306 名前:1/8[sage] 投稿日:2012/10/14(日) 13:32:21.34 0
  • ツンデレとおにぎりの具について言い合ったら

「纏。隣り、いいか?」
 纏、と呼ばれた少女がやや小さめの、蒔絵作りの花柄をあしらった可愛らしいお弁当箱
を開く手を止めて、顔を上げた。
「何じゃ、別府か。勝手にせい」
 今時の女子にはまずいない、古風な物言いでつまらなさそうに答えつつ、視線を落とす
とお弁当箱を開く。中にはおにぎりが二つと玉子焼き、煮物、ほうれん草のおひたしに漬
物という和食的なおかずが綺麗に盛り付けられていた。
「相変わらず、纏の弁当は質素というか、健康的だよな。まあ、女の子だから量が少なめ
なのは分かるけど、肉団子とか唐揚げとかさ。もうちょっと肉系というか、カロリー高い
もの入れてもいいんじゃないか? 今日も部活あるんだろ? 力付けないとへばるぞ」
 別府の言葉に、纏はおにぎりを取ろうとした手を止め、顔を上げて睨み付けた。
「大きなお世話じゃ。人の弁当にケチをつけるでない。大体、儂はお主に隣りに座る許可
は出したが、発言までしても良いと言った覚えはないぞよ」
 キリリ、と眉を吊り上げる彼女の顔を、別府はおかしみを覚えつつ見つめた。彼女がそ
う言いつつ、結局彼との会話に引きずり込まれていくのはいつもの事だ。制服のブレザー
を来てなお、凛然として和の雰囲気を醸し出す彼女を綺麗だなと思いつつ、彼は笑顔を浮
かべて嗜めた。
「まあ、そう言うなって。食事に楽しい会話は最高のスパイスになると言うだろ? それ
に、別に纏の弁当にケチをつけた訳じゃないし。ただ、それで足りるのかなって思っただ
けでさ」
 すると纏は、フンと苛立たしげに鼻を鳴らした。
「冗談を言うでないぞ。お主との会話が楽しいと思ったことなぞ、一度たりともないわ。
むしろ食事が不味くなるだけじゃ」
 そう答えつつ、おにぎりを一つ取ると、小さな口でかぶり付く。しかし、言葉とは裏腹
に、顔には満足そうな笑みが滲み出ていた。
「そういや、纏っておにぎり好きだよな。何か、見るたびに昼飯はおにぎり食ってるよう
な気がするけど」
 すると彼女は口の中の物を飲み込んでから、コクリと頷き当然といった顔で別府を見て言った。

307 名前:2/8[sage] 投稿日:2012/10/14(日) 13:33:07.51 0
「よいか、別府よ。握り飯には人が一日動けるだけの栄養素がたっぷりと詰まっておるの
じゃぞ。昔の人はの。握り飯と水のみで街道を一日掛けて何十キロも歩いたのじゃ。それ
に比べれば儂の弁当なぞ豪華に過ぎると言うものよ」
 そしてもう一口、美味しそうに頬張る。返事がなかったので咀嚼しつつチラリと別府を
見ると、自分の弁当はそっちのけで微笑を浮かべつつ彼女を見つめているのに気が付いた。
「何じゃ気持ち悪い。ニヤニヤ笑いながら儂を見つめおって。何ぞおかしなところでもあ
るというのかえ?」
「いや。纏って本当におにぎりが好きなんだなって。食べてる顔見てるとさ。もの凄く満
足そうだもの」
 指摘されて恥ずかしく思ったのか、纏はほのかに頬を赤らめる。そして同時に、むくれ
たように頬を膨らませて文句を言った。
「人の顔をジロジロと見おって。本当に失礼な奴じゃな、お主は。良いではないか。別に、
握り飯が好きであっても」
「いや、全然いいと思うよ。ただ、嬉しそうに食べてる纏が可愛かったからつい見入っちゃっ
ただけで、気に障ったのなら謝るし」
「無論、気にするわ。このたわけめが」
 憤慨して、彼女は水筒からお茶を汲み出し、グイッと飲んだ。冷たいお茶が喉から胸に
染み入り、火照った体を冷ます。彼女は、この男があまり得意ではなかった。普段静かで
物事に動じる事も少ない自分が、彼が傍に来ると何故か心がざわめいてしまう。彼の言葉
に胸がキュッと窄まるような気分がして、感情がむき出しになってしまうのだ。さすがに、
この年にもなると、その理由に気付かないわけには行かなかったが。
「ところで、纏はおにぎりだとどんな具が好きなんだ? まさか白米に海苔を巻いただけ
とかじゃないよね」
 すると彼女は、食べかけのおにぎりを別府の方に向けた。
「当たり前じゃ。見よ。こっちは鮭。もう一つには味噌を入れておる。あとは梅、昆布の
佃煮、高菜なども好きじゃが、一番好きなのは味噌を表面にたっぷりと塗って網で焼いた
ものじゃな。手が汚れるせいであまり弁当には向かぬがの」
「ああ。焼きおにぎり美味いよな。まあ、俺は醤油派だけど」

308 名前:3/8[sage] 投稿日:2012/10/14(日) 13:33:50.54 0
「醤油も美味いが、やはり味噌には敵わぬ。徐々に漂ってくる味噌の香ばしい香りがたま
らぬでの。あの美味さを知らぬとは、お主も不幸じゃの」
 ちょっと得意気な表情になって別府を見てから、彼女はもう一口おにぎりを口にした。
「纏が俺の為に握ってくれれば、俺も焼き味噌おにぎりの美味しさが少しでも分かるんだ
けどな」
「ブホッ!? ゴホゴホッ!!」
 別府の言葉に、思わず纏は咳き込んだ。驚いた余り、ご飯粒が気管に飛び込んだのだ。
咄嗟に手で口を押さえたのでみっともなく噴き出す事はなかったが、しばらく咳が続く。
「おいおい、大丈夫かよ纏。いくら美味しいからってむせるほど夢中になって食べる事な
いだろ」
 背中に手を当てて擦っていると、ようやく纏の咳が止まった。折り曲げていた背中を起
こし、お茶を少し注ぐとグイッと飲む。それから、まだ涙をためたままの目で別府を睨み
付けて怒鳴った。
「お主が変な事を言うからむせてしまったのじゃ!! 反省せい、この戯けめが!!」
「変な事って、纏が作ってくれたらってあれか?」
「そうじゃ!! 何故に儂がお主なんぞに握り飯を作ってやらねばならんのじゃ。戯けた
事を言うのも大概にせい!!」
 顔を真っ赤にして憤慨する纏を前に、別府は困ったような顔で頭を掻いた。
「うーん。だってさ、纏って自分で料理するんだろ? という事は、纏が大好きだってい
う焼き味噌おにぎりも、纏が作ったものでなきゃ味が違うかも知れないじゃん。でもまあ、
作ってくれってお願いした訳じゃなくてさ。単なる感想だから気にするな」
「あ……当たり前じゃ!! 儂にそのようなお願いをするなぞ、五十六億七千万年早いわ。
願いを口にするだけでも身の程知らずと言う物じゃ」
 乱暴に言い捨てた纏だったが、何故かその口調と横顔が少し不満気――というか、寂し
げに見えて別府は目を擦った。まさかそんな事はあるまいと思いつつ、話をしながらふと
気付いた疑問を口に出す。
「そういえばさ。纏がおにぎり好きってのは良く分かったけど、それにしてはちょっと具
のレパートリーが少ないような気がするんだけど。鮭だの梅だの昆布だのって、随分オー
ソドックスなものばかりじゃね?」
「何じゃ? 儂の好みにまたケチを付ける気か、お主は」

309 名前:4/8[sage] 投稿日:2012/10/14(日) 13:34:21.45 0
 一つ目を食べ終え、箸で煮物を突付いていた纏が顔を上げて、不愉快そうに別府を見る。
彼は慌てて両手で否定の意思を示した。
「ああ、いや。ケチ付けるって訳じゃないんだけどさ。最近、コンビニおにぎりとかだと
色々種類も豊富じゃん。ああいうのからヒントを得て、オリジナルのおにぎりの具とか考
えないのかなと思って」
 すると纏は、別府から視線を逸らすと呆れたようにため息をついた。
「コンビニおにぎりと言えばあれじゃろ? ツナマヨネーズとか鶏五目とかの事じゃろう
が。戯けた事を言うな。白米にマヨネーズなぞ、合う訳がなかろう。それに、儂の好みは
白米じゃからの。かやくご飯はそれはそれで好きじゃが、おにぎりにしようとは思わぬ」
 そう言い終えて煮物を口にする纏を、別府はしばらく眺めていたが、やがて視線を逸ら
し、視線を宙に彷徨わせて呟く。
「ふうん。おにぎり原理主義者みたいなもんか。マヨネーズでダメだったら、チーズ入り
のおにぎりもダメなんだろうなあ……」
 その言葉に、纏が素早く反応した。
「なっ……!? チ……チーズ……じゃと?」
 別府にしてみれば予想通りの反応だった。そもそもコンビニ自体大して縁の無い纏の事
だ。さっきからの様子でみれば、最近の多種多様なコンビニおにぎりを知らないとしても
無理は無い。彼は、自分の弁当のミニハンバーグを箸で摘み上げて示しつつ頷く。
「ああ。コンビニおにぎりとかだと、結構一般的だぜ。例えばこれをおにぎりの具にした
チーズハンバーグおにぎりとかさ。中には和風の具と混ぜたチーズしそひじきおにぎりな
んてのもあるし」
 すると纏は、箸を置き両腕で自分の体を抱き締めると、ギュッと身を竦めた。
「信じられぬわ。そのようなおにぎりが世の中に出回るなぞ、世も末じゃな。かように世
間ではゲテものを食するのが流行っておるのか?」
 別府は、コクリと頷いた。
「まあ、頭の中が嘉永とか文久年間で止まってる纏には信じがたいかも知れないけどさ。
チーズとご飯って結構合うんだぜ。俺もチーズおかかおにぎりとか、実はおにぎりの中で
もかなり好きな方だし」
 すると、まるで気持ち悪いものでも見るように顔をしかめて、纏は別府から体を逸らした。

310 名前:5/8[sage] 投稿日:2012/10/14(日) 13:35:03.85 0
「チ……チーズおかかおにぎりなぞ、おかかを侮辱するものでしかないわ!! よくもそ
のような物を口に出来るの、お主は。やはり思考回路が異常な人間は好みも異常になるの
じゃな」
 本気で嫌がる顔をしている纏を前に、別府は手を振って退ける。
「いやいや。同じ事を試しに友永あたりに言ってみ? 大爆笑されてバカにされるのは多
分纏の方だから」
「ゆうの奴か? あ奴も脳みそがぶっ飛んでおるからダメじゃ。全く参考にならん。とに
かく、おにぎりにチーズを入れるなぞありえぬわ。儂は断じて認めぬぞ」
「でも、ドリアとか西洋風の料理には米とチーズって組み合わせは普通にあるじゃん。別
に纏の好み自体は否定しないけどさ。自分の考えが偏ってるって事だけは認めようぜ」
 別府の言葉に納得行かぬとばかりに、纏は不満気な目付きで睨み付けた。
「儂の考えは偏ってなぞおらぬ。さような物はな。結局珍しがって食しておるだけで、本
当は大して美味しいなど感じてもおらぬわ。それが証拠に、コンビニのおにぎりでも残る
のは定番の鮭や梅だけじゃ。あとは出ては消え、出ては消えておろうが」
「でも、チーズ入りってのは結構根強いんだよ。チーズひじきおにぎりが消えたら今度は
五穀米のチーズおにぎりだったりとかさ。常にチーズ入りのおにぎりは棚にあるぜ。今度
見てみろよ」
「納得行かぬわ。儂がもし、商品開発の責任者じゃったらの。そんなものを開発した奴な
ぞ、儂の薙刀のサビにしてくれる」
 どうあっても自分が正しいと信じて譲らない纏に、別府は半ば呆れつつ半ば面白がって
いた。さて、こんな纏にチーズ入りおにぎりを食べさせたらどんな反応をするだろう。し
かし、普通に差し出したところで、食べる訳も無い。そこで、別府は一計を案じた。
「まあ、纏も食わず嫌いで否定してないでさ。一度口にしてみれば、考え方も変わるかも
よ? 常日頃から、俺に対しても偏食は良くないって口を酸っぱくして言ってるじゃん」
「それとこれとは別じゃ。チーズ入りおにぎりなぞ食わぬでも栄養が偏る事も無かろう。
むしろ、気持ち悪くなって他の食事まで喉が通らなくなってしまうわ」
 予想通りの頑なな反応だった。それに別府は頷き、一つの提案をした。

311 名前:6/8[sage] 投稿日:2012/10/14(日) 13:38:12.74 0
「じゃあさ。本当にそうなるかどうか、一口だけでも試してみないか?」
「何? 何を言うかお主は。嫌じゃぞ、儂は。そのようなもの、絶対に口にせぬわ」
「そうか。もし食ってみて本当に不味いと感じたらさ。お詫びに仄々庵の静岡天竜産柚子
のゼリーをプレゼントしてあげるよ。一度貰い物で食べたけど、金額が高価でおいそれと
買えないとか言ってたじゃん」
「何? あの……柚子の水菓子を……じゃと?」
 高級な柚子をふんだんに使ったゼリーに、特製の餡を掛けて食べる和風スイーツを思い
出して、纏は思わず口の中に唾液が溜まるのを感じた。彼女の事を知らぬ人から見れば、
清廉で凛々しく、おおよそ欲望に身を任せる事など無いように見えるが、彼女もやはり十
代の女の子らしく、和洋問わず甘いものには目が無いのであった。
「ああ。試しに一口、食べてみるだけでだぜ? まあ、もちろん条件はあるがな」
 途端に、彼女の身の内の欲望がスッと引き、警戒心がそれに取って代わった。
「条件? 何じゃそれは。お主の事じゃからろくな事を考えておらぬ様じゃが、万が一に
も破廉恥な事を口に出したら、その場で叩きのめしてくれるから覚悟せいよ」
「ああ、いやいや。もっと普通の事だってば。そんな変な事じゃないよ」
 纏の目に殺気が走るのを見て、別府は慌ててそれを否定した。
「いや。万が一にもさ。俺の持って来たチーズ入りおかかおにぎりを食べて、纏が美味し
いと感じたなら、その時は俺にも纏の好きな焼き味噌おにぎりをご馳走して貰おうかなっ
て、それだけの事だよ」
 しかしそれで彼女の怒りは収まるかと思いきや、さらに激しい口調で拒否してきた。
「何を戯けた事を言っておるのじゃ、この痴れ者が!! お主の為に焼きおにぎりは作ら
ぬと、さっきも申したではないか。欲求なぞせぬと言っておいて、ちゃっかり条件に含め
るなど、この卑怯者が」
 すると別府は、いたずらっぽく笑って頭を掻いた。
「いや、でも纏絶賛のおにぎりを食べる可能性を僅かながらでも作りたいと思ってさ。で
も大丈夫。纏の口にチーズ入りおにぎりなんて合わないんだろ?」
「当たり前じゃ!! チーズを米に入れるなぞ、理解出来ぬわ」
 ムキになって否定する纏相手に、別府はウンウンと頷いた。

312 名前:7/8[sage] 投稿日:2012/10/14(日) 13:38:57.94 0
「だから、大丈夫だろ? 纏はおにぎりを俺に作る必要も無いし、一口我慢して食べれば、
柚子ゼリーがゲット出来るんだぜ? こんな好条件の賭けは無いと思うんだけど」
「むぅ……」
 俯いて小さく唸ると、おにぎりの残りを口にする。僅かに顔をしかめた所から察すると、
どうやらチーズを入れた味を想像してみたらしい。結局、纏が顔を上げたのは、全部食べ
きってからだった。
「本当に……一口だけ食べれば、柚子ゼリーをご馳走してくれるのじゃな?」
 確かめる纏を前に、キッパリと別府は頷いた。
「ああ。男として二言はないぜ。いくら高級菓子だからといって、手が届かないほど高価
な訳でもないしな。まあ、相当痛い出費になるのは間違いないが」
 彼の返事に、俯いて少しの間迷ってから、最後に小さく頷き、そのまま纏は小さく、呟
くように答えた。
「よし。その賭け……乗ろう」
「ホントか?」
 声を上げた別府を前に、纏は小さく頷いた。
「儂にとって分の悪い賭けではないしの。一口、不味い飯を食するだけで、高級菓子が手
に入るのであれば、我慢もしようではないか」
「そうこなくちゃな。さすがは纏。よし、俄然やる気が出て来たぜ。纏が目を見張るよう
な、美味いおにぎりを作って来てやるからな」
「フン。馬鹿を言うでないぞ。と……もしかして、そのおにぎりはお主が作るのか?」
 別府の言葉を聞いて、纏が確認すると、彼はコクリと頷いて言った。
「ああ。チーズとおかかと醤油の配分に俺好みのがあってさ。こう見えて、おにぎりは結
構上手に握れるんだぜ。それとも、俺の握ったおにぎりなんか食いたくないとか?」
 それには纏は小さく首を振った。
「別に構わぬわ。どうせ不味いおにぎりを食わされるのじゃからな。せめて握る手だけを
清潔にして貰えれば構わぬ」
「ああ、大丈夫。手はちゃんと消毒して洗うし、それにラップごしに握るから、直接触れ
るわけでもないし」
 別府の返事に、纏は納得行った様子で頷いた。
「ならばよい。では明日。またここでじゃな?」

313 名前:8/8[sage] 投稿日:2012/10/14(日) 13:40:05.52 0
「ああ」
 彼が頷くのを確認すると、纏は弁当を片付けて立ち上がった。彼とは同じ教室だが、彼
の片付けを待たずにさっさと教室へと戻り始める。そして、彼に声が届かなくなったとこ
ろで、小さく呟いた。
「全く…… 明日もあ奴と、昼を共に食する理由になると思って受けただけじゃったが……
思わぬおまけも付いて来たのう……」
 だからといって、口に合うとまでは思わなかったが、それでも別府の手作りなら、少し
は我慢も出来るだろうと彼女はそう思ったのだった。


続く
最終更新:2013年04月18日 14:25