246 名前:1/6[sage] 投稿日:2012/10/06(土) 19:05:04.46 0
  • 持久力のない男に呆れ果てるツンデレ

「ちょ、委員長。ちょっと待ってくれよ」
 店内をさっさと目的の店へと歩く私の後ろから、手提げのビニール袋をいくつも持った
別府君が追い掛けつつ、声を掛けて来る。私は少し歩調を緩めつつ、肩越しに視線を送った。
「何?」
「いや、そのさ。少し休憩しようぜ。もう買い物もほとんど終わったんだしさ。ちょうど、
ほら。喫茶店もあるし。委員長も働きづめで糖分とか欲しくね?」
「却下」
 彼の勧めを、私は一言の下に退けた。
「一応言っておくけどね。私達が今日、何でこのモールに来てるか分かってる?」
 彼に聞くと、別府君はニカッとイタズラっぽく笑って頷いた。
「ああ。委員長が買い物をするのに、私一人じゃ量が多くて大変だから、荷物持ちに付い
て来てって頼まれてさ。ツンデレ的な女の子が男を誘うにはよく使う手だなあと思って」
「全くもって、全然違うわ」
 呆れたように、私は彼の言葉を否定する。別府君が女の子をからかうのはよくある事だ
が、私みたいな無感動で生真面目なだけのつまらない女子をからかっても、何も楽しくな
いと思う。なのに、何故か彼は私を一番に選んで来るのだ。それとも、生真面目だからこ
そ、からかわれやすいのだろうか。
「貴方ね。冗談も大概にしないと、この場に置き捨てて私一人で帰るわよ。で、最初から
聞くけど、何で私達二人が、仲良くもないのにモールに二人で買い物に来てるのか、答え
なさい」
「えーっ? 俺と委員長って結構仲良いと思うけどなあ」
 私は、片手をペッと大きく払って、彼の言葉を跳ね除ける。
「仲良くなんてないわよっ!! で、さっさと質問に答えなさい」
 本当に、私みたいな女にこんな事を言って何が楽しいんだろう。ちょっと恥ずかしがる
素振りでも見せれば、それで満足なんだろうか? 私が気難しい顔ばかりしているから、
動揺させたりしてそれを崩して、後から男子の間でネタにでもするんだろうと、私はつま
らない気分で考えた。

247 名前:2/6[sage] 投稿日:2012/10/06(土) 19:05:35.68 0
「分かったよ。文化祭で使う飾り付けの買出しだろ?」
「そうよ。貴方が教室にいると、ふざけてばかりで一向に準備が進まないから、買出しに
出させたんでしょ? で、何で私までが一緒に来ているのかは?」
「……俺がふらふら寄り道とかしたりしないよう、お目付け役?」
「はい、正解。分かったら、お目付け役を篭絡させようなんて考えないで、さっさと来な
さい。クラスのみんなは働きながら帰りを待ってるんだからね」
 冷たく言い放ってから、私はまた歩みを速めた。そりゃ、私だって、別府君と二人きり
で喫茶店でお茶したい。二人でデートして、雑貨屋で目的の物を買って会計を済ませるだ
けの機械的な作業じゃなくて、色んなお店を回って楽しく会話したりしたい。しかし、密
かに女子の人気が高い彼と地味で人気の無い私じゃ全く釣り合いが取れないし、何より彼
自身が、全然そんな風に私を見てくれてない。単にからかいの対象としか思われていない
ようじゃ、夢のまた夢だ。
「じゃあ、委員長。買い物終わったら、せめてマックでシェークくらい買おうぜ。それな
ら歩きながらでも飲めるしさ」
 まだ諦めずに、彼は悪の誘惑を私に囁き掛けてくる。そんなデートみたいな事は、少し
だって許しちゃいけないのだと、自分に言い聞かせる。
「ダメだって言ってるでしょ? 無事に学校まで帰りついたら、自販機のお茶くらいはご
馳走してあげるから。それまで我慢しなさい」
 素っ気無く答えると、彼は気落ちしたようにガクッとうな垂れた。
「うぐぅ…… 文化祭の買出しとはいえ、せっかく二人で買い物だってのによ。少しは色
気くらいあったっていいじゃん」
 彼の言葉に、私は思わず振り返る。それからすぐに唇を尖らせ、プイッと前に向き直る。
「止めてよね、そういう言い方。私は色気なんてまるでない女なんだから、それでいいの。
分かった?」
 そう言い聞かせると、また少し歩調を速めた。冗談でも二人きりだなんて意識させるよ
うな事は言わないで欲しい。心の奥がくすぐったくなってしまうのだから。

248 名前:3/6[sage] 投稿日:2012/10/06(土) 19:06:06.82 0
「いや、もう……なんでこんなクソ重いんだよ」
 買い物を終え、私達は出口から大通りに出る。バッグ一つの私とビニールの手提げをい
くつも持った彼とだと大変さが違うのは分かるが、もう少しカッコつけて欲しいと思う。
きっと、好きな子の前とかだと、やせ我慢するのだろうが、私じゃ意識もしてないから甘
えた言動が出るのだろう。
「さっきから愚痴ばかりでもう聞き飽きたわ。少しは黙りなさい。それに、まだ音を上げ
るには早過ぎるわよ。ここから学校までの帰り道だってあるんだから」
「うへぇ……」
 私の言葉に、別府君は何とも情けない声を出す。
「そうだった…… あの坂登んなきゃなんないのかよ。しかもこの荷物で……」
 両手の荷物をガサリと揺らして、彼はため息をついた。駅を中心に広がる繁華街から学
校への道の途中には、急で長い坂がある。歩くと10分ほどの距離も、その坂のせいでえら
く長い距離に感じられる事もあり、ましてや遅刻なんぞしようものなら地獄を見ることに
なる。
「なあ、委員長。提案があるんだけど」
「何? 聞くだけなら聞いてあげる」
 振り向き、彼を正面に見据えて首を傾げる。すると彼は、荷物を持ったまま腕を上げ、
ある一点を差した。
「帰りはさ。バスに乗ろうぜ」
 彼の指した一点には、屋根付きの停留所があった。そこには、買い物客がズラリと並ん
でいる。とはいえ、ほとんどは駅とモールとのシャトルバスの乗客だが。
「ダメよ。うちの学校の前を通るバスなんて本数も少ないし、それに大して時間が変わる
わけでもないのに200円も取られるのよ。そんなの、お金を無駄にするだけだわ」
 通学路はここから細い住宅街の道を抜けて行くが、バスは大通りを通り、しかも先に病
院の方に寄り道をするので、うちの学校の生徒からは使えない路線呼ばわりで重宝がられ
ていない。
「けれど、体力の節約にはなるぜ。それにクソ暑い残暑の日差しを受けずに冷房の効いた
車内で快適に帰れるしさ」
「貴方って、本当に楽する事しか考えてないわよね」

249 名前:4/6[sage] 投稿日:2012/10/06(土) 19:06:37.94 0
 ため息混じりに呟き、私はトトトッとバス停の方に駆け寄る。そして、時間を見てすぐ
に戻ってきて言った。
「やっぱりダメよ。次のバスまで20分あるもの。待ってる間に学校に着いちゃうわ」
 それを聞いて彼は、ガクッと肩を落としつつも抵抗した。
「まあ、いいじゃんか。10分くらいロスしたってさ。それに、このまま歩いて学校着いたっ
て、どうせしばらく休憩しなきゃ働けないし。だったら、休憩がてらバス停でジュースで
も飲みながらのんびりしたっていいじゃん」
「だからダメだって言ってるでしょ? 大体、計算が違うわよ。バスに乗ってる時間があ
るんだから、ロスは20分近くになるわ。それに、道具があれば、私達は休んでたって、他
の皆は作業を進められるのよ。それにどのみち、貴方の労働力なんて期待していないんだ
から。ほら、早く行くわよ」
 もうこれ以上文句は言わせないと、怒涛のように言い切ってから、私はこれ以上くだら
ない主張には付き合っていられないと身を翻してスタスタと早足で歩き始める。
「ちょっ……待ってくれよ。分かった、歩いて行くからさ」
 引き止める声に続いて、小さく独り言のような愚痴が続いた。
「全く、委員長はいいよな。荷物持ってないんだから……」
 彼はそれを私に聞かせるつもりはなかったのだろうと思う。けれど、聞こえてしまった
以上は無視出来なかった。私は足を止めると、クルリと反転して彼の前に立ち、手を差し
出した。
「貸して」
「え?」
 驚いた様子の彼を睨み付け、私は差し出した手をそのまま下げ、彼の持つビニール袋に
手を掛ける。
「貴方が大変だって言うなら、荷物全部私が持つわよ。この程度、一人で持ったって何て
ことないもの。ほら、早く」
「いや、でも全部持たなくたって……」
 戸惑う彼を無視して、私はひったくるように荷物を引っ張って彼の手から取った。
「そっちの分も。ほら、早くしなさい。時間の無駄なんだから」

250 名前:5/6[sage] 投稿日:2012/10/06(土) 19:07:08.88 0
 もう片方の手も差し出し、同じように彼から荷物を取る。それから体を起こすと、彼を
睨み付けた。
「じゃ、私は戻るから。別府君はバスででも何でも待ってから戻ればいいわ。もう、貴方
が戻らなくても誰も困らないし」
 そう言い捨てて、一人でスタスタと早足で歩き出した。両手にずっしりとビニールの手
提げが食い込むが、持てない重さじゃない。肩に掛けたバッグがずり下がって来るのを直
すのが面倒なだけで。
「ちょっと待てよ、委員長。何も一人で全部持つ必要はないだろ」
 別府君が急いで追いかけて来て、隣に並んだ。それを横目で睨みつつも、私は歩を緩め
なかった。
「もう貴方の愚痴を聞くのは真っ平だもの。それなら私が一人で全部持った方が気持ち的
にも楽だわ。それに、もともと荷物持つって言ったのは別府君で、私が頼んだ訳でもない
し。カッコ付けておいて最後まで突っ張れないんだったら、最初からしない事よ」
「……面目ない。けど、やっぱり女の子に重い荷物持たせて平気な顔なんて出来ないから
さ。もう文句は言わないから、やっぱり俺に持たせてくれよ」
 私の隣で一生懸命懇願しているのを無視しつつ歩いていると、いきなり横から悲鳴が聞
こえた。
「きゃっ!?」
「あ、す、すいません」
 どうやら私の方ばかり見ていて、前の人に気付いていなかったらしく、女の人とぶつか
ってしまったらしい。女子大生風の人に何度も頭を下げる彼を立ち止まって見つつ、私は
小さくため息をついてから、荷物を差し出した。
「全く……そんなに持ちたいなら、持たせてあげるわよ。ほら」
「良かった。やっぱり男が女の子に荷物持たせて一緒に歩くって、カッコ悪い事この上な
いもんな」
 受け取りながら微笑んでそんな事を言うから、私は内心ガッカリした気分になった。や
っぱり、外からの見映えを気にしただけで、私の事を気遣ってくれた訳じゃないんだと。
まあ、そりゃそうだろうけど、やっぱり面白くない。

251 名前:6/6[sage] 投稿日:2012/10/06(土) 19:08:25.14 0
それじゃあ、行くわよ。今度音を上げたら、それこそ貴方ごとおぶって学校まで行くからね」
 食い込んだビニールの痕が真っ赤になっている。それをこっそりと手で擦りつつ言うと、
彼は頷いた。
「分かってるよ。今度はちゃんと委員長に付いて行くからさ」
 あんまり頼もしいとは思えないな、と思いつつも、私は頷いたのだった。


続く
最終更新:2013年04月18日 14:16