196 名前:ほんわか名無しさん[sage] 投稿日:2012/09/29(土) 20:39:42.44 0
まだVIPにいた時に(今も週末はいるけど)途中まで投下してた、ツンデレ会長さんとのデートの話の続きを
久々に投下します。
197 名前:・ツンデレが男に水族館デートを申し込まれたら その7 1/4[sage] 投稿日:2012/09/29(土) 20:42:16.58 0
『……ここって、随分海が近いのね』
窓から見える海を眺めつつ、私は呟いた。海岸線は少し離れた所だが、遮る建物が何
も無い為、一面に水平線が広がっている。
「ああ。海を眺めながら新鮮な海産物をたっぷり食べられるって、かなり贅沢じゃね?」
私の言葉に気を取り直したのか、ちょっとワザとらしく自信ありげに別府君が言った。
ここで今までの失点分――と言っても、私の難癖に近いようなものだが――を取り返そ
うという気なのだろう。そんな彼に、私はちょっと意地悪な気分になって答える。
『ええ。確かに景色はいいわね。景色は』
敢えて二度、同じ言葉を言って強調しつつ、彼をチラリと見やる。すると、私が言わ
んとしている事に気付いたのか、彼がグッと渋い顔をした。
「な、何だよ。料理はまだ美味いかどうかわからないってんだろ? 大丈夫だって。多
分……だけど」
強気に答えようとしつつも、やはり最後に少し、弱気な言葉を付け足してしまう。そ
れが彼の限界なのだろう。もっとも、そういう所も、私は欠点とは思わないが。
『そうね。もちろん、料理も美味しければそれに越した事はないわ。ただ……後は、ね……』
チラリと思わせぶりな言葉を言いつつ、私は別府君に視線を向ける。それから、また
すぐに海へと目を走らせつつ、小さくため息をついた。
「な、何だよ。俺が不満だってのかよ?」
『……別に、そんな事は言ってないけど?』
不満気な彼の顔が可愛らしくて、思わず笑みが零れ落ちそうな気分になる。その気分
を落ち着かせるためにも、私は彼の顔は見ずに言葉を付け足した。
『ただ、食事をするのには、海を眺めながらという訳には行かないのよね。せっかくの
景色ももったいないわ』
彼がグッと言葉を飲み込むのが、音になって聞こえたような気がした。ややあって、
呟くように彼が文句を言うのが聞こえた。
「仕方ないだろ。ご褒美なんだからさ。それくらい、我慢してくれたって……」
『あら? 私は何も言ってないけど?』
198 名前:・ツンデレが男に水族館デートを申し込まれたら その7 2/4[sage] 投稿日:2012/09/29(土) 20:42:47.61 0
ついつい声が明るくなるのを抑え切れず、私が言うと、別府君は私を睨み付けるよう
な目付きで見て答えた。
「具体的に言わなくたって、分かるんだよ。全く……」
もちろん、わざとミスリードを誘っているんだから仕方ないけれど、彼は完全に間違
っているのだ。私の本当の気持ちは、せっかく海が綺麗でも、貴方の顔に夢中になって
しまうから、見ている暇がないという事なのだが。
『海鮮丼二つ、お待たせしましたーっ!!』
店員さんの声に振り向くと、ちょうど彼女が、別府君と私の前に海鮮丼を置くところ
だった。それから、お水を継ぎ足してから、笑顔でお辞儀をする。
『それじゃあ、ごゆっくりどうぞー』
彼女からすれば別に何とも無い、お客に対する挨拶に過ぎないのだろう。しかし、別
府君と二人きりだと、なんだか彼氏とごゆっくりと言われてしまったかのようで、ちょ
っと胸がドキドキしてしまった。
「さて、と。へえ。豪華じゃん」
別府君が出された海鮮丼を見て、感嘆の声を上げる。大きめのどんぶりには、うにや
いくら。海老にマグロ、いか、たこ、ぶり、玉子焼きがこれでもかと乗せられている。
『……確かに豪華だけど、随分と、量が多いわね』
別段、特盛とかを頼んだ記憶はないのだが、どんぶりそのものの大きさも、恐らくそ
こいらの牛丼店で特盛を頼んだ時に出てくる大きさよりも、なお大きいと思う。もっと
も、牛丼チェーン店に入る事など滅多に無いから比較のしようもないが。
「いや。だってこれ、1300円もするんだぜ? これくらい無きゃ、食いでがないじゃん」
現物を目にして、別府君は嬉しそうにそう言うと、箸を手に取った。
『……食べ切れるかしら』
さすがにちょっと不安で私は呟く。すると別府君が、顔を上げて私を見て言った。
「食べ切れなかったら、残してもいいぜ。何なら俺が食ってやるし」
『そうやって、私の分まで食べる気満々なんでしょう? どれだけ食べる気なのよ。こ
の食いしん坊』
別府君の言い草に、何となく自分の分が狙われているような気がして、私は少し不機
嫌そうに答えた。すると別府君が慌てて言い訳を取り繕う。
「い、いや。そんな事ないって。あくまで会長が食べ切れなかったらの話だしさ」
199 名前:・ツンデレが男に水族館デートを申し込まれたら その7 3/4[sage] 投稿日:2012/09/29(土) 20:43:20.82 0
そう言ってから、自分の丼を引き寄せて言った。
「そ、それより早く食べようぜ」
『待って』
別府君が箸を動かそうとするのを、私は制止した。ふと、ある事を思いついたからだ。
「何だよ。せっかく来たってのに。俺、大分腹減って来たんだけど」
私は箸を取らず、両肘をテーブルの上に乗せて二の腕を立て、中央で重ねた手の甲に
あごを乗せて言った。
『この店は、貴方が薦めた店なんだから、まずは貴方が味見をして、どのくらい美味し
いかを私に伝える義務があると思うんだけど』
「いや。実物が目の前にあるんだし、食ってみた方が早くね?」
私の言葉に、別府君が反論する。しかし私は、首を横に振ってそれを退けた。
『人が食べてるのを見た方が、より食欲が湧くという事もあるでしょう? それでね。
貴方は私にそれを伝える為に、グルメ番組のリポーターみたいに食べてくれない?』
「はぁ? 何でいちいち、そこまでしなきゃいけないんだよ?」
怪訝な顔をしつつ、彼は素っ頓狂な声を上げて聞き返してくる。しかし、私は真顔で
頷いて答えた。
『私が見たいから頼んでいるんだけど、ダメかしら?』
これは咄嗟の思い付きだった。この大振りの海鮮丼が、ちょうどよく旅番組なんかで
紹介される食べ物を思い起こさせたのだ。別府君がそんな感じで食べてる姿をチラリと
想像したら、何かすごく見たくなってしまって、それで慌ててお願いする事にしたのだ。
「いや。まあ……ダメって事はないけどさ。別に美味さを伝えるのに、そこまでする必
要なくね? それに、食った方が手っ取り早いと思うんだが……」
何かと理由を付けて回避しようとする彼を、私はジーッと、ただひたすらに見つめた。
その視線に押し負けたのか、彼が言葉を切ったのを見定めてから、私は一言、言った。
『デートだったら、彼女を楽しませるのが男性の役目だと思うんだけど?』
その言葉に、彼が苦々しい顔をした。
「クソッ。何かさっきから、都合のいい時だけデートって言葉を使われてる気がするぞ」
それに私は、勝利を確信してちょっと微笑を浮かべつつ、首を横に振って否定する。
200 名前:・ツンデレが男に水族館デートを申し込まれたら その7 4/4[sage] 投稿日:2012/09/29(土) 20:44:21.57 0
『そんな事ないわ。私がどう言葉を使おうが、今日の貴方との一日が、デートである事
には変わりないんだもの。もし、そう感じるんだとしたら、それは貴方自身が、エスコー
ト役として不足していると認めているからじゃないの?』
私の言葉に、彼はますます顔をしかめる。まるで、ぐぬぬ、という擬音まで聞こえて
きそうだ。やがて彼は、舌打ちして言った。
「分かったよ。やるよ。やってみせりゃいいんだろ?」
私は、コクリと頷いた。
『ええ。でも、投げ遣りはダメよ。ちゃんとしっかり、真面目にやってみせてよね』
「分かってるよ。会長が、どんな事でも手抜きは許さない性格だって事はな」
私の注文にそう答えてから、彼は一つ咳払いをして、表情を消した。どうやら、それ
が彼が覚悟を決めた事の合図だったらしい。
「それじゃ、始めるけど…… 下手くそでも文句言ったりするなよ? これって結構無
茶ぶりなんだからな」
『前置きはいいわ。それよりさっさと始めてちょうだい』
無茶ぶりだなんて、そんな事は自分だって分かってる。だから、文句なんて言うはず
なかった。いかにも手を抜いている素振りさえなければ、だが。
「よし。それじゃあ……」
一つ前置きをして、彼はどんぶりを両手で持ち、私の方に見せるように傾けて言った。
続く
最終更新:2013年04月18日 14:09