453 名前:1/5[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 00:42:45.27 0
  • 男をスルーするツンデレとスルー出来ないツンデレ ~前編~

「やっべ。降り出して来ちまったか」
 昇降口で、俺は恨めしそうに空を見上げる。予報では50%の確率。持とうか持たないか、
迷ってるうちに気付いたら登校時間になり、慌てて準備して家を出たら結局忘れて出たと
いうオチ。これは神の啓示だ。持たずに出たという事は雨は降らないと自分に言い聞かせ
たものの、結局コレだ。
「せめて補習が無ければ、振り出す前に家に着けたんだろうけどなあ……」
 自分の悪運に、つくづく嫌になる。今日に限って数Ⅱの抜き打ち小テストでしかも30点
満点中10点未満は補習。何もこんな雨振りそうな日にやらなくてもいいと思うのだが。唯
一の慰めは、数学の根本先生が美人だってことくらいだ。
「やれやれ。こんな時、マンガとかなら可愛らしいヒロインが傘に入れてくれたりするも
んだけどなあ……」
 使い古されているのは、それだけありがちなシチュエーションだからだと思うのだ。頭
の中で、俺にそういう幸運をもたらしてくれそうな女子を何人か思い浮かべてみる。しか
し、俺は途中で思考を止めてため息を吐いた。
「つっても、この時間じゃ帰っていないか。雨だから、屋内系の部活以外は中止だろうし」
 一番可能性の高い女子――椎水かなみは、小学校の時からの腐れ縁で、今はテニス部に
所属している。という事は、今日はもうとっくに帰ったろう。そして、帰る方向も含める
と、あと傘に入れてくれる女子は想像付かない。
「別に男でもいーんだ。この際、贅沢は言わん。コンビニまで到達させてくれれば、それ
で傘買えるからよ」
 その代わり、今月の小遣いはかなり乏しくなる。地面を潤すくせに、俺の財布は干上が
らせるのかと恨めしく思って天を見上げたその時だった。
『何してるの?』
 何と、妄想が現実になったかのような女子の声に、俺は思わず振り返った。視線の先に
は、ショートボブの髪型に目のクリッとした制服姿の女の子が立っていた。とはいえ、期
待していたような展開には、残念ながら程遠い関係であったが。何故ならその子は、俺の
妹だったから。

454 名前:2/5[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 00:43:16.50 0
「何だ、舞か。お前こそどうしたんだよ? こんな時間まで。もうとっくに授業終わって
たろ?」
 一学年下とはいえ、時間割の区割りは同じだったはずだ。すると舞は、鬱陶しそうな態
度でため息をつきながら、低いトーンで答える。
『委員会。美化委員なんてめんどくさい係になっちゃってさ。校内の生徒が使うゴミ箱の
チェックしてさ。ゴミの分別が出来てるかどうかとか。で、出来てない組はクラス委員長
に報告して改善させるとか。もー、ホントにめんどくさい』
 本当にうんざりした声で文句を言ってから、舞はジロリと俺を睨み上げた。
『で、バカ兄貴は何で残ってるの? どーせまた補習とか?』
 俺は驚いて目を見開き、頷く。
「ああ。何で分かったんだ? お前、もしかしてエスパーとか」
 すると舞は、もう一度呆れたように深くため息をついて首を振った。
『バカじゃないの? 兄貴が遅くまで残ってるなんて、補習くらいしか思いつかないじゃ
ない。それもどーせ、数学とかでしょ。ホント、懲りないんだから』
 次は教科まで言い当てられて、俺はウーンと唸った。
「何ていうか、そこまで見透かされてると気持ち悪いよな。兄妹だから、何かの意思疎通
でもあんのかとか思っちまうぞ」
 どうしても超常現象にしてみたくなる俺に対して、妹はまたしてもキッパリと拒絶して
来た。
『そんなの、兄貴の苦手科目くらい一緒に暮らしてれば嫌でも情報として入って来るから
に決まってるでしょ? 勘とかじゃなくて、論理的な推理よ。それにどうせ、根本先生が
美人だから、補習受けるのも悪くないとか思ってるくせに。このスケベ』
「バ、バカ言うなよ。補習がいいとか思ってるわけないだろ。大体、美人ったって七つも
年上じゃん。離れ過ぎだろ」
 否定しつつも、俺は舞の洞察力の鋭さに舌を巻かざるを得なかった。基本、年齢プラス
マイナス2くらいの同世代の子しか恋愛対象にしてない俺でも、根本先生には時々ドキッ
とする事があるのだ。今年まだ教師二年目の彼女は、それでも年が近いせいか生徒からの
人気は高い。
『フン。どうだかね。鼻の下伸ばしながら補習聞いてたりしてるから、一向に成績上がん
ないんじゃないの?』

455 名前:3/5[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 00:43:47.66 0
 疑わしげに言ってくる舞に、ふとからかってみるつもりで俺は言った。
「何だよ、妙に突っ掛かってきてさ。お前、もしかして妬いてんのか?」
 すると見る間に舞の表情が険しくなり、顔が真っ赤に染まった。そしてすごい剣幕で怒
鳴りつけてくる。
『バカじゃないのっ!! 何で私がバカ兄貴なんかに嫉妬しなくちゃいけないのよっ!!
死んじゃえば。気持ち悪いっ!!』
 うん。自ら蒔いた種とはいえ、妹に死ねと言われるのはちょっとキツイ。
「冗談だって。そこまで怒る事ないだろ。そんなに興奮してると、むしろ図星突かれたと
か誤解されるぞ」
 すると舞は、一瞬言葉にウッと詰まった後で、プイッとそっぽを向いた。
『笑えない冗談って大嫌いなのよっ!! そういう無神経な事ばかりしてるから、いつま
で経ってもかな……彼女の一人も出来ないのよ』
 コイツ、今一瞬かなみって言おうとしただろと察して俺は苦い顔をした。無論、舞とも
幼馴染だからだ。
「悪かったな。無神経で。つか、女ってのは意味わかんないトコで急に不機嫌になったり
するからな。理解不能だよ」
 痛いトコ突かれたのでちょっと不機嫌になって性別全般に八つ当たりすると、即座に切
り返された。
『それは兄貴が、バカ、だから。相手の気持ちになって思いやってみれば、完全じゃなく
たって少しくらいは理解出来るわよ。自分の気持ちばっか優先させるから無神経って言わ
れるの。分かる?』
 正論で畳み掛けられると、もうお手上げだ。もちろんまだ言い返せることはあるが、最
終的には舞の頭の回転には付いて行けず、言い負かされるのはこっちになるからだ。
「分かったよ。俺が悪かった。申し訳ない。で、お前、もう帰るのか?」
 降参して白旗を揚げてから、聞くまでもない事を確認する。案の定、舞には変な顔をさ
れた。
『は? 当たり前でしょ? 何でそんなこといちいち聞くのよ。見れば分かるでしょ。バ
カじゃないの?』
 またバカと言われたが、そこは無視して俺は話を続ける。今の俺には、とにもかくにも
舞に縋らなければならない事情があるからだ。

456 名前:4/5[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 00:44:19.38 0
「いや、その……入れてもらおうと思ってさ」
『ヤダ』
 俺の願いは、コンマ0.2秒で否定された。
「おま……いとも簡単に否定するなよ。兄貴が困ってるっていうのにさ」
 兄妹間の情に訴え掛けてみるも、まるで虫でも払われるかのようにシッシッて手を振ら
れた。
『天気予報見てたくせに、傘も持って来ないようなバカ兄貴に掛ける情けなんてある訳な
いでしょ? 自業自得よ。濡れて帰れ』
 どうやら、俺の事情は完璧に理解しているらしい。だか、俺もここで引き下がる訳には
行かなかった。
「冷たいこと言うなよ。どうせ同じ家に帰るんだからいいだろ。傘に入るのは近くのコン
ビニまででいいからさ。な?」
 懇願する俺に、舞の態度はにべも無かった。
『近くのコンビニって言ったって、坂の下じゃん。歩いて5分は掛かるでしょ? その間
に誰か知り合いにでも見られたらどうすんのよ。あらぬ嫌疑でも掛けられたら、私もう学
校来れなくなっちゃうってば』
 断固として拒否を貫く妹を何とか説得しようと、俺は踏ん張った。
「あらぬ嫌疑って、兄妹だろ。素直に言えば、誤解なんてされないって」
『それが嫌なの!!』
 手厳しい口調で、ピシャリと舞は一蹴する。
『兄貴と同じ学校だなんて、まるでお兄ちゃん子だなんて思われるのが嫌だから、みんな
にも内緒にしてんのに。今日はもう、大体みんな帰ったけど、それでも部活の子とか、知
り合いに見られる可能性あるんだから、今ここでこうしてしゃべってるのだって嫌なんだ
からね』
「だったら、最初から声掛けずに、スルーすれば良かったろ? そこまで嫌だったらさ」
 舞の気持ちは分からないでもなかったが、さすがに兄としては面白い気分ではない。そ
れでつい、ちょっと自棄になって言ったら、舞はブスッとしたまま俯いて小さな声で言い
返す。

457 名前:5/5[sage] 投稿日:2012/10/29(月) 00:44:50.51 0
『それはちょっと……つい油断して…… でも、ここまで長話するつもりもなかったし、
それにどうせ兄貴の方から声掛けるでしょ? だったらまだ、私から声掛けたほうがマシ
かなとも思っただけよ』
「いや。昇降口変えるとかさ」
 避けたい相手だったらそれくらいするだろうと思って提案すると、舞は首を振った。
『何で、兄貴のせいでそこまでしなくちゃならないのよ。バカバカしい』
 そう言って、舞は傘を開いた。
『それじゃ、私はもう行くから。先生にでも傘借りれば。じゃーねっ!!』
「あ、おい。ちょっと待てよ!!」
 もう少し粘り強く交渉しようと思ったのに、あっさり打ち切られて俺は慌てて止めた。
しかし、聞く耳持たず舞は駆け足で校門へと走り去って行ってしまった。


中編に続きます。
最終更新:2013年04月18日 14:48