466 名前:1/5[sage] 投稿日:2012/10/30(火) 05:55:42.67 0
- 男をスルーするツンデレとスルー出来ないツンデレ ~中編~
「ちくしょう。兄を見捨てて帰るとか、何て冷たい妹だ……」
頭を掻きつつ、俺は空を見上げた。雨は収まるどころか、さらに雨足を激しくしている。
「先生に借りろとか…… それするくらいなら、濡れて帰るっつの」
部活や委員会活動で教師と接触のある奴ならそれもあるだろうが、そういうのに一切縁
の無い俺としては、職員室は足を踏み入れたくない場所でしかなかった。
「とはいえ、どうしようもないしな……根本ちゃんに借りるかな。抜き打ち小テストで補
習食らわなきゃ、雨振る前に帰りつけたかも知れんのに……」
ただ、そんな理由で傘を借りに言ったら、多分また長々と説教を食らうだろう。最後に
は貸してくれるかもしれないが、帰り時間がまた遅くなる事は必定だ。
「でなきゃ、お袋が帰ってくる時間を待って、家に電話して迎えに来てもらうか…… 怒
られはするけど、車の中ならまだ…… ただ、それだと6時は確実に過ぎるよな。とはい
え、このままでも同じか……」
時間潰すなら、図書室でも行って本でも読んでた方がマシかも。そう思って校内に戻ろ
うと振り向いた時だった。見知った女子生徒と目が合う。
「……かなみ?」
向こうは驚いたように目を見開き、体をビクッとさせてパッと隠れるが、すぐにおずお
ずと姿を現した。
「何やってんの、お前?」
訝しく思いつつ聞くと、かなみはブスッとした顔で俺を睨み付けて、素っ気無く答えた。
『べっつに。何やってたっていいでしょうが。いちいちタカシに答えなくちゃいけない事
なの、それ?』
「いや。別に答えたくないならそれでもいいけど。ただ、俺の脳内にかなみはこっそりと
隠れて俺に答えたくない事をしていたってインプットされるだけで」
わざとかなみが気にするように言うと、案の定怒鳴り声が返って来た。
『誰もやましい事なんてしてないってば!! 勝手に変な想像しないでよねっ!!』
俺は大仰に手振り首振り、それを否定した。
「いやいや。何も想像はしてないけどさ。ただ、かなみは人に言えないような事をしてい
たという、そういう事実だけを認識するだけで、別にその内容までは深く追求するつもり
は無いから」
467 名前:2/5[sage] 投稿日:2012/10/30(火) 05:56:15.53 0
『でも、やっぱり何かヤダ。だって、人に言えないようなことなんてしてないもん』
「じゃあ、何してたんだ?」
予想通り、エサに食いついてくれたので、ついついニヤニヤしつつもう一度聞く。一方
のかなみはといえば、一瞬顔をしかめたものの、開き直って偉そうに胸を張って答えた。
『何してたって……ただ見てただけよ。自分の妹にすら傘に入れて貰うのを拒否される哀
れな男の末路をね』
「ああ、なるほどね」
俺は頷く。一部始終かどうかは分からないにせよ、どうやら今の俺の状況は完全にかな
みは理解しているようだ。だとすれば話は早いが、ここでかなみに素直にお願いしても舞
と同じように一蹴されるのがオチだろう。慎重に話を進めないといけない。
「ところでお前さ。こんな時間まで何やってたの? 今日って部活、雨で休みじゃないの
か?」
かなみは硬式テニス部に所属している。だから普段なら遅いのも分かるが、コートの使
えない今日、遅くまで残っている理由が解せなかった。
『べ、別にいいでしょ? 部活が無かったら遅くまで残ってちゃいけない訳じゃ無いし』
どうもさっきから、ごまかすような態度が気になるので、また俺は同じ方法を使って聞
き出すことにする。
「よし、分かった。かなみは俺に言えないような理由で――」
『違うわよ、このバカッ!!』
今度は最後まで言い切らないうちに罵られた。
「じゃあ、何でだか教えてくれよ。でないと俺の好奇心がはち切れて、明日余計な事を口
走るかも知れん」
『ちょ、ちょっと待ちなさいよ。アンタ、あたしを脅すつもり?』
ちょっと焦って詰問するかなみに、俺は多少おどけて、とぼけてみせる。
「いや、そんなつもりはないけど。ただ、そうなっちゃう可能性が高いから、今のうちに
警告だけでもしておこうかと思って」
『アンタってホント、卑怯者よね。容姿だけじゃなくて性格まで薄汚いなんて最悪』
正直、そこまで罵られるほど酷い事はしていないと思うのだが、中学以来より酷くなっ
たかなみの毒舌からすれば、普通なのでさほど俺は気にしなかった。ただ、これもワザと
らしくちょっと舌打ちしてみせる。
468 名前:3/5[sage] 投稿日:2012/10/30(火) 05:56:46.89 0
「ちぇっ。親切に教えてやったのに。で、実際どうなの? 教えてくれれば、余計な事も
口走らなくて済みそうなんだけど」
またしても口車に乗せられてしまい、かなみは悔しそうに歯軋りする。
『言うわよっ!! 別に言えないような変なことしてないし。確かに部室に集まったとこ
ろで雨が降って来たから今日は中止になったんだけど、せっかくジャージに着替えたのに
すぐに制服に着替え直すのももったいなかったから、ちょっと体育館の隅借りて、自主ト
レしてたの。軽く柔軟と筋トレとね』
「別に普通の事じゃん。何でいちいち隠そうとしたんだ?」
素朴な疑問を提示すると、かなみはムッとした顔で、ちょっとバツの悪そうにそっぽを
向いた。
『べ、別に隠そうとした訳じゃないわよ。アンタに教えるのがいちいち面倒だと思っただ
け。だから、すぐに答えたでしょ?』
かなみの態度を見ていると、どうにもまだ裏がありそうに思えてしょうがないが、嘘を
言っているようにも見えないので、その件については追求は諦め、俺はそろそろ本題に入
ることにした。
「じゃあ、軽くトレーニングして帰ろうと思ったら、たまたま俺が舞と話をしているのに
出くわしたと、それでいいのか?」
そう聞くと、かなみはコクリと頷いてから強気に俺を睨み付けた。
『そうよ。ホントは声掛けても良かったんだけど、アンタの情けない様がちょっと面白かっ
たから、そのまま見させて貰っただけよ』
それは俺が第二の質問として用意していたが、今度は機先を制され先に答えられてしまっ
た。少々つまらない思いで舌打ちしつつ、お返しに悪態を吐く。
「ちぇっ。人が困ってる様をこっそり影から見て喜ぶなんて、お前ホント性格悪いよな」
『あら? それはお互い様でしょ? いちいち人の気に障る事言って質問に答えさせよう
とするアンタの方がよっぽど性格悪いわよ』
それは確かにその通りだったので、ぐうの音も出なかった俺は、仕方無しに話を進める。
「で、それならお前は、俺が何で困ってるか、よく理解していると思っていいんだよな?」
そう確認すると、かなみはコクリと素直に頷いて答えた。
469 名前:4/5[sage] 投稿日:2012/10/30(火) 05:57:21.38 0
「そりゃ、もう。舞ちゃんに懇願して断わられてる情けない兄の姿は、一部始終見てます
から」
ホント、嫌な言い方するなと思いつつ、それは口に出さずに俺は両手で拝んで頭を下げた。
「それなら話が早い。お前、傘持ってるだろ? 頼むから入れてくれないか?」
『絶対、イヤ』
またしても、一刀両断された。しかし今度はまだ予想の範疇内だ。舞の時のように情に
訴えたりはせず、俺は落ち着いた様子でかなみを問い質す。
「絶対、とはまた手厳しいな。何でそんなイヤなんだよ。理由を教えてくれれば、納得も
するけどさ」
するとかなみは、即座に答えた。
『まず、精神的にイヤ。アンタと相合傘だなんて、その……考えられないし……』
「なるほど。じゃあ、俺が心理的な拒否感を上回るほどの報酬を提供すれば、その問題は
クリア出来るよな?」
うつむき加減だったかなみの顔が、俺の言葉にパッと反応する。俺の顔を見つめたかな
みは、一瞬後にすぐ疑わしげな表情になる。
『あたしの嫌悪感を上回るほどの報酬って…… 言っとくけど、アンタに対する嫌悪感は
並大抵じゃ振り払えないわよ?』
「仄々亭の味噌ラーメン。バターとコーンにチャーシューのトッピングに、薬膳餃子もつ
ける」
かなみの大好物をパッと並べ立てて条件にする。スポーツ少女であるかなみは、ダイエ
ットは運動でこなすものと言って、食べ物はよく食べる。お小遣いの都合上、そうそうは
通えないラーメン屋さんの好物に、明らかに心が動かされていた。
『ぐっ…… だ、だからって、食べ物だけで落ちるようなかなみさんじゃありませんよ。
そんな事くらいであたしの嫌悪感が消えると思ったら大間違いなんだから』
「そうか? 我慢するだけの価値はあると思うけどな?」
俺は味噌ではなく塩派だが、仄々亭のラーメンをご馳走されると言われれば、かなりの
事はやってのける自信がある。しかしかなみは、やっぱりダメと言う風に首を振った。
470 名前:5/5[sage] 投稿日:2012/10/30(火) 05:58:23.78 0
『ううん。確かに仄々亭の味噌ラーメンは魅力的だけど、それだけじゃダメね。せめて、
ミスドのドーナツ3つはデザートに付けないと。そもそも仄々亭の後はミスド行かないと、
あたしの中では完結しないのよ。もちろん、お茶も付けてね』
ラーメン+ドーナツ屋のゴチとなるとさすがに出費がかさむ。とはいえ、払えない額で
は無いし、交渉のテーブルに乗っているだけでも舞よりはずっと御しやすい。
「贅沢言うなって言いたいところだが…… 今の俺は背に腹は代えられない状況だしな。
その条件、丸呑みすれば入れてくれるのか?」
『ううん。ダメ』
俺の問いに、かなみはあっさりと首を横に振った。俺はガクッと肩を落とす。
「何でだよ? それだけご馳走すれば、嫌悪感とチャラになるんじゃないのか?」
かなみに確認すると、それには素直に頷いた。
『うん。まあ、それだけご馳走して貰えるなら、アンタと相合傘をするくらい、我慢して
あげてもいいけど。でも、イヤなのはそれだけじゃないもの。今のは、あくまで嫌な事の
一つだけに過ぎないから』
俺は内心、舌打ちした。あんまり向こうの条件ばかりを聞くのはさすがに宜しくない。
とはいえ、拒否する理由が分からない事には対策の立てようも無かった。
「分かった。じゃあ、どれだけあるか分からないけどさ。俺と相合傘して帰るのが嫌な理
由を全部並べてくれよ。それを聞いて、どうしようもなかったら諦めるからさ」
『了解。ちゃんと聞いてなさいよ?』
そう前置きしてから、かなみは俺の質問に答え始めた。
後編に続く
最終更新:2013年04月18日 14:49