601 名前:・ツンデレが写真のモデルで男とカップルになったら その1 1/7[sage] 投稿日:2012/11/10(土) 19:23:58.97 0
『そんなの嫌です。絶対無理ですから』
 狭い部室に、先輩――といっても、今は同学年だが――の声が響き渡る。椅子に座った
まま駄々をこねる先輩を、部活の先輩達が困ったように見下ろして説得していた。
『大丈夫だって。これに載ったからって、別に二人がカップル認定されるとかそんな訳じゃ
ないんだし。ちょっとした写真撮影だと思って気軽に望めばいいのよ。ね? 凛花先輩』
 野上さんに同意を求められ、涼城さんという三年生の先輩が頷く。
『ええ。今までそれで問題になった事も一度もないし、大丈夫よ。たかが学校案内の数ペー
ジに載るだけだから』
 しかし、先輩は頑なにイヤイヤと首を振った。
『だからって……別府君と恋人同士の役だなんて、絶対に嫌ですってば。断じてお断りです』
 すると、野上さんがため息をついてから、横にいるショートカットの女性を睨み付けた。
『こら、莉緒。アンタが悪いんでしょーが。別府君と恋人役で、だなんて余計な事言うか
ら、かなみちゃんが動揺しちゃったんじゃない。今からでも訂正なさい』
 怒られて、広上さんがテヘッと可愛らしく笑う。
『ゴメンゴメン。まさか、こんなに駄々こねるとは思わなかったから。でも、別府君なら
別にいいと思うけどなあ。ほらほら』
 いきなり腕を引っ掴まれたかと思うと、広上さんが僕にピッタリと寄り添い、腕を絡め
て来る。突然の事に、僕は動揺して体を離そうと抵抗した。
「ちょっ……と、止めて下さい。広上さん。そういう事は冗談でも誤解を生みかねません
から」
『アハッ♪ 普段超然としてて動じない感じの別府君でも、動揺したりするんだね。可愛
いなあ』
 この人の一番困る所は、何といっても豊かな胸の持ち主だということだ。新歓の時も、
この手でいきなり来られたし。でも、だからといって、それだけなら僕だってもう少し冷
静に対処出来るが、先輩の見ている前でやられてはたまらない。ほら。今だって、もの凄
い視線で僕を睨み付けているし。
『だからアンタは、男にほいほいと縋り付くなと。このビッチが』

602 名前:・ツンデレが写真のモデルで男とカップルになったら その1 2/7[sage] 投稿日:2012/11/10(土) 19:24:31.91 0
 野上さんが、丸めた雑誌でポコッと広上さんの頭を叩く。
『あいたっ!! 酷い、通衣。いくらなんでもビッチ呼ばわりはないわよ。可愛い後輩だ
と思うから抱きつきたくなるのよ。ほらほら』
「わわっ!? い、いきなり何するんですか広上先輩っ!!」
 僕と同じ一年の山田君が広上さんに抱きつかれ、動揺して身を硬くする。
『ええい。やめいとゆーとろうが!!』
 ブン、と雑誌を上段に構えて振り下ろす野上さんに、広上さんはその前にサッと山田君
から身を引いて離れる。そこに涼城さんが三年生らしく場を収めようと割って入った。
『はい、話が進まないからそこまで。みっちゃん。昨年度モデルの貴女が、責任を持って
椎水さんを説得する事。後は全員黙ってる。いいわね?』
 主に広上さんを見据えて釘を刺すと、広上さんは若干不満そうに頷く。また、事の成り
行きを面白そうに眺めていた他の先輩達も、同様に頷いた。指名された野上さんが、親し
げに先輩の肩を叩いて、ニッコリ笑う。
『大丈夫だって。たかが写真撮影のモデルを二人でやるくらい、何てこと無いってば。確
かに、イメージイラスト見ると、一見恋人に見えなくも無いけど、でもノートとか見てテ
スト範囲を確認したりとかで男の子と隣に座るのなんて、普通の知り合いだってやるでしょ?
去年は私がモデルやったんだけど、結構楽しかったわよ? だから、経験だと思ってやっ
てみよ? ね?』
『けど、相手が別府君だなんて……』
 まだ先輩は僕と組む事をぶつくさ文句言っている。これ、普通の男だったらここまで嫌
がられたら結構傷付くと思うぞ、と僕は内心ちょっと不満に思う。同学年なのに先輩と呼
んでいるように、高校時代の部活の先輩後輩の間柄で、今はプライベートも結構共有する
仲だからこそ、照れ隠しだろうと理解する事も出来るが。
『まだいいじゃない。去年の私なんて通君よ? 別府君の方が数倍マシだって。人として
みても男としてみても』
 先輩が何か言い返そうとしたが、その前に槍玉に挙げられた朝日奈さんが口を挟んできた。

603 名前:・ツンデレが写真のモデルで男とカップルになったら その1 3/7[sage] 投稿日:2012/11/10(土) 19:25:16.73 0
「そう。野上もすっげー嫌だ嫌だって言っててよ。それこそ俺が気の弱い性格だったらマ
ジ自殺しようって思うくらい拒否られたけど、結局撮影の段階になったら超ノリノリでさ。
俺にあーだこーだと指図して、イメージボードより結局仲良さげな写真になったっけ」
『ちなみに、去年の受験生向け学校案内のパンフがこれでーす』
 広上さんがすかさず先輩の前に、パンフレットの見開き写真を開く。僕も含めた一年生
全員が、パンフレットの周りに集まった。するとそこには、朝日奈さんと野上さんが仲良
く隣合わせでお昼を食べている写真があった。横に広上さんも写っているが、少し距離が
離れ、視線も違う方向を向いているので、余計に二人が仲の良いカップルに見える。
『な、何見せてんのよ!! ダメダメダメ!! それはダメだってば!!』
 慌てて隠そうとする野上さんを、広上さんともう一人の二年の先輩女子が押さえる。
『これじゃ余計に恋人に見えるじゃないですかっ!! 別府君とこんなのとか、絶対嫌です!!』
 バン、と机を叩き先輩が野上さんたちからそっぽを向く。野上さんがキッと広上さんを
睨んで文句を言った。
『ほら。余計に嫌がっちゃったじゃない。だからね、かなみちゃん。モデルやってるとさ。
相手が誰とかそれこそどうでもよくなっちゃうくらい楽しいって事。それに、実際写って
みてもさ。意外と見た人は気にしないものなのよ。現に皆だって去年受験生でパンフ見た
子だっているはずなのに、初めて意識したじゃない。だから、ね?』
 そう言われてみれば、確かに受験の申し込み書類と一緒に入っていたパンフである。一
応大学選びの為に一通り目は通したはずなのに、朝日奈さんにも野上さんにも会った時で
すらちっとも気付かなかった。
「う~ん……確かにそうですけど、でもやっぱり別府君となんて……」
 先輩も同じ事を思ったらしく、さっきよりは随分と態度が柔らかくなっている。とはい
え、やはり皆の前で僕とカップリングされる事への抵抗が拭い切れないようだ。しかし、
野上さんは感触を掴んだのだろう。安心させるようにニコッと笑うと、先輩の前に手を付
いて言った。

604 名前:・ツンデレが写真のモデルで男とカップルになったら その1 4/7[sage] 投稿日:2012/11/10(土) 19:25:57.64 0
『あのね。せっかくモデルやるチャンスなんだからさ。もういっそ自分だけが目立てばい
いって、それだけ考えればいいの。所詮男なんて自分を輝かせる為の引き立て役でしかな
いってね。かなみちゃん、可愛いんだからさ。自信持って行っちゃおうよ』
『うー……』
 先輩の様子を見て、あ、これはあと一押しで落ちるなと思った。もともと先輩は強気な
性格のようで結構押しに弱いのだ。しかし、この場合は今僕が何かを言ったところで、却っ
て逆効果にしかならない。ただ、野上さんだけではこれ以上は無理かも知れないと思った
所で、涼城さんがスッと入って来た。
『椎水さん。今日の撮影会終わったら甘い物食べに行かない? 女子だけで。何だかんだ
で衣装変えたりポーズ付けるのにいろいろ修正したりで時間も体力も使うから、結構疲れ
るのよね。私がまだ連れてっていないお店があるの。もちろん他の一年の子もね。どお?』
 その提案に、1年女子がワッと沸く。
『涼城さん。それって私達もいいんですか?』
 僕らと同じ1年で、高校時代写真部だった経歴を買われて今回もカメラマンをやる長友
調という女子が確認すると、涼城さんは当然といった感じで頷く。
『もちろんよ。長友さんにもしっかり写真撮ってもらわないといけないからね。頑張って』
『はい。今ので俄然やる気出ました』
 普段ボーイッシュな服装をして、女子の中では一番女の子女の子してない彼女だが、や
はり甘い物は大好きらしい。
『ちょっと、涼城さん。そんな事言われたら私断れないじゃないですか!!』
 さすがにその裏に隠された意図に気付き、先輩が文句を言う。すると涼城さんはクスリ
と笑ってちょっとイタズラっぽく肩をすくめてみせた。
『あら? 私は別に椎水さんが引き受けてくれたら、何て言ってないわよ。でも、もうほ
とんどやってくれる気にはなってるんでしょ? だから、最後にちょっとご褒美も付け足
そうかなって思っただけよ。無理強いする気はないし、もし断わったとしても、撮影は皆
でやるんだし、もちろんご馳走するわよ。ただ、モデル選びからやり直さなくちゃいけな
いから、ちょっと日程も変更しなくちゃいけないわね』
 うーん……と涼城さんが難しい顔で考え込むように言うと、先輩の周りに他の1年女子
が集まって来た。

605 名前:・ツンデレが写真のモデルで男とカップルになったら その1 5/7[sage] 投稿日:2012/11/10(土) 19:26:31.90 0
『かなちゃん。ここは絶対やるべきだと思うよ。私、モデルにはかなちゃんが一番相応し
いと思うの』
『あたしもさ。かなみなら絶対映えると思う。絶対綺麗に撮ってみせるからさ。ね? やっ
てみようよ』
 音羽さんと調ちゃんにまで説得され、先輩は頭を抱えて呻いてから小さく呟く。
『……わ……分かりました……』
『え? ホントに? やってくれるの?』
 野上さんが聞き逃さず確認すると、先輩はパッと顔を上げて、強気に周囲を見回してか
ら、自棄になったように言った。
『やりますよっ!! もう、ここまで言われたらやらない訳に行かないじゃないですか。
断わったのにスイーツご馳走されるのも超気まずいし。別に、別府君なんて丸太を横に置
いて撮影してるとでも自分に言い聞かせればなんてこと無いですから』
『そうそう。その意気その意気よ。よし、これで決まりね。涼城さん。説得成功したから、
私にもスイーツご馳走ありですか?』
 野上さんが嬉しそうな顔でおねだりするも、涼城さんはうーん、と難しい顔で考え込ん
だ。
『ゴメン。正直、一年の子だけでいっぱいいっぱいな感じなのよね。ただ……』
 顔を上げると、広上さんの方を向いて言った。
『莉緒。貴女が変な事ばかり言って事態をややこしくさせるから、余計に説得に時間が掛
かったのよ。罰として、貴女はみっちゃんの分も含めて、一部負担すること。いいわね?』
『えーっ!? そ、そんなのってないですよーっ』
『ぬふふ。ざまーみなさい、莉緒。散々場を引っ掻き回したバチが当たったんだから、甘
んじて受けなさい』
 泣き声を上げる広上さんに、野上さんが得意気に言ってみせて、周囲がドッと笑う。す
ると、部室の外にいた幹事長の佐倉さんが顔を出した。
「涼城。椎水の説得は終わったのか?」
『ええ、もうバッチリ』
『もう……好きにして下さい……』
 笑顔で頷く涼城さんの傍で、先輩はムスッとした顔で投げ遣りに頷く。

606 名前:・ツンデレが写真のモデルで男とカップルになったら その1 6/7[sage] 投稿日:2012/11/10(土) 19:33:54.53 0
「よし。そんならとっととやっちまうべ。今日一日で撮影全部やり切らないと間に合わねー
しな。じゃあ、撮影班は機材持って中庭な。あとの奴らは遊んでないで自分の仕事やれよ。
いいな?」
 佐倉さんの合図に返事をして、それぞれが作業に取り掛かる。その時、朝日奈さんが僕
に何気なく聞いて来た。
「そういや別府はずっと黙ってたけどさ。お前は椎水で良かったのか? 俺は去年、あん
まり野上が文句言うから、だったら俺だってそこまで嫌がる奴と組みたくねーよって言っ
たんだけど」
 その言葉は先輩にも届いたらしい。中で支度をしつつ、ハッと顔をこっちに向けたから
だ。聞き耳を立てられている事を意識して、僕は頷いた。
「ええ、僕の方は全然構いませんよ。そもそも、椎水さんであってもなくても、女の子と
二人きりで一緒に写れる機会なんて彼女なしの僕にはないですからね。十分、光栄ですよ」
 迂闊な事を言わないように言葉を選んで答えると、ハー、と感心したようなため息をつ
かれた。
「お前って謙虚だよな。ただ、女相手にあんまり下手に出ると、調子に乗られるから気を
付けた方がいいぞ」
 そう言った途端、いつの間に背後にいたのか、朝日奈さんの後ろに立っていた野上さん
が、彼の耳を掴んで引っ張った。
『だからって、通君は女の子を大事にしなさ過ぎなのよ。アンタこそ、別府君の謙虚さを
少しは見習いなさいっての』
「イテテテ、イテイテ。ほら、これだよ」
 耳を押さえつつ、振り向いて呆れた口調で野上さんを睨むが、彼女はそれを無視して僕
の方に寄った。
『いい、別府君。君の方がぜったい通君より性格良いしカッコ良いんだから、こんな奴の
言う事聞いてちゃダメよ。そのままでいたら絶対モテるから。私が保証するわよ』
「いいか、別府。くれぐれもこういう女にだけは引っ掛かるなよ。自分の都合のいい時だ
け甘えて来て、あとはわがままし放題だからな。ちょっと優しくされたからって絶対に騙
されるなよ」

607 名前:・ツンデレが写真のモデルで男とカップルになったら その1 7/7[sage] 投稿日:2012/11/10(土) 19:35:33.65 0
『大きなお世話よ。大体、モテもしない通君が偉そうに先輩風吹かせてお説教とか何様の
つもりよ全く』
 口げんかを始めた二人を見ていると、何気に付き合っているんじゃないかと思えて来る。
それから僕は先輩の方を見た。先輩はずっと僕の方を見ていたらしく、思わず目が合う。
ハッと驚いたような顔をしてから、先輩は慌てて視線を逸らした。野上さんとしゃべって
いた事を何気に嫉妬されているんだとしたら、それはそれで嬉しい事なんだけど、と朝日
奈さんの忠告も虚しく、この部の誰よりもわがままな女の子に惚れ込んでいる僕は、そう
思ったのだった。


続く
最終更新:2013年04月18日 15:06