316 名前:1/4[sage] 投稿日:2012/10/15(月) 00:29:38.69 0
  • ツンデレとおにぎりの具について言い合ったら ~中編~

「お待たせ、纏」
 翌日。前の時間が体育で支度に手間取った別府が待ち合わせ場所に来ると、纏はすでに
弁当を用意して待っていた。その表情が憮然としているのに気付き、彼は手を合わせて拝
むように謝る。
「悪い悪い。グラウンドの整備とかやらされてたから遅くなってさ。けど、ほんの五分か
そこらだろ? そこまでむくれる事ないじゃん」
 すると、纏はキッと顔を上げると、厳しい顔つきで怒鳴り散らした。
「戯けめが!! 怒っておるのはそのような事ではないわ!!」
「へ? 待たされた事じゃなければ、何で怒ってるんだ?」
 疑問に思って首を傾げる別府を前に、彼女は鼻息も荒くそっぽを向く。
「全く…… 今日は昼飯は共に出来ぬとゆうに言うたらの。あ奴め。目を輝かせおって、
もしかして別府君と一緒にお昼食べるの? やるじゃない纏。一体いつから二人で仲良く
お弁当食べる仲になったのよ。ごまかさないで、昨日も一緒だったでしょ? あたし、ちゃ
んと見てたんだから――とか抜かしおって、人の話などまるで聞く耳持たぬ」
「友永の奴、新聞部随一のゴシップ好きと評判だからなあ…… そういえば、昨日は何で
一緒じゃなかったんだ? 普段は二人で食ってる事が多いのに」
「昨日は、学内新聞の締め切りに原稿が間に合わぬから、昼休みも全部使うとか言って断
られたのじゃ。全く、お主が声を掛けなんぞしなければ、このような目に遭わずに済んだ
ものを…… 全部お主のせいじゃぞ?」
 一方的に詰る纏を前に、別府は冷静に首を振ってそれを退ける。
「俺はちゃんと断わったもんね。纏に隣に座っていいかどうかをさ。勝手にせいと認めた
のは纏の方だろ?」
 彼の指摘に、纏はまなじりを吊り上げ、歯軋りをしつつ頑強に抵抗した。
「そもそもの事の因果はお主から始まったのじゃから、だからお主のせいでよいのじゃ。
何も間違っておらぬ!!」
 プイッとそっぽを向く纏に、別府は苦笑して彼女の隣に座る。
「全く、纏ってば俺相手だとどうあっても自分の非を認めたがらないんだからな。他の人
相手だったらもう少し論理的なものの考え方が出来るのに」

317 名前:2/4[sage] 投稿日:2012/10/15(月) 00:30:11.36 0
「それは全てに於いてお主が間違っておるからじゃ。なのに、いちいち言い訳ばかりしお
るから、余計に悪いのじゃ。反省せい」
 もちろん、彼女も実際には別府に非が無い事など百も承知である。しかし、自分が色恋
沙汰でからかわれたのを誰かのせいにしなければ、とても耐えられなかったのだ。
「しょうがないな。ま、いつもの事だから今更抵抗しても始まらないし。それより、とっ
とと昼飯にしようぜ」
 それは同時に、別府からの勝負開始の合図だった。纏は胡乱げに彼が取り出すおにぎり
を見つめて聞いた。
「……お主、ちゃんと人の食せる物を作ってきたのじゃろうな? 食あたりで死ぬなぞ、
家族にも知り合いにも顔向け出来ぬぞ」
「大丈夫だって。今朝、余った分を自分の朝飯にしたんだけど、俺はピンピンしてるだろ?
だから安心しろ」
 しかし纏は、疑わしいとばかりにイヤイヤと首を振った。
「お主が平気じゃと言うのは何の保険にもならぬわ。そもそも遺伝子構造からして儂ら人
の子とは変わっておるかも知れんでの」
「お前な。俺はともかくうちの親や妹まで人外扱いするなよな。あと、一応言っておくが、
俺は養子でも何でもない、ちゃんと母親の腹から生まれて来てっから」
 何か以前にも同じような会話をした気がして、彼は余計な突っ込みを入れられないよう、
先回りして釘を刺しておく。しかし纏は、ふと別の事に気付いて聞いた。
「一つ聞いておくが、その握り飯はお主の妹君――確か舞とか言うたな? 彼女も食うた
事があるのか?」
 彼はその問いに頷いた。
「ああ。もともとうちの母親が作ってたものだしな。今日も舞の分も握ってやったよ。い
つもお兄のおにぎり美味しいから好きって言ってくれるし」
 一度だけ会ったことがある、彼の妹を纏は思い出した。人懐っこくて可愛らしい少女の
姿を。確かその時だった。お主と血の繋がりがないのではないかと言って、二人から怒ら
れたのは。
「さようか。やはりお主の妹じゃな。可愛らしく見えても、変わったところがあると言う
のは。お主に懐いている事といい、やはりどこかズレておるわ」

318 名前:3/4[sage] 投稿日:2012/10/15(月) 00:30:42.53 0
「失礼な。それを言うなら纏の方が百倍ズレてるぞ。歴史かぶれのその口調といい、性格
といい好みといい、おおよそ普通の十代の子とはかけ離れてるじゃん。まあ、それが纏の
個性っていうか、良さだとも思うけど」
 恐らく怒るだろうと思って最後にフォローを入れたが、彼女の怒りを消すには全然分量
が足りないようだった。
「なっ…… わ、儂とて自覚はしておるが、お主に言われると腹が立ってしょうがない
わ!! あと、変なフォローなぞ入れんでもよい。お主に褒められたところで、何の慰め
にもならん」
 不機嫌そうにそっぽを向きつつ、果たして本当に良いと思ってくれているのだろうかと、
些か不安になる。もっとも、こうして付き合ってくれているのだから、そこまで悪く思わ
れてはいないのだろうと、自分を慰める。
「まあ、フォローっていうか誤解を生まないように一応ね。そもそも、纏は俺に多少馬鹿
にされたりからかわれたりされても、そんな事で落ち込むような子じゃないだろうけど」
 小さく肩をすくめておどけた顔をしてみせると、纏は僅かに頬を赤らめ、口を尖らせた。
「フ……フン。当たり前じゃ。お主のくだらぬ世迷言なんぞをいちいち気に掛けておった
ら、身が持たぬからの」
 その答えに頷くと、彼は彼女との間にナプキンで包んだおにぎりを置き、それを広げた。
「はい。これが俺の作ったおにぎり」
 ラップに包まれたそれを見て、纏は眉を顰めた。
「二つもあるではないか。約束では一口という話であったろうが、まさか二つとも食せと
言うのではなかろうな?」
 問われて、彼は慌ててそれを否定する。
「いやいや。纏が食べるのはこっちのチーズおかかおにぎりの方。こっちのチーズ明太は
俺が食おうと思ってさ。つか、一口じゃただの白米おにぎりだって」
 困ったような笑顔を浮かべる別府を尻目に、彼女は胡乱気な目付きでもう一つのおにぎ
りを見つめた。
「そっちもチーズが入っておるのか…… しかも、明太子と組み合わせるなぞ、本来の味
を損ねるような真似をしおって。食べ物を無駄にするにも程があるぞよ」
「纏に掛かると、今の外食産業で扱ってる大半の食べ物が否定される気がするよ」
 呆れた物言いをされ、纏は憤慨して別府を睨み付けた。

319 名前:4/4[sage] 投稿日:2012/10/15(月) 00:31:15.98 0
「やかましいわ!! いいから早くそのグロい握り飯を儂に食わせい!!」
 小さくて可愛らしい手を彼の方に差し出す。
「はいはい。つか、ラップくらい自分で取れよな」
 仕方無さそうにラップをめくり、持ち手の部分だけを残して広げると、纏の手に置いた。
彼女をそれを両手で持つと、顔の前に掲げジッと見つめる。
「全く…… 普通に見れば、ちゃんとしたおかか飯なのに、何故にチーズを混ぜ込むのじゃ。
もったいない……」
「いや、だからそれが美味いんだって。俺もうちの母親に初めて出された時はえっ?と思っ
たもんだけどさ」
 今度は自分の顔の前に近づけ、纏は匂いを嗅いだ。鰹節と醤油の香りに僅かにチーズ臭
さが混じり、彼女は眉を顰めた。しかし、違和感も最初だけで、もう一度嗅ぐとさほど悪
い匂いとも思われない。
「……何とも奇妙な臭いじゃな? これを……口に含めと言うのか……」
 彼女の常識には今まで無かった味のおにぎりを食べる事に、やはり抵抗は無くもない。
しかし、同時に別府が彼女の為に握ったおにぎりだと思うと、胸がドキドキして味などど
うでもいいのではないかという気もしてしまう。
「ああ。ま、一口だけ食ってくれればいいよ。ただ、間違っても吐き出すのはなしな。ちゃ
んと飲み込んで初めてオーケーだから」
「グッ…… またそのように、後付けで条件を付けおって。この卑怯者め……」
「だって、そうしたら一口含んですぐ吐き出してもオーケーになっちゃうじゃん。一応、
そういうのを防ごうと思ってさ」
「フン。儂はお主とは違うのじゃ。かような卑怯な真似なぞせぬわ」
 別府の付けた条件に毒舌を混ぜて返しつつも、心の半分以上はおにぎりの方に行ったま
まだった。様々な感情が渦を巻いて襲い掛かる。彼女は小さく首を振って、それら一切の
雑念を払いのける。
「では、食べるぞよ。よいか? しっかと両の眼を開いて見ておるのじゃぞ」
「もちろん。どうぞ、召し上がれ」
 彼の言葉に、纏は小さく吐息をつく。精神の全てを食べる事のみに集中させて、彼女は
目を瞑る。そして、ゆっくりとおにぎりを持ち上げ、小さな口を開けるとその唇におにぎ
りを当てる。グッと強く押し込み、前歯を噛み合わせて一口、齧るとゆっくりと咀嚼した。

続く
最終更新:2013年04月18日 14:26