああ、いえ。一度家に帰って、また戻って来ます。かなみと穂乃沢に行くんで」
『そうなの。気を付けなさいよ。まあ、あなた達なら危険な場所とか子供の頃にしっかり
教えといたから入る事はないと思うけど、それでも足を滑らせたりしたら、思わぬ怪我を
する事だってあるんだからね』
「はい、気をつけます」

97 名前:7/7[sage] 投稿日:2012/09/17(月) 22:36:50.19 0
 子供の頃から、穂乃沢に行く時必ず親に注意される一言である。穂乃沢は浅瀬で川の流
れも緩やかだが、ちょっと下流まで行くと、一気に流れの速くなるところがあり、何年か
前には水の事故でよそから来た子供が亡くなった事もあったらしい。
「……どうかしましたか?」
 彼女の母親が、彼を無言でジッと見つめている事に気が付いて、彼は訝しげに聞いた。
すると、物思いから我に返ったかのように、彼女の母親は、慌てて手を振る。その仕草は、
娘に何となく似ているように見えた。
『あ、ううん。何でもないの。あとは、余り遅くならない程度に、ゆっくり楽しんでらっ
しゃいね』
 微笑む母親に、彼も笑顔で頷いた。
「はい。ありがとうございます。あと、巨峰もありがとうございました。とても美味しかっ
たです」
『そう。良かったわ。また、手に入ったらご馳走するわね』
 丁寧にお辞儀をして立ち去る彼の背を見て、彼女は小さく呟いた。
『大人になったわね。タカシ君も……』
 そして、頭の中で、彼の横に自分の娘を並べてみせた。親の贔屓目に見ればお似合いだ
とは思うが、果たして我が娘は、彼に似合う立派な女性になれるだろうかと、ちょっと心
配にもなる。
『まあ、でもいいわよね。まだ若いんだし。うん』
 小さく呟いて、彼女は植物に肥料をやる作業に戻った。


続く
最終更新:2013年04月18日 13:56